学校を変えられる教師のマインドセット｜北海道教育大学・川俣智路先生講演＠北の教育文化フェスティバル

2025.01.29

自分の学習を舵取りする

前半のお話でも述べた通り、UDLの核心は、学習者のエージェンシー（自らの学習を舵取りすることができる力）を育てることにあります。ここでいう学習は、単に教科の課題ができるという狭義の意味ではありません。

例えば、「合唱コンクールで様々な経験を得る」とか、「部活動で大会に向けて一生懸命練習したが思うような成果が出なかったとしても、その先練習を継続することに意義を見出す」とか、「定期テストで良い点数が取れず、⾃分はもっと練習問題をしないとならないなと気がついた」といったことは、狭い意味での学習の成果は出ていないかもしれませんが、⾃分の成⻑・発達について考える機会になっていると考えられます。

UDLで言う学習には、学習者としての成⻑・発達の意味合いがあります。ですからUDLが授業において⽬指すところは、自己決定できる学習者（自分で自分の発達の舵取りをすることができる学習者）を育てることとなります。例えて言うなら、学校はその自分の発達や学習を舵取りできる、教習所のような存在なのです。

学習者の自己決定を阻む3つのバリア

学習者の自己決定を阻む要因として、以下の3つが挙げられます。

教師の思い込み

「子どもにはできない」という固定的な考え方
子どもの可能性を過小評価する傾向
この思い込みが子どもの成長機会を制限している

方法論の欠如

自らの学びを舵取る方法を教えていない
「できるようになって」と言うだけでは不十分
外的な働きかけを要するところから自らできるようになるまで段階的な援助が必要

過度な介入

常に誰かが指示を出し続けている状況
子どもの自主性を育む機会を奪っている
適切な距離感を保った支援の必要性

自己中心的対話の重要性

ロシアの心理学者レフ・ヴィゴツキー（1896-1934）は、自己内対話に関わる研究の中で、子供が市街電車を描く課題に取り組む際に、とても興味深い場面に出くわしたと書いています。ある子供が活動の際に、鉛筆の芯が折れるという予期せぬ事態に遭遇しました。従来の心理学の研究方法ならば、実験の失敗とみなして、条件を整えた上で最初からやり直したことでしょう。しかし彼は、そのまま観察を継続しました。

その子は「折れちゃった」とつぶやくと、鉛筆を置いて絵筆を選択し、「故障した電車」という新しい発想で描画を始めました。ヴィゴツキーはこの描画過程で、子供のこうしたつぶやき（自己中心的発話）が急に増えたことに注目しています。

ヴィゴツキーはこの自己中心的発話に着目しました。子供は活動中において、鉛筆や紙がない困難な状況に遭遇すると、そうでない場合と比べて2倍の自己中心的発話が発生することを発見しました。

それまで、自己中心的発話は、子供の未熟さの表れとされていました。ヴィゴツキーは、自己内対話を問題解決のための重要な思考プロセスとして捉え直し、困難な状況における創造的対応の表れと考えました。このことは我々が教室環境を考える上でとても重要な示唆が含まれています。

学び方に迷ったりうまくいかなくなったりした時こそ、環境と相互作用しながら新しい成長・発達が生じる可能性があるということです。UDLにおいて「選択肢を設ける」という取り組みは、単に苦手な方法を避ける、という意味だけではなく、子供が環境との相互作用の中で新たな学び方を試し、その過程で成長・発達が生じる、そうした狙いが込められているのです。

教室改革の必要性

ある学級に、学習意欲はあるものの、行動のコントロールに課題のある子がいました。その子は、従来の一斉指導ではうまく学ぶことができませんでした。そこで私は担任の先生と対応を相談し、教室の前方に自分で自由に学んだり作業したりできるスペース「頑張りコーナー」の設置を提案しました。先生と一緒に学びたい子なら誰でも利用できるスペースです。

先生は不安そうな顔をしていたものの、私が若かったこともあり、少し強引に設置を進めてみました。当初子供たちは、これまでと違う学び方の提示に戸惑ったのか、「頑張りコーナー」は利用者がいませんでした。何かの罠だと考えていたのかもしれません(笑)。

それでも「頑張りコーナー」には、冒頭に紹介した子が真っ先に現れました。先生に見てもらいながら苦手な学習活動に取り組むようになります。先生はその子の頑張りを、実物投影機で他の子どもたちに紹介するようになりました。

その学び方を見た他の子たちも、自分の学びをもっとよくできると気がついたのでしょうか。次第に「頑張りコーナー」に参加する子が増えてきました。子供たちが自分自身で学び、成長できるような環境を整えることが重要だと感じた経験です。

現在はどこの学校でも、iPadなど様々なデバイスやツールを使うことができるようになりました。教師は教室を、子供が自ら学べるような環境へと変えていく必要があります。

新たな教師像の確立

教室の環境を変えるには、まず教師としての基本姿勢を変えていく必要があります。そのためには、次の3点が重要です。

子供の主体性を重視し、可能性を信じること
放置でも過干渉でもない、学習者としての成長を促す関わりをすること
指導者ではなく「伴走者」として関わること

「伴走者」としての具体的アプローチとしては、次の3つの観点が重要です。

行動の指示ではなく、どうしたらより良く学べるか一緒に考える
学習に必要な環境やリソースは、子どもが自由に利用できるように準備しておく
子供自身が段階的に学習環境を調整できる

もちろん、最初からうまく支援することは難しいでしょう。失敗するかもしれません。ですから、失敗を活用する視点が必要です。困難を発達機会として捉え、予期しない状況になっても、対応を観察する余裕があれば、失敗を恐れない、実践を展開する勇気が沸いてくることでしょう。そこから新しい試みへの挑戦が生まれるはずです。

UDLが目指すところ

UDLの実践では、教師自身のマインドセットの転換と子供の主体的な学習者としての成長が密接に関連しています。教師に求められるのは、グロースマインドセット（人の成長を促進する思考パターン）です。そのためには、固定的思考からの脱却や柔軟な対応力の向上が求められます。

子供の成長を支援するには、一人一人の可能性を発見し、焦らず段階的に学習者としての成長を促し、成功体験を積み重ねることのできる環境を用意することです。そして、失敗や困難を避けるのではなく、それらを発達の機会として活用し、適切な学習環境デザインにチャレンジすること。これによって、自分の学びを舵とることできる学習者の育成を目指すことがUDLの目指すところです。

（前半はこちら）

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