#51 運命によって巡り会えた仲間【連続小説 ロベルト先生!】
今回はいよいよ卒業式です。ロベルト先生にとって6年3組の子どもたちと過ごした1年は、絶対に忘れることのできない思い出に残る1年となりました。卒業式が終わり、教室ではロベルト先生がみんなに最後の言葉を贈ります。
第51話 卒業式
桜の蕾も膨らみ、季節は春を迎えた。
今日は卒業式。式に合わせて子どもたちも、それなりにきちんとした服装で登校してきた。
男の子はワイシャツにベストやブレザー、ネクタイをしめている子もいる。慣れない服装にちょっと息苦しそうにも感じられる。女の子はというと、ブラウスに胸には大きなリボン、そしてチェック柄のスカート。みんなAKBに見えてしまう。
もう、子どもたちの普段着が見られないと思うと、正直ちょっと寂しさも感じる。
式が始まるまで教室で待機していると、在校生を代表して5年生の子どもたちが卒業生の胸に花を付けに来てくれた。その姿を見ていると、卒業する子どもたちは、最上級生として下級生のよいお手本となり、この緑ヶ丘小学校をよく支えてきてくれたことを実感した。
こうして改めて1つ下の学年の子どもたちと見比べてみると、本当に立派に見える。5年生は卒業生に感謝の言葉を残し、教室を出ていった。
いよいよ会場となる体育館への入場だ。
トイレを済ませ、廊下に名前の順で並ぶ。4月8日に自分の背の高さに合った机を決めるために、無言で背の順に並んだ時のことを思い出す。花崎真理さんが率先して並ばせてくれたことも…。
「よし、出発するぞ!」
私と3組の子どもたちは、廊下を一番東まで進むと1組、2組の後に続いて階段を下りた。
「今起きている出来事や子どもたちとの学校生活が、あと数時間後にはすべて思い出に変わってしまう」
私は一歩一歩進んだ。
「卒業生入場!」
クラシックの音楽とともに拍手が巻き起こり、6年1組の子どもたちから次々に体育館のフロアへと吸い込まれていく。
「6年2組!」
緊張のあまり深呼吸する子も見られる。残された3組の子どもたちの顔は、「真面目」「努力」「感謝」を足して3で割ったような表情にも見えた。
「6年3組!」
先頭の私は一礼をして前へ進む。そして、子どもたちは2人ずつ並んで入場する。正面のステージを見ながら進んでいるが、左右の在校生や保護者の様子が不思議なくらいはっきりと見えた。
卒業生は全員一礼し、それぞれの席に座った。国歌斉唱の後、卒業証書の授与が始まった。学級担任が一人一人を呼名し、子どもたちがステージに上がって校長先生から卒業証書を受け取る。
こうしたシーンはよくテレビドラマでも感動的に取り上げられるが、名前を間違えるわけにはいかないことから少しは緊張感もある。しかし、子ども一人一人の名前を呼びながらその子の顔を見て、走馬燈のように思い出に浸るのは、ドラマと全く同じだ。
3組の番が回ってきた。
「第6学年3組、青田浩!」
「はいっ!」
はっきりとした声が返ってきた。
「青田くん、いつも一番お疲れさま。これからもその名字と共に歩んでくださいね」
こうして私は一人一人名前を呼びながら、心の中で子どもとの最後の会話を楽しんだ。
「宇田川洋! 洋の『こんなのやっても意味ないよ!』は本当に名言だな。どうだ洋、意味があっただろ」
「大山太一! 最初はどうなることかと思ったよ。散々迷惑かけやがって…。でも、太一がいたからがんばれたんだよ。何もかも」
「岡田敏幸! トッシーの説得力のある援護射撃の発言には参ったぞ。その素直さや吸収力には脱帽だ」
「柏田美樹! 何十年ぶりに食べた梅干しはやっぱり俺の口には合わなかった。その実行力はお見事。楽しませてくれてありがとう」
「金子雅也! 持久走大会で1位で走っている時の気分ってどんな感じなんだ。先生に教えてくれ。最後に2位を引き離した粘り強さは努力の賜だよ」
「北村亮太! 何だかんだ言って亮太には本当に助けられた、あの涙は忘れないよ。亮太、またどこかで会おうな」
「島田奈々! 市内ハードル走ナンバーワンの称号は奈々ちゃんのものだ。修学旅行の夜に聞いた好きな子ナンバーワンも奈々ちゃんだったよ」
「菅原真希! 真希ちゃんの優しさに癒されました。真希ちゃんがいなかったらあの映画も生まれなかったよ。ありがとね」
「田口航! 学級委員お疲れさま。個性的な3組をよくまとめてくれたね。グッチの真面目さは誰にも真似できない最大の武器だぞ!」
「塚越巧透! 長縄跳びで縄がどんなに速く回っても、ミスらずに跳んだのは、巧透、お前だけだ。すごすぎるぜ!」
「長谷川優衣! 学級委員はもちろん、長縄跳びでは縄の回し役としてよくがんばったね。先生は体力よりも優衣ちゃんのその優しさで回し手に選んだよ。みんなを気持ちよく跳ばせてくれてありがとう」
「花崎真理! お前は本当にすごいな。でもがんばり過ぎにはちょっと心配したぞ。まあ、時には羽目を外したっていいんだ。それができないことはわかっているけどね。いつか大人になったら聞いてみたいことがあるんだ。俺が担任でよかったか?」
こうして私は6年3組38名の名前を呼び、一人一人の卒業証書授与を見送った。
卒業式が終わった。私と子どもたちはもう一度教室に戻った。それは最後に残された別れの時間となった。
「みんなと過ごしたこの1年は私の一生の宝です。
人の人生約80年からすれば、たったの1年ですが、絶対に忘れることのできない1年になりました。
先生はみんなを選べません。もちろんみんなも先生を選べません。運命によって巡り会えたこの仲間は、思い出とともに一生の宝物です。これからも大切にしていきましょう。
それから、学校では先生と生徒という関係でしたが、後何十年もすれば、人と人の付き合いが始まります。先生はそれを楽しみにしています。もっと歳をとれば、お互いにおじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれることにもなるしね(笑)。
今日まで本当にありがとう。1年間本当にお世話になりました!」
今日の私は涙を見せずに笑顔で話し、子どもたちの前で深々と頭を下げた。
10秒くらいたったと思う…。
顔を上げると子どもたちはみんな泣いていた。結局、私も…。そして、今度はみんなで「エールを君に」を歌った。
◇
誰もいない教室。廊下側の壁には、感謝の会の時にお花紙で作った「ありがとう」のメッセージ。そして、黒板には子どもたちが書いた「さよなら」のメッセージ。
夕陽が差し込む教室に、たった一人の私。目を閉じると子どもたちの声が聞こえてきそうだが、すべてがもう思い出に変わってしまった。
私は一人一人の机に触りながら、最後のお別れの言葉をつぶやいた。
「ありがとう…さようなら…」
◇
そして、また春、新学期がやってきた。
執筆/浅見哲也(文部科学省教科調査官)、画/小野理奈
浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。