現役校長が語る!教育漫才で、みんなで笑っていじめを防ぐ【シリーズいじめのない学校づくり4】
いじめのない学校をつくるには、いじめ予防教育を行う必要があります。その一例として、教育漫才をご紹介します。教育、漫才、いじめ……? ちょっと違和感のある組み合わせですよね。教育漫才の考案者は、小学校で「いじめのない学校づくり」に取り組んでいる埼玉県公立小学校校長・田畑栄一さんです。どんなふうに実践を進めるのかを、教えてもらいました。
目次
教育漫才には、いじめを減らす効果あり!
いじめが起きたときに、先生は立ち会わず、子ども同士で話し合わせる学校が多いのですが、その背景には「トラブルを通して人間は成長していく」という捉え方があると思います。「学校ではこれまで、子ども同士のトラブルに先生が介入して解決してあげてきたから、自分の力ではトラブルを解決できない大人になるのだ。だから、自分で解決させることが重要である」という考え方です。子ども同士の話合いで解決できるレベルのトラブルであれば、それは大事なことだと思います。
ただ、私はトラブルを通して子どもを成長させるよりも、学校では、もっと楽しく、プラスの雰囲気の中で、子どもに人間関係の作り方を学ばせたほうがいいのではないかと考えています。どうすれば、温かい人間関係のつながりができるのか、学校生活を充実させるためにはどんなことができるのか、などに気持ちを向けることが大事なのではないかと思うからです。ワクワクする学校や授業、安定した温かい人間関係こそが、困難を乗り越えていく生きる力を育てる土台になると考えています。
そのための方法として、私がおすすめしたいことの一つは、教育漫才です。これは平成27年度より、前々任校で始めた取組ですが、いじめ防止のツールとしてだけではなく、子どもが生き生きと学校に来るためのツールとしての効果も期待できます。
教育漫才とは?
「いじめをしてはいけない」と、担任の先生たちは道徳の時間を含め、全教育活動の中で言いますし、校長講話で私も話します。「いじめをしてはいけない」と子どもたちはわかっています。しかし、どんなコミュニケーションの仕方をすれば、みんなと仲良くなれるのか、その方法を学校はこれまであまり教えてこなかったと思うのです。そのため、子どもは同じクラスでも、これまでに接点のなかった子どもとコミュニケーションをとることには消極的になり、仲のいい子どもとしか話さないケースが意外と多いのです。だからこそ、教育漫才で、温かいコミュニケーションの仕方を教えていくことが、大事なのではないかと考えています。
ただし、「漫才」という言葉から、テレビに出てくるお笑い芸人のコンビが、相方をからかったり、叩いたりする様子を見て、みんなが爆笑する、そんな場面をイメージする人もいると思います。私たちが目指しているのは、そのような冷たい笑いではありません。笑いにもいろいろな種類がありますが、教育漫才で学校に広げたいのは、安心から生まれる温かい笑い、朗らかな笑い、ほっこりした笑いです。みんなが、不快に感じたりしない、笑顔になる笑いです。
だからこそ、教育漫才には2つのルールがあります。
- マイナスの言葉(うざい、キモい、消えろなど)を使わない。
- 暴力はしない。
教育漫才の取り組みを行うと、子どもは、上記のルールを普段の学校生活でも意識して行動するようになり、睨んだり、咳払いをしたり、といった他者を不愉快にさせるような行動をしなくなっていきます。
教育漫才の実践の進め方
教育漫才の実践は、一か月程度の短期間(5時間ほど)で行います。おおまかな流れは以下です。
- 教員がネタづくりのレクチャーを行います。
- それを踏まえて、子どもたちがコンビ、またはトリオになって、ボケとツッコミの役割を決め、話し合って台本をつくります。
- 何度も練習をして、学級教育漫才大会でネタを発表します。
小学校の低学年であっても、ネタを考えることができるのは、漫才の基本形の一つである「三段落ちの型」を使うからです。これは、当たり前の台詞が2つ続き、3つ目の台詞でボケる、というもので、子どもたちはワークシートを使って、三段落ちの型に言葉をはめ込みながら、ネタを作っていきます。例えば、こんなやり取りが生まれます。
ツッコミ:好きな野菜ってなぁに?
ボケ:トマトかな。赤くてかわいいし、甘いから。
ツッコミ:なるほど。他には?
ボケ:キャベツかな。シャキシャキしているから。
ツッコミ:なるほど。他には?
ボケ:お肉かな。焼き肉大好き。
ツッコミ:おいしいよね~って、お肉は野菜じゃないよ! もういいよ。
2人:ありがとうございました!
