現役校長が語る!いじめ対応5つのポイント①【シリーズいじめのない学校づくり1】
小中学生のいじめ自殺事件などが報道されると、学校はいじめの対応をしっかり行っているのだろうかと、気になります。多くの学校で行われているいじめ対応の、どこに問題点があるのでしょうか。小学校で「いじめのない学校づくり」に取り組んでいる埼玉県公立小学校校長・田畑栄一さんに聞きました。
目次
最近のいじめ自殺事件から思うこと
私は現在、埼玉県内の公立小学校の校長をしています。校長になってこだわり続けていることの一つは、「自殺・不登校・いじめのない温かい笑顔のある学校づくり」です。
コロナ禍で、若者の自殺・不登校の数が顕著に増加しています。みなさんは、学校の主人公である子どもが、自殺したり、学校に行きたくないと不登校になったりしていることって、おかしいと思いませんか。本来、将来、なりたいものを見つける場所であり、夢や楽しさを友と共有し合える場所であるはずの学校が、地獄のような場になっていることに、私は許しがたい思いと、強い違和感を覚えています。また、風潮として、個人の資質や個人のせいにしている傾向があることにも疑問を感じています。
一人一人の子どもたちが、安心して学習できる環境を整えること、それが今、学校が優先すべき課題だと考えています。学校や教室に心理的安全性が担保されてこそ、学ぶ意欲や、表現してみようというエネルギー、新しいことにチャレンジしようという活力が湧き上がってくるからです。
そういう場所を創造したいと考え、私は日々の教育活動に取り組んできました。もちろん、すべてが上手くいっているわけではありません。何度も失敗を繰り返し、修正しながら取り組んでいます。ただし、「自殺・不登校・いじめのない温かい笑顔のある学校づくり」という理念がぶれることは決してありません。
今年度も、小中学生のいじめによる自殺事件が、世間の注目を集めました。このような報道を目にする度、学校を預かる者として、怒りを感じるとともに、慙愧の念に堪えません。改めて、校長としての自分への戒めの気持ちをもちます。
落とさなくてもいい命であったのに、子どもが追い詰められ、誰も助けることができず、一人で亡くなっていったという事実に耐えがたいものを感じます。学校の主人公であるはずの子どもが命を絶つということの重さを教育界はもっともっと真摯に受け止め、緊急に対策をとる必要性を強く感じています。教育改革の視点は、ここから始まるのではないでしょうか。
今現在もいじめで苦しんでいる子どもが、全国のどこかの小中学校にいると思うと居たたまれない気持ちがします。今後、同じような悲劇を繰り返さないためには、最近のいじめによる自殺事案のどこに問題や難しさがあったのかを根底に置きながら 、今後に生かす必要があると考え、インタビューに答えることにしました。少しでも、子どもたちが希望のもてる学校が増えてほしいと願っています。私自身の自戒を込めて……。
いじめに対してきちんと対応している学校がほとんどであることは承知していますが、「当たり前のこと」ができていない学校があることもまた事実です。そこで、基本的ないじめ対応のポイントを示しておきます。
いじめ対応基本1 「いじめの定義」を教職員が共有する
平成23年に起きた「大津市中2いじめ自殺事件」をきっかけに法整備が行われ、平成25年に「いじめ防止対策推進法」が制定されました。この法律の第二条にいじめの定義が明記されています。
当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
文部科学省/いじめ防止対策推進法
これはつまり、一定の人間関係がある子どもからの行為によって、被害者が心身の苦痛を感じていたら、それはいじめである、ということです。
けんかといじめを区別する
ただし、子どもが心身の苦痛を感じたら、学校で起きるあらゆるトラブルがいじめに該当するのかというと、そうとは言い切れないケースもあります。学校で日々起こるトラブルの中で、「けんか」と「いじめ」を、明確に区分する必要があります。
けんかとは、一時的な感情で、子どもと子どもが対等な関係でぶつかり合うことです。
けんかの対応としては、その定義を基に、子どもに、「いじめかな? けんかかな? どちらだろう?」などと、先生が間に入り、事実を確認し、双方の言い分を聞きながら話合いをすることが重要です。一時的な感情から起きたトラブルですから、比較的早期に気持ちがスッキリして解決する可能性があります。これをきっかけとして、誤解が解けたり、逆に気が合ったりして仲良くなる可能性もあります。トラブルを通してたくましく生きる術を学ぶわけです。
