インタビュー/岩本 歩さん|イエナプラン教育にもとづく自由進度学習で日本の教育を変えていきたい【注目の若手&中堅教師に聞く「わたしの教育ビジョン」Vol.04】
公立学校の教諭として、また教育委員会の指導主事として、これまでイエナプラン教育を取り入れた学校づくりと授業づくりに邁進してきた岩本歩先生。イエナプラン教育との出会いとその可能性、そして日本の学校教育の未来まで、その思いと展望を語っていただきました。
岩本 歩(いわもと・あゆみ)
1982年生まれ。愛知教育大学教職大学院修了。名古屋市公立小学校教諭、名古屋市教育委員会事務局新しい学校づくり推進室指導主事を経て、2024年4月より学校法人茂来学園大日向小学校教諭。著書に『イエナプラン教育を取り入れた自由進度学習』(明治図書)がある。趣味はバスケットボール。三児の父。
目次
名古屋市の教員派遣事業でオランダのイエナプラン学校を視察
昨年度まで、名古屋市公立小学校教諭として、また名古屋市教育委員会の指導主事として、イエナプラン教育を参考にした新しい学校づくり、授業づくりに取り組んできた岩本歩先生。イエナプランとの出会いについて、岩本先生はこう振り返ります。
「教職10年目の頃、現職として教職大学院で学んでいたときに、苫野一徳さんの『教育の力』という著書の中でイエナプラン教育が紹介されていたのを読んだのがきっかけです。もともと教職2年目から独自に単元内自由進度学習に取り組んでいたこともあり、そのルーツはここにあるんだな、と認識したのが最初でした」
転機が訪れたのは2019年。名古屋市の河村たかし市長が『公教育をイチから考えよう』(リヒテルズ直子・苫野一徳著/日本評論社)という本に感銘を受け、画一的な一斉授業からイエナプランの理念を取り入れた授業づくりへの転換を図るべく、オランダへの教員派遣を企画。その事業に応募し採用されたことで、オランダにて実際のイエナプラン教育に触れる機会を得たのです。
「もともと自分なりに取り組んでいたこともあり、オランダにはその答え合わせに行くという感じではあったのですが、そこにはまさに自分が理想としていた子どもの学びの姿がありました。イエナプランの学校は「静寂の学校」と言われるほど静かで安心して学べるのが特徴なのですが、視察した学校でも、イヤーマフをして集中して学ぶ子もいれば、2人掛けの椅子に座ってゆったり学ぶ子、カーペットの上で横になってリラックスして学ぶ子もいるなどなど、子どもが学びたくなる環境づくりが徹底されていることが印象的でした。
また、たとえば7という数字の書き方を学ぶのに、日本の学校ならみんなで7という数字をノートに鉛筆で書いていくというような授業になりますが、イエナプランの学校では、窓に息を吹きかけて曇ったガラスに指で7を書く子、砂場で砂の上に7を書く子、粘土で7を作る子、タブレットに7を書く子……と自分に合った学び方を選べる環境も整えられていて、ここまでやるのかと驚かされましたね」
このオランダでのイエナプラン教育短期研修で、岩本先生が特に心を動かされたのが、子ども一人一人が自分の決めた時間割をもとに学習を進めていく「ブロックアワー」という取り組みでした。学ぶ場所も、学び方も、学ぶペースも子ども自らが選び、目を輝かせながら主体的に学ぶ姿を見て、日本でこの実践をより深めていきたいとの決意を固めたといいます。
山吹小学校にて学校ぐるみで自由進度学習に取り組む
帰国後、オランダで学んだブロックアワーの研究を進め、翌2020年4月には名古屋市立山吹小学校へと異動。そこで出会った山内敏之校長も、イエナプラン教育に大きな可能性を感じていた教育者の一人でした。
「山内校長はもともと、私が行うブロックアワーの授業を見学して関心を寄せてくれていたので、てっきり山吹小でも同じようにやらせてくれるのかと思ったら、最初は『ダメだ』と。『え、なぜですか?』と聞くと、『自分一人でやるのはダメ。学年全体、学校全体で取り組んでいくことがこれからの教育にとって必要だと思わない?』との返事でした。こうして、学校全体での取り組みがスタートしました」
