教科調査官インタビュー:コロナ下での低学年体育科の授業づくり
塩見英樹(しおみ・ひでき)●1994年、京都市立上鳥羽小学校に教諭として赴任。京都市立音羽小学校で教諭、副教頭を務めたのち、2015年に京都市教育委員会体育健康教育室で指導主事、主任指導主事。2019年からスポーツ庁政策課教科調査官。趣味は歴史小説の読み比べ。「同じテーマでも作者によって捉え方が違うのが面白いですね」
目次
コロナ禍では、年間指導計画の変更と学習活動の重点化が大切
―コロナ禍において、体育はどんなところに配慮して指導する必要がありますか?
塩見 二つの点で考えていただきたいと思います。
一点目が、「年間指導計画の変更」です。具体的には、3密などがさほど想定されない、例えば、個人でする運動、なわ跳びであるとか、個人で行うかけっこであるといった学習は、年間計画の前半にもってきて学習していきます。コロナがなければ中盤や後半に置いていたものでも、3密にならない単元を先に行うという考え方です。
ただし、今後また大きな波が来て、学校が臨時休業等を余儀なくされたときの対応についても考えていく必要があると思います。それについては、令和2年5月15日に「学びの保障」(新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた学校教育活動等の実施における「学びの保障」の方向性等について)という通知を発出しました。
その中で書きましたが、年間指導計画を変更したり、夏休みや冬休みといった長期休業期間を短縮したりすることで、授業日数を生み出す工夫をしても、年度当初予定していた内容の指導を本年度中に終えることが困難な場合の対応については、次年度以降を見通した教育課程を編成する。
二点目が、学校の授業における「学習活動の重点化」です。例えば、6時間のマット遊びを計画していたけれど、再び臨時休業となって6時間も時間数が取れないとなったとき、学校で授業を3時間行い、残り3時間分については学校以外の場で学習を行うという考え方です。コロナ下の指導においては、特例的な対応としてホームページに学習教材をアップロードするといったことも考えられます。
―密にならない学習を年間指導計画の前半にもってきたけれど、密にならざるを得ない学習が残ったとき、どう指導すべきですか?
塩見 スポーツ庁政策課学校体育室から令和2年10月7日に、「今年度の体育における学習活動の取扱いについて」という事務連絡を発出し、小学校では、高学年のゴール型を例に取り上げました。低学年では、ボールゲームにあたります。特性上、どうしても子供たちが密集しなければならないようなこれらのゲームをどう指導すればよいのでしょうか。
一点目は、1チーム3名程度の「特定の少人数」で行うことです。
二点目は、「特定の対戦相手」に限定すること。感染を広げないという観点から、いろいろなチームと対戦するのではなく、今日は赤チームと青チーム、黄色チームと緑チームのように対戦相手を特定します。
三点目は、「活動時間の3分の1程度」にすること。45分間の授業の中で、最初の5分が準備運動など、残り5分がまとめやふり返りだとすると、活動時間はおよそ35分。35分の3分の1程度ですから、10分か15分ぐらいからゲームを始めていく。
このようなことに配慮すれば、たとえ短時間でも子供たちが望むゲームを行うことができると思います。いつまでも「ボールを一人で扱いなさい」と言われても、子供は楽しくないですから。
ただし、感染状況は地域によって異なります。もう数か月も感染者が出ていない地域もあれば、そうではない地域もあります。この事務連絡を発出する前に、オンラインの協議会を開いて、全国の指導主事に説明したのですが、すでに学習が進んでいる地域は、後戻りしないでくださいということを繰り返しお伝えしました。
すでに、十分な活動時間をとってゲームをしていたのに、この事務連絡が出たから、活動時間を3分の1にしなければならないということではありません。「感染レベル1だけれど、やってもいいのかな?」と迷ったときに、こういったところからスタートできませんかという例をお示ししたものです。子供たちにとってより楽しい体育となるように、先生方も今回の事務連絡を参考にして、授業に臨んでほしいと思います。今後、新たな波がやって来れば、もちろん子供たちの安全を第一に考えなければなりません。
場の設定を工夫し、遊びを大切にした授業を!