これに対し、いじめは被害者と加害者の間に、力関係の差が生じています。例えば、加害者から暴言を吐かれたり、ものを隠されたりしたとします。そのときに、加害者が複数でも、1人でも、加害者と被害者との間に、上下関係のようなものができていて、被害者が心身の苦痛を感じたら、それはいじめなのです。
ところが、この「けんか」と「いじめ」の違いをよく区別しておらず、単純にトラブルとして、これらすべてをひとくくりにする先生たちが多いように思います。
例えば、友だちから、からかわれる、嫌なあだ名を言われるなどのことをされ、子どもが苦痛を感じて、担任に相談してきたとします。そのときに担任は、「子ども同士で話し合えば解決するだろう」と考え、このトラブルをきっかけに、トラブルを解決できるたくましい子どもたちに育ってほしいと願い、良かれと思って子どもたちに解決を任せることがあります。けんかならば、それで解決するかもしれませんが、いじめは解決しないのです。いじめの場合は両者の間にある上下関係が継続するからです。
また、被害者からいじめの訴えがあったとき、担任は加害者にも事情を聞くわけですが、加害者は「いじめではない。そういう自覚はない」などと言う場合があります。それにより、担任はいじめではないと判断し、「君の思い過ごしではないか」と、逆に被害者を諭すなど、対応の緩さや甘さにつながる可能性があります。
いじめでは、被害者は「いじめられている」と思っていても、加害者は「いじめている」と思っていないこともあります。これは、無意識のいじめなのです。被害者が苦痛を感じたら、「それはいじめなのだよ。無意識のいじめがあるのだよ」と加害者に教える必要があります。それが先生や保護者、大人の役目です。子どもから相談を受けたら、先生は「けんか」と「いじめ」をしっかりと区別して対応する必要があるのです。
いじめ対応基本2 組織で対応する
文部科学省は、「いじめはどの学校でもどの子どもにも起こり得る」との認識をもっています。それはその通りだと思います。これによって、いじめの認知件数が増えているのは、いじめの定義に沿っていて、いいことだと思います。
ただ、文部科学省がこのような言葉を発信することで、学校や先生の中には「うちの学校やクラスでもいじめはあるけれど、それはしょうがないことだ。起きて当たり前だから……」と捉えてしまう人がいるのではないかと危惧されます。
いじめへの対応は、学校にとって緊急に取り組み、解決しなければならない最優先事項の一つです。しかし、現実には、小学校でもほぼ毎日5時間目や6時間目まで授業がありますし、中学校には放課後、部活動もありますから、その準備や事務作業、指導に追われ、先生たちはとても忙しいのです。
それもあって、子どもから「相談したいことがある」と言われても、「後で聞くからね」と後回しにしてしまうことがあります。あるいは、相談を受けても、なんとか早く解決したいと思い、子ども同士で話合いをさせたりして、形式的な謝罪や、けんか両成敗として片付けてしまうことも考えられます。だからこそ、先生がいじめの相談や訴えを受けたときには、学校が組織として対応する必要があるのです。
いじめ対応の基本を確認しよう
いじめ対応の基本を確認しておきますと、担任などが、被害者本人や保護者からいじめの相談を受けたら、まずは被害者側の話をしっかり聞き、管理職に報告します。学年主任、生徒指導主任にも相談し、どう対応すればいいのかの知恵をもらって、組織で初期対応をする必要があります。
被害者の話を聞く際のポイントは、被害者の心情に寄り添うことです。子どもがいじめについて「先生に相談しよう」という気持ちには、なかなかなりにくいものです。だからこそ、真摯に傾聴することが重要です。勇気を振り絞って被害者が相談したのに、もしも軽く捉えられ、先生たちにも助けてもらえず、自分で加害者と話し合わなければならないとなったら、苦痛でしかないわけです。
また、被害者から「秘密にしてほしい」と言われたにもかかわらず、先生が相談内容を加害者側に伝えてしまったりすると、加害者側がますます心理的に上位に立ち、相談した被害者側が窮地に追い込まれていくことになります。
一方、初期対応として、加害者から話を聞くことになります。特に、緊急を要するいじめ事案では、早期に事実を確認する必要があります。
例えば、ある子どもから、同じクラスの4人にいじめられているとの訴えがあったとします。加害者が複数の場合、担任が1人ずつ話を聞いていたら、時間がかかりますし、一斉に同時にやらないと、加害者が口裏を合わせてしまう可能性もあります。ですから、教頭、生徒指導主任、教務主任、養護教諭、空き時間の先生、担外の先生などにも協力してもらって、一人一人個別に、同時に話を聞きます。
