グレーゾーン(境界知能)の児童に適切なサポートをするために
最近話題に上ることが多くなった「境界知能(グレーゾーン)」と呼ばれる児童たち。学習能力や運動能力、社会生活など、様々な面で生きづらさを感じることが多いとされ、その割合も全人口の14%程度(30人クラスの中に4人程度)と、かなりの割合を占めていることが知られてきました。今後、教員として適切なサポートを行っていく必要性が、より高まってくると言えるでしょう。今回は、具体的に当該児童にどのような指導をし、保護者とどう連携していけばよいか考えていきましょう。
<前回の記事はこちら>新年度、気になる児童がいたら~グレーゾーン(境界知能)の児童のためのチェック項目と初期対応~
【連載】マスターヨーダの喫茶室~楽しい教職サポートルーム~
目次
1 「境界知能」の児童の生きづらさとは
「知的障害」の定義はIQ70以下です。該当する児童には療育手帳が交付され、将来にわたって行政から様々な支援を受けることができます。
IQ71~85の「境界知能」に入る児童たちは、学習に支障があったり、社会生活に困難を感じていたりしても、公的な支援の手が届かない状況にあります。しかし、こうした児童たちが抱える問題は切実です。
わたしはこれまで、こうした声を聞いてきました。
① 学習面
ア「せんせいが何を言っているのか分からないです。置いていかれている感じがします」
イ「テストでいい点を取れないです。問題の意味が分からなくて困っています」
ウ「クラスの友達が分かっているのに、わたしは分からないです。自分は頭が悪いのではないかと思ってしまいます」
エ「なんだか集中できないです。授業中にじっとしていられないです」
オ「せんせいから出された課題を最後までやれないです。ささっと適当にやってしまいます」
② 生活面
ア「友達とうまくやれる自信がないです。おとなしい子とはどうにかやれます。なんかひとりぼっちの感じになります」
イ「友達が言っていることが分からなくて、空気を読めない! とよくいじめられます」
ウ「自分の気持ちをうまく伝えられなくて、いらいらします」
エ「自分がやろうとしていたことを止められると、ちょっとむかつきます」
オ「学校や教室のルールを守るのが苦手で、友達から何か言われそうで不安です」
こうした児童たちは、自分が人と違うと感じ、劣等感を持っています。これからどうしていけばいいか、将来への不安や焦りを常に感じています。担任のせんせいは、授業を進めるばかりで、自分のことを分かってくれない。友達にも自分のことを分かってもらえない、と常に孤独を感じています。
2 こんな児童の姿が見られたら…
そこで教員としては、こうした児童の様子をしっかりと見取る必要があります。どんなことが苦手なのかは、児童によって様々だからです。
学校生活における様々な場面で、「おや?」と思うような児童の姿が見られることがあります。具体的には、以下のような姿です。まずは教員として、サポートをしながら児童の特性を把握していきましょう。
① <例>国語の授業で、漢字が分からないため文章をすらすら読むことができない
ア 児童のわきに立って教えながら読ませてみる
イ 単に漢字を覚えていないのか、それとも漢字の形(部首など)を認知できないのか探ってみる
② <例>算数の授業で、文章問題の意味が理解できず、問題を解くことができない
ア 「ひとりしらべ」というような時間帯に、課題を最初から自分で解かせるのではなく、ヒントを出してリードしてみる
イ 友達との協力をOKにして、理解が進むか見てみる
③ <例>体育の授業で、ルールが理解できず、友達と衝突してしまう
ア 言葉で説明するだけでなく、図で示したり、具体的に実演したりして理解を促してみる
イ なぜ、このルールが必要なのか、質問してみる
「今は何をしているところかな?」「ボールを打ったら、次に何をすればいいの?」「なぜそうする必要があるの?」「友達と協力するっていうことは、どうすればいいのかな?」
④ <例>友達との遊びで、指示が分からないために仲間に入れない
ア 担任も遊びの中に入って、どのような指示が理解できないのか、なぜコミュニケーションをとることができないかを探ってみる
イ 簡単な指示から始めて、少しずつ複雑な指示にしてみる
⑤<例>せんせいの話を聞いていない、と誤解されて叱られる
ア 当該児童に向けて話しているようにし、時々名前を呼んで、聞いているか理解しているかを確かめる
イ 1つずつ短く指示をしたり、具体的に話をしたりする
3 「境界知能」の児童に対応するシステムを構築しよう
グレーゾーンの児童の特性には個人差があり、その内容も様々です。そこで、対応に漏れが生じないように、システム(手順)をしっかりと組み立てて、見通しを立てておきましょう。
<前回の記事はこちら>新年度、気になる児童がいたら~グレーゾーン(境界知能)の児童のためのチェック項目と初期対応~
具体的な見通しは、以下の7ステップです。
① 児童の困り感を把握し、配慮が必要かどうかの判断を行う
② 保護者との面談を行い、対応の方針を検討する(面談は継続的に行う)
③ 発達障害が疑われる場合は、早々に医療機関につなげる
④ 心理検査を行い、支援のための客観的な基礎情報を集める
⑤ 基礎情報に基づき、特別支援コーディネーターや教育相談担当者に対応の方針を相談する
⑥ 管理職・保護者を交え、学校と家庭両面での支援計画を作る
⑦ 支援計画に基づき、必要に応じて専門家(教育行政機関の相談員、児童相談所、スクールカウンセラー、ソーシャルワーカーなど)の協力を仰ぐ
これらの7つのステップの中で、特に大事なポイントをご紹介します。
児童の困り感を把握して、対応の要不要を判断すること
児童本人は、その困り感をうまく言語化できない場合が多いです。そこで、担任としての客観的な視点を常に児童に向け、支援のための基礎情報にする必要があります。
ア 何ができないのか
