新学期の前に、ちょっと考えてみませんか? 教師と中学生の【距離感】の取り方について。~信頼を守る教育現場づくり〜
もうすぐ新学期。新しいクラスを担任する先生は、クラスの生徒たちとの人間関係をどう構築していこうか、どんなクラスにしていこうかと、期待と不安を抱かれているのではないかと思います。そんなときに大切なのは、教師と生徒との距離感の取り方。言葉遣いや物理的な立ち位置など、どうするのがよいか、一緒に考えてみませんか?
執筆/森脇正博
目次
1 教師と生徒の距離感─信頼を守る教育現場づくり
授業や学級経営において、教師と生徒の人間的関係の良し悪しは、教育の質を大きく左右する重要な要素の一つでしょう。しかし、どのような関わり方がベストなのか、日々の現場で迷うことはないでしょうか。例えば、子どもたちと信頼関係を築くつもりが、逆に不信感や嫌悪感を与えてしまったり、気を配っているつもりが、かえって距離を感じさせてしまったりした経験はありませんか。このように、生徒と向き合う中で、どのような距離感が適切なのかを模索することは、多くの先生方にとって尽きることのないテーマでしょう。
こういった問題意識を抱くきっかけになった研究の一つに、拙論〈榊原禎宏・森脇正博(2024)「教員による「わいせつ行為等」の量的研究ー教育行政と学校経営における危機管理のためにー」『京都教育大学紀要』No.145、pp.131-143)〉があります。本研究では、中学校の教師によるわいせつ行為の発生率が他の学校種と比べて高いことをデータで示しました。この結果は、単なる個人の倫理観の問題ではなく、教師と生徒の距離感の取り方が大きく影響している可能性を示唆しています。
そこで、本コラムでは「信頼を守る教育現場づくり」という視点から、教師と生徒の距離感について改めて考えていきたいと思います。特に、思春期の生徒たちとどのように適切な距離を保ちつつ、信頼関係を築いていくことができるのか。読者の皆様と、そのヒントを一緒に探ってみたいと思います。
2 教師と生徒の距離感が問題となる背景
思春期の子どもたちは、心も体も大きく変化する時期です。大人や異性との関係に敏感になりやすく、教師との距離感に違和感を覚えたり、過度な親しさを不快に感じたりすることも少なくありません。一方で、教師側からすると「生徒と信頼関係を築きたい」「生徒にとって親しみやすい存在でありたい」という思いが強いあまり、必要以上に距離を縮めてしまうことがあるのではないでしょうか。
特に、中学校では小学校と比べて、教師と生徒が1対1で関わる場面が増えます。部活動の指導や進路相談、授業の補習など、長時間に渡り密接に関わる機会が多いためです。こうした環境は、生徒の成長を支える貴重な場である一方、教師が距離感を誤ることで問題の生じるリスクもはらんでいるといえます。
実際、上述した通り、拙論の研究結果からも、わいせつ行為等の発生率は、小学校よりも中学校や高校で一貫して高いことを示していました。これは、教師と生徒の関係がより近くなる環境と無関係とはいえないのではないでしょうか。もちろん、ほとんどの教師は誠実に職務を全うしています。しかし、「信頼関係を築く」という言葉の裏には、「距離の取り方を誤る危うさ」が潜んでいることを忘れてはなりません。
また、生徒の視点に立つと、教師の行動がどのように映るのかを意識することも重要でしょう。教師自身に悪意がなくても、接し方次第で生徒に誤解を与えたり、不安を抱かせてしまったりすることがあるからです。たとえば、必要以上に近づいたり、不自然に親しげな振る舞いをしたりすると、意図せず生徒の警戒心を招くことは想像に難くないでしょう。
さらに、生徒の家庭環境や過去の経験も、教師との関係性に大きく影響するのではないでしょうか。家庭での信頼関係が希薄な生徒は、教師に対して特別な信頼を寄せることがあります。その一方で、過去に大人とのトラブルを経験した生徒は、教師に対して警戒心を抱くこともあるでしょう。このように、生徒一人ひとりの背景が異なるからこそ、教師の振る舞いがどのように受け取られるかを慎重に考える必要があるのです。
このように、教師と生徒の距離感は、一律に「こうすれば正解」と言えるものはありません。しかし、適切な距離を保つことが、真の信頼関係につながるとはいえるのではないでしょうか。そこで、より具体的に、どのような点に気をつけていくべきか、そのヒントを探っていきましょう。
3 適切な距離感のとり方とは
「生徒一人一人を十分に理解するためには、多様な情報を収集すると共に、彼ら彼女らとの日常的な接触・コミュニケーションを通して、行動や表現の中に秘められた個性と能力、また内面を的確につかみとる努力が必要だ」
教育の現場では、このようなことが昔からよく言われてきました。異口同音の意見を、皆さんも耳にされたことがあるのではないでしょうか?
