【明日の教室セミナー】野中信行先生「新時代の学級経営のあり方~最後にどうしても伝えたいこと~」受講レポート
文/糸井登(「明日の教室」代表、京都女子大学附属小学校副校長)、吉川裕子(立命館小学校教諭)
みなさん、こんにちは。「明日の教室」代表の糸井登です。今回報告するのは、12月7日(日)の午後、京都・山科にある新学社の会議室で行った野中信行先生による「新しい時代だからこそ考えたい学級経営のあり方~最後にどうしても伝えたいこと~」と題するセミナーです。
私が野中信行先生に初めてお会いしたのは、2007年の8月でした。その年の4月に立ち上げた「明日の教室」の初年度にお越しいただいたのが初めての出会いでした。野中先生の書かれた教育書に惹かれ、連絡を取り、登壇のお願いをしたのです。
2007年というのは、野中先生の現役最終年だったと思います。気がつけば、17年という年月が流れ、その間、野中先生には何度も「明日の教室」にご登壇いただきました。
野中先生の近況は、ブログ「風に吹かれて」を楽しみに拝見する中で知るのみだったのですが、そこで「ブログ終了」の記事が書かれ、驚くやら、寂しいやら、いろんな感情が湧き出てきて、しばらく呆然としました。呆然としながらも、「明日の教室」として、野中先生のファイナルセミナーを開催すべきだと判断し、野中先生にお願いのメールを送りました。そして、池田修先生、野中信行先生との日程調整を終え、今年中のセミナー開催にこぎ着けた次第です。
いったいどれだけの教員が、野中先生によって救われたことでしょう。若手教員はもとより、私のようなベテラン教員も、若手教員をどう育てるかといった関わり方を教えていただきました。
最後となる今回も、たくさんの学びがある濃いセミナーとなりました。今回も報告を書いてくれたのは、吉川裕子先生(立命館小学校)です。
目次
野中信行先生セミナーレポート(報告者:吉川裕子)
今回の明日の教室には、沖縄、佐賀、新潟、長野、東京、岡山など、遠方から京都に来られた方が何人もいらっしゃいました。講師の元横浜市立小学校教諭・初任者指導アドバイザーの野中信行先生は、これまで「明日の教室」に一番たくさんご登壇いただいた先生で、DVDも5枚出ています。(明日の教室DVDシリーズ)
この17年間、私も野中先生にたくさんのことを教えていただき、救われてきました。中でも、「いつも機嫌よく過ごす」という言葉は毎年目標にしています。
それでは今回の講座の様子を紹介していきたいと思います。
学校現場のリアルな現実
野中先生が教員になられたのは53年前。当時の教員は授業さえやっておけばよく、今と比べて余裕があったそうです。当時の子供たちは、落ち着いていており、初任者でも心配せず高学年を持てたそうです。印刷物はまだガリ版で作られており、作るのが大変だったため、数は限られていました。この後、コピーやワープロが出回るようになり、印刷物が増え、それに伴い教員の仕事量も増えたのではないかとお話しされました。
野中先生の採用から30年後の2001年。5回目の異動で最後の学校に赴任される頃には、子供たちの様子が大きく変貌していました。今では力量のある教師でも学級崩壊に直面する可能性がある、という現実があります。
子供は変わり、子供たちの関係も変わり、教室でのありようも変わりました。判断基準は、善悪の価値観から快・不快の価値観へ、快・不快の価値観から多様な価値観へと変わってきています。統計を見ても小学校の暴力行為やいじめの件数は急増しています。
これまでの日本の学校教育は、教科教育と生活教育で成り立っていました。まず生活教育を通じて基本的な生活習慣や人間関係や社会人としての基礎的な振る舞い方などを学習させ、集団の中で生活していく力をつける。その上に授業、教科教育を載せていくという考え方のもと、生活教育を基盤としてきました。しかし、今の多様化する価値観の子供たちの中には、学校は学ぶところだという考えを持たない子供たちもいます。
文科省が「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的充実を打ち出し、多くの学校で自由進度学習などに取り組んでいますが、「自由進度学習がうまくいく先生は学級経営が上手な人であり、授業だけでは学級はうまくいかない」と野中先生はお話しされました。
野中先生が提唱された「3・7・30の法則」。4月のはじめの3日間は「先生が担任でよかった」と思える楽しい体験を中心に、7日間でクラスの仕組みを作り、30日間繰り返し、仕組みを定着させるというものです。最後の学校では、3人の先生方を中心に職場づくりを進め、2年間で学級崩壊をするクラスがなくなり、学校改革を行うことができたそうです。
荒れている学級を回復する具体的提案
多くの初任者に対して「まず授業を安定させよう」という指導がされますが、あまりうまくいかないことが多いようです。そこで野中先生は、「最初は学級をつくる」という提案をされました。「学級づくり」とは、仕組みづくりとルールづくりであり、学級がうまくいくかどうかの分かれ目は「組織を作ること」だと話されました。
そして「2対6対2の法則」という組織論を学級に当てはめて考えます。学級の2割は先生の味方をしてくれる「真面目派」の子供たち、6割は「中間派」、最後の2割は「やんちゃな子供たち」で、この中に「超やんちゃ」な2~3人が含まれます。多くの先生がこのやんちゃな子たちへの対応に追われ、学級経営がうまくいかなくなるといいます。
学級作りの決め手は「真面目派」の2割を早く味方にし、「中間派」の6割を少しずつ引き込んでいくことです。「真面目派」を味方にするには、頼りがいがあり一貫した指導をすることが必要です。対応がころころ変わると、真面目な子たちに不信感を与えてしまいます。「みんなが先、個々は後」「空白になる時間をつくらない」「やんちゃな子の土俵には下りない」ことが鉄則です。
