教師が著名人に突撃インタビュー!~本物の言葉が生み出す本物の道徳授業

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その地域や学級風土に合ったオリジナルの教材は、子どもたちが課題を身近なこととして捉え、主体的な学習に結びつけることができるメリットがあります。道徳の授業で、スポーツ選手やトップ企業の経営者、プロのクリエイターなどの生の声を届けることに、教材づくりの情熱を注ぐ井手隆太先生。簡単にはできないであろう、そのようなオリジナル教材制作のポイントについて紹介していただきます。

執筆/北海道公立小学校教諭・井手隆太

筆者インタビュー風景
柔道・永山竜樹(りゅうじゅ)選手(右)にインタビューする井手隆太先生(左)

奇跡は待っても起きない、奇跡は起こすもの

私には、夢があります。 「本物の授業をしたい」という夢。

本物の授業とは、どのような授業でしょうか。それは人によって様々かと思いますが、私の考える本物の授業とは、「その人のリアルな言葉を教材に授業を行う」ことだと考えています。

スポーツ選手、会社社長、プロのイラストレーター……その人自らが発してくれた言葉や活動は、児童にとって本物の体験になります。そこで、私は、勇気を出して、スポーツ選手や活躍している社会人に取材を申し込み、インタビューをした録画映像を教材にして授業を行います。その数はこれまで50人以上になります。これほど多くの著名人と直接会って話が聞けるということは、奇跡かもしれません。でも、行動に起こすことで、私はそれを実現しています。

そして、その動画を視聴して、子どもの心が動いたときの「先生、今日の授業楽しかったよ」「こういう授業好きだよ」「またやりたいな」……これが、私の求める本物の授業の姿です。つまりそれは「自主教材にこだわって授業をつくる」ということでもあります。

スポーツ選手にインタビューして作成した教材文
スポーツ選手にインタビューして作成した教材文(記事の最後でダウンロードできます)

スポーツ選手のひと言が子どもを変容させる

「先生、宿題やってきたよ!」。

一度も宿題をやってきたことがない男の子が、しわしわの紙を差し出しました。インタビュー動画で見た、1人のスポーツ選手の「どんなに練習が忙しくても、宿題はやっている」という言葉を聞いて、宿題を初めてやってきたのです。

インタビュー教材は生きた声を届けます。インタビュー映像を見た後に、子どもたちはその生の声を受け取り、無意識のうちに心の中に伏線が張り巡らされていきます。そして時が過ぎ去り、何かのタイミングで「あの時のことか」と、生きていく上での伏線を回収していきます。

天才少年サッカー選手と五輪出場サーフィン選手のツーショットインタビューという奇跡が起こった

ある日、私は、SNS で、ある少年が書いた日記に目がとまりました。その男の子の名前は、上川柊人(しゅうと)くん。2023年4月にスペインで開催された少年サッカー国際大会ISCAR CUPに日本代表メンバーの1人として選出された小学4年生の男の子です。

そこで、1つの言葉に目が止まります。

 「僕は僕なりにがんばる」。

 彼は、何百人もの中から選抜されサッカーでスペインに留学をするも、下位の B チームになってしまった悔しい経験を通して、この言葉を綴りました。SNS にアップされた日記には、日々の練習の反省点が細かく書かれていました。

私は日記を読んで、子どもたちの日記帳に花丸を付けるように、コメントを書き込みました。そのようにしてコンタクトをとって取材を申し入れ、実際に会いに行きました。

インタビューは、サッカーの試合の後でした。人懐っこい笑顔を振りまきながらサッカー選手をめざす一本の筋道をしっかりと話す姿に胸を打たれました。 そして、帰り際に言った「奇跡」という言葉。 私は柊人くんと話していて、そのとき、プロサーファーの稲葉玲王(いなばれお)選手の顔が思い浮かびました。

私は、ちょっとオタク気質がありまして(笑)いろいろなスポーツ選手をリサーチしています。稲葉選手は、パリオリンピックに出ることが決まっている日本屈指の実力者で、プロサーファーのテストに13 歳で合格しています。世界トップクラスの選手が出場するような大会では、どんな選手でもプレッシャーを感じ緊張するものだと思うのですが、稲葉選手は試合直前まで寝ているのがリラックス方法なのだそうです。

実は、柊人くんも、日本代表に選ばれた他の少年たちとともに、スペインのプロチームのキャンプに招待されて、大きなプレッシャーを抱えていてもおかしくない状況に置かれているはずです。私は、柊人くんを、稲葉選手に会わせたいという思いを感じました。

とはいえ、実際に柊人くんと稲葉選手を引き合わせるのは、ただ事ではありません。オリンピック出場選手にコンタクトをとり、対談のセッティングをしなければならないのですから。しかし、ご家族の後押しもあり、やってみることにしました。 「井手先生のやっていること、きっと子どもたちのためになりますよ」と言ってくれたお父さん。僕が過去に作ったインタビュー動画を見て、「いいですね!」と評価してくださったお母さん。私のインタビューに答えてくれたお姉さん。そしてなんと、そんな奇跡のツーショットインタビューが実現したのでした。

インタビューアポ取りの極意を披露します

「どうやってオリンピック選手にアポイントメントを取ったの?」と思った方。ここで、ちょっとだけ紹介します。「著名人に依頼するのは、このように交渉していけばいいんだ」と勉強になりますよ。

実は、皆さんが思っているほど、難しいことではありません。

スポーツ選手の場合、「所属先」に連絡すると、広報担当につないでくれます。 広報の方から「どんなことをしたいのか、概要をメールで送ってください」と言われます。メールを送って大体1週間くらいで返事が来ます(断られることもあります)。

東京オリンピックで選手にインタビューを申し込もうとしたときは、選手全員に取材依頼をして、2名の方が取材を受けてくれました。

私たち教師の強みは、教育のためのお願いであること。「子どもたちのため」と伝えれば、スケジュールの確保ができればOKを下さる方が多いです。また、広報に送る「概要」に「思いが詰まっている」こともポイント。そして、諦めない気持ちが大事です!

