【教科書編集者インタビュー】生活科の教科書に込めた工夫とメッセージ – 東京書籍『新編 新しい生活』

学校で毎日使う教科書。その制作の裏側には、教科書会社のきめ細やかな配慮と、現場を想っての工夫がたくさん込められています。今回は生活科の教科書『新編 新しい生活』を作っている東京書籍の編集部のみなさんのインタビューをお届けします。ページの隅々まで、先生にもぜひ知っていただきたい情報が盛りだくさん。ぜひ新たな視点で教科書を開いてみてください。

(右から)東京書籍・生活科編集部/菊池大輔さん、村上瞳さん、岡愛実さん
(右から)東京書籍 生活科編集部/菊池大輔さん、村上瞳さん、岡愛実さん

「全国どこでも使えるように」——生活科の学習の質が向上する教科書づくり

——本日は、先生方が授業で使う生活科の教科書制作の知られざる裏側を教えていただき、また現場の先生が“知って得する”情報を教えていただければと思います。

村上 私は20年近く生活科の教科書を担当していますが、携わり始めた頃は、まだ生活科の授業で教科書が使われないことも多かったのです。“子供たちの思いや願いを実現する”という主目的があることから、“教科書を使わなくてもできる授業”という風潮がありました。

ですが、最近は教科書が授業で使いやすい形になったことや、若い先生も増えたことから、教科書を使う先生が格段に増えました。「教科書があることで、生活科の学習の質が向上する」という感覚が広まった背景もあるのかもしれません。

20年近く生活科に関わる「生活科のプロフェッショナル」村上さん
20年近く生活科に関わる「生活科のプロフェッショナル」村上さん

生活科の実態把握のために全国の学校へ視察に行くのですが、私たちがご提案した内容、例えば見本のおもちゃとか(下図)を、子供たちが実際につくったり使ったりしていただいている姿を見ると、やはり嬉しいですし、やりがいを感じます!

「たのしいあきいっぱい」のページ(東京書籍『新編 あたらしい せいかつ 上』より)
「たのしいあきいっぱい」のページ(東京書籍『新編 あたらしい せいかつ 上』より)

村上 長野や新潟など、地域によっては、生きものを育てるときに一般的な昆虫などではなく、ヤギやヒツジなどを育てていたりして、それぞれの地域性が感じられるのも、生活科の面白いところです。「まちたんけん」では、周りに商店がない地域の学校もあれば、逆に繁華街のど真ん中というところもあります。

様々な地域のことを考えて、できるだけ全国どこでも使えるようにするというのは、私たちが頭を悩ませるところでもあります。例えば、虫の種類とか、植物の種類も、できるだけ多くの地域で汎用性の高いものを選んで取り上げつつ、それ以外のところでも使えるように考えてつくっています。

評価のしやすさにも配慮。「3つのマーク」で育成する資質・能力をわかりやすく提示

菊池 生活科は「気付き」を大切にする教科です。ですから、子供がいろんなものを見付けるための工夫、授業の中でこれまでの経験と結びつけたり、気付きの質を高めたりするための工夫をしています。

現場の先生方は、生活科の教科書を単元の導入部分で使っていただくことが多いようですね。例えば、夏の単元の導入で「夏といえばどんなことを思い浮かべる?」と先生が問いかけをするとします。すると、子供たちからは、教科書に載っているバッタの写真を見て、バッタ以外にも、カマキリやトンボなどの生きものや、暑さなどの諸感覚といった、たくさんの気付きが出てくるはずですよね。

そのように、気付きの元となるようなネタを教科書に散りばめて、先生が授業の最初の導入で、子供たちの活動への思いを広げるところで使っていただければ、と思っています。そのための題材の例、資料などを、紙面だけでなくデジタルも含めていろいろとご用意しています。

おもちゃづくりの内容は、デジタルコンテンツにも。
おもちゃづくりの内容は、デジタルコンテンツにも。

算数などは積み上げ学習ですから、学ぶ順番もある程度決まっていますが、生活科はそうではありません。自由なのです。「遊び」的な部分が重要視されていて、進める順番も、工夫の仕方も、深め方も、気付くポイントも、子供によって違っていいんです。

ですが、ただ自由なだけで「活動あって学びなし」と言われてしまうようでは困るのです。

ですから、今回の教科書から変えている点としては、その小単元で主に育成する資質・能力は3観点のどれかを想定し、ページ左上の本文横に『!』『?』『♡』のマークをつけています。