おもしろいでしょう。もしかしたら、「これで笑えるのか?」と思った方もいるかもしれませんが、教育漫才は、台本自体がそれほどおもしろいものでなくても、演じる子どもの表情やしぐさ、背景や人柄が見えることで、おもしろくなるものなのです。温かい笑いは、「クラスや学校のみんなを笑わせたい」と思って一生懸命頑張る演者側と、「友だちの教育漫才で笑いたい」と願う観客側の関係性の中から生まれてきます。そして、このような温かい笑いに包まれたとき、演じた子どもは自信をつけることができるのです。笑った子どもとの間に、互いに認め合う相互承認の心情が芽生えるのです。
教育漫才の効果1●表現の訓練になる
ここからは教育漫才の効果をご紹介します。
教育漫才を通して、子どもが学ぶのは、言葉のやり取りの仕方です。それにより、友だちからちょっときついことを言われたときに、三段落ちで切り返すなどして、上手に笑いにもっていけるような、心理的余裕が子どもの中に生まれるのです。
自殺をしたり、不登校になったりしてしまう子どもは、悩みがあっても誰にも相談できなくなります。つまり、自分の考えや気持ちを表現できなくなるのです。その点、教育漫才は、表現の訓練として非常に効果的です。表現することの楽しさを知り、笑うことでストレスを軽減することもできます。笑いが人間関係を温かくつないでいき、学校や学級にいじめを生みにくい空気や雰囲気を醸成していくのです。
もちろん、人前で話すのが苦手な子どもに無理をさせることはしません。例えば、トリオでもいいことにします。トリオであれば、二人が話を進めれば、もう一人はあまり話さなくても済むからです。その分、動きで何かを表現したり、道具を持ったりすれば大丈夫です。あるいは、発表会の舞台での幕や音響の担当をするなど、サポートをしてもらうこともあります。教育漫才の目的は、子どものコミュニケーション力や表現力を高め、人間関係をつくることです。その目的を達成するために、それぞれの子どもの意思を尊重しながら活躍の場を見つけていくのです。
教育漫才の効果2●クラスの人間関係が広がる
子どもが誰とコンビやトリオを組むかは、原則として、くじ引きで決めます。これが重要なポイントです。最初に、担任の先生が「なぜくじで決めるのか」という理念を、子どもたちに伝えることが大切です。この理念に共感が生まれたら、子どもたちには相互承認の感性が芽生え、多様性を受け入れていきます。これが、二つ目の効果です。
くじ引きで相手を決めるのは、今まで接点のなかった友だちと新たな出会いが生まれるからです。教育漫才を一緒に考えるうちにお互いを知ることになり、仲良くなり、その結果、クラスの中に人間関係が蜘蛛の巣のように、より広く強くつながっていくのです。
クラスの中で数人は、最初はくじ引きに抵抗を感じ、嫌がったりする子どももいます。しかし、一回経験すると、人間関係が広がることや、偶然の出会いのおもしろさに気づき、「2回目も新しい友だちと出会いたいから、くじがいい」という風に変わっていきます。
とはいっても、現実には、クラスにはどうしても気の合わない子もいるものです。くじ引きでその子とコンビになってしまったとき、最初は気が合わなくて、ネタ作りが円滑に進まないかもしれません。もしかすると、トラブルになることもあるかもしれません。しかし、教育漫才の最終目標は、みんなを愉快に笑わせることです。その目標が明確なので、それに向かって子どもたちは折り合いをつけ始めます。そして、仲良くなれない人とも挨拶をしよう、程よい距離感で付き合おうなど、人との付き合い方を学んでいくのです。これが教育漫才の大きなねらいの一つでもあります。教育漫才によって、みんなで楽しくつながっていけると知ると、クラスの誰とでも気軽に話すことができるようになっていきます。
教育漫才の効果3●学級が変わる
三つ目の効果は、ネタを作って練習し、みんなの前でプレゼンテーションをする過程で、学級が変わっていくことです。私は、教育漫才は「学級を激変させるツール」だと思っています。なぜかというと、基本的に、学校は笑ってはいけない場所だからです。もしも授業中の友だちの意見に対して、ある子どもが笑っていたら、「君はなぜ笑っているのだ!」と先生から叱られてしまうかもしれません。
しかし、教育漫才の取組では、ネタを考える段階から、大きな口を開けて笑います。笑いは伝染するのです。一人が笑うと三人が笑い、三人が笑うと九人が笑い、というふうに温かい笑いが広がっていき、教室に柔らかい空気を作り、刺々しいオーラが消えて人間関係をつないでいきます。それと同時に、子どもは、笑うことでストレスが発散できますし、話をおもしろくするスキルが身につくので、気持ちに余裕が生まれます。そうするとトラブルや、いじめが減っていきます。そして、学級が温かい笑いに包まれると、子どもは「自分の意見を言っていいのだな」と感じますから、何事にも前向きに取り組んでいくようになるのです。
前々任校で、教育漫才を始めたとき、保護者から反対意見が出るかもしれないと予想していたのですが、全然そんなことはありませんでした。大賛成してくれて、アンケートでは「継続してほしい」との意見が100%に近かったのです。保護者にも教育漫才を見てもらう機会を作りましたので、子どもたちが生き生きと演じる姿、温かく拍手する観客の姿を目の当たりにして、温かい笑いの文化的価値を認めてくださったのです。
「教育漫才をやっても、学力が上がるわけではない」と思う人もいるかもしれませんが、その小学校の子どもたちは授業で積極的に手を挙げて発表するようになり、結果的に、学力テストの成績が地区で一番になりました。非認知能力を育てると、子どもは変わるのです。
教育漫才は、表現のツールとして国語科だけでなく、ねらいに応じて、総合的な学習の時間でも行えます。望ましい集団をつくるという点では、特別活動でもできます。いろいろな場面で応用できるのです。
田畑栄一(たばた・えいいち) 早稲田大学第一文学部卒業後、埼玉県の公立中学校教諭(国語)となる。養護学校教諭、中学校教諭(5校)、埼玉県教育局東部教育事務所の指導主事などの経験を経て、平成25年4月より小学校の校長となり、現在は3校目となる。平成27年度より教育漫才の実践に取り組む。著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる―笑う学校には福来る』(協同出版)、「クラスが笑いに包まれる 小学校 教育漫才テクニック30」(東洋館出版社)などがある。
※次回、学校を変えるためのヒント【シリーズいじめのない学校づくり5】に続きます
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取材・文/林 孝美