取材の日程については、私は基本的には長期休みの期間でお願いして、その間の日程は 先方に合わせるようにしています。

そしていざ、インタビュー!

用意するものは、私の場合、iPhoneとスマホ用三脚、バッテリー。また、サインをしていただく色紙も持っていきます。新型iPhoneなら、シネマティックモードでの撮影がおすすめです!(電池消費が多いのに注意)

奇跡のツーショットインタビュー実録

上川柊人くん(右)と稲葉玲王選手(左)奇跡のツーショットインタビュー

普段は、私がインタビューを務めているのですが、今回は柊人くんに任せました。彼が聞きたいことが、子どもたちの知りたいことになると思ったからです。

稲葉選手は、柊人くんに向けて優しく語ってくれました。柊人くんに向けた言葉は、全国の子どもたちが聞いても、背中を押してくれるような追い風になるものでした。 その中に、「夢は持たなくていい。自分の好きなことを続けていれば夢になるから」という稲葉選手の言葉がありました。それは、柊人くんが小さい頃から所属する少年サッカークラブ「アモール」の指導方針「好きになることが勝利の近道になる」に通じるものです。柊人くんは、稲葉選手から「好きなことを続けていれば、夢につながる」と言われたことで、大きく背中を押されたことでしょう。

また、夢を持てていない子どもたちにとっては、目の前の好きなことを頑張れば、それが夢につながるんだよという力強いメッセージになります。

冬だったので、稲葉選手に、陸上でサーフィンの体験指導をしてもらいました。サーフィンの姿勢の指導や、サーフボードなどの道具の扱い方を、柊人くんといっしょに体験しました。その後に、海に出て、稲葉選手が力強いサーフィンの実演を見せてくれました。世界トップレベルのパフォーマンスを目の当たりにした柊人くんは、何を思ったのでしょうか。きっと稲葉選手の言葉は柊人くんの歩む道を耕してくれるはずです。

そして、柊人くんと稲葉選手の言葉を浴びるように受け止めた子どもたちも、自らの歩む道を耕すことにつながってくれるものと考えています。

インタビュー動画を教材として扱う時の注意

道徳の授業は、年間35時間あるので、私は35人にインタビューしようという目標で取り組んでいます。

インタビューのために丸1日、動画の編集に半日かかります。ここで1つ気を付けていることは、これだけ労力をかけたのだからと、「みんなで動画を見ましょう」と教師の押し付けにならないようにすることです。

そんな時は、「ちょっと、先生が話を直接聞いてきたんだけど、見てくれるかな?」というように、お願いする形にしています。すると、子どもたちは画面に映った人を見て、「だれ? 先生の友達? 見てみようかな」と前向きになってくれます。子どもたちは新しいものが大好き。すぐに興味を示してくれます。

私は、この「お願い」をよく使います。そんなことばかりしていたら、「子どもにナメられる」「教師の威厳や権威が落ちる」と言われるかもしれませんが、そんなことにはなりません。

子どもたちに委ねることで、「先生、僕たちに任せて」と、子どもたちの持っている力を解放(パワーを出して) ほしいのです。上にも書いた通り、教材作成にかける労力も思いも並み大抵のものではないのですから、奇跡を起こすためには必要な下準備です。

人と人の出会いの奇跡が子どもの人間性を深める

授業が終わった後の余白で、子どもたちの心の中には、何か残るものがあったのでしょう。1つ紹介します。

「廊下を走っちゃダメでしょ」。毎日のように廊下を走っていた3年生が、仲間同士でそう声をかけているのです。視聴したインタビュー映像で、同じ年齢の子が「先生に危ないと言われたから廊下は走らない」と話すのを見て、変容したのです。

教師が言葉でいくら説明しても、子どもたちが「そういえばあの時」と思い出して実感を伴わないものであれば、それは意味がありません。そのためにも、生きた声を届けることが必要なのです。私がインタビューを通じて、人と出会った「奇跡」を子どもたちにも味わってもらいたい。ある日突然やってくる転校生のように、奇跡の出会いを重ねるたび、子どもたちの「人間味」は深まっていきます。

私は、「本物の授業」の夢を追い続けます。

上川柊人くん・稲葉玲王選手インタビュー動画


●他にもインタビュー動画を公開しています。ぜひご覧ください。

ボルダリング・安楽宙斗(あんらくそらと)選手 インタビュー動画

柔道・永山竜樹(ながやまりゅうじゅ)選手 インタビュー動画
(後半インタビュアー・上川柊人くん)

レスリング・文田健一郎(ふみたけんいちろう)選手 インタビュー動画
(インタビュアー・上川柊人くん)

井手隆太先生

井手隆太/いでりゅうた
神奈川県公立小学校、私立小学校で勤務後、現在、北海道公立小学校勤務。日本道徳教育学会会員。著書に電子書籍『AND ON』。“本物の授業”を求めて、日々奮闘、研究中。

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