これを参考に、どんな力を育成したいのかを意識しながら授業を展開していただければと思います。必ずしもこのマークの観点でないといけないわけではありませんが、それを主とする観点として、意識をしていただければ、とご提案しています。そしてマーク以外の資質・能力も、ある程度想定して提示するようにしています。

《資質・能力》3つの柱を踏まえた評価の3観点

「知識・技能」・・・『!』びっくりマーク
「思考・判断・表現」・・・『?』はてなマーク
「主体的に学習に取り組む態度」・・・『♡』ハートマーク

『!』知識・技能
『!』知識・技能
『?』思考・判断・表現
『?』思考・判断・表現
『♡』主体的に学習に取り組む態度
『♡』主体的に学習に取り組む態度

菊池 また、先生が一番困っていらっしゃるのが、評価の部分ですね。活動をして、どのように見取るのか。今お話ししたマークの提示もそのための工夫ですが、子供たちがどんな活動をして、最終的にはどんな姿を目指すのかを例示させていただいています。下巻になると、より具体的に「対話」を通して思考を促し、気付きの質を高める「学びを深める」姿も例示したりもしていますので、参考にしていただければうれしいです。

村上 とはいえ、私たちは教師ではありませんから、編集委員の先生に細かいところまでお話を聞き、検討していただいています。“このような力を育てたい”という学習指導要領にある目標や内容と現場のリアルとの間を探り、改訂のたびに現場のフィードバックを得ながら、より実践しやすく、資質・能力の育成が可能になる内容に、うまく着地するところを見付けていくことを心がけています。

教科書制作に込めた想い——子供に「自信」と「学びの原動力」を

 入学して間もない子供たちには、特に「幼保とのつながり」が大切になってきます。最初は幼稚園やこども園、保育所から上がってきた子供たちを意識した文字量、言葉遣い、見やすさ、などに気を付けています。特に、園での生活や活動とのつながりを感じられることを大切にしています。

例えば、スタートカリキュラムの学校の1日を紹介するページで、「ここは保育所と同じだね」のように、子供たちが「つながっている」と安心できるような内容を盛り込んでいます。

幼児期の学びを生かして生活ができることを伝えるスタートカリキュラム「はじめましてきょうしつ」(『新編 あたらしいせいかつ 上』p.4-5)。幼保の生活との共通点を見出しながら、子供が自信を持って新生活をスタートできるようにとの想いが込められている。
幼児期の学びを生かして生活ができることを伝えるスタートカリキュラム「はじめましてきょうしつ」(『新編 あたらしいせいかつ 上』p.4-5)。幼保の生活との共通点を見出しながら、子供が自信を持って新生活をスタートできるようにとの想いが込められている。

4月の1か月は、生活科を中心に他教科の内容と関連させながら学習を進めていきます。学習時間も、まだ45分の通しは難しいので、モジュールを活用しながら15分単位を組み合わせたりもしています。

他教科との連動もできる例として、

「手遊び」から「体育」へ。
「花を見つける」から花びらを数える「算数」へ。
「自己紹介をする」から「国語」へ。

など、先生方はスタートカリキュラムの活動を通して、学校生活だけでなく、他教科の授業の内容にも円滑に入っていけるような工夫をされていると思います。そこでも、役に立てるような内容を心がけています。

村上 ページの下の部分に10の姿(幼児期の終わりまでに育ってほしい姿)がどんな場面で発揮されるのかを、言葉とイラストで例示しています。これは、子供たちはゼロからスタートではなく、幼児期を通してすでにこんな力がついているんだ、というイメージをもってもらえるようにするためです。

「保護者の皆さまへ」としていますが、実は、これを通して先生方にも、子供たちの幼児期の育ちを生かして学習を進める目安にしていただけるのでは、と思っています。

菊池 そうすることで子供に自信をもたせるというねらいがあるんです。この時期は、子供が自ら学び出していけるようにサポートすることが大切です。入学時は、自主性を育む、まさに第一歩の時ですから。そのためには、「自分でもやっていける!」と子供に思ってもらうことです。

 「幼稚園や保育園ではどうだったのかな?」と問いかけて、そこから子供の声を引き出していくような導入を想定しています。「これまでやってきたことを、ちゃんと活かせるんだな!」という自信をもたせてあげたいですよね。

菊池 『がっこうたんけん』で「どこに行ってみたい?」と聞くと、子供たちは自分で考えて、思い思いに探検に行きますよね。知らないことを自ら調べに行って、発表する。これが「思いや願いの実現」の部分で、まさに問題解決授業のスタートです。

