インタビュー/大森直樹さん 現場が求めているのは授業時数の削減! 小学校の授業は1日5時間までに【授業時数問題 解決へのヒント①】
「授業時数が多すぎる」、そう感じている小学校の先生は、全国にたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。今までは学校や先生方の工夫で何とかこなしてきましたが、これから先もこのままでいいのでしょうか? 中教審で次期学習指導要領の議論が行われている今だからこそ、現場の声を上げ、具体的に何をどう変える必要があるのかについて考えてみませんか。連載の第1回は、授業時数について研究している東京学芸大学の大森直樹教授にお話を聞きました。

<プロフィール>
大森直樹(おおもり・なおき)
東京学芸大学 現職教員支援センター機構教授
1965年東京生。1993年東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京学芸大学教育学部助手を経て現職。専門は教育史。2021年に同大学特別支援教育・教育臨床サポートセンターの教育の現代的課題に関わる研修支援事業(2022年より現代的教育課題に関わる研修支援事業)により開設した防災学習室の運営教員を担当。日本教育学会会員。公教育計画学会会員。教育史学会会員。日本教育史学会会員。『学校の時数をどうするか-現場からのカリキュラム・オーバーロード論』(編著 明石書店、2024)など著書多数。
標準時数は歴史的にどう変化してきたのか
目次
小学校の授業時数は国が定める標準時数に基づいており、標準時数は学習指導要領と合わせて改訂されてきました。現在、中教審では学習指導要領の改訂に向けた議論が始まっていますが、本当は標準時数の改訂に向けた議論についても同時に進めていく必要があります。しかし、これまでは授業時数については十分な議論がされてこなかったのです。
私が授業時数の問題の研究を始めたきっかけは、今から10年ほど前のことです。わが子がお世話になっていた学童保育のベテラン指導員が「近ごろは子供たちがなかなか学校から学童へ来ない」「やっと学童に来てもぐったりしている」とつぶやいていたのを聞いたからです。
今、多くの小学校では、4年生以上の子供に1日6時間の授業を行っていますが、それは子供の生活に合っているのでしょうか。その問題意識から、標準時数の変遷について公立小学校の教員の見解を把握し、標準時数の改善に生かすための調査を、2023年7月から9月にかけて行いました。
その調査結果の中で、小学校の先生方にぜひ知っておいてほしいことがあります。それは、標準時数が歴史的にどう変化してきたのかです。
大前提として、日本の制度では1968年以降、国が標準時数を定めて、学校がそれに基づいて教育課程を編成するという仕組みになっています。標準時数のあり方が、現場に及ぼす影響は大きいのです。だからこそ、標準時数が、どういうふうに変化してきたのかをつかんでいただきたいと考えます。
まず、下のグラフをご覧ください。これは、小学生の「平日1日の時数の変遷」を表したものです(「平日1日の時数」は聞き慣れない言葉かもしれませんが、これは私が提案している概念です。詳しくはグラフの下のCHECKをご覧ください)。

