「夏休みだからできること~様々な教育のかたちに触れよう~」インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #5
「インクルーシブ教育」を通常学級で実現するためには、どうすればよいのでしょうか? インクルーシブ教育の研究に取り組む青山新吾先生が、現場の先生方の悩みや喜びに寄り添いながら、インクルーシブ教育を実現するために学級担任ができること、すべきことについて解説します。
本連載では、インクルーシブ教育を、貧困状況にある子どもや性的マイノリティの子ども、外国にルーツのある子ども、不登校の子ども、障害や病気のある子どもなどのマイノリティ属性を含むすべての子どもが対象だとしています。そして、すべての子どもたちが包摂される教育を目指すプロセスがインクルーシブ教育であり、そのためには通常学級の教育が変わっていくことが求められているという前提に立っています。
今回は、夏休みだからこそできることについて考えてみましょう。
執筆/ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長・青山新吾
目次
夏休みを迎える~1学期を終えた価値を大切に~
1学期はいかがでしたでしょうか。
1年前になりますが、ある場所で、先生方とお話をする機会がありました。学級の中に、複数の落ち着かない子どもたちがいることで、どのように指導すればよいかを悩み続けた1学期であったと聞きました。
「いろいろな方からアドバイスをもらえてありがたかったです。ただ、言うことがみんなバラバラで……。様々な見方があるとは分かっているのです。でも、自分に余裕がなくて、訳が分からなくなってしまいました。もう、つらくて……」と元気なく話されたのでした。
その時のクラスの様子を具体的にここに書くわけにはいきません。かなり混乱しているのは事実であり、また、苦戦している子どもたちの数も決して少なくはありませんでした。そういった状況から考えれば、その若い先生が、いろいろな工夫をしながら、なんとか1学期をしのいで子どもたちと一緒に進んできたことはすごいことだと思えました。
僕は、
「うーん、本当にがんばってきましたよね。まずは、とにかく本当にがんばってきたことがすごいと思うのです。子どもたちの状況がかなり難しい中で、あきらめずにがんばってきたわけでしょう。大きな事故も起こさずにやってきたことがすごいね……」
と率直に申し上げました。若い先生の目から涙がポロポロとこぼれ落ちたのでした。
終業式に子どもたちの前にいること
通知表を子どもたちに手渡せること
「夏休みが終わったらまた会おう。待っているよ」と語ること
これらのシンプルな言動には、とても大きな意味があると思うのです。子どもたちに与えるメッセージとしてもですし、教員不足に悩む多くの学校現場における貢献度の高さという意味もあるでしょう。
もちろん、いろいろな課題もあるでしょうし、これから調整していく必要もあるのでしょう。しかし、まずは、子どもたちと一緒に1学期を終えたこと自体の価値を大切に考えたいと思うのです。
夏休みだからできること
夏休み。
今日の授業、明日の授業の準備に追われることがない日々だからこそ、「目の前」の事態から少し距離を置けるわけです。
まずは、少し身体を休めてリフレッシュできるとよいですね。その上で、夏休みだからできることを考えてみたいと思います。
1つめに、自分がこれまでに知っている教育のかたちから離れたものに触れてみることがあります。自分自身の経験、日常の学校、学級のかたちとは異なるものに触れてみるのです。
先述の先生の場合には、お話から推察するに、苦戦している子どもにまなざしを向けている素敵さと共に、そのまなざしの向きがちょっと気になりました。どのように支援すればよいか……という「支援するー支援される」関係のまなざしが強いと感じられたからです。
また、苦戦している子どもたちの周りの子どもたちが話に登場してこないこともちょっと気になりました。「集団の中の個」という見方から考えれば、周囲の子どもたちとの関係を丁寧に見つめることは重要だからです。
そして、子どもたち同士の関係が見えてこないことも、やはりちょっと気になりました。苦戦している子どもと教師との関係だけでなく、「集団の中の個」として子どもを見つめていくことが重要だからです。
そこで、1本のYouTube動画を思い出しました。
鳥取県のある小学校に入学した医療的ケアを必要とする女の子とクラスの子どもたちと教職員と保護者と地域の方々と行政との物語です。
「普通のお友達だよ」…医療的ケア児・恵美里ちゃん2年生に 周囲にも変化が(ちゃんねるテレポート山陰/YouTube)
よかったら、9分程度ですので動画をご覧ください。どのような感想を抱かれるでしょうか?
「私の教室や学校には、医療的ケアを必要とする子どもはいないので、関係がない動画だった」
「重い障害のある子どものインクルーシブ教育のかたちですね」
「特別支援学校に就学するほうがよかったのではないでしょうか」等々
それぞれの感想をお持ちのことと想像します。
障害のある子どもとない子どもが共に学ぶかたちがインクルーシブ教育の1つのかたちです。しかし、この動画で言えば、えみりちゃん(登場する女の子)が主人公に見えますが、実はそうではないはずです。
インクルーシブ教育は、障害のある子どもだけを主人公として、その子どもの物語だけを描くものではないのです。周囲にいると言われる全ての子どもたちも、その子を中心に考えれば、障害のある子どものほうが「周囲の子」なのです。すべての子どもが「主人公」の物語を描くことがインクルーシブ教育だと思います。だとすれば、この動画は、えみりちゃんの物語を描きながら、周囲の子ども、学校、地域が少しずつ変化する物語としても描かれていくことになるのでしょう。
インクルーシブ教育が変えるもの【報道特集】(TBS NEWS DIG/YouTube)
この動画は23分と少し長いです。しかし、よかったら一度ご覧ください。
教育実践を方法で捉えてしまわずに、日常では時間がなくて思いを巡らせにくいことを考えてみるのが大切だと思うのです。
できれば、職場の仲間や、ご自身が「対話」できる方にも観ていただくことをお勧めします。もしも、視聴後に、誰かと何か話したくなったとしたら、ご自身の中で何かが変化し始めているのかもしれません。それは、インクルーシブの物語が、他人事ではなく、自分自身の話となり始めている変化かもしれませんね。
今の職場には自分の居場所があるのかな。
職場のスタッフは、自分のことを分かろうとしてくれているのかな。
語ってみたい、話してみたい誰かがいるのかな。
このような思いを家族や先生自身が持てるところから、すべての子どもを包摂したインクルーシブ教育は歩み始めるのだと思います。
青山新吾(あおやま・しんご)ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授、同大学インクルーシブ教育研究センター長。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁特別支援教育課指導主事を経て現職。臨床心理士。著書『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)、編著『特別支援教育すきまスキル』(明治図書出版)など、著書・編著多数。
【青山新吾先生 著書】
『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)
『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』(岩瀬直樹との共著/学事出版)
イラスト/イラストAC