ブロックアワーにもとづく自由進度学習でまず必要となるのが、単元のゴールや毎時間の授業のめあて、学習の進め方や振り返りの項目などを示した「単元進度表」。子どもたち一人一人が自分なりの学習プランを立てる指針となるものです。岩本先生はもともと教科書をあまり使わず、オリジナルの教材を用意するなどしてブロックアワーに取り組んでいましたが、それでは教師個々の力量によるところが大きくなるため、教科書や名古屋市作成のワークブックを使うことを前提とした、名古屋市の教員ならばだれでも活用可能な単元進度表を作成していきました。
また、時期的には、コロナ禍でGIGAスクール構想が前倒しで実施されたこと、さらに文部科学省答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」が出されたことも後押しとなりました。
「紙ベースですべての単元の進度表をつくるのは相当負担だったと思いますし、GIGAスクールによる環境整備で実践の蓄積・共有がやりやすくなったことは相当大きかったですね。また、指導の個別化や学習の個性化といった取り組みの必要性についても答申をもとに説明できるようになりましたし、教員同士の対話のきっかけにもなりました」
学校全体での取り組みを始めて1~2年目には、全国学力テストの質問紙調査で「学校に行くのが楽しい」「友達と学び合える」「課題解決に向けて自分で取り組める」といった学びに向かう力の部分で改善が見られ、4年目までには教科調査の結果も向上しました。こうした結果を受けて、山吹小における自由進度学習「YST(山吹セレクトタイム)」の取り組みは名古屋市内外の教育関係者から大きな注目を集めることとなったのです。
大事にしたいのは一人一人の「自己選択」と「自己決定」
山吹小での2年間の実践を経て名古屋市教育委員会へと異動となった岩本先生は、「新しい学校づくり推進室」の指導主事として、イエナプラン教育にもとづく自由進度学習をより多くの学校へと広げるべく、研修会や講演などで普及に努めることとなります。
「最初に行ったのは、山吹小で作成した1~6年生までの全単元の進度表や評価のためのルーブリックを、名古屋市内の全教員が使えるよう共有することでした。これから自由進度学習を始めようとなったときに、単元進度表づくりから始めなきゃいけないとなるとハードルが髙い。その障壁はなくしたいと思っていました」
こうした策が奏功し、自由進度学習への注目度は徐々に拡大。山吹小での取り組みが始まって4年目となる2023年に名古屋市内の小中学校400校にアンケートをとったところ、学校の一部あるいは全体で自由進度学習をやりたい、やる予定という学校が170校、イエナプラン教育のもう一つの特徴的な取り組みである「ワールドオリエンテーション」に取り組みたい、取り組む予定という学校は240校にのぼったといいます。
「そして今では、教科書だけだとおもしろくないからと、自分なりにアレンジする先生も出てきて教材の幅も広がってきています。とてもいい展開になっているなと感じますね」
取り組みを広げていくにあたって岩本先生が大事にしているのが、教師一人一人の「自己選択」と「自己決定」。頭ごなしに「これをやってほしい」「こうやりなさい」ではなく、1時間内の自由進度学習から始めてもいいし、複数時間でやってもいいし、複数教科でやってもいい。先生自身が自ら選択・決定し、ステップアップしていく過程を大事にしたいと岩本先生は言います。
「そのように先生が自己選択、自己決定できる状況を保障することで、今度はその先生たちが子どもの自己選択と自己決定を大事にしてあげられるようになるんじゃないかと思っています。国がやれと言っているから、教育委員会がやれと言っているからやりなさいというのは、先生に対しても、子どもに対しても、絶対にやってはいけないことだと思っています」
一人一人の子どもの良さを見つけ、寄り添うことを大事にしたい
イエナプラン教育では、理想とする子ども像や社会像、学校について20の原則が示されています。そしてその1つめ、原則1は「どの子どもも大人も、かけがえのない価値を持っている」というもの。そして岩本先生自身も、一人一人の子どもの良さを見つけ、そこに寄り添うことを大事にしてきたと言います。