言われたことを受動的に行うのではなく、自分から発する、「学びの原動力」を身につけてもらいたいと願っています。この時に、大人があれしちゃだめ、これしちゃだめ、と言っては、自主性は育まれません。大人になって仕事をするときにも必要となる能力の育成として、ここに大きな意味があると思っています。

 また、現場の先生にご助言いただいたのは、こうした接続がスタートカリキュラムの時期だけで終わりになってしまうのではいけない、ということです。ですから、5月以降も、幼児期の学びの上に積み重なるように、ということを意識して、パーツパーツに幼児期を想起させる内容を入れています。

スタートカリキュラムにおける、入学当初の子供への細やかな配慮について語る岡さん
スタートカリキュラムにおける、入学当初の子供への細やかな配慮について語る岡さん

村上 当然、教科書は子供たちのためのものですから、子供たちの学びたいという意欲を刺激できるように、ページを開いて「やってみたいな! 楽しいな!」と思ってもらえるような工夫もしています。例えばこのページ(写真下)は、めくるたびに、芽が出て花が咲き、植物が育っていく様子を視覚化できるようにしています。このような、さまざまな工夫に気付いていただけたらうれしいです。

ページをめくると植物が育つ様子が見られるように。子供がワクワクするような工夫が随所に散りばめられている。
ページをめくると植物が育つ様子が見られるように。子供がワクワクするような工夫が随所に散りばめられている。

村上 先生向けにはもちろん、資質・能力がどのように育てられるかという情報も入れていますが、まずは使う子供たちが、ワクワクしながら学べることを大事にしています。


生活科は、小学校での学びをスタートする子供たちが、生活や学習姿勢の土台を作っていく第一歩となる教科。そこにかける編集部の熱い想いが伝わります。後半は制作の裏側とともに、ビジュアルに込められた意図や、デジタル教材に盛り込まれた工夫の数々など、“知れば得する”生活科の教科書のチェックポイントをお伝えします!

フル活用したい! 生活科の教科書のチェックポイント

『新編 あたらしい せいかつ 上』『新編 あたらしい 生活 下』(東京書籍)
左・『新編 あたらしいせいかつ 上』、右・『新編 新しい生活 下』(東京書籍)

リアリティーを追い求め、写真素材は数年かけて準備

菊池 ご覧の通り生活科の教科書の場合は、写真やイラストが多いのですが、ほとんどが描き下ろし、撮り下ろしです。子供たちが植物を育てる様子などは、当然植物がうまく育たなかったりもするので、撮影だけで最低1年間以上は確実にかかります。撮り溜めたものの中から一番よい写真を選んで載せています。

村上 編集しながら「素材が足りない!」となったら再撮影です。紅葉が綺麗な土地を目がけて撮影に行ったり、雪が降っている地域にタイミングを計って撮りに行ったりもします。モデルの子供たちのリアルな表情を押さえるために、実際に活動してもらったりしながら、子供たちの気持ちを乗せる工夫を凝らして撮影を行うようにしています。

菊池 今回はコロナ禍での撮影だったので、キッズモデルさんの撮影が多いのですが、普段は実際の授業中の写真も多く撮影させていただいています。子供の没頭している姿は、リアルな授業中でないと、なかなか撮れるものではありません。ですから、実際の教室に伺ってリアリティーを出すようにしています。

『新編 あたらしい せいかつ 上』p.8
上巻冒頭のカリキュラム「どきどき わくわく 1ねんせい/はじめまして がっこう」の写真。入学したばかりの児童がはじめて学校めぐりをする際の、“どきどき、わくわく”感を伝えたく、様々な工夫をして撮影。
『新編 あたらしいせいかつ 上』p.8
上巻冒頭のスタートカリキュラム「どきどき わくわく 1ねんせい/はじめまして がっこう」の写真。入学したばかりの児童がはじめて学校めぐりをする際の、“どきどき、わくわく”感を伝えたく、様々な工夫をして撮影。
『新編 新しい 生活 下』p.37
「生きもの なかよし 大作せん/生きものを そだてよう」より。アゲハチョウがさなぎになった変化に興味津々なカット。実物を子供に見せながらリアルな表情を捉えます。
『新編 新しい生活 下』p.37
「生きもの なかよし 大作せん/生きものを そだてよう」より。アゲハがさなぎになった変化に興味津々なカット。実物を子供に見せながらリアルな表情を捉える。

