【連載】堀 裕嗣&北海道アベンジャーズが実践提案「シンクロ道徳」の現在形 ♯6 除雪と高齢ドライバー~教師自身の実体験を教材化する

連載
堀裕嗣&北海道アベンジャーズの シンクロ道徳の現在形
堀 裕嗣&北海道アベンジャーズが実践提案「シンクロ道徳」の現在形 バナー

堀 裕嗣先生が編集委員を務め、北海道の凄腕実践者たちが毎回、「攻めた」授業実践例を提案していく好評リレー連載第6回。今回は十勝の西村 弦先生による実践提案です。

編集委員/堀 裕嗣(北海道札幌市立中学校教諭)
今回の執筆者/西村 弦(北海道帯広市立義務教育学校教諭)

1 この授業をつくるにあたって

私は、子どもたちが価値観の多様性を感じながら、それらが混在した中に立ち止まり、自分は何を大切にしているのかをじっくり考えられる授業を目指しています。

しかし、価値観を表面的に扱ったり、刺激や変容が無い上に「こうあるべき」という同調圧力につながったりという、子どもたちにとって辛い授業をしてしまったことも少なくありません。

この授業では、「みんなで支え合い、助け合う」「みんなの安心・安全を優先する」について考えます。この2つの価値観は理想的であり、賛否を問われれば意見が分かれることなく、「その通り」という賛成意見が多いのではないでしょうか。
しかし、実際の生活場面では判断が難しい場面もたくさんあります。そこで、狭い視野で短絡的に結論付けるのではなく、悩み、考え続けることを肯定的に感じられるような構成を目指しました。
そのために、私自身の実体験を教材化し、子どもたちがより自分事として悩む発問・活動を繰り返しています。

2 授業の実際

①降雪があったとき、自宅周辺の除雪を考える

「朝起きると、除雪が必要なほど雪が積もっていました。道路は狭く、市の除雪は入らないため、近隣住民で対応することが必要です。」

除雪と高齢ドライバー~実体験を教材化する 降雪があったとき、自宅周辺の除雪を考える

②敷地の大きさだけを提示して考える。

「除雪の分担はどうしたらよいでしょうか。なぜそうしましたか。何を大切に考えましたか。」 

除雪と高齢ドライバー~実体験を教材化する 敷地の大きさだけ提示して考える

③年齢情報を追加して考える

「除雪の分担はどうしたらよいでしょうか。なぜそうしましたか。何を大切に考えましたか。」 

除雪と高齢ドライバー~実体験を教材化する 年齢情報を追加して考える

・家族構成が分かることで、人数や年齢を基準に考える。

④生活リズムや様々な事情を追加して考える

「除雪の分担はどうしたらよいでしょうか。なぜそうしましたか。何を大切に考えましたか。」 

除雪と高齢ドライバー~実体験を教材化する 生活リズムや様々な事情を追加して考える

・事情が分かることで、これまでの基準以外にも目を向ける必要性を実感する。

⑤情報が増えることのよさについて考える。

「まだ知りたいことはありますか。情報が増えるとどんなよいことがありますか。」

・少ない情報での判断では、よりよい選択ができない可能性がある。
・相手の情報がわかれば、そのことを考慮して対応を考えることができるなど、肯定的な意見が予想される。

⑥次に、「高齢者ドライバー問題」について情報共有する。

高齢者ドライバーがいつまで運転し、どのタイミングで返納すべきかを意識させる。    

除雪と高齢ドライバー~実体験を教材化する 「高齢者ドライバー問題」について情報共有する。
除雪と高齢ドライバー~実体験を教材化する 「高齢者ドライバー問題」について情報共有する。

⑦より具体的なケースとして、ある老夫婦の夫が運転免許を返納すべきかどうかを考える。

「交通機関の少ない十勝管内に住む老夫婦がいます。夫80代、妻70代。運転免許は夫のみが持っています。夫は運転免許をすぐに返納すべきでしょうか。」

⑧解決に向けて必要な情報を集めるための質問を考える。

「解決に向けてどんな情報がほしいですか。」
・グループで話し合い、質問を考える。

⑨質問に対して回答し、情報を増やしていく。

・年齢、持病、車が必要な移動の有無、家族のサポートはあるかなど。

⑩情報が増えることで、判断がしやすくなったか、迷いが大きくなったかを確認する。

「老夫婦の情報が増えることで、返納すべきかどうかを判断しやすくなりましたか。それとも迷いが大きくなりましたか。」
・除雪の際に情報は多いほうがよいという意見があったことを確認した上で、迷いが大きくなった人がいることを確認する。

