「あたたかさ」を守る「壁」になっていますか?【赤坂真二「チーム学校」への挑戦 #65】

連載
赤坂真二の「チーム学校」への挑戦 ~学校の組織力と教育力を高めるリーダーシップ~

上越教育大学教職大学院教授

赤坂真二
チーム学校への挑戦

多様化、複雑化する学校の諸問題を解決するためには、教師一人の個別の対応ではなく、チームとしての対応が必須です。「チーム学校」を構築するために必要な学校管理職のリーダーシップとは何か? 赤坂真二先生が様々な視点から論じます。

第65回のテーマは〈「あたたかさ」を守る「壁」になっていますか?〉です。

執筆/上越教育大学教職大学院教授・赤坂真二

折り紙に彩られた校長室で

ゴールデンウィークの谷間に、ある小学校の校内研修に呼ばれました。昼食後、校長室で休憩をしていると「こんこん」とノックの音がして、校長が扉を開けると、そこにはよれよれの紙袋をもった男子児童が立っていました。校長の顔を見ると児童は、その紙袋から折り紙の作品を取り出し、説明を始めました。校長はそれを「ええ! これどうやって作ったの?」「こんなのも作れちゃうの!」と驚いたり、感心したりしながら嬉しそうに聞いていました。

児童も嬉しそうで、その表情は誇らしげにも見えました。二人の後ろからそのやり取りをうかがっていた私に気づくと彼は、紙袋から作品を取り出し「これ、あげるよ」と言いました。それは、ぱっと見では作成過程がわからないような、緻密に折り上げられた「チャウチャウ犬」でした。彼は、ひとしきり校長とのやり取りを楽しむと、満足したように去っていきました。

校長室を見回すと、あちこちに精巧な作品が置かれていました。彼の作品でした。彼の誕生日が近づくと、彼は校長にあるお願いをします。「鶴を折ってほしい」と言うのです。巧みな技術をもっている彼ですが、鶴だけは折ることができないらしいのです。校長が鶴を折ってプレゼントすると、彼は「一生の宝にします、家宝にします」と言って喜びました。

彼は校長とのこうしたひと時を心待ちにしていると言います。校長が出張などで会えないことがわかるとパニックになったこともありました。そうした彼の個性について保護者と共有し、時には話し合い、彼が混乱に陥ることのないように作戦を立てているとのことです。「あの紙袋は、大のお気に入りなんですよ」と、彼に関わるエピソードを校長は、自分の日常として淡々と語ってくれました。

授業参観では、4年生の学級活動の話し合い活動を見せていただきました。外国にルーツを持つ子どもや外国籍の子どもをはじめ、多様なニーズをもつクラスであることは明らかでした。議題は、「転入生の歓迎パーティーをしよう」というものでしたが、転入生は外国籍の児童であり、その児童も含めて、互いをよく知るためにはどんなイベントをしたらいいかを検討することが話し合いの目的でした。

担任の話では、3年時の頃は他者の話を聞くことが難しく、話し合いどころではなかったと言いますが、目の前の子どもたちは、相手の話に耳を傾け、相手の言うことを理解しようとしていました。親和的な雰囲気でありながらも、けっして同調的な話し合いではありませんでした。

腹をくくった校長の優先順位

当該の転入生よりも少し長く日本にいる外国籍の児童が、自分の強みを生かして「英会話で仲良くなろう」と言うと、「いいね」という声に交じって「それでは英語は上手くなるかもしれないけど、互いをよく知ることにならないのでは」と反論がなされました。すると、その児童も「あ、そっか、じゃあフルーツバスケット」と言い、その変わり身の鮮やかさに周囲がどっと笑うような場面もありました。

このクラスでは普段から流暢な英語が飛び交っているようで、出された意見が自分のものと異なる場合、美しい発音で「NO~」という声が何度か聞かれました。しかし、担任は雰囲気に流されることはなく「そこは、『心配です』、『気になる』だよね」と笑顔で指摘していました。この支持的で親和的な雰囲気は、担任の地道な目配りと声掛けで創られてきたことがわかりました。

終わると、多くの子どもたちに囲まれました。司会を務めた児童は、インターネットで私を調べたらしく、物珍しそうに客人に繰り返し質問をしていました。学校訪問を経験された方なら何度か経験があるのではないでしょうか。こうした外部の人間に対する開放性は、心理的に安全なクラスによくみられる特徴です。担任や他の教師から、大人に対する信頼を学んでいるのではないでしょうか。

公開授業は急遽決まったらしいですが、参観は任意でした。しかし、校内の大勢の先生方が集まって熱心にメモを取られていたことから、この学校の職員は学ぶ意欲が高く、また、職員の関係性がよいこともうかがわれました。職員室が難しい学校では、任意の参観授業には足を運ぶ職員が少なくなりがちです。また校長は、授業後には、授業を公開した担任の子どもへの指導の的確さや勉強熱心な姿を、熱く語ってくれました。

午後の講演でも、私の冗談やおふざけを許さないくらいに食い気味に話を聞かれる先生方が多かったのが印象的でした。午後の5校時からの研修でした。「子どもたちは帰すのですか?」と校長に尋ねると、連休中で子どもたちも気持ちが乗らないだろうから、保護者が困らない程度に家庭に子どもを帰すようにしたと言います。こちらの学校では、学期初めも数日、下校時刻を早めて、子どもたちの学校生活への適応や職員の新学期準備がスムーズに行われるようにしたそうです。

「時数大丈夫ですか?」と尋ねると、「いいんです、足りていますから」ときっぱり言いました。こうした判断には周到な計算があるようです。お土地柄、自治体からの学力向上に対するプレッシャーはかなりのもののようでした。そこに対しても「(調査結果は)気にしなくていいと言っているんです。(点数を気にするのではなく)まずは先生方が子どもにとってこれは必要だと思うことを思い切りやってほしいんです」と言い切りました。「ただ、思ったより(学力調査の)結果が悪くなくて……」と控えめに付け加えていました。

管理職のみなさんならおわかりだと思いますが、今の学校を取り巻く状況は、職員を疲弊させ、子どもと先生の間に溝をつくる要因に溢れています。行政経験のある校長はそれらをよくわかっていて、校長室でそれらの数々をブロックしようとしていました。「それでも、向こうに流れちゃうんです」と職員室の方を指さしました。校長は言います。「学校をあたたかくしたいんです」。それはあたかも、「あたたかくない場所は学校ではない」と言っているようでした。だから、今回の研修のテーマも「あたたかな人間関係を育てる学級経営」だったわけです。

「経営」は優先順位を決め、そこにもっているリソースを注ぐのが大事だと言われます。そして、それを成功に導く要因が一貫性であることも指摘されています。こちらの校長の学校経営は、自身の子どもや職員へのまなざしや接する態度といったソフト面から、時数やカリキュラム運営などの制度に対するハード面に至るまで「あたたか」という軸で貫き、限られた資源をビジョンの実現に向かって投入していました。彼女が校長として圧倒的に職員から尊敬されているのは、その人柄もありますが、優先順位を決めて、守りたいものを「壁」となっても守り切ろうとする覚悟があるからではないかと思います。


赤坂真二(あかさか・しんじ)
上越教育大学教職大学院教授
新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現所属。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。2018年3月より日本学級経営学会、共同代表理事。『最高の学級づくり パーフェクトガイド』(明治図書出版)など著書多数。


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