教員の心構えとして非常に大切なことですが、この「つかみとる努力」を誤ると、生徒との距離感が崩れてしまう恐れがあります。
物理的な距離感を考える
教師と生徒の距離感を考えるとき、まず意識したいのが 「物理的な距離」です。人は無意識のうちに、相手との関係に応じて距離を調整しながらコミュニケーションを取っています。それは単なる空間的な距離ではなく、「この人との距離は、どこまで安心していられるか」という心理的な感覚とも深く結びついています。
文化人類学者のエドワード・T・ホールは、人間は4つの距離(密接距離・個体距離・社会距離・公衆距離)を対人関係の中で使い分けているとし、なかでも、人が対人関係で使い分ける距離を 「パーソナルスペース」 として分類しました。
たとえば、親しい家族や友人とは 「密接距離」(0〜45cm)で接しますが、思春期になると 「個体距離」(45cm〜1m)や「社会距離」(1m〜3m)を心地よく感じるようになります。
これは、子どもの心が成長することで、自分と他者の境界線を意識し始めることの表れです。思春期の生徒が、親や教師に触れられるのを嫌がることが増えるのも、この変化の一環といえるでしょう。
こうした変化を踏まえると、教師に求められるのは 「距離を縮めること」ではなく、「適切な距離を保つこと」 といえるのではないでしょうか。指導の際は生徒のすぐ隣に立つのではなく、適度な距離をとり目線を合わせる。個別面談の際は、机を挟むなどして圧迫感を与えないようにする。といったことも、生徒の安心感につながるでしょう。
なかでも特に、思春期真っ只中の中学生時代は、自分の「領域」を大切にするものです。
授業中に机の近くに寄りすぎたり、部活動の指導で肩をポンと叩いたりする行為は、場合によっては「親しみ」ではなく 「侵害」 と受け取られることがあるのです。
教師に悪気はなくても、生徒がどう感じるかが重要なのです。
「生徒と信頼関係を築きたい」と思うなら、無理に距離を縮めるのではなく、相手のパーソナルスペースを尊重することが大切です。そうすることで、「この先生なら安心して話せる」と感じられるのではないでしょうか。
では、物理的な距離を意識するだけで信頼関係は築けるのでしょうか?
もちろん、それだけでは不十分です。そこで、次に、もう一つの大切な距離感、「感情的な距離」 について考えてみましょう。
言語的・感情的な距離感を考える
教師と生徒の距離感は、単に「どれだけ近くにいるか」といった物理的な距離で決まるものではなく、言葉の使い方によっても関係性は大きく左右するでしょう。
例えば、生徒をどう呼ぶかという「呼称」も、教師の距離感の取り方を象徴するもののひとつです。私は授業中、「〇〇さん」「〇〇くん」と統一し、生徒が安心して学べる環境をつくるようにしています。その一方で、休み時間は少し砕けた呼び方を使い、親しみやすさとのバランスを取ります。こうした場面ごとの使い分けが、「教師としての一貫性」と「個人としての親しみやすさ」の両立につながっていると考えます。そこで、授業中に一定の距離感を保つことの重要性について、もう少し記しておきたいと思います。
① 生徒全員に平等な教育機会を提供するため
教師は、すべての生徒に公平に接する責任を持っています。特定の生徒だけに親しげな態度を取ると、他の生徒は「先生に関心を持たれていないのでは」と感じることがあります。言葉遣いひとつが、生徒の自己肯定感に影響を与えることを意識しましょう。
例えば、特定の生徒を呼び捨てにしたり、ニックネームで呼ぶことは、一見フレンドリーに見えても、逆に公平性を損なう可能性があります。生徒一人一人、全員に対してできないことは、やらない。適切な言葉遣いを意識することが、教師の誠実な姿勢を生徒に伝えるのです。
② 授業の「オン・オフ」を明確にするため
「学校生活」と言われるように、生徒は勉強だけをしに学校に来ているわけではありません。授業は集中する場、休み時間はリラックスする場、といったように、切り替えは重要です。そこでは、言葉遣いを調整することは有効ではないでしょうか。授業ではフォーマルに、休み時間は少し友達口調を入れるなど柔らかく…。そうした工夫が、生徒にとっても自然なスイッチとなり、学習への集中を助けると私は考えます。
③ 「対等な関係」を築くため
アドラー心理学では、人間関係は「縦の関係(先輩と後輩のような上下関係)」ではなく「横の関係(友人といった対等な関係)」であるべきとされています。これは教師と生徒にも当てはまり、上から管理するのではなく、一人の人間として尊重する姿勢が信頼を生むと思います。