「自分自身、子どもの頃から人の『いのち』について考える子どもでした。母親が流産・死産で4人の子どもを亡くしており、そのことで泣いたり悩んだりしているのを見ながら育ってきたので、教師になってからも、同じように辛いバックボーンを持った子どもたちに対して、その存在を肯定してあげたい、命の大切さや命の輝きの素晴らしさを感じてもらいたいと思って接してきました」
最も大きな影響を受けたのが、「いのちの授業」の実践で知られる金森俊朗氏でした。岩本先生は大学時代にその存在に出会い、川の源流を求めて探険をしたり、ブナの森の中で寝てみたり、雨の中、どろんこになってサッカーをしてみたりと、「自分の命を輝かせながら他者の命のことを考える教育実践」に魅了されたといいます。
「金森先生のクラスには両親が離婚したという子どもや、親の労働環境が厳しい子どももいて、そういう状況をみんなに話すことで、『自分だけじゃないんだ』と自分の中の悩みや否定を肯定していく姿が見られました。本物の体験を通じて命の大切さを知る授業や、仲間同士で語り合いながら悩みを乗り越えていく子どもたちの姿を見て、『自分のめざすべき道はこれだ』と確信し、小学校教師という道を選びました」
この金森学級での学びをベースに、今も一人一人の子どもに対しては自身の子どもの頃の経験も開示した上で、物事を肯定的に捉えられるよう寄り添うことを心がけているという岩本先生。また、子どものことをより深く知るために、その子が好きなアニメがあれば全部視聴し、好きなマンガがあれば全巻読んでみるなど、同じ体験を共有することも心がけているとのことです。
「さすがにバイオリンは無理でしたけど(笑)、そうやって自分も体験することで会話のきっかけになりますし、そこから子どもが心を開いてくれることもある。子どもと同じことを体験してみるという姿勢は、これからも大事にしていきたいなと思います。
子どもの自立した学びが教師の負担を軽減していく
「今後も誰かの背中を押せる人間でありたい」と語る岩本先生。これから教職をめざす若者には、このような期待を持っています。
「教育系の大学で学生たちに自由進度学習の授業を見せたところ、『子どもたちがすごく明るくて前向きで幸せそう』『小さい頃からこういう授業を受けられたらいいな』という感想が出てきました。そのうえで、『これまでの教育のやり方に従うのではなく、変えていける人になりたい』という前向きな決意を持つ学生も結構いて、未来は明るいのかなとは思っています」
また、教員の働き方や職場環境について不安を抱く人に対しても、今は過渡期であり、状況はよい方向に向かっているはずだと強調します。
「一斉授業型の授業を続けていたら、きっと自転車操業のような忙しい日々が続くでしょう。でも、山吹小もそうでしたが、子どもが自立して学ぶ授業をしていくことで、教員の働き方も軽やかになっていくんですよね。実際に私が見た学校の中でも、自由進度学習を取り入れて教員の負担が減り、夕方に時間の余裕ができたから研修の時間が増やせたとか、放課後の時間に先生たちがヨガをやってリラックスして帰るとか、そういう先生の幸福度の高い学校が少しずつですが増えてきています。不安がらずに、ぜひ教職にチャレンジしてほしいと思います」
最後に、「教員という仕事のやりがいは何ですか」と問うたところ、岩本先生は成人式を迎えたかつての教え子から送られてきたという1本の動画を見せてくれました。その動画に収められていたのは、教え子たちのこんな会話です。
“オレたち、運命的に一緒のクラスになって、岩本先生っていうメチャいい先生に育てられて、まっすぐに生きてきて、今もこうして集まれて楽しい時間を過ごせてる。卒業式の日に、先生が黒板に『人の幸せのために幸せになろう』って書いとったよね。これからも人の幸せのために努力して、頑張って生きようぜ!”
卒業式に贈った言葉を成人になるまで胸に刻み、そしてその願い通りにまっすぐに、社会を変えていく当事者として育ってくれた教え子たち。「まさにこれが教師としてのやりがいですし、教師冥利に尽きますよね」と岩本先生は満面の笑みで答えてくれました。
取材・文/葛原武史(カラビナ)