発達心理学の専門家が教える 低学年の特性と伸ばし方
不安と期待でいっぱいの新学期。低学年の子供たちが、いきいきと学校生活を送るためには、教師が子供たちの特性をしっかりと把握することが大切です。発達心理学の専門家・渡辺弥生先生に、低学年の特性と上手な指導方法をお聞きしました。
わたなべ・やよい●法政大学文学部心理学科教授。同大学院ライフスキル教育研究所所長。教育学博士。専門は、発達心理学、学校心理学。著書に、『小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング』(明治図書)、『感情の正体 発達心理学で気持ちをマネジメントする』(筑摩書房)など多数。
目次
特性① 緊張と不安感でいっぱい
保育園や幼稚園の生活と違って、低学年では学習という時間が加わります。環境ががらりと変わり、子供たちは緊張や不安感でいっぱいです。そんなとき、接する担任の教師自身がピリピリしないようにしたいものです。
醸し出すピリピリした空気は、話し方や表情から敏感に子供に伝わり、不安感を大きくしてしまうことにもなりかねません(情動感染)。
学級全体に和やかな雰囲気をつくり上げていく工夫が大切
「分からないことやできないことは、すぐに先生に聞いてね」と、登下校の際や休み時間に、優しく伝えるのがよいでしょう。そのうえで、「今何してるの?」「これが好きなの?」と、声をかけながら、学級の一人ひとりに関心をもっていることが伝わるようにします。存在を認めてあげることは、子供たちを安心させます。
コミュニケーションをとりながら信頼関係を築こう
その場に応じて、目線、声の高さや大きさなど話し方を意識して、的確なアプローチを心がけてください。まずは、できるだけ具体的に、シンプルで、分かりやすい言葉で話しかけるとよいでしょう。
「礼儀が大切」というよりは、「朝は、よく聞こえるような声で、おはようございますってあいさつしようね」といったように、子供たちがすぐに理解し、行動できる話し方にします。
また、新たなスタートを前に、緊張でガチガチの保護者もいます。担任教師は、入学式や懇親会などで保護者と顔を合わせた際、子供に声がけするように、保護者の気持ちを和らげ、穏やかに接することを心がけましょう。
特性② 感情のコントロールが未熟
低学年は、保育園・幼稚園児と比べて、自分の感情(怒り、恐れ、喜び、驚き、悲しみ、嫌悪など)を理解し、ある程度、自分でコントロールできるようになってきています。騒いではいけない場面では静かにしようとしたり、悲しいときに泣きじゃくらずに言葉である程度伝えられるようになってきたりします。
しかし一方で、感情が多様で複雑になってくるため、それに適した表現方法が見付けられなかったり、集団生活で上手に感情コントロールができなかったりする場面も見られます。このような場合、ソーシャルスキルを身に付ける指導が有効です。
ソーシャルスキルを身に付ける
ソーシャルスキルとは、「他人と上手に関わるための技術やコツ」のことをいいます。これを身に付けることで、経験を重ねながらも円滑な対人関係を築き、維持することができるようになります。
かつては、人生に必要なソーシャルスキルを、子供たちは遊びを通して学んでいました。しかし現代では、少子化や子供たちの生活スタイルの変化により、自由に遊ぶ絶対量が減り、「友達を思いやる」「がまんする」「へこんでも立ち上がる」といった、人間関係を築くためのスキルを学ぶ機会が減ってきています。
教師は、そのような子供たちの状況を理解し、他人と上手に関わるための技術やコツを子供たちに伝えていく役割があります。学級が、日常的にソーシャルスキルを安心して伸ばすことのできる場所になるようにしましょう。子供たちに望ましい考え方や行動のしかたを具体的に教えていくとよいでしょう。
特性③ 気持ちがうまく伝えられない
入学式や初めての進級を迎え、新たな環境で、「友達と仲よくできない」「相手に思いやりをもてない」といった葛藤やトラブルは少なくありません。むしろ、こうした生活の中で、次第に解決のしかたやより望ましい考え方、気持ちのマネジメントのしかたを学んでいくものです。
低学年は、まだ、相手の表情や話し方から、怒っているとか悲しんでいるとかを、正確に想像するのは難しい年齢でもあります。笑いながら言った言葉でも、その言葉自体の影響を強く受けることもあります。そんなときは、担任として、例えば、「どうしてそんなこと言ったの?」と、言葉に出して相手に伝えることの大切さを、繰り返し子供たちに伝えていくとよいでしょう。
いろいろな「気持ち」があるということに気付かせる
はじめのうちは、自分の感情と一致する言葉を、すぐに探し出せない子供もいるでしょう。そんな時は、先生が、「今どんな気持ちなのか」ということを、子供たちにていねいに聞き、子供の気持ちに寄り添う言葉を教えるようにしてください。
例えば、子供が泣いているといつも「悲しい」と決め付けず、子供にしっくりする言葉を一緒に考えるとよいですね。泣いているときの感情は一つではないはずです。その裏には、不安な気持ちや悔しい気持ち、苦しい気持ちが入り交じっているかもしれません。
悲しい気持ちの裏側を先生ができるだけ汲み取り、「悔しいから涙が出てきたのかもしれないね」といったように気持ちにはいろいろあることに気付かせましょう。すると次第に、自分の心の状態にピタッとくる感情を表すことができるようになっていきます。
また、相手の気持ちが理解できるようになった場面を見付けたときは、「自分が悲しい経験をしたから、悲しい気持ちの相手を思いやれるようになったよね」と、相手の気持ちにも意識が及ぶようになったことを、認めてあげるといいですね。成長を見付けてもらえることは、子供にとって何よりも嬉しいことです。
いろいろな表現や語彙に触れる機会を増やす