聞き取った内容はメモをとり、それらを照らし合わせて、被害者が訴えている事実と整合性があるか、矛盾がないかなどを確認します。その後、休み時間や放課後などを使って、担任も交えて情報交換をし、管理職や生徒主導主任が中心になって今後の対応方針を決めます。もしも対応が難しい事案であれば、このいじめ事案に関わっている教職員が知恵を出し合い、話し合い、今後の方針を決めればいいのです。いじめなのか、けんかなのかを区別し、今後どのような手順で対応するかの方向性を確認し合うことが大切です。
このように、いじめの訴えを受けたら、校長、教頭が他のスタッフを動かし、この事案を解決するための組織体制を整えて対応する必要があるのです。校長のリーダーシップが発揮されるのは、こういったトラブルが起きた時こそ、です。
早期発見のために、相談するのは誰でもよい
いじめ事案は、いじめが起きたばかりの段階であれば、解決しやすいのです。1か月、2か月……と時間がたてばたつほど、いろいろな事情が絡んできます。「あの時、あの子がこれをした」、「この子は何と言った」などと、たくさんの事実を聞き取りますが、時間がたっているとその分だけたくさんの糸が絡み合って複雑化し、整理するのに時間がかかります。だからこそ、困ったことがあったら、子どもからすぐに相談してもらうことが重要なのです。
一番困るのは、子どもが大人に相談できないことです。子どもは「先生は忙しいのだから、迷惑をかけたくない」「親には心配や迷惑をかけたくない」と思ってしまう傾向があります。
気軽に相談してもらうには、日ごろからすべての教職員が、相談しやすい関係を子どもたちと築いておく必要があります。これは担任だけでなく、校長、教頭、教務主任、養護教諭、事務職員、スクールカウンセラー、校務主事……など、学校にいるすべてのスタッフに言えることです。担任が忙しかったり、相性が合わなかったりする場合もありますから、校内の「誰にでも相談できる」、「相談しやすい先生に話してよい」という雰囲気や教育相談体制を整えておくことが大切です。
私が子どもに「いつでも校長室に遊びにおいで」と話し、校長室を開放しておくのはそのためです。子どもには「学校にいる大人ならば誰でもいいから、話しやすい人に話しなさい」と言っています。
タブレット端末を一人一台持つようになりましたので、インターネットを活用した相談体制を充実させることも、今後は重要だと考えています。私は、5年前からあるメンタルヘルス会社と連携し、 その日の気持ちをお天気(晴れ、曇り、雨、嵐等)で表すことのできるシステムを、モニターとして活用しています。そして、悩みを持った子どもを早期に発見し、声掛けをして悩みやいじめなどに早期に対応する取組をしています。いじめをしにくい安心できる学校、教室環境を整えることは、大事なことだからです。
教育委員会の役割
教育委員会に対して、保護者が直接、いじめの訴えをしてくるケースがあると思います。それをクレームととらえるのではなく、学校のいじめ対応がうまく機能していない可能性も考え、担当者が学校に出向いて、あるいは電話などで、きちんと情報収集を行い、事実確認を行うべきです。
保護者と学校の絡まった糸を解いていく潤滑油のような役割が、教育委員会には期待されます。それをしないと、「誰にも助けてもらえない子ども」が出てきてしまいます。
特に、他校の子どもが加害者に加わっていた場合は、教育委員会の役割が重要になってきます。いじめ防止対策推進法の第27条にはこう書いてあります。
地方公共団体は、いじめを受けた児童等といじめを行った児童等が同じ学校に在籍していない場合であっても、学校がいじめを受けた児童等又はその保護者に対する支援及びいじめを行った児童等に対する指導又はその保護者に対する助言を適切に行うことができるようにするため、学校相互間の連携協力体制を整備するものとする。
文部科学省/いじめ防止対策推進法
教育委員会は、学校が連携して指導できるよう、パイプ役として支援する必要があります。ここにこそ、教育委員会のリーダーシップが期待されるところです。
田畑栄一(たばた・えいいち) 早稲田大学第一文学部卒業後、埼玉県の公立中学校教諭(国語)となる。養護学校教諭、中学校教諭(5校)、埼玉県教育局東部教育事務所の指導主事などの経験を経て、平成25年4月より小学校の校長となり、現在は3校目となる。平成27年度より教育漫才の実践に取り組む。著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる―笑う学校には福来る』(協同出版)、「クラスが笑いに包まれる!小学校教育漫才テクニック30」(東洋館出版社)などがある。
※次回、 現役校長が語る!いじめ対応5つのポイント②【シリーズいじめのない学校づくり2】に続きます
取材・文/林 孝美