インタビュー/佐橋慶彦さん|“些細な日常”こそ大切に——教室に「安心感」と「つながり」をつくり出す学級経営【注目の若手&中堅教師に聞く「わたしの教育ビジョン」vol.10】
愛知県公立小学校で教鞭をとる傍ら、学級経営の研究や執筆活動など精力的に活動している佐橋慶彦先生。コロナ対応が緩和されて1年経つ今、社会性を育む機会が制限され、その影響を受けた子供たちの中で「まだコロナ禍は明けていない」と警鐘を鳴らします。そんな今、教師であることの意義と、佐橋先生の学級経営の根底にある思いについて語っていただきました。
愛知県公立小学校教諭
佐橋 慶彦(さはし・よしひこ)
1989年、愛知県生まれ。『第57回 実践!わたしの教育記録』特別賞、第19回学事出版教育文化賞受賞。教育実践研究サークル「群青」代表。日本学級経営学会会員。学級経営や児童に寄り添ったアプローチの研究と実践を行っている。単著に「全図解 子どもの心を動かす学級経営アプローチ」、「『バラバラ』な教室に『つながり』を創り出す 学級経営戦略図鑑」(いずれも明治図書出版)がある。
目次
初任で6年生の担任、学級崩壊——極限の試練から始まった教師人生
現在教職13年目、研究や出版など、精力的に活躍されている佐橋慶彦先生。しかし、その教師人生の幕開けは、想像を絶する過酷なものだったそうです。
「初任のとき、いきなり6年生の、すでに荒れて学級崩壊を起こしていたクラスの担任となりました。当然ながら、子供たちとはうまく関係が築けず、3か月で8キロ体重が落ちました。何とか乗り切りましたが、本当にギリギリの精神状態で生きていた1年間でした」
そんな辛い日々の救いとなったのが、1冊の本との出合いでした。
「毎日毎日、辛くてどうしようもなかったときに、赤坂真二先生の『小学校高学年女子の指導 困ったときの処方箋』(学陽書房)を読み、自分の悩みを分かってくれているように感じました。教職は向いていないのかもしれない、と諦めそうになっていましたが、自分がやりたいとぼんやり思っていたことと赤坂先生の本に通じる部分を感じ、かすかな希望をもちました」
大学の卒業論文で、『つながりと自己肯定感』をテーマにしていた佐橋先生。初心に戻り、希望の糸を手繰り寄せ、本にあることを地道に実践していく中で、徐々に学級が改善されていったといいます。
教室で耳を澄ませば聞こえる、子供たち一人一人の心の声を大切に
小学校低学年で命の教育を受けたことをきっかけに、「命が無くなるのは怖い。けれど、自分が消えた後にも、自分にとって大切な価値観が残る仕事をしていれば、死が怖くなくなるかもしれない」と考えるようになった佐橋少年。中学生になり、それが「教師になりたい」という夢に変わります。そして、念願叶ったその矢先に大きな試練に見舞われることとなりますが、努力の結果、2年目からは見事なまでのV字回復を遂げていきます。
「2年目は、今年ダメだったら教員を辞めよう、と決めていましたが、受け持ったクラスに反応のいい子たちが多く、その子たちに救われて、教員としてやっていく自信をつけました。教材研究も必死でやり、授業づくりも頑張っていきました」
子供を惹きつける授業やゲームなどの実践に懸命に取り組み、教師としての自信をつけて、初年度とは打って変わって楽しい1年となります。その結果、子供たちとは大人になった今でも連絡をもらうほどの強い絆ができました。
「ただ、今思うとパフォーマンス系の実践が多くなってしまっていて、一部のノリのいい子たちだけが活躍し、先生である自分が前に出て盛り上げていました。ひとりよがりの、あまりよくない状態だったと言えます。当時はただ、前年の失敗から自分に自信をつけたくて、周りも見ずに突っ走ってしまいました。そこから4年目、5年目あたりでしょうか。クラスが持ち上がっていく中で、ようやく本当の学級経営に踏み出せた気がします」
“子供主体で学級が動き出す”ということが実感できたのは、教師になって4〜5年目。その頃から、一部の活発な子供だけではなく、いろいろな子供にスポットが当てられるようになり始めました。そして、子供たちの表面的な長所だけではなく、その在り方を認め、多様な価値観を見いだそうと試みていきます。
「教室でよく耳を澄ますと、友達とつながりを感じられず、不安感が強い子供も少なくないことに気付きました。そして、『子供が学校という場で、特定の友達と仲良くならないといけない、という焦りは必要ない』『いろいろな形で、あの子ともこの子とも関われると感じることで、安心感が芽生えるはずだ』という信念を持つようになり、それこそが自分がやっていきたいことだと思いました」
一人一人の子供の感情に気づき、日々の小さな積み重ねを大切にしたい、と語る佐橋先生。
そして、教職7年目、憧れの赤坂真二先生との直接の出会いを果たします。赤坂先生のセミナーに参加し、初めて作った名刺を差し出して、「自分の実践が赤坂先生の本に載ることが夢です!」と名乗り出たのです。
「赤坂先生は『叶えましょう!』と即答してくださり、本当に感動しました。それが今、現実に『ウェルビーイングの教室』(明治図書出版)で形になったことは夢のようです」
