【シリーズ】高田保則 先生presents 通級指導教室の凸凹な日々。♯8 「周りの子を育てる」とはどういうことか?

通級指導教室担当・高田保則先生が、多様な個性をもつ子どもたちの凸凹と自らの凸凹が織りなす山あり谷ありの日常をレポート。情熱とアイデアに満ちた実践例の数々は、特別支援教育に関わる全ての方々に勇気と元気を与えるはずです。今回のテーマは「子どもと周囲の関係をつなぐ」です。
執筆/北海道公立小学校通級指導教室担当・高田保則
目次
はじめに
北海道のオホーツク地方の小学校で、通級指導教室の担当をしている高田保則(たかだやすのり)です。日々、子どもたちと向き合ってきた中で、感じたことや考えたことを記していきたいと思います。
なお、通級指導教室で出会った子どもたちの事例は、過去の事例を組み合わせた架空のものであることをご承知おきください。
今回は、「子どもと周囲の関係をつなぐ」をテーマに記してみました。言葉がゆっくりと育っている子は、自分の思いを周囲に上手に伝えることが難しい場合があります。また、様々な経過と背景により、攻撃的な言動に至ってしまう子は、周囲の人との良好な関係づくりが難しくなる場合があります。
そうした子を担当した特別支援学級担当の先生が、周囲との間に入って、関係を調整した事例を紹介します。ご感想をお寄せいただけますと、嬉しいです。
0.特別支援教育コーディネーターの私と特別支援学級担任のA先生
私は長年、通級指導教室の担当教員という立場とともに、校内の特別支援教育コーディネーターも担当してきました。同僚職員からの相談も多くいただきます。初めて特別支援学級担任をしたA先生は、この仕事の面白さを感じ始めました。
前回紹介した担当児童のKさんとは、良好な関係になり、特別支援学級で楽しく活動に取り組んでいました。A先生は、翌年も特別支援学級の担任を希望しました。そんなA先生が出会った、強烈なキャラクターの持ち主のMさんのエピソードです。
1.アイドルの入学
A先生が担当する特別支援学級に、1年生が入学してきました。小さなMさんでした。他の一年生より二回り小さくて、トコトコ歩く様子が可愛い子でした。Mさんの滑舌は極端に悪くて、何を言っているのか、さっぱり分かりませんでした。そもそも、Mさんの言っていることが、意味のある言葉なのかも定かではありませんでした。
Mさんのお母さんは、子育てに熱心な方でした。毎朝長い距離の通学路をMさんと歩いて登校しました。交通量が多い通学路を、Mさんが一人で登下校できるようになるのを目指していました。お母さんは、地域の親の会に所属し、最新の情報を交換していらっしゃいました。
小さなMさんは人懐こくて、すぐに高学年女子の人気者になりました。「Mチャ~ン♪」と声をかけられると、トコトコ走って行きました。“可愛い”は最強の武器です。特別支援学級のクラスメイトのKさんも、小さなMさんの虜になりました。
しかし、Mさんが、裏の顔を持っていたことに、その頃は誰も気付きませんでした。
2.アイドルの裏の顔
Mさんは、真面目な性格でした。小学校に入学したら、教科書を使って勉強をするのを楽しみにしていたようです。一方、特別支援学級の先輩のKさんは、座学の勉強が大嫌いでした。朝の会が終わると、Mさんは教科書とノートを取り出しました。一方Kさんは、運動不足解消のためのダンスゲームアプリを準備しました。
「いててて! Mさん、なにすんだよー!」
授業中に、Kさんが突然悲鳴を上げました。MさんがKさんの髪を引っ張っていたのです。その力は強くて、Kさんの髪を巧みに指に巻き付けていました。Kさんの髪の毛は、容易にほどけませんでした。保育園から引き継いだ要注意情報が牙をむいた瞬間でした。Mさんは、保育園時代、突然隣の子の髪を引っ張って、園児を泣かしていたのでした。
「あの時は、何が起きているのか分かりませんでした。」
特別支援学級担任のA先生は、私にそう語りました。
Mさんの髪を引っ張る行為は、その後も続きました。それは、突然始まるようにしか見えませんでした。“ヒトの行動には必ず理由がある”とは、行動分析学の格言です。A先生と私は、Mさんの行動の理由が分からなくて、長期間手を焼くことになりました。
座学の勉強が好きなMさんと身体を使った勉強を好むKさんでは、学習スタイルが違いましたが、2人の仲が悪いわけではありませんでした。Mさんは年上で身体の大きいKさんに抱っこしてもらうのが大好きでした。Kさんは、小さなMさんを妹のように可愛がっていました。
3.アイドルは脱走する
A先生が担当する特別支援学級の隣は、1年生の教室でした。ダンスゲームや花の水やりなどの身体を動かす活動ばかりをして、ちっとも座学の勉強をしないKさんとA先生の目を盗んで、Mさんは授業中の1年生の教室に出没するようになりました。Mさんは、座学のお勉強がしたかったのかもしれません。そして1年生の教室には、保育園時代に散々泣かしたお友達が沢山いました。
「ギャーー!」