「平日1日の時数」とは、文部科学省が公表している総授業時間数を、単純に平日の日数で割って算出したものではありません。特別活動の時数を補正してあります。なぜかというと、小学校全学年の1977年の標準時数は5785時間であり、そのうち314が特別活動の授業時数でした。2017年の標準時数も5785時間です。標準時数だけ見ると同じ数字なのですが、特別活動の時数が209に減らされました。学習指導要領における特別活動の内容は変わっていませんから、標準時数の配当がない状態での特別活動の時間が増えた、ということです。つまり、標準時数の変遷をとらえるためには、特別活動の時数を補正する必要があるのです。例えば、小学校6年生の場合、特別活動の内数が各標準時数下で70になるように、補正しています。
また、学校が週6日制から5日制へ変わったのは2002年度からです。6日制と5日制では、子供への負担が異なります。6日制の場合は、週標準授業時数(特別活動の補正済)から土曜日の授業時数4を引いた値を、5日制になってからは週標準授業時数を、平日数5で割り、それぞれの「平日1日の時数」を算出しています。
小学校で標準時数制度が始まったのは、1968年です。1968標準時数のスタート時点では、標準時数を「平日1日の時数」で整理すると、小学2年生が4.4時間、4年生は5.4時間、6年生は5.8時間でした。
この当時のことを、数学者で教育学者の遠山啓(ひらく)は、「肥大な教育課程」という言葉で表現しています。そして、二つの弊害を指摘しました。一つ目は授業時数も内容も多かったので、多くの子供たちがそれについていけなくて、落伍者、今の言葉で言うと、「落ちこぼれ」がたくさん出てきてしまうのではないか、ということです。二つ目は、何とか授業についていった子供たちも、授業の内容を消化するのに忙しくて、自分の頭で考えることができなくなってしまうのではないか、ということです。これらの指摘は当時の先生方や保護者、行政の教育政策担当者など、様々な立場を超えて多くの人々に共有され、是正することになりました。
その結果、1977年標準時数はどの学年も減りました。ここからは6年生の数値を見ながらご説明しますと、平日1日の時数は5時間に減りました。これを「第1次ゆとり標準時数」と私は呼んでいます。そして、1989年標準時数では、これが継承されました。
ところが、1998年標準時数では、5.6時間に増えてしまったのです。これは学校が5日制になって平日が6日間から5日間に減ったことと、「総合的な学習の時間」を開設したことが影響しています。この5.6時間というのは、大変重い問題でしたが、標準時数の仕組みについて歴史をさかのぼって客観的に評価する専門の研究者がいなかったため、ほとんど議論されないまま進められてしまいました。
さらに、2008年標準時数では5.8時間になりました。これは外国語活動が始まったからです。この時点で1968標準時数に戻ってしまったのです。
現在の2017標準時数では6時間になりました。外国語が教科になったためです。
先生たちは、標準時数の変遷をどう思っているのか
私の専門は教育史研究です。その立場から言うと、1968年標準時数の5.8時間は、子供にはきつすぎると評価せざるを得ません。そして、2008年標準時数は子供にとってはかなり厳しい状況で、2017年標準時数ははっきりと厳しい状況であるといえます。
では、それぞれの標準時数下で子供たちはどう感じていたでしょう。みなさんもそれを知りたいと思うかもしれませんが、子供たちは、それぞれ一つの標準時数しか経験できません。そのため、複数の制度を自分の経験の中で比較してジャッジすることができないのです。
それに対し、先生方は複数の標準時数を経験し、子供の学習の様子がどうだったかをご覧になってきています。そこで、複数の標準時数を経験してきた先生方にご協力いただき、この変化をどう考えているのか、さらに、子供たちにとってはこの変化はどうなのかに関する調査を行い、経験値に基づいて歴史的な比較の評価をしてもらいました。Webでアンケートを行ったところ、小学校は2445人の先生方が回答してくださいました。自由記述欄には、まるで悲鳴のような声が多数寄せられました。
下のグラフは、1989年、1998年、2008年、2017年の4期の標準時数を経験した小学校の先生方、487名の回答をまとめたものです。

1989標準時数への回答を見ていただくと、約8割の先生方が「合っていた」「やや合っていた」と答えています。
1998年になると、プラスの評価とマイナス評価がちょうど半分で、拮抗しています。学校5日制、「総合的な学習の時間」の評価はそれほど悪くなかったということです。
2008年になると、8割以上の先生方がマイナスの評価をしています。
2017年の現行の標準時数に至っては、9割の先生方がマイナスの評価をしています。
同じアンケートで「各期の標準時数下の教育課程で、子供の学習は充実していましたか」という問いもしています。結果は同じでした。先ほどご紹介した教育史的な整理と、調査結果がぴたりと一致しました。つまり、「平日1日の時数」の変遷の解釈としては、現在は、子供が本当に厳しい状況に置かれていると結論づけてもいいだろうと考えています。