また叱ることは大切ですが、学級にルールを作り、「やんちゃな子」たちへの対応を一切せず、「真面目派の子供たち」を動かして他の子供たちをひきつけていく方法を、具体的に説明されました。「個人目標達成法(〇〇ハカセ方式)」では、そうじハカセなら「〇〇さん、掃除がうまいね」と褒められたら自分で〇をつけ、〇が10個たまったら「そうじハカセ」になる、というように、学級の中でできている子が可視化できるようになります。
また「やんちゃな子」への最初の言葉かけは「どうしたの?」など「ど」のつく言葉がよく、返事が返ってきたら「そうなんな」など「そ」のつく言葉で受け止めていき、少しずつ関係をつくっていく必要があるとのこと。いくつかの例を紹介してくださるだけでなく、細かい資料の入ったDVDを参加者全員に配布してくださいました。
これからの困難な現場を生き抜くために心がけたい作法
森信三先生の「時を守り、場を清め、礼を正す」という言葉を紹介され、この言葉を大切にし、学級を立て直した先生の事例を話されました。
「ボーリングでピンを全部倒すためには、センターピンを倒さなければいけません。ものごとを達成するためには必ず「センターピン」があり、それを早く見つけ、日常的に取り組むことが大切です」
野中先生の見立てでは、大谷翔平選手のセンターピンは「機嫌の良さ」です。「機嫌の良さ」は才能や天性のものではなく、最初は意識的に振る舞い、繰り返すうちに身につけられるものです。これからの厳しい学校現場を生き抜く教師にとってのセンターピンは「子供の前で機嫌よくふるまうこと」であり、教師の仕事は「機嫌よく仕事をすること」に尽きる、人間は機嫌よく仕事をしている人のそばにいると自分も機嫌よく何かをしたくなると話されました。そして、『続ける思考』(井上新八/著)という本を紹介されました。
人生の本質は繰り返し、自分なりの形をつくれ
最後の鼎談では、池田修先生(京都橘大学)が経営論について話されました。経営とは、目的と目標があり、組織とルールと活動で目標に向かっていくことです。営利と非営利の場合がありますが、中核になるのが組織論です。しかし、多くの先生方は組織論を十分理解できていないと指摘されました。教職を目指す学生に「4月の学級は集団ですか? 群れですか?」と問うと、多くの学生は「集団」と答えるそうです。多くの大学では学級経営について学ぶ機会が少ないのが現状です。
また、これからの教育学では組織論とコンプライアンスが大切で、生成AIの導入により、知性に関わる仕事は減り、人間と人間が触れ合う学びは残っていくという見解が述べられました。学校には特別活動やアート、スポーツが残り、特別活動がメインになってくるのではないか、とお話しされました。
また糸井登先生(京都女子大学附属小学校副校長)は、自由進度や個別最適化といった授業の話が文部科学省からも出たことで、一斉指導は古いと思われてきており、二極化している面があると指摘されました。ただ学級づくりの土台がないと、このような自由進度学習のような授業はうまくいかないので、土台がない状態で自由進度学習が広がっていくことを危惧されました。
最後に野中先生は、「人生の本質は繰り返しであり、自分なりの形をつくっていくことが大切である」とお話しされました。3時間半、笑顔でユーモアを交えて話される「野中節」は健在で、明日からも「機嫌よく」頑張る元気をいただきました。
ご講演の中で、野中先生の奥様のお母様の言葉として「子供たちの声がうるさく聞こえるようになったら、教師やめんば」という言葉が紹介されました。私はこの言葉が特に心に残りました。そして、特別なことができなくてもやるべきことをやっていればきっと大丈夫だ、というメッセージを受け取りました。野中先生、本当にありがとうございました。
参考書籍:
『「やりたいこと」も「やるべきこと」も全部できる! 続ける思考』(井上新八/著)
『新卒時代を乗り切る! 教師1年目の教科書』(野中信行/著)
『ここだけはおさえたい! 教師1年目の授業づくり』(野中信行/著)
『困難な現場を生き抜く! やんちゃな子がいるクラスのまとめかた』(野中信行/著)
野中信行先生の過去のセミナー動画を当サイトでご覧いただけます(有料):
・野中信行|学級を軌道に乗せていく学級づくり〈セミナー動画約50分〉
・野中信行|日常授業を豊かにしていこう〈セミナー動画約50分〉
・野中信行|崩壊しない学級づくり〈セミナー動画約50分〉
・野中信行|新採の1年を乗り切る仕事術〈セミナー動画約120分〉
次回は1月11日、堀裕嗣先生・千葉孝司先生・宇野弘恵先生によるTrioセミナーを開催
さて次回の「明日の教室」セミナーは、年明け1月11日(土)に堀裕嗣先生(札幌市公立中学校教諭)、宇野弘恵先生(北海道公立小学校教諭)、千葉孝司先生(元北海道公立中学校教諭)のお三方をお招きして、生徒指導と生徒支援について考えていきます。
堀先生と千葉先生の生徒指導のセミナーに、宇野先生も参加いただくことになって、凄いものになること間違いなし。多数のご参加をお待ちしております!
【明日の教室セミナー開催予告】
「生徒指導・生徒支援セミナー」
講師:堀裕嗣先生(札幌市公立中学校教諭)、宇野弘恵先生(北海道公立小学校教諭)、千葉孝司先生(元北海道公立中学校教諭)
日時:2025年1月11日(土)9:30~17:30
会場:新学社会議室(京都市山科区)
参加費:4000円(税込)
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