授業中の1年生教室から、悲鳴が上がりました。Mさんを探していたA先生が駆けつけました。Mさんに髪を引っ張られて泣いている可哀そうな1年生と、悪魔のほほ笑みを見せるMさんと、呆然とする1年生担任がいました。
「どうしたらいいのでしょう?」
私はA先生から相談を受けました。Mさんの髪引っ張りの行動は、既に校内で話題になっていました。じつは私は、廊下で髪を引っ張っているMさんに遭遇したことがあります。止めに入った私の髪に、Mさんはほほ笑みながら手を伸ばしました。私もMさんの髪を握りました。1秒間の見つめ合いの後、Mさんはパッと手を放しました。同時に私も手を放しました。そして握手をしました。この方法は、お勧めできませんでした。なぜなら、お互いのマウントを取り合うパワープレイの指導だからです。
そこで、髪を引っ張る行動の代替え手段として、髪をなでる行動を指導することをA先生に提案しました。A先生は、翌日から実行しました。でも、したたかなMさんは、1年生の髪をなでなでしながら、油断した隙を見て髪を引っ張るという応用技を身につけました。なかなかの策士です。
有効な手立てが浮かばなかった私は、次のことをA先生に提案しました。
①Mさんを1年生から引き離して特別支援学級に隔離することはしない。
➁Mさんと周りの子の関係が良好になるように腐心する。
Mさんの行動を問題視して、“特別支援学級に隔離すべし”という雰囲気が職員室の中に漂い始めていました。もしも、それをやってしまうと、Mさんの対人関係の育ちは期待できなくなります。何よりも、インクルーシブ教育とは、真逆の考え方です。
一方、Mさんの髪を引っ張る行動をすぐに変えるのは厳しい状況でした。なので、Mさんの育ちを待つよりも、周りの子のMさんへの関わり方を育てる方が効果的だと考えたのです。
A先生が介入して、Mさんと1年生の良好な関係づくりを目指す日々が始まりました。
「ゴメンね。Mさんは仲良くなりたい子の髪を引っ張りたくなるんだよ。」
髪を引っ張られて泣いている1年生に駆け寄ってA先生はそう言いました。髪を引っ張る行動をポジティブに価値付けしたのです。
「申し訳ありません。私の不徳の致すところです。」
A先生は、1年生の学級担任に、そう言って平謝りしました。ヒトは、先に謝られると、許したくなります。A先生は、学級担任の反発を買うのを避けるため、Mさんを擁護する理由を並べて言い訳をしないよう心がけました。
Mさんは、その後もわずかの隙をついて特別支援学級を抜け出して、授業中の1年生教室に突入しました。Mさんは、座っている1年生の一人ひとりの顔を確かめて回っていました。それはまるで、机間指導をしている教職員の姿そのものでした。Mさんは、1年生担任の真似をしていたのでしょう。
そして、まだ泣かしていない子の髪を引っ張って血祭りに上げました。
保護者からよくぞクレームが来なかったと思っていました。私は、同僚教員からの相談事は、全て記録にまとめて管理職に報告するよう心がけていました。教頭先生がそれを読んでいて、一部の保護者の訴えをやんわりと受け止めておられたことを後で知りました。
4.周りが育つ
Mさんは上級生の髪は引っ張りませんでした。手が届かないからです。愛らしいMさんは高学年のアイドルでした。休み時間には、高学年の女子児童が、Mさんと遊ぶために、特別支援学級にやって来ました。一方、1年生にとっては、恐怖の暴君でした。
Mさんは、1年生の教室を訪れるのがルーチンになりました。すると不思議な現象が起きました。Mさんが髪を引っ張ろうとしていたのを、たまたま居合わせて寸前で取り押さえた私に、近くの1年生がポツリと言いました。
「ボクまだ、Mさんに髪引っ張ってもらってない…。」
入学したての1年生は、何を不満に感じるか予想できません。
次第に1年生は、Mさんとの関わり方を学習していきました。愛らしい笑顔のMさんが、悪魔のほほ笑みを見せると、それを察してサッと逃げる技を身につけるようになったのです。ボクシングのスウェーバックのように、Mさんが伸ばした手を上体をひねって避けたり、Mさんの手首を握って髪を引っ張られないようにする高度な技を会得した子もいました。子どもってスゴいです。運悪くMさんの餌食になった子に、周りの子が防御法を教えていました。周りの1年生が防御の技をマスターすると、髪を引っ張れなくなったMさんが、癇癪を起こして泣くようになりました。そうすると、あれだけ苦労したMさんの厄介な行動は、影を潜めるようになりました。
それでも、忘れた頃にガツンとやっていましたが……。
5.Mさんと仲間たち
Mさんと周囲の子の良好な関係は、その後も続きました。Mさんは、気分の良い日の休み時間に、玄関ホールの演台に乗って自作のダンスを披露していました。見ている子は、手を叩いて喜んでいました。Mさんが上手くいかないことがあって癇癪を起していると、駆け寄って助けていました。それは、お世話好きの高学年の女子が始めて、校内に広がっていった行動でした。
A先生は、公開研究会の授業者に志願しました。交流学年の1年生の作文の授業を公開しました。1年生がMさんにお手紙を書いて、Mさんは習っていた和太鼓を披露しました。Mさんは、参観された教員から、お褒めの言葉を沢山いただきました。
6.子どもと周囲の関係をつなぐ
文部科学省は、『共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進』という報告書を公開しています。
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/houkoku/1321667.htm
報告の公開から13年が経過しました。学校現場のインクルーシブ教育の現在地は、どこにあるのでしょうか?
インクルーシブ教育を進めていくためには、困りを抱える子の指導に腐心するよりも、子ども同士の関係性や子どもと教職員の関係を良好にする環境調整に注力した方が、効果的なのではないかと思うようになりました。いかがでしょうか?
※参考資料 『共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)』 2012年 文部科学省

高田保則先生プロフィール
たかだ・やすのり。1964年北海道紋別市生まれ。オホーツク地域の公立小学校教諭。公認心理師。特別支援教育士。開設された通級指導教室の運営を任され、新たな指導スタイルを模索している。趣味はバンド演奏。
イラスト/raniko