読書や読み聞かせを通して、子供自身が表現や語彙を自主的に鍛える機会を増やすことも重要です。読書や読み聞かせ以外にも、写真やビデオなどを使って、「相手を理解する力」と「相手に自分の気持ちを伝える力」のレパートリーを増やすような指導をしましょう。
特性④ やってはいけないことをまだ理解できていない
低学年は、学校生活に慣れるまでに時間がかかります。慣れない環境で、子供たち同士がトラブルになってしまうこともあります。「やってはいけないこと」と「やってもいいこと」の境界線があいまいで、まだうまく理解できていないからです。
理解するまで時間をかけてていねいに説明する
そんなときは、まずトラブルになってしまった子供たちを叱り飛ばすのではなく、どうして喧嘩になってしまったのか、当人たちに、じっくりその原因を聞くことが大切です。やってはいけないことをしてしまった子供には、それがいけないことであるということを、時間をかけていねいに言葉で説明する必要があります。
「先生は、あなたを叱っているのではなく、なぜこのことがいけないことか、あなたに分かってもらえるように言っているのだ」ということを、伝えるようにしましょう。性格のせいにするような話し方をせずに、具体的にどのような行動が未熟だったかに気付かせるようにします。相手の立場に立って、相手の気持ちに思いを巡らせることも大切です。当人が理解できるまで、何度も説明することがポイントです。
特性⑤ 集中することに不慣れで長時間座っていられない
椅子に座って学ぶ時間が増えてきても、一年生では、まだ長時間、じっと座っていられない子供もいるでしょう。授業に集中させるためには、こまめに気分転換の時間を挟むように工夫してください。
15分に一度くらいがよいでしょう。みんなで全身を使って深呼吸してみたり、簡単な手遊びをしてみたりすると、子供たちもだんだんと飽きずに座っていられるようになっていきます。
目標を設定して集中を持続させる
また、目標を設定するのも効果的です。その場合、時間的にすぐに達成できないような目標ではなく、例えば、「この問題ができたら、みんなで楽しい手遊びをしましょう!」とか、「1週間通して○○ができたら、○○の絵本をみんなで読みましょう!」といったように、近い未来の目標を設定することで、子供たちのやる気もアップし、飽きずに学習に集中できるようになるでしょう。
学級みんなで共通の目標を設定することも効果的です。子供たちで話し合い、1週間ごとの目標を考えてもよいかもしれません。目標を達成することで、子供たち同士に自然と協調性が生まれます。
教室環境を整えることも重要
集中力を持続させるためには、教室環境を整えることも重要です。 教室が荒れていると、そこで毎日学ぶわけですから、心も荒れてきてしまいます。
ごみはごみ箱に捨てる、教室の掃除をきちんとすることは基本中の基本ですが、授業の終わりや帰り支度の際は、引き出しやロッカーの中を整えたり、机や椅子を真っすぐに整えたりするなど、いつも教室をきれいな状態に保てるように、子供たち自身に習慣付けさせる指導を心がけたいですね。
さらに、ワクワクした気持ちになる環境づくりも考えたいものです。教室のデザインで子供自身が携われるところを、みんなでトライするのはどうでしょう。折り紙で飾ったり、後ろの黒板にみんなで考えた言葉や絵を描くコーナーをつくったりしてもよいですね。
掲示物に気を配って
教室環境を整える際に見落としがちなのが、掲示物です。脈絡なく標語やお便りを壁に何枚も貼り付けていませんか? 掲示物が曲がっていたり、剥がれかけていたりしていませんか?
「朝は元気にあいさつしましょう」「廊下は静かに歩きましょう」と書かれた掲示物が破れていたら、子供たちはそれを実践する気になるでしょうか? 子供たちが見やすい位置に、分かりやすい掲示を心がけるようにしてください。
簡単な標語やお知らせでも、そこに書かれている意味について、一度子供たちに説明してから貼るようにするとよいでしょう。「思いやり!」という一言が掲示されているより、「優しくしてもらったら『ありがとう』と伝えよう!」といったメッセージを掲示するのはどうでしょう。理解が深まり、子供たちの成長にもつながります。
ワクワク感を育てることが子供たちの成長につながる
学ぶことに慣れていない低学年の子供たちには、学ぶのは楽しいということを、先生が工夫して、全力で伝えてあげる必要がありま す。ここでも、何のために学ぶのかを言葉できちんと説明してあげてください。
それでも、はじめのうちはじっと座っているのに飽きてしまう子供や、疲れてしまう子供も出てきます。そんなときは、休憩を挟む他に、課題を達成した際に生まれる「ワクワク感」を伝えてあげてください。
ワクワク感を伝えるにはどうすれば?
「自分で決めさせること」がポイントです。例えば、低学年のうちは、4択から選ばせるようにしてみてください。あまり選択肢が多くても混乱させてしまいますし、少なすぎてもワクワク感は養えません。
質問に対して、4つの中から自分で回答を選び、正解したという成功体験が、子供のワクワク感を育み、もっと質問に答えたいという意欲につながっていきます。
また、この課題をクリアしたら、何に役に立つのかということも、ていねいに説明してあげてください。例えば、「引き算を覚えると、一人で買い物に行けるようになるよ」と、算数を学ぶことの楽しさを説明し、子供たちの意欲をかき立てるとよいでしょう。
「100円あったら、何が買える?」と、楽しそうに伝えることも、ワクワク感につながります。学習したり友達と協力し合ったりする楽しさを、ていねいに伝えていくことが大切です。
学校生活には、ワクワクがたくさんあります。「できたことを見逃さず評価すること」「できなかったことを次はできるように指導すること」が、子供たちのワクワク感を育むことにつながっていくのではないでしょうか。
取材・文/青木真理 イラスト/浅羽ピピ
『教育技術 小一小二』2020年4/5月号より