「ホリスティック教育」とは?【知っておきたい教育用語】
世界はいま、環境問題や格差による分断で危機的状況にあります。人間や世界をおたがいにつながり合ったものとして捉える「ホリスティックなものの見方」はこれからの学校教育にとって欠かせないものです。
執筆/大阪府立大学准教授・森岡次郎
目次
「ホリスティック」とはどんな意味か
「ホリスティック(holistic)」の語源は、ギリシャ語の「ホロス(holos)」という言葉です。ホロスの派生語には、「全体」「聖なる」「癒やし」「健康」などを意味する言葉があります。
「ホリスティック」という形容詞は、「包括的」「統合的」「総合的」などと訳されることもありますが、こうした言葉では、ホリスティックに含まれる多様な意味内容が十分には表現しきれないため、カタカナ語のままで用いられています。
「つながり」を重視する「ホリスティックなものの見方」には、たとえば、人間の「こころ」と「からだ」をつながったものとしてみる、「個人」と「共同体(社会)」を連続したものとしてみる、「人類」と「他の生命」との連関を意識する、といったことなどが挙げられます。
人は不安や悩み事があれば身体が不調となり、逆に身体に痛みがあれば気持ちは晴れません。私たちは個人として生きていますが、家族の構成員でもあり、地域社会に生きています。そして、この地球上で循環する生命体の一部でもあります。
そう考えてみると、ホリスティックという「ものの見方」は私たちの日常的な実感からそれほどかけ離れていません。分解して要素に還元するのではなく、連続してつながったものとしてみるという「ホリスティック」の概念は、教育に限らず、医療や農業の分野などにも用いられています。
ホリスティック教育とは
ホリスティック教育は「つながりの教育」もしくは「全体性を目指す教育」と言い換えることができます。それは、方法論が確立された特殊な教育技術ではありません。また、教科や分野を限定した教育方法でもありません。教育に対する「ものの見方」です。
ホリスティック教育は、1970年代以降に、北米を中心として展開してきました。その背景には、近代という時代への批判意識があります。近代の「発展」とは、「分断」「細分化」とほとんど同義です。近代化のプロセスにおいては、集団よりも個人を重視し、今まで一つだったものを切り分ける作業が進められました。
現在、近代以降に進められてきた人類の発展は行きづまりを見せています。産業の発展による環境問題や、経済格差の拡大、人権に関する問題などの世界的な課題は、「今だけ、自分たちだけ」という近視眼的な発想では解決することができません。
また、学問分野は高度化・複雑化し、知識がより細分化されています。専門に特化すればするほど、その最先端の研究が学問全体の中で、また私たちの社会の中で、どのような意味や役割があるのかをとらえることが難しくなっています。
ホリスティック教育の必要性
日本の学校教育においても、たとえば知育偏重の詰め込み教育が問題化し、「心の教育」が重視され始めました。国語や算数、理科、社会といった教科ごとの、さらには各教科の単元ごとのつながりが見えにくくなり、子どもの生活と乖離していることが問題とされ、「生活科」や「総合的な学習の時間」が創設されました。
ユネスコが提唱するESD(持続可能な開発のための教育)や国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)といった概念は、「自分たちだけ」を超えた組織による、グローバルで将来的な問題を解決するための、ホリスティックな「ものの見方」を備えたものであるといえます。
「こころ」と「からだ」をつなぎ、自己と他者をつなぎ、自分たちと世界をつなぐ。教科間のつながりを意識する。目の前の子どもを、テストのスコアや表層的な情報によって判断するのではなく、一人の人間として(全人的に)まるごと受容する。人類と他の生命や地球環境とのつながりについて考える。──そうした「ものの見方」にもとづくホリスティック教育は、特定の時間で取り扱うように制度化し、方法論を確立するというようなものではありません。逆に言えば、どのような教育場面においても、ホリスティック教育を実践することは可能です。
目に見えないものへの対し方
一方、ホリスティック教育には留意すべき理論的・実践的な課題もあります。それは精神世界との距離についてです。
近代以降の学校教育においては「宇宙」や「大いなる自然」、宗教的な領域とのつながりは、警戒され、排除されてきました。しかしホリスティック教育においては、そうした精神世界や宗教性とのつながりという「ものの見方」が重視されている側面もあります。
それ自体がすべて問題だというわけではありませんが、目に見えない領域や自分を超えた存在とのつながりを意識すると、批判的に思考することが難しくなり、全体主義へとつながりかねません。
教育の現場においては、目に見えない領域(精神世界、オカルト)や全体主義などへ近づくこと、「つながり」や「一体感」を安易に強調することには慎重になる必要があります。
とはいえ、「学力」も「主体性」も「子どもの心」も「社会」も、原理的には目に見えません。私たちはほとんど無意識のうちに、目に見えないものを過剰に重視しています。「目に見えない」からといって、それだけで教育現場から排除される理由にはなりません。
子どもを部分で評価しないこと。教科間のつながり、学習と世界のつながりを意識すること。目に見えない領域を大切にすること。短絡的な成果を求めないこと。──こうした点が、ホリスティック教育の重要なポイントになります。
▼参考文献
ジョン・P. ミラー著、吉田敦彦他訳『ホリスティック教育─いのちのつながりを求めて』春秋社、1994年
吉田敦彦『ホリスティック教育論─日本の動向と思想の地平』日本評論社、1999年
中川吉晴『ホリスティック臨床教育学─教育・心理療法・スピリチュアリティ』せせらぎ出版、2005年
日本ホリスティック教育協会編『ホリスティック教育入門 復刻・増補版』せせらぎ出版、2005年
日本ホリスティック教育協会編『対話がつむぐホリスティックな教育─変容をもたらす多様な実践』創成社、2017年
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