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【シリーズ】高田保則 先生presents  通級指導教室の凸凹な日々。♯4 算数を「嫌いすぎる」子を、どう支援する?

連載
通級指導教室の凸凹な日々。 presented by 高田保則先生
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通級指導教室担当・高田保則先生が、多様な個性をもつ子どもたちの凸凹と自らの凸凹が織りなす山あり谷ありの日常をレポート。アイデアあふれる実践例の数々は、特別支援教育に関わる全ての方々に勇気と元気を与えるはずです。今回のテーマは「学習意欲を伸ばす支援」です。

執筆/北海道公立小学校通級指導教室担当・高田保則

はじめに

北海道のオホーツク地方の小学校で、通級指導教室の担当をしている高田保則(たかだやすのり)です。日々、子どもたちと向き合ってきた中で、感じた事や考えた事を記していきたいと思います。
なお、通級指導教室で出会った子どもたちの事例は、過去の事例を組み合わせた架空のものであることをご承知おきください。

今回は、『学習面の困りに寄り添う』というテーマで記してみました。学習面の苦戦を通級指導教室に訴えてくる子は多いです。特に算数が苦手な子は、授業が苦痛で仕方ないようです。積み重ねが大事という理由で、できないと放課後に居残りの補充指導が待っていたりします。

算数が嫌い過ぎて、時々学校を休んでしまっている女の子のcoolなエピソードを紹介します。私の実践の中で、最高にぶっ飛んだエピソードかもしれません。もちろん架空の事例です。エピソードを通して、子どもの学習意欲について考えてみました。ご感想をお寄せいただけますと、嬉しいです。

0.指を使っちゃダメですか?

低学年の算数の授業の様子をフラフラと入り込んで観察します。すると、指を折って一生懸命計算している子がいます。私が近づくと、気配に気づいて、サッと机の下に手を隠します。そういう子、いませんか? 算数の授業で、「指使っちゃダメ!」と教員が釘を刺す光景は、さすがに見られなくなりました。子どもは、具体物から半具体物、そして念頭操作で計算するようになります。指計算は、半具体物から念頭操作に至る橋渡しとなる子どもの計算の発達の大切な過程です。それを根拠もなく否定していた昭和世代の教員は、さすがに現場から居なくなりました。居るのかな? 居たら怖いなぁ。
そんな指計算派のmさんのエピソードを紹介します。

1算数嫌いのmさん

mさんは、低学年の頃から、学習面で苦戦していました。特に算数が苦手でした。普段元気なmさんが、時々欠席することがありました。後から訊くと、算数の授業が嫌過ぎて、頭が痛くなっていたそうです。真面目な性格のmさんは、みんなができる計算問題を自分だけができないのが、嫌で仕方なかったのだそうです。

そんなmさんは、6年生になりました。休み時間に一人でフラリと通級指導教室を訪れるようになりました。指導室のタブレットで、お気に入りのYouTube動画を一人で眺めていました。なんか気になったので、声をかけました。

「うちの通級指導教室に来る?」
ちょうど指導を休止する子がいて、指導時間が空いていたのです。

「行く!」
mさんは即答でした。彼女の1年間の通級指導が始まりました。

2.「ウマって何?」

私の通級指導教室では、指導を始める子全員にWISC-Ⅴという知能検査を実施しています。その子の学び方の特徴を分析して、フィットした学習方法を提案するためです。

当然、mさんにも検査をしました。WISC-Ⅴには、二つの言葉の類似点を考えてもらう検査問題があります。検査問題をそのまま紹介するのはご法度なので、アレンジを加えます。

「mさん、シカとウマの似てるとこって、どんなところですか?」
そんな問題を出題しました。mさんは、少し考えて答えました。

「ウマってなに?」
「えっ? 今なんとおっしゃった?」

衝撃でした。この問題は、幼稚園児でも解けるレベルです。馬を知らない小学6年生が居たって事に驚きました。

「あっ、思い出した! パッパカ、パッパカって鳴くやつだ!」
「それは足音だっつーの!」
mさんは、自分が関心のない事柄は、徹底的にスルーするという学び方の特徴があったのでした。