村上 写真(下)の子供たちは3人とも、とてもいい表情をしていますよね。実は左側の子は、ダウン症のある子供なんです。教科書には過去にも多様な子供たちの例として、車椅子に乗っている子供をイラストで登場させたりしていたのですが、写真での登場は初めての試みです。生活科の学習においては、それぞれの子供がそれぞれの思いや願いを実現していきます。そこには障害の有無は関係ないと思うんです。国語や算数が苦手でも、「生活科は好き!」と言ってくれる子も多く、だれもが主役になれる教科だからこそ、多様な子供たちの存在を意識しています。

「すべての子供が主役になれる教科」としての生活科を意識した教科書づくりに。
「すべての子供が主役になれる教科」としての生活科を意識した教科書づくりに。

村上 見開きの大きな写真は、子供の意欲喚起としての意図をもたせ、小さな写真は子供自身のふだんの生活との関わりからスムーズに学習に入れるようにという意図で扉写真を構成しています。先生方には導入の素材としてうまく使っていただければと思います。

1人1台端末時代に合わせた、きめ細やかな更改点

菊池 今回は「1人1台端末」になって初めての教科書だったので、教科書の中の先生や子供たちがタブレットを使って学習している様子をたくさん掲載しています。しかし、小学校1年生の最初と2年生の後半ではタブレットの活用レベルも当然違ってきますよね。教科書でもそういったことを想定して、1年生の夏には先生が電子黒板に映し出していますが、秋には子供自身がタブレットを自分で持って操作している姿を描いています。

大まかに1年生の前半と後半、2年生の前半と後半、それぞれどの時期に子供にどのくらいの情報活用能力の育成が想定されるかなどを検討したうえで、イラストを描き分けています。

子供も自由に見られる豊富なQRコンテンツ

菊池 教科書の中についている二次元コードは、先生だけでなく子供もタブレットや親御さんのスマホなどで自由に見られるコンテンツになっています。

村上 教科書の二次元コードから飛んで見られる、QRコンテンツの『いきものずかん』などは、先生からの評価も高いコンテンツです。200種類くらいの植物や、動物、虫などが本物の図鑑のように見られるようになっています。

季節ごとのソートがあり、タップすると動画または画像が出てきて、より詳しく見られます。一般的な図鑑だと、1〜2年生の子供が自分で読むには難しいので、これは2年生までの配当漢字を用い、説明文を読みやすく書き下ろしています。こちらの制作にも、かなりの時間と労力をかけています。

QRコンテンツ『いきものずかん』
QRコンテンツ『デジタルいきものずかん』
QRコンテンツ『夏 こうえんで なつをさがそう シロツメクサ』
QRコンテンツ『夏 こうえんで なつをさがそう シロツメクサ』

菊池 「シロツメクサ」のページは、植物の紹介だけでなく、遊び方の動画にもリンクできるようになっているので、ぜひ活用していただきたいと思います。授業で使わなくても、子供が自由に見て楽しんだりつくってみたりしてくれるだけで、編集部の目的としては十分ですね。

QRコンテンツ『夏 シロツメクサのかんむり』
QRコンテンツ『夏 シロツメクサのかんむり』

また、QRコンテンツで人気なのは、クイズページ(写真下)です。クイズはいくつかあるのですが、およそ47000件のビューがあるものもあり、おそらく単元の導入で、これを電子黒板などに映し出してクイズを再生し、活動のきっかけにする、というように活用されているのではと思います。ぜひみなさんにも使ってみていただきたいです。

上巻「なつが やってきた」の単元扉にある「なつの クイズ」の一例
上巻「なつが やってきた」の単元扉にある「なつの クイズ」の一例

 例えば、クイズをスタートすると、最初にセミの音が聞こえてきます。先生が「何かな?」と問います。子供たちから声が上がったところで、「ピンポン! そうだね、セミだね」というイメージです。音だけでなく画像も入れたのは、多様な子供たちへの配慮という意味合いもあります。

他にも、教科書内のイラストでは、教室の中の掲示物や板書例の1つひとつにも、ぜひ注目してみてください。現場の先生のご意見を取り入れ、実態を考えて描いています。参考になることがたくさんあるかと思います。


このように、教科書の中のイラストや、写真の1点1点、さらにはQRコンテンツにまで、驚くほど細やかな工夫と努力、そして愛情が込められた生活科の教科書。制作者の視点で見てみると、さらに新たな発見があり、便利な活用術が見つかるかもしれません! 

現場の先生と心一つに、子供を想う気持ちに溢れた東京書籍の生活科編集部のみなさんでした。

取材・文・写真/田口まさ美(Starflower inc.)

令和6年度用教科書のご案内『新編 新しい生活』(東京書籍)
東京書籍が発行する、令和6年度用小学校教科書「新編 新しい生活」についての紹介ページです。

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