姿よし、味よし、役立ち度よしで、いいことづくめのツバキ。【モンタ先生の自然はともだち】

「カメリア・ジャポニカ」。これは、ある植物の学術名です。みなさん何だと思いますか? 正解はツバキです。赤い花と艶やかな緑の葉のコントラストが美しい、日本原産の美しい植物です。漢字で書くと「椿」で、名前の中に春を持つのもステキなところですね。姿形がよいのに加えて、油や蜜を提供すことでお役立ち度も満点と、いいとこずくめのツバキについて、今回はご紹介していこうと思います。また、ツバキが唯一持っている残念なところも、文末に紹介していますので、何かな~と考えながら読んでいただけると嬉しいです。
【連載】モンタ先生の自然はともだち #04
執筆/森田弘文
目次
ツヤツヤしているから、ツヤキと呼ばれてました

まずは、葉を手に取りじっくりと眺めてみましょう。てかてかとしたツヤがあり、しっかりした厚みがあります。このツヤから「艶木」(ツヤキ)。さらに葉が厚いところから「厚葉木」(アツバキ)となり、これが語源となって、「ツバキ」となったそうです。
この特徴的なツヤの正体、何だと思いますか?
これは葉の表面にある「クチクラ層」という組織によるものです。
クチクラ層は、葉っぱの持つ脂肪酸という物質を原料にして作り出される、と言われています。
その主な成分の1つは、ポリエステルです。ペットボトルなどの原料になっている合成繊維の人工物と同じような作られ方をしているんですよ。
そして、もう1つの主な成分は蝋(ロウ)です。あのローソクの原料になっている蝋と同じものなんですよ。
こうした特徴からもお分かりになるように、ツバキのクチクラ層は非常にタフで、乾燥や寒冷な環境から葉の内部を強力にガードします。ツバキなどの照葉樹・常緑樹が冬の寒さや乾燥に耐えて葉を緑に保てているのは、このクチクラ層のおかげというわけです。また、クチクラ層は、自動車の排気ガスや工場の煤煙からも葉を守ることができるので、高速道路などに、これらの樹種が植栽されているのは、そのためだといえます。
ちなみにクチクラ(Cuticula)はラテン語で、英語では「キューティクル」となります。
そうです。人間の髪の毛などにあるキューティクルと、意味合いは同じです。人間のキューティクルは枝毛や切れ毛を起こしやすい繊細なものなので、ツバキのタフなキューティクルが羨ましくもありますね。
美容と健康に…人間に大貢献
ツバキは、その種子から良質の油「椿油」が採れることで有名ですよね。なんとツバキの種の重さの、6割程度が脂肪酸であると言われています。まさにカロリーのかたまりです。
理科の授業でおなじみの、植物の栄養源として有名な「デンプン」。このデンプンに比べて脂肪酸は格段に栄養価が高く、1gあたりの栄養価は、デンプンが4キロカロリーなのに対して、脂肪酸はなんと9キロカロリー。ツバキの種の栄養価の高さは異次元レベルなのです。
日本人は昔から、ツバキ油の卓越した実用性を生かし、生活全般に役立ててきました。
日本髪を結うときの整髪料としてはもちろん、薬品、石鹸、高級な照明用油の原料などにも利用されてきました。
また食用油としても、椿油の主成分であるオレイン酸には悪玉コレステロールを防ぐ働きがあり、大人気です。
なお、江戸時代の『古今要覧稿』には、
此実の油は西土にいはゆる不老不死の薬二十一種のうちの一種なれば(中略)また、この油は男女に限らず、髪にねばりてくしの歯の通らざるに少し灌けばよくさばけてけづり易く、又土にそそげば虫を殺すといへり(中略)あげものの料理に用ゆるに胡麻橿等の諸油にまされり
国立文書館デジタルアーカイブ 古今要覧稿
と記されており、その効果の高さがうたわれていますが、一方で武士たちにとっては、縁起のよくない花とされていました。
ツバキは、まるで首がポロリと落ちるように花を落とすためです。そこから現代でも、病人のお見舞いなどには不向きな花とされていますよ。
栄養満点で、鳥たちからも大人気
ツバキが花を咲かせるのは冬です。前回こちらの記事で、木々は越冬のために冬眠に入る、ということをご紹介しましたね。ツバキも初冬になると冬眠に入るのですが、その眠りが非常に浅く、冬場に暖かい日があったりすると、すぐに目を覚ましてしまうのです。
しかし、昆虫がいない冬に目を覚まし、花を咲かせたとしても、おしべからめしべへと、どうやって花粉を運んでもらうの? と思われた方も多いかと思います。
ツバキは鳥が花粉を運ぶ『鳥媒花』と呼ばれる花なんです。メジロがツバキの花から蜜を吸っている様子を見た方も多いのではないかと思います。
ツバキの花弁をかき分けていくと、透明な水滴のようなものが必ずありますが、それが蜜です。そっと蜜をすくい、なめてみましょう。濃厚で甘い味にビックリすると思います。
鳥は人間と同じ恒温動物であり、虫に比べると大きな体をしているので、それだけ多量のカロリーを消費します。
ツバキは、鳥たちが元気に活動できるくらいの高カロリーの蜜を、その他の餌が少ない冬場に提供することによって、お互いにとってプラスとなる生存戦略をとっているわけですね。