まだ明けていないコロナ禍——「バラバラ」になった子供たちに今一度「つながり」を
コロナ禍以降、「教室での活動が今まで通りにいかない」「子供同士のつながりが以前と違う」と感じている現場の先生の声があちこちから聞こえてきますが、佐橋先生も例外ではありません。
「昨年、コロナ対応が緩和され、給食をみんなで食べられるようになった日のことです。多くの子供が、みんなと顔を合わせて食べることを嫌がりました。自分の顔をタオルなどで隠して横を向いて食べる子、カーテンに隠れてしまう子⋯⋯様々な子供がいて、心が痛みました」
その他、話合い活動や班活動に参加できない、したくない。趣味や価値観が近い相手としか関わりをもてない。教室に困っている子がいても見向きもしない。自分と仲の良い数人がよい思いをすれば、他の子がどう思おうと関係ない。そんな冷たい光景を目にすることも少なくない状況に。
「現場にいる実感として、子供たちの『つながり』が、この数年でより一層薄く、脆くなってしまったと感じています。これが私の杞憂ならよいのですが、きっと現場の先生方には、同じような危機感をおもちの方は多いのではないでしょうか」
と、後述の新刊でも語るように、佐橋先生は感じています。
「特に、小3・小4は、社会性が育つときですが、その頃にコロナ禍に直面した子供(現在の中学1〜2年生)は特に関わりが下手な子供が多いように感じます。日本は同調圧力が強く、周りの目を気にする国なので、余計にコロナ禍での影響が強く出てしまったのではないでしょうか。その子たちの中では、まだコロナ禍は明けていないとも言えるのです」
そこで、佐橋先生が強い危機感と使命感から書いたのが、「『バラバラ』な教室に『つながり』を創り出す 学級経営戦略図鑑」(明治図書出版)です。
「学級経営では、クラス全員の対等感が重要ですが、今の子供たちは『陰キャ』『陽キャ』『コミュ力(りょく)がある・ない』などの言葉をよく使います。それにより“スクールカースト”が出来上がっています。 本来、人は多様で、多面性を持った生き物なのに、固定の枠組みに当てはめて、『陰キャ』『陽キャ』などとキャラ分けするのはかっこよくないんじゃないかと伝えて、子供同士のつながりを築いていくことを目指したいものです」
学級経営は“些細な日常”が大切——子供に安心感を与える「関わり方のバリエーション」と「存在の無条件の肯定」
学校は、必ずしも“仲良し”をつくらないといけない場所ではありません。また、家族や親友のように親密な関係は、一朝一夕で築けるものではありません。しかし、社会性を育む機会が制限されたコロナ禍以降、人との関わり方にバリエーションがあることを知らないがために、いきなり仲良しになろうとして「なれない」ことに悩んでしまう子供が多いようです。
「関わり方には、何かを一緒に達成する、ただ一緒にその場にいる、など様々な種類があり、毎日ただ目を合わせて挨拶をするだけの関係でも、十分な関わりです。そんな、関わり方のバリエーションを具体的に示し、『いろいろな形で、ありのままの自分でつながることができるんだ』『自分も自分以外の人も大切で、それぞれに価値があるんだ』という実感を与えることで、子供は変わります。私は、そういうことをしていきたいですし、それができるのが教師という仕事だとも思います」
「足が速い」「算数が得意」などの特技や長所ではなく、その子の大事にしていること、考え方、思っていることなどをそのまま受け止め、存在そのものを無条件に肯定し、大切にしている姿勢を教師が示すことで、子供にもその価値観が伝わります。些細なこと——例えば、普段は真面目な子が少しふざけた面を見せたときや、物静かな子が何かを発言したときに、その子に目を合わせて嬉しそうに微笑みかけるなど——でも、伝えることができます。
「実は絵が得意でして(笑)、毎年クラスの子供の誕生日に、その子の好きなイラストを描いてあげることにしているんです。クラスメイトは、みんなで手紙を書いて渡します。これも、その子が生まれた日を無条件に祝い、存在そのものを肯定してあげたいという気持ちで行っています」
6年生のクラスで、子供たちが『一人一人がワンピース』という学級目標を作りました。みんながパズルの1ピースで、「凹凸を埋め合いながら、1つの素敵な絵をつくれたらいいね」というメッセージだそう。一人ずつはめて、最後は一人ずつ剥がしていきました。
「これからも自分が学級経営を通して得た小さな気づき、意識のポイントを、人に伝わる言葉でアウトプットしていきたいと思います。自分がやっていることは、特別な実践や名前のつくようなものではないのですが、教室の中の『些細な日常』こそが大切なことだと思っています。再現可能な形にして、できるだけ多くの先生に、『教師って本当に良い仕事だな』と思える瞬間を共有していきたいと思っています」
日々の学級経営を通じて、小さな声を大切にする存在でありたい、と語る佐橋先生の眼差しは、どこまでも優しく強い光を宿していました。
取材・構成・写真/田口まさ美(Starflower inc.)
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