小学校理科で「ウェルビーイング」を考える 【進め!理科道〜よい理科指導のために〜】#40

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理科の壺/進め!理科道~理科エキスパートが教える、小学校理科の指導法とヒント~
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國學院大學人間開発学部教授

寺本貴啓
進め! 理科道(ロード)
〜よい理科指導のために〜

「ウェルビーイング」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。一般的には「よりよく生きる」という意味ですね。教育の世界でも令和5年の中央教育審議会の答申で「持続可能な社会の創り手の育成」と「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」というコンセプトが示され、「ウェルビーイング」という言葉が注目を集めるようになりました。教育における「ウェルビーイング」とは何なのでしょうか。そして、小学校理科における「ウェルビーイング」を意識した授業とは何なのか、考えていきたいと思います。

執筆/國學院大學人間開発学部教授・寺本貴啓

1.教育で「ウェルビーイング」を聞くようになったけど、なぜ?

「ウェルビーイング」は、令和5年3月8日に中央教育審議会より「次期教育振興基本計画について(答申)」に示されたことで、教育業界で話題になり始めました。新たなコンセプトとして導入された外来語ということもあり、かつての「アクティブ・ラーニング」のように中央教育審議会のキーワードの1つとして取り上げられるようになったわけです。

「次期教育振興基本計画について(答申)」に示された方向性(例)
VUCAの時代(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)での持続可能な社会を維持・発展
日本社会に根差したウェルビーイングの向上
グローバル化する社会の持続的な発展に向けて学び続ける人材の育成

これからの先が見通せない時代、知識暗記型の学習ではなく、主体的に問題を解決したり新しくアイデアを生み出したり、創造的に考えたりすることが求められています。また、学校を出てからも人々は学び続け、共に成長していくことが理想の姿です。そして、持続可能な社会をつくりだすために、皆がよりよく生きる“ウェルビーイング”を意識した生き方が大切なのではないか、と言われているわけです。

ここに示されている「ウェルビーイング」は、以下のように定義されており、具体的な要素も示されています。

ウェルビーイング:
身体的・精神的・社会的に良い状態にあることをいい、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義など将来にわたる持続的な幸福を含むものである。

【日本社会に根差したウェルビーイングの要素】
「幸福感(現在と将来、自分と周りの他者)」、「学校や地域でのつながり」、「協働性」、「利他性」、「多様性への理解」、「サポートを受けられる環境」、「社会貢献意識」、「自己肯定感」、「自己実現(達成感、キャリア意識など)」、「心身の健康」、「安全・安心な環境」など

*これらを、教育を通じて向上させていくことが重要

ここで留意しないといけないことは、中央教育審議会の答申は、小学校のみを対象にしているわけではなく、長期的な目標として置かれている、ということです。そのため、学校種や教科によっては達成が難しいものもあると言えます。

2.「ウェルビーイング」は指導における “教師の心構え” の1つ

中央教育審議会の答申では、こうした新たなキーワードが頻出します。
これまでの例で言えば「主体的・対話的で深い学び」や「個別最適な学び」「協働的な学び」、「見方・考え方」などです。今回の「ウェルビーイング」もその1つになります。

このようなキーワードは指導者にとって何なのでしょうか? 私は、このようなキーワードは指導における “教師の心構え” の1つであると考えています。

まず確認すべきことは、授業の目的は資質・能力の育成です。「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の3つの柱を育成することが目的で、それ以外の内容はあくまでもサブ的な目標になります。このように、中央教育審議会から出るキーワードは、授業における主たる目的にはならないが、時代に合わせ、指導における “教師の心構え” を変えてもらいたいという、中央教育審議会の “思い” みたいなものといえるでしょう(もちろん、その答申を踏まえて指導要領が変わり具体的に目的がかわる可能性もあります)。

そのように考えると、時々研究授業で「対話的な学び」「個別最適な学び」など、このようなキーワードを具現化すること自体を目的とし、「資質・能力」の育成に関する検討が十分でないものが見られますが、これは間違っているわけです。 さて「ウェルビーイング」に話を戻して、授業づくりにおける位置づけを考えると、各教科の代わりに「ウェルビーイング」の育成が目的になることは考えづらいと思います。したがって、まず「資質・能力」の育成をメインにして授業を考え、次にその中にどのように「ウェルビーイング」を意識した指導が入れられるのかを考えるという手順になります。

3.小学校理科での「ウェルビーイング」

さて、このように毎回新たなコンセプトが示されてくると、「新しいコンセプトを取り入れて授業を考えないといけないの?」「教育には不易なものも多いのに、新しいことばかり重視するのはどうか」などなど、授業改善の負担が大きいと感じられる方も多いのではないかと思います。
しかし、これまでの授業を大きく変えないといけないということはありません。
「これまでの授業を一度振り返り、見直す機会にしてほしい」「時代が変わり生活環境が変わっているなか、従来の授業を継続するだけではいけないという意識をもってほしい」というメッセージとして受け取るとよいのではないでしょうか。

では具体的に、小学校理科における「ウェルビーイング」をどのように考えていくとよいのでしょうか。私としては、「長期的な視点」「短期的な視点」という、2つの視点で整理したらわかりやすいのではないかと考えています。

⑴ 長期的な視点で、ウェルビーイングのために「能力面」を高める(生活の質を高める)

将来の生活の質を高め、ウェルビーイングに繋げるため、資質・能力の習得を意識した理科の授業にするという視点です。
ウェルビーイングは、将来のために役立つ資質・能力を育成するべきという考え方に基づいています。

基本的な知識や技能を習得
自らの力で問題解決できる
レジリエンス(最後まであきらめない)
科学的な思考力を発揮して精緻に解決

⑵ 短期的な視点で、ウェルビーイングを意識した授業に向けて「心理面」を変える(“心持ち” を変える)

“自分や日常生活をよりよくする意識をもつ” という、“心持ち” を変えることでウェルビーイングを意識した理科の授業にするという視点です。前述のように将来のためだけではなく、現在の授業においてもウェルビーイングを意識するべきという考え方に基づいています。

以下は、ウェルビーイングを意識した授業に向けて、“心持ち” を変える一例になります。

【ウェルビーイングを意識した授業に向けて、“心持ち” を変える(例)】
積極的、主体的に自然事象に関わる(面白い)
失敗を恐れずポジティブ(楽しい、楽観的)
他者の存在や能力を認める(他者に感謝)
自分で解決できる喜び(うれしい)
“よりよくしたい”(便利、効率的、合理的)という意識

いきいきと成長している人々

イラスト/難波孝

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寺本貴啓教授

<著者プロフィール>
寺本貴啓●てらもと・たかひろ 國學院大學人間開発学部 教授 博士(教育学)。小学校、中学校教諭を経て、広島大学大学院で学び現職。小学校理科の全国学力・学習状況調査問題作成・分析委員、学習指導要領実施状況調査問題作成委員、教科書の編集委員、NHK理科番組委員などを経験し、小学校理科の教師の指導法と子どもの学習理解、学習評価、ICT端末を活用した指導など、授業者に寄与できるような研究を中心に進めている。

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