3ギャル娘さん

mさんは、高学年になりオシャレに興味を持つようになりました。夏に短パンとルーズソックスで登校してきた姿に、思い出が蘇りました。ルーズソックスって、平成の初めに流行ったファッションです。あぁ、思い出すアムラー、ガングロ。mさんに尋ねると、お母さんがバリバリのギャルだったそうです。そして、還暦が近い爺ちゃん先生に、『平成レトロブーム』が来ているなんて、知る由もありませんでした。

私はmさんを、密かに『ギャル娘(ぎゃるこ)』と呼ぶようになったのでした。

検査結果を報告するために面談したお母さんによると、mさんには、「ギャルはおバカじゃなきゃいけない」というヘンな信念がありました。検査場面で「ウマってなに?」という衝撃の質問をしたのも、おバカキャラを演じていたのかもしれません。後で確認したのですが、「フフフ」と笑って誤魔化されました。

一方、「ギャルをやるからには、家庭学習はちゃんとやらなきゃいけない」という信念もありました。毎日の家庭学習ノートは、丁寧な字で漢字がビッシリと書かれていました。ギャル娘は真面目でした。真面目にギャルを演じていました。例えばルーズソックスは伸ばすと1メートルを超えるのだけど、伸ばして干すと、ルーズ感が無くなるので、ワザとしわしわにして干すのだそうです。私が知らない世界の話を、ギャル娘さんは嬉々として教えてくれました。

そんなギャル娘さんの我が道を突き進む学び方に、共感し始めた私がいました。

高田先生の教え子さんによるイラスト
イラスト:RE-eeeNA  ※この連載のイラストは、高田先生の教え子さんに描いていただいたものです。

4好きをとことん追求する

私の凸凹な通級指導教室では、学習内容について、苦手分野を克服するか、得意分野を伸ばすかを子どもに委ねてきました。ギャル娘さんと相談し、通級指導教室での学習内容に据えたのは、『ギャルの研究(略称:ギャル研)』でした。

社会科資料集には、各時代の人々の様子がイラストで記されています。ギャル娘さんは、当時のファッションについてスライドにまとめました。「弥生時代のヒトの髪型はサザエさんだ」とか、「平安時代の十二単衣は、重そうでヤバい」とか、ギャル娘さんはスライドに感想を記していきました。ギャル娘的歴史のお勉強です。

また、図書室に行くと、世界の国々を紹介する図鑑がありました。そこに描かれている人々の服装について、ギャル娘さんはスライドにまとめてコメントを記しました。ギャル娘的国際理解の勉強です。

オシャレなギャル娘さんは、体型の維持にも神経質でした。毎日体重を測って、食事のカロリーを計算し、自分の設定以上の食べ物を摂取しないよう気を遣っていました。お菓子なんて、厳禁です。カロリー計算はできるのに、算数はできない。それがギャル娘さんです。ある日、お風呂に入っていて眩暈がしたとギャル娘さんは呟きました。最近は食欲もなくて、焼肉屋さんに行っても肉を3切れ食べたらお腹一杯になるということでした。危険な兆候を感じた私は、ギャル娘さんを保健室に連れていきました。養護教諭に、食事についての説話をしていただきました。ギャル娘さんは、納得いかない様子でした。そこで、通級教室に戻って、拒食症になった方の画像を検索し、ギャル娘さんに見せました。

「なにこれ……ヤバい。」
「そうだろ。キミはココに行こうとしていたのだよ。」
「……ダイエットやめる。」
「そうしてくれたまえ。」

ギャル娘さんが言葉で理解するよりも、直観で捉える方が得意なのは、WISC検査の分析からも明らかでした。だから、抽象的な説話よりも視覚的な刺激の方が、理解が進んだのだと察しました。

5修学旅行は研究発表会

秋の修学旅行が近づいてきました。ギャル娘さんは、服装をどうするか、悩みに悩んでいました。ギャル娘さんにとって、修学旅行は、『ギャル研』の成果を発表する場なのです。

「修学旅行って、他の学校の子と見学先で一緒になるでしょ。キミのようなギャルファションにハマってる子がいると思うんだよね。」
「そうだよね!その子と友だちになれるかも♪」

ギャル娘さんのテンションが爆上がりしました。ギャル娘さんは、実は孤独でした。校内でルーズソックスを履いている子は、ギャル娘さん一人だったのです。ギャル仲間が欲しかったのだと思います。
渾身のファッションをキャリーケースに詰め込んで、ギャル娘さんは修学旅行に出発しました。翌日帰ってきたギャル娘さんに尋ねました。

「どうだった?」
「ルーズ履いてる子、誰もいなかった……。」

平成レトロファッションにハマっている小学生は、少数派だったのですね。めげるな、ギャル娘。明日があるさ!

