なぜ今、学級経営に力を注がなければならないのか(赤坂真二先生)

なぜ今、学級経営を重視する必要があるのでしょうか。小学校教員としての経験を生かして、長年、学級経営の重要性を訴えてきた上越教育大学の赤坂真二教授に聞きました。

赤坂真二先生顔写真

赤坂真二(あかさか・しんじ) 上越教育大学教職大学院教授。新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現所属。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。2018年3月より日本学級経営学会共同代表理事。『アドラー心理学で考える学級経営』(明治図書)など著書多数。

学級経営を重視すべき理由

これまで多くの学校は、教科指導に比べ、学級経営にはあまり力を入れてこなかったと思うのです。しかし、その考え方を改めるべきときが来ています。これからの学校は、学級経営にもっと意図的に、計画的に取り組む必要があります。私がそう考える理由は、3つあります。

1つ目は、時代の要請です。令和3年1月26日の中教審の答申(「令和の日本型学校教育」の構築を目指して)の概要の中で、私が注目しているのは以下の部分です。

一人一人の児童生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが必要

文部科学省『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して 』より

これは、世の中の変化を見据え、このような子どもたちを育てていくのだ、という文部科学省からの要請だといえます。ポイントは3点あります。1点目は「自分のよさや可能性を認識」、2点目は「あらゆる他者を価値のある存在として尊重」、3点目は「多様な人々と協働」です。これらのことを育成していくには、その前提として、学びの場としての学級経営の充実が求められるのではないかと考えます。

また、学習指導要領が改訂され、子どもたち一人一人に育成すべきものが「確かな学力」から、「3つの資質・能力」へと転換されました。現在の学習指導要領では、学級経営は「特別活動の資質・能力の実現によって深化していく」と書かれています。特別活動の資質・能力とは、協働の知識・技能を学び、話合い・合意形成・意思決定の能力を身につけ、そういった営みを通して人間関係を形成し自己実現していく、そのような子どもを育てることを意味します。それにより、学級経営が充実し、学びに向かう学習集団へと成長していく、そのように設計されているのです。

学級経営の目的も、新旧の学習指導要領を見比べてみると、大きく転換したことがわかります。旧学習指導要領でも学級経営の充実は求められてきましたが、それは「生徒指導の充実のため」でした。いじめ、校内暴力、学級崩壊、モンスターペアレンツなど、時代とともに様々な教育課題が山積するなかでは、学級集団を安定させるための学級経営をする必要があったからです。

新しい学習指導要領でも、その点は引き継がれていますが、それ以上に「主体的・対話的で深い学び」との関連が強く打ち出されています。授業改善をして「主体的・対話的で深い学び」という高度な学びを実現するためには、子どもたちの主体的で自治的な取り組みが不可欠であり、それは質の高い学級集団がなければできないことです。そのため、学級経営の充実の目的が「生徒指導の充実」から「授業改善」へと転換したのです。つまり、「主体的・対話的で深い学び」を実現するために、子どもたちが協働し、自ら問題解決していくような学級集団づくりが求められています。

コロナ禍だからこそ

学級経営を重視すべき理由の2つ目は、コロナ禍による影響です。昨年度、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、全国の学校が臨時休業になったことで、学校が存在する意味が改めて問われました。ご存じのように、学びの場としてだけではなく、子どもの居場所としての福祉的な役割が再評価されました。そんな中で、児童虐待件数が増加し、家庭に居場所がなく、学校が唯一の居場所となっている子どもたちがいることも明らかになりました。そのような子どもたちのためにも、学校での居場所となっている学級の機能を高めていかなければならないはずです。学校は感染拡大の第6波に備え、感染対策をしていればいいわけではありません。居心地のよい学級をつくるために、子どもたちのつながりを、もっと大事にしなければならないはずです。

3つ目は、子どもの「今」の充実です。学習指導要領の改訂にあたり、中教審の委員たちが答申をまとめていく過程で、盛んに議論されたのは未来社会です。このままでは10年後、20年後にこの国は大変なことになりますよと、未来への危機感をベースに議論が行われました。そして、子どもたちを焚きつけるようにして、いろいろな取り組みを進めてきました。これは言い換えれば、子どもたちの「今」よりも未来の生活を優先した、ということです。