赤い色は、鳥や人間にとって、とてもよく目立つ色であると同時に、なぜかとても食欲を誘う色でもあります。これは、赤く実ることによって、鳥や人間に発見されやすいようになっているからでしょう。そして、赤は副交感神経を刺激し食欲をそそるようになっているのです。そのためでしょう。街を歩くと、よく目につくハンバーガー屋さんや牛丼屋さんの看板の色調は赤が基本になっています。また、横浜の中華街を歩くと、赤が多いと感じたのは私だけでしょうか。さらに、赤い提灯がぶら下がっていると、何となく引き付けられ、ついお店に入ってしまうのは、これまた私だけでしょうか。かつて、ある人が青いふりかけを作ったところ、全く売れずに人気もでなかったそうです。ツバキの赤い花は、鳥たちに「こっちに甘い甘い蜜があるよ。おいで、おいで!」と言っているのかもしれません。

鳥にサービスするための特徴的な構造
さて、ここからはちょっとマニアックなお話を。
ツバキの花は、まるで鳥専用と言っても過言ではないようなつくりになっていることを、実際に見ていきたいと思います。

ツバキの花を、バラバラにしてみました。花の裏側のがく(写真左)は、約10枚ありました。
たくさんあるということは、それだけガッチリしているということです。
次に花びら(写真右)は、一般的な花びらよりも厚い感じで、下の部分が合着(がっちゃく)していました。花びら同士がくっついているわけですね。これなら、ちょっとやそっとではバラバラになりません。
さらに花を取っていくと、おしべの筒のようなものが残りました。

上の写真左は、そのおしべの筒を半分に切った図です。このおしべ、根元の部分がくっついており、頑丈になっています。上の写真右は、このおしべの根元の部分を、横に輪切りにした図です。おしべ下部のしっかりした組織から、おしべたちが生えているのが分かりますね。
一般的な花では、花びらもおしべもめしべも、1枚ずつ、1本ずつ生えていて、カンタンにバラバラになるような構造になっています。
このように頑丈なつくりになっているため、ツバキの花は鳥が口ばしを入れてもビクともしないし、虫よりも体重の多い鳥が少し暴れても壊れたりしないというわけです。
つくりは立派で頑丈。花の色も美しく、さらに蜜も大変に美味! ということで、何から何までカンペキそうなツバキですが、一点だけ残念なところがあるんですよ。
もし近くにツバキの花があったら、ぜひ匂いをかいでみてください。ほとんど香りがしませんよね。
これは、鳥は匂いに鈍感だから、と考えられています。鳥たちには関係のない匂いには無駄なエネルギーを割り当てず、その他の特長を伸ばすことに使っている、その割り切り方も潔くて、いかにも日本の花だなぁって思いませんか?
写真/モンタ先生・写真AC
森田弘文(もりたひろふみ)
ナチュラリスト。元東京都公立小学校校長。公立小学校での教職歴は38年。東京都教育研究員・教員研究生を経て、兵庫教育大学大学院自然系理科専攻で修士学位取得。教員時代の約20数年間に執筆した「モンタ博士の自然だよりシリーズ」の総数は約2000編以上に至る。2024年3月まで日本女子大学非常勤講師。その他、東京都小学校理科教育研究会夏季研修会(植物)、八王子市生涯学習センター主催「市民自由講座」、よみうりカルチャーセンター「親子でわくわく理科実験・観察(植物編・昆虫編)」、日野市社会教育センター「モンタ博士のわくわくドキドキ しぜん探検LABO」、あきる野市公民館主催「親子自然観察会」、区市理科教育研修会、理科・総合学習の校内研究会等の講師を担当。著書として、新八王子市史自然編(植物調査執筆等担当)、理科教育関係の指導書数冊。趣味は山登り・里山歩き・街歩き、植物の種子採集(現在約500種)、貝殻採集、星空観察、植物学名ラテン語学習、読書、マラソン、ズンバ、家庭菜園等。公式ホームページはこちら。