6.メイクを究める

ある日ギャル娘さんは、情報端末に写した自宅の自分の部屋の写真を見せてくれました。壁の棚には、100円ショップで買ったコスメ用品がズラリと並んでいました。お小遣いは全て、コスメの購入につぎ込んでいたのです。ギャル娘さんはメイクに本気だったのです。

化粧水や乳液やクリームは、基礎化粧品と言って、お肌のコンディション維持に欠かせないこと。ファンデーションは、メリットとデメリットがあるので、自分は使わない派だと。ギャル娘さんは、分かりやすく丁寧に私に教えてくれました。

「イイ物見せてあげる♪」
そう言ってギャル娘さんが、筆入れから取り出したのはリップでした。

「えーーー、アンタそんなもん持ってきてるの!」
「そうだよ。給食の後、塗り直さなきゃ。」


コロナ禍真っ只中の学校では、マスクの着用が必須でした。感染対策の制限が次第に緩くなっていった当時でも、マスクをしている子の方が多数派でした。マスクを外して素顔を晒すのが恥ずかしいと言う子が沢山いました。

ギャル娘さんは、そんな社会情勢を逆手に取って、自らのメイク研究を実践していたのでした。通級指導を開始する時に実施した、ギャル娘さんのWISC検査の結果は、作業の速さや正確さを司る能力が平均以上だったのです。ギャル娘さんは手先が器用なのです。だから、自分でメイクができちゃうのです。

「アイシャドウ塗ろうと思うんだよね。」
「いやいや、マスクに隠れないんだから、バレるだろ。」
「そうかなぁ。ちょっとずつ濃くすれば、気づかれないんじゃない?」

ギャル娘さんの『メイクチャレンジ』が始まりました。ギャル娘さんの担任は、バリバリ体育会系の男性教諭でした。コスメなんてわかっていないとギャル娘さんは見立てました。その先生にバレないギリギリの線のアイラインのメイクを狙うと言うのです。

「なんなのその髪!!!」
ところが、当時髪を染める子が増えて、管理職が突然キレたという噂を聞いて、ギャル娘さんの『メイクチャレンジ』は急遽中止になりました。真面目なギャル娘さんは、権威に逆らう反逆児ではないのです。

7「おまえ、このままじゃホントにバカになる」

ギャルの研究に夢中になったギャル娘さんは、通級指導の時間に苦手な算数の勉強をするなんて、1ミクロンも考えていませんでした。私は時々、算数の学習の様子を尋ねました。

「今、算数の授業は、何やってるの?」
「ひ……ひかく……かな。」
「mさん、惜しいなぁ。それ、『比例』だと思う…。」
「あっ、それそれ♪」

ギャル娘さんは、算数の授業では、心を無にして時が過ぎ去るのを待つという術を身に着けたようです。ドラゴンボールの『精神と時の部屋』みたいなものです。
そんなギャル娘さんに鉄槌を下した人物がいました。歳の離れたお姉さんが、年末に帰省したのです。

「アンタ、このままじゃ、ホントにバカになるよ。」
尊敬するお姉さんの言葉に、ギャル娘さんは心を打たれたのでした。

8.ギャル娘さんは考えた

「わたし、算数の勉強を始めた。」
三学期最初の通級指導で、ギャル娘さんは言いました。

「えっ、どういうこと?」
突然の宣言に戸惑った私は尋ねました。

「掛け算九九。だいぶできるようになった。」
「そ、そうか。頑張ってくれたまえ。」

算数は、既習事項の積み重ねが必要です。小学校の卒業が近づいたギャル娘さんの算数の学力は壊滅的で、私は補充学習を諦めていました。それよりも、ギャル娘さんの興味を伸ばすことを優先したかったからです。なのにギャル娘さんは、不可能と思えるミッションに果敢に挑戦しようとしています。さて、どうしたものか。