イ どれくらいできないのか
ウ 認知のしかたにどういう特徴があるのか
エ 一斉学習ではどんな指示が入りにくいのか
オ 児童は自分自身で問題を自覚しているか
児童の困り感が把握できたら、特別支援の教員など、経験ある第三者にも是非相談してください。上司や管理職とも、しっかり情報共有をしましょう。
そして、特別な配慮が必要か否かを決めましょう。
保護者と面談し、理解と協力を得ること
児童に特別な配慮をするためには、保護者の協力は不可欠です。なるべく早く、保護者と個別の面談をします。
ア 家庭ではどのような生活をしているのか
イ 急に怒り出すことや落ち込むことはないか
ウ ほかの兄弟姉妹、あるいは同世代の友達とうまく意思疎通ができているか
エ 家庭内で保護者が児童へどう対応しているか
オ 何か困っていることはあるか、また留意していることは何か
などのポイントについて聞き、保護者の希望や願いを受け止めながら、対応の方向性を模索していきます。
中には「うちの子は普通だ」「特別扱いしないでほしい」「担任が変な目でうちの子を見ているのでやめてほしい」と言う保護者もいることでしょう。
しかし、こうした「保護者の願い」を持っているということは、子育てに関する悩みがあることの裏返しとも言えます。
保護者の気持ちに寄り添い、悩みや思いに耳を傾けてください。そして、当該児童が安心して楽しく学校生活を過ごし、成長していけるようにするために、保護者と学校でチームアップするのだという「学校の本気」を保護者に理解してもらいましょう。
発達障害が疑われる場合は、早々に医療機関につなげる
境界知能が疑われる児童は、ASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)、ADHD(注意欠如多動症)などの発達障害を持っている場合もあります。
気になる児童に以下のような特性が表れていたら、保護者の承認を得た上で、早めにスクールカウンセラーに相談し、医療機関につながるように働きかけます。発達障害の児童に正しい支援を行うためには、臨床心理士や専門医の知見が必要です。
ア 四肢などの協応動作がうまくいっていない
イ 日常生活の服を着る、食事をするといった動作がぎこちない
ウ TPOに応じた行動や言動ができにくい
エ 思ったことをずばずば言う
オ 人を傷つける言葉を言う
なお、これまでの経験上、医療機関やドクターと児童・保護者の間に相性問題が発生し、信頼関係を結べない場合もあります。こうしたときには、改めて支援者を検討し直しましょう。
心理検査を行い、基礎情報(知能指数)に基づいて支援を行う
学校として児童に適切な配慮を行うためには、心理検査を受け、知能指数(IQ)の数値を出してもらうことが大変有効です。特にIQ75以下の児童は、具体的な支援が必須です。
当事者への効果も非常に高いです。客観的な検査結果を提示されたり、専門家からアドバイスを受けたりすることで、児童や保護者は今の状態をはっきり意識することができます。
さらに学校も組織としての対応がしやすくなります。例えばIQ80の児童と75の児童では、必要な支援の内容が変わってきます。学習支援員やスクールカウンセラー、臨床心理士など、外部的なサポートがどの程度必要なのか、校内の教員の体制をどのようにするかといった、具体的な支援の根拠となります。関係者全員の理解が深まることで、周囲からの温かい眼差しの中、支援を受けられることになります。
こうした人の輪ができることで、児童は自分に自信を持つことができ、安心して学校生活を送れるようになってきます。
児童に寄り添う気持ちを忘れずに
最後に、いかに様々な支援を児童に提供できたとしても、担任の存在こそが常に最重要です。担任は児童にとって、大人の代表者であり、社会の代弁者だからです。
児童が精一杯自分らしく、胸を張って生きていけるよう、常に児童に寄り添う気持ちを忘れないで、気を付けてあげてください。
ア 児童の集中力が切れていないか (→「もう少し!」と励ましてください)
イ ケアレスミスが起きていないか (→何度も繰り返し取り組ませてください)
ウ 自分はできないという感覚でやる気を失っていないか (→「やればできる」「あなたは絶対できる」と励まして、ステップを踏んで取り組ませてください)
エ 指示されたことを受けとめているか (→担任の指示を繰り返してください)
オ 作業が遅れていないか (→取り組む問題数を減らしてください)
なお、教員がグレーゾーンの児童を日常から支える手段としては、「コグトレ」を導入するのも大変効果的です。コグトレとは、認知作業(身体的不器用さを改善する)・認知機能強化(基礎学力の土台をつくる)・認知ソーシャル(対人スキルを向上する)という3つのトレーニングによって、児童の認知機能を高めるものです。
詳しくはこちら(一般社団法人日本COG-TR学会)
優れた教材が数多く開発されていますので、気になる方は是非、検索してみてください。
【参考図書】
境界知能とグレーゾーンの子どもたち 宮口幸治/扶養社
普通にできない子を医療で助ける 境界知能とグレーゾーンの子どもたち5 宮口幸治/扶養社
発達障害・グレーゾーンの子がグーンと伸びた 声かけ・接し方大全 イライラ・不安・パニックを減らす100のスキル 小嶋悠紀/講談社
教師のための問題対応フローチャート: 不登校・授業・問題行動・虐待・保護者対応のチェックポイント 水野治久・諸富祥彦/図書文化社
イラスト/フジコ
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山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、様々な分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、様々な資格にも挑戦しているところです。