ただし、ここで重要なのは、「対等」と「馴れ馴れしい」は違う、ということとです。
たとえば、教師と生徒の価値観が違うのは当然のことです。それを否定せずに受け入れることが、よりよい関係の第一歩となるでしょう。生徒が流行の言葉を使ったり、新しい価値観を持っていたりしても、「それは違う」と即座に否定するのではなく、「なぜそう思うの?」と問いかけるだけでも、生徒は「先生は自分を理解しようとしてくれている」と感じることでしょう。こうした姿勢が、物理的な距離を縮める以上に、心理的な距離を縮めることにつながるのではないでしょうか。つまり、教師の言葉の使い方・選び方ひとつで、教室の空気は大きく変わるのです。
4 信頼を守るための空間的工夫
教師と生徒が1対1になりやすい場面では、慎重な配慮が求められます。特に中学校では、教師の些細な言動が信頼関係に影響を与えるため、指導の場をどのように設けるかが重要になります。そこで、1対1の状況をオープンにし、安心できる環境を整えることを意識したいところです。
まず、部活動や補習では、教師と生徒が長時間一緒になる場面が少なくありません。そのため、できるだけ複数の教員や生徒が関わる状況を作ることが望ましいでしょう。指導は他の教師や部員が見守れる場所で行い、個別の練習はグループ指導を基本にする。もし1対1での指導が避けられない場合は、ドアを開けたり、周囲から見える場所で行うなどの工夫が求められます。こうした配慮が、生徒にも教師にも安心感を与え、不要な誤解を防ぐことにつながります。
また、個別指導や面談においても、閉鎖的な空間ではなく開かれた環境を意識することが大切です。例えば、職員室の一角やオープンスペースを活用することで、周囲の目が届きつつ、落ち着いて話せる雰囲気を作ることができます。教室での面談では扉を開けたり、ガラス窓越しに見える位置に座るなどの工夫も効果的でしょう。生徒によっては、口頭で話すよりも書くほうが本音を伝えやすいこともあるため、ノートを活用したやり取りを取り入れることで、より安心できる方法を選択できるかもしれません。
さらに近年、学校でもデジタルツールを活用する機会が増えていますが、個人的なSNSやチャットツールでのやり取りは慎重であるべきです。一方で、学校公式のオンライン相談システムなど、透明性のあるツールを活用することは、対面では話しにくい悩みを相談しやすくなる場合もあります。生徒の心理的ハードルを下げる手段として、適切な活用法を検討する余地はあるでしょう。
こうした工夫に加え、どうしても1対1のやり取りが避けられない場面では、記録を残し、必要に応じて保護者や学年主任と共有することも信頼を守るうえで重要です。相談内容の要点を簡潔にまとめて生徒と共有することで、お互いに安心感を持ちながら対話を進められるはずです。こうした細やかな配慮を積み重ねることで、より安全で信頼しやすい教育環境が築かれていくことでしょう。
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5 おわりに
教師と生徒の距離感を見直すことは、自身の教育観を振り返る機会にもなります。ここまで読んでくださった皆さんも、距離感に正解はなく、生徒一人ひとりによって異なることに気付かれたのではないでしょうか。
だからこそ、私たち教師は、常に問い続け、試行錯誤しながら、その時々にふさわしい「最適な距離」を見極めていく必要があります。その過程を大切にすることで、生徒にとって安心できる環境が生まれ、教師自身も自然な形で信頼関係を築いていけるはずです。
これからも日々の実践の中で、一緒に考え続けていきませんか?
写真/写真AC
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森脇正博(もりわき まさひろ)
前京都教育大学附属京都小中学校教諭、 京都教育大学非常勤講師を歴任するなど京都府公立学校教員として25年間勤務。現神戸市立小学校にて総務兼学力充実担当。 教育学修士。 専門は、学級経営、 算数・数学教育、道徳教育等。日本教育経営学会・日本教育行政学会会員。
著書に、「教育経営実践における「笑い」の可能性─「笑い学(教育漫才)」を通じた学級風土の醸成過程に注目して─」(日本教育経営学会、 2023)、『道徳教育のキソ・キホン道徳科の授業をはじめる人へ(分担執筆)』(ナカニシヤ出版、2018)などがある。また、独立行政法人教職員支援機構(NITS) の「Plant 全国教員研修プラットフォーム」内「児童生徒に対する性暴力等を防止するために」研修講師を務める。