9ギャル娘を見守る

「今日は4年生の教科書をおさらいした。」
「そうか、続けてるんだね。スゴいじゃん。」

「今日は5年生まで進んだよ!」

「お~~、ついに6年生が近づいてきたな。」

ギャル娘さんの家庭学習の報告を聞いて、私は励ましの価値づけをするだけでした。なぜなら、ギャル娘さんは通級指導教室では、ギャルの研究を続けていたからです。そして私も、ギャル娘さんの算数のおさらい勉強に介入するのは、なんか野暮だと感じたからです。

10奇跡の学年末テスト

小学校最後の算数のまとめテストの日がやってきました。6年生のまとめテストの出題範囲は、小学校6年間の全てです。普段の単元テストとは難易度が段違いです。コツコツおさらいを続けたギャル娘さんの頑張りが、報われるのを祈るだけでした。

返却された答案を持参して、ギャル娘さんが通級指導教室にやってきました。85点! 上出来です! 答案片手に、満面のピースサインをしたギャル娘さんの写真を撮りました。

私は、ギャル娘さんが算数の学年末テストで高得点を取るのは、正直無理だと思っていました。算数の学力が定着していない子に、前の学年の教科書に戻って個別指導に取り組むという事例は、支援学級などで行われています。私も昔、トライしたことがあります。でも、多くのケースは、上手くいきません。遡った学年の学習内容が理解できたとしても、今の学年まで追いつくのは、容易ではないのです。それができるなら、そもそも算数につまずかないはずなのです。

でも、ギャル娘さんはやり遂げました。一番の成功要因は、小学校卒業を前にしたギャル娘さん自身が、苦手な算数に本気で向き合ったからだと思います。そして、おバカキャラを演じていたギャル娘さんは、本当はもっと勉強ができるようになりたいと強く願っていたのでした。

11.ギャル娘はギャルを卒業する

卒業式の日が来ました。晴れの日に着る服をギャル娘さんは考えに考えました。北海道の小学校の卒業式では、袴などの着飾った服を着る子もいるのです。迷った結果、ギャル娘さんは、進学する中学校の制服を着て式に参加することにしました。髪はカールして盛って、ルーズソックスを履きました。

中学校の服装指導の厳しさを、ギャル娘さんは、よく分かっていました。卒業式は、ギャルを卒業する日でもあったのです。

先日、中学校に進学したmさんと再会しました。mさんは指定ジャージを崩さずに着た“期待される中学生”に変身していました。勉強は大変そうですが、先輩に誘われた運動系の部活動に楽しく取り組んでいました。mさんの中学校生活は、充実しているようです。

12.学習意欲を底上げするには

『風が吹けば桶屋が儲かる』ではありませんが、ギャルの研究をしたら算数の成績が上がるなんて、あるわけないですよね。学習に苦戦し続けていたmさんには、望んでもいない苦手分野の克服ではなく、学ぶ楽しさを感じて欲しいと願った通級指導を心掛けてきました。だから、その時mさんが夢中になっていたギャルファッションの探究的学習を通級指導の手立てとして採用しました。

学習面の支援を要する子どもを通級指導する際に、最も優先すべきは、学習意欲の底上げだと考えます。学習に苦戦する子どものココロは、多かれ少なかれ何らかの傷つきがあります。クラスのみんなができる学習活動ができなかったり、教員や学習支援員の助けを借りていたりするわけですから。
通級指導教室での学習支援で成果を出すには、まずは彼らの傷ついたココロを癒す必要があります。彼らがやりたい学習活動を用意してあげられるのが通級指導教室です。苦手を克服する学習でも、長所を伸ばす学習でも、興味を掘り下げる学習でも、何でもいいのです。子ども一人ひとりがやりたい学習に伴走すれば、学ぶ意欲が回復するのを目の当たりにできるかもしれません。

みなさんは、子どもの学習意欲を育てるために、どんな実践に取り組まれていますか? アイデアを聞かせていただけると嬉しいです。

高田保則先生写真

高田保則先生プロフィール
たかだ・やすのり。1964年北海道紋別市生まれ。オホーツク地域の公立小学校教諭。公認心理師。特別支援教育士。開設された通級指導教室の運営を任され、新たな指導スタイルを模索している。趣味はバンド演奏。

イラスト/RE-eeeNA

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