保護者に「学び」の理解を得るには? 【矢ノ浦記者が語る「教育取材余話」①】

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之
目次
短絡的に、子供たちに正解を求める保護者も少なくない
昨年末に、学習指導要領の改訂に向けた諮問がなされ、現在、中央教育審議会の教育課程企画特別部会で、多様な議論がなされています(その具体については、次期学習指導要領「改訂への道」をお読みください)。
その議論の多様なテーマの中で、以前から気になっていたことの1つに、保護者・地域の理解の必要性があります。諮問文の審議事項の第四にも、「学習指導要領の趣旨・内容について、保護者をはじめ社会全体と共有するとともに…」と示されていますが、どんなによい学習指導要領ができたとしても、それを先生方がうまく実施していくためには特に保護者の理解が必要だと思うのです。
以前、この連載企画の中で、学習過程の特に初期段階においては、たくさん多様に間違え、修正を図っていくことが重要だというお話をしました。それについては、取材を通じて「論理的あるいは直感的に理解をしている先生方が少しずつ増えているな」という実感をもつと同時に、今後さらに理解が広がりそうだという期待感ももっています。
しかし、その一方で、保護者の中にはまだまだ短絡的に、子供たちに正解を求める保護者も少なくないということも感じています。この連載でも、ある現場で聞いた話を紹介したことがありますが、間違いを叱ったり、答えを出すための手続きばかりを教えたりする保護者はまだまだたくさんいるようです。
学習の初期段階にある子供たちは、間違いを修正していく過程で、より確かな概念形成をしていくものでしょう。それだけに、短絡的に正解に辿り着くための手続きばかりを教え込んでも学びにはなりません。ましてや、間違えたら叱るようなことをしてしまっては、子供はトライしながら修正を図っていくような学習をする意欲も失ってしまうでしょう。
それについて、どうすればより広く保護者に理解していただくことができるのだろうかと思ってきましたし、実際に取材でお目にかかった優秀な先生方に、どう改善を図ればよいかということをお尋ねもしてきましたが、これまでに「これは!」という明快な改善方法を耳にする機会はありませんでした。しかし先日、ある取材の中で、保護者に学びを理解してもらうための改善策について伺う機会がありましたので、それをお話ししたいと思います。