―子供たちがもっと運動したいと思えるような授業づくりについて教えてください。
塩見 子供たちが楽しくて、自分たちで工夫して、時間を忘れて熱中するような授業をめざしていただきたいですね。そういう遊びを大切にした授業では、場の設定がポイントになります。
例えば、マット遊びの単元なら、「冒険島」と名付けて、坂の場をつくったり、細いマットをつなげたり、そしてその横にはワニの絵を置くなどして、子供が思わず回りたくなるような場を設定します。それと同時に先生も一緒に楽しむという姿勢が肝要です。
先生方には二つの目をもっていただきたいと思っています。一つは、先述したように、「子供と一緒になって楽しむ目」。思わず笑顔になって「面白いね」とか、「先生も一緒に入れて」とか、子供と楽しさを共有することです。
それと同時に、もう一方では「冷静に子供を見取る目」も必要です。その遊びは、子供たちにどんな資質・能力を育むことにつながっているのか。その二つの目をもって、授業に臨んでほしいと思います。
例えば、水遊びの授業では、顔を水につけるとか、鼻から息を出すとか、そういう力を低学年のうちにきちんと身に付けたい。だからといって、「全員、今から顔を水につけなさい」とか、「全員、鼻から息を10秒吐き出しなさい」とか、その力を付けさせたいがための指導になってしまうと、水遊びが苦手な子供はますます嫌いになってしまうでしょう。
そうではなくて、遊びの要素をふんだんに取り入れるのです。例えば、プールの中にキラキラする石をたくさん入れて、「AチームとBチームは今から対戦するよ。どっちのチームが勝つかな?」とすれば、子供たちの負けないぞというやる気が高まります。そして、子供たちは夢中になって石を拾い、「先生、拾ったよ」とか、「当たりって書いてあった」といった声が出るはずです。そうしたら、先生も一緒になって「すごいね」とか、「当たりが出たんだ。やったね」と、一緒に楽しみながらも、顔を水につけられているかなど、その単元を通して付けたい力が子供たちに育まれているかどうかをしっかり見取っていく。ただし、そんなことはおくびにも出さず、子供と一緒に楽しみながら行います。
技能だけに注目すると、運動が苦手な子は報われない
―運動が苦手な子にはどのような対応が有効ですか?
塩見 体育の授業でほめるというと、何段の跳び箱が跳べるとか、技能に目がいきがちです。でも、先生が技能だけに注目してほめると、苦手な子には厳しいですよね。体育も他の各教科等と同じで、育成を目指す資質・能力が三つの柱に整理されました。
例えば、マット遊びの単元なら、最初は、「学びに向かう力、人間性等」に焦点を当てて、友達と仲よく運動する姿等ををほめる。後半では、「思考力、判断力、表現力等」に焦点を当てて、マットのどの場所で回ろうかと自分なりに考えて選んでいる姿をほめる。後半では技能も高まりが出てくるので、もちろん「知識及び技能」もほめる。つまり、単元を通して、三つの視点から子供のよさを認めてあげることが大切です。
低学年なりに、体育が得意な子、苦手な子という思いはあると思います。だから、意図的に先生が苦手な子を取り上げて、「今日はAさんのこんなところがよかったよ」と、子供たちに具体的に返すようにします。子供たちはマットが得意なのはBさんなのに、先生がほめたのは苦手なAさんだったと最初は戸惑います。でも、話を聞いているうちに、「なるほど、そういうことが大事なんだ」と理解して、Aさんを見る目もだんだん変わってくるでしょう。そうやって毎時間コツコツと子供たちの自信を育んでいけば、中学年に向けて、体育好きや体育が得意な子が増えていくのではないかと思います。
―体育科における新学習指導要領のポイントについて教えてください。
塩見 特に一、二年生の先生方にお伝えしたいのは、楽しくて身に付く体育学習を、安全というフレームの中で行うということです。
繰り返しになりますが、子供たちが楽しめる遊びの授業の中で、その単元で育成を目指す資質・能力がきちんと育まれる授業を目指してほしいと思います。どんなに楽しくても、怪我をしてしまっては、運動好きになるのは難しいでしょう。だから、安全面には十分に配慮していただきたいと思います
取材・文/長 昌之 撮影/西村智晴
『教育技術 小一小二』2021年1月号より