⑪「情報が多いほうが判断しやすい」「情報が多いと判断に迷う」この相反する2つがなぜ存在するのかを考える。

・どちらが正しいかという議論ではなく、2つの感覚が存在することを理解し、判断の難しさを実感する。

⑫2つの具体的な場面での思考をもとに、自分の考えをもつ。

「人が集い、その中で生活する上で、あなたは何を大切にして悩みたいですか。」

3 シンクロ授業解説

連載初回、「シンクロ道徳を成立させる教師の力量」について紹介されていました。

①「教材の原石」を知っている
②それを深く思考し、自分なりの深い解釈を得ている

自主開発教材で授業をするようになって、10年弱になります。「教材の原石」と出会い、引き出しに入れることが習慣になっていますが、「深く思考」し「深い解釈」までは、なかなか難しいのが現状です。引き出しに入れっぱなしの原石も少なくありません。

そこで、私は生活での実体験を「教材化」することがあります。
最大のメリットは、なんと言ってもすでに「深い思考」「深い解釈」ができていることです。
今回の授業で題材にした「除雪問題」「ドライバー問題」は、内容の8割が実話です。

帯広市は、北海道としては積雪が少ない地域ですが、2025年2月のような記録的大雪が降ることもあります。除雪作業に慣れていないこともあり、基本的には自分の家の周りだけでも大変な作業です。しかし、近隣には様々な事情をもっている方が住んでおり、どこまで除雪をするかは非常に迷います。

高齢者ドライバー問題は、私の両親がモデルになっています。「ドライバー問題」を社会問題の一つとして見ていた時は、いろいろと事情はあるだろうけれど「早く返納すべき」としか思っていませんでした。高齢者の事故をニュースで耳にしたり、実際に高齢者ドライバーの危険運転を目にしたりしていたからです。
しかし自分の問題になった瞬間、迷い悩み答えが出ないまま時間が過ぎていきます。この記事を読んでくださっている方の中にも同じような経験をされた方がいらっしゃると思います。

「除雪問題」「ドライバー問題」はどちらも小学生にとってはまだ遠い話題と言えます。しかし、「みんなで支え合い、助け合う。」「みんなの安心・安全を優先する。」について悩むことは、学校生活の中にも間違いなく存在します。

今回は、授業の終盤で自分たちの問題につなげる構成も考えましたが、意図的な発問は入れていません。なぜなら、そうすることで、「こうあるべき」というメッセージになってしまい、杓子定規の模範解答が「正義」として押しつけられてしまう気がしたからです。この授業で大切にしたいのは、「悩み考えつづけることを肯定的に感じる」ことですから、今回はこのような構成にしました。
 
このように実体験を教材化するには大きなメリットもありますが、もちろん課題もあります。それは、連載初回の「シンクロ道徳を成立させる教師の力量」にもあった、「自らの独自の問題意識とアングルを発揮して『世界』を切り取る」ことです。

実体験であるからこそ、思いが強すぎてあれもこれもと話しているうちに、考える視点が複雑化し、散在化してしまいます。もっと話したい欲求に駆られ、自己開示ならぬ苦労話や自慢話になってしまった苦い経験は少なくありません。

ただ、先生の「本音」「語り」に教育的効果があることは間違いありません。教材化する過程で客観視できれば、教師の実体験はシンクロ道徳の選択肢の1つになり得るはずです。


※この連載は原則として毎月1回公開します。次回をお楽しみに。

 

<今回の執筆者・西村 弦先生のプロフィール>
にしむらゆづる。1976年北海道生まれ。福祉施設や民間企業に勤務した後、北海道十勝で小学校教員となる。ピンクシャツデーとかち発起人メンバー。十勝のGIGAを考える会代表。

 

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