しかし、子どもたちの「今」は学校にあります。学校生活が充実していなければ、子どもたちは自分の未来など構想できるわけがありません。例えば、学校に行きたくない中学生がいるとします。地域によってはフリースクールのような民間の教育機関に居場所を見つけることができるかもしれませんが、近隣に公立学校しかなければ、家に引きこもるしかなくなります。このような事態を防ぐためにも、学級経営を充実させ、子どもたちの居場所をつくっていく必要があります。それが子どもの可能性を拓いていくことになるのです。

目指すのはどんな学級か

では、学級経営によってどんな学級集団を目指せばいいのでしょうか。安定性、主体性、多様性の3つの軸を使って説明します。まず、安定性の軸は、集団を維持するためのルールと基礎的な信頼に支えられた落ち着いた状態を意味します。これまでは安定性が担保されていればよかったのですが、学習活動と学級経営の関連が強調されましたので、今後は主体性の軸も求められます。主体性とは、活動場面における自発性が高く、協働によって学びを共有し、新しい価値を生み出すことです。さらに、他者を尊重する多様性の軸も必要です。子どもたちにはそれぞれの思いや願いがあります。その違いを認め合い、それぞれのあり方を尊重し承認し合うことが求められます。

学級集団に求められる3つの軸
これからは安定性だけではなく、主体性が必要。多様性によってどれだけ奥行きを持たせることができるかが重要となる。

学級経営に取り組む方法にはいろいろありますが、上越教育大学教職大学院の私の研究室が取り組んでいる「クラス会議」はその一つです。これは安定性軸、主体性軸、多様性軸の3つを満たす学級を実現しようとするときに、非常に役立ちます。しかも、クラス会議で育てるものは、共同体感覚です。学級の子どもたち一人一人の共感性を高めていくことになりますので、互いにケアする学級になっていきます。

クラス会議では、子どもの個人的な悩みや学級の課題を議題とし、学級の子ども全員が輪になって座り、順番に意見を出し、解決策を探していきます。

例えば、「朝起きられなくて困っているんです」と悩んでいる子どもがいたら、みんなが真剣に話を聞き、悩みを解決しようとします。その話合いのなかで、悩みを相談した子どもは「みんなが僕のことを考えてくれる。大事にしてくれている」と感じ、「僕もみんなのために何かできることはないだろうか」と考えるようになります。そういう時間を連続的に過ごすことによって、子どもたちの関心は仲間、学級、学校、社会と広がり、より大きなコミュニティへの貢献を意識するようになります。

また、子ども一人一人が好き勝手なことをしていたら、学級でみんなが気持ちよく過ごすことはできません。例えば、「みんながいるときは、物事は交代でやろう」という価値が共有されていない学級は結構あります。典型的なのは、授業中に手を挙げた子どもばかり発言している学級です。このような学級では、発言しない子どもは「私はこの学級ではいらない存在だ」と思ってしまうようになるでしょう。ですから、物事は順番でする、そういった小さなことをしつける必要があります。

しかし、今までの学級経営では、教師は自分にとってやりやすいルールをつくり、多様な子どもたちをまとめようとしていました。その結果、子どもたちは不適応を起こし、その対応に教師は疲弊していたのです。クラス会議では、「Aさんの願いも、Bさんの願いも、Cさんの願いもみんなわかるよ。だけど、学校に来たら、こういうのを目指してみない?」と教師が共通の価値を提案します。共通の価値とは、「私たちの価値」にすることを意味し、それを共通の目標(課題)として、みんなで取り組んでいくのです。これを共同注視と言います。今までの学級経営のように子どもと教師が向き合うような関係になるのではなく、教師も子どもたちも同じものを目指す同志になるのです。

クラス会議では、必ず話合いのときは輪になって座り、順番に全員が話します。大事なことはみんなで決めて、みんなで決めたことは必ずみんなで守ります。このほかにも、コミュニケーションをとるときに人を責めない、どんなに正しいことでも人を傷つけてはいけない、思いついたことはちゃんと言う、などのことをしつけとして行っていくのです。

つまり、「どう? こういうクラスにしていかない?」と教師が子どもと共有したい価値を示し、子どもの願いと折り合いをつけながら、コミュニティをつくっていくのがクラス会議です。ですから、クラス会議は話し合う内容そのものが大事なのではなく、「人と協働して、人と共生するために必要な価値や態度を身につける時間」と言っていいかもしれません。 

取材・文/林孝美

『総合教育技術』2021年12/1月号

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