教員免許の有無を問わず、多様な人材を教員として送り出す【連続企画 「持続可能な学校」「持続可能な教育」をどう実現するか? #02】
文部科学省が2023年8月に公表した「教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策(提言)」では、緊急的に取り組むべき項目として「教師のなり手の確保」や「教職員定数の改善」などを挙げており、教員を取り巻く各種課題は待ったなしの状況といえる。こうした学校現場の課題解決に取り組んでいるのが、応募時点では教員免許の有無を問わず(※)様々な人材を学校現場に送り出している認定NPO法人「Teach For Japan(ティーチフォージャパン)」である。広報の金澤克宏氏、宮崎実紀氏に話を伺った。
※免許がない人は自治体が発行する臨時免許状や特別免許状を活用し赴任する。
認定NPO法人Teach For Japan
世界60か国以上に広がるTeach For Allというグローバルネットワークの一員として、「すべての子どもが、素晴らしい教育を受けることができる世界の実現」をビジョンに活動する認定NPO法人。 主な事業に、教育をより良くしたいと考える多様な人材を選考・研修を通して育み、自治体との連携により2年間、教室に教師として送り出す「フェローシップ・プログラム」がある。
この記事は、連続企画「「持続可能な学校」「持続可能な教育」をどう実現するか?」の2回目です。記事一覧はこちら
目次
地道に賛同者・連携先を増やし、257名の教師を学校現場へ
Teach For Japan(以下、TFJ)では、「フェローシップ・プログラム」という研修を受講した人材を「教師(以下、フェロー)」として2年間学校現場に送り出す取組を進めている。教員免許の有無は問わず、免許を持っていない場合は自治体が発行する臨時免許状や特別免許状を活用する。
そんなTFJ設立の契機について、金澤氏は「もともとTFJは前CEO・ファウンダーである松田悠介が2010年9月に立ち上げた団体です。松田は、ハーバード大学教育大学院留学時代に出会い感銘を受けた『Teach For America』の活動モデルを日本でも実現しようとTFJ設立を決意したそうです」と説明する。
2010年にTFJ設立準備会を立ち上げ、準備会設立の3年後にあたる2013年にはフェローシップ・プログラム第1期生が学校に赴任。しかし軌道に乗るまでの道のりは決して平坦ではなかった。
「立ち上げ当初、TFJの活動を認知・理解してくださる団体・個人の皆様を増やしていくまでは活動資金を確保するのが大変でした。加えて、設立当初は自治体との連携も思うように進まず、自治体にTFJの活動を説明しても『想いがあっても教員免許がないと厳しいよね』というお声を頂戴したことも多々ありました。こうした逆境においても自分たちの活動を信じて、コツコツと賛同者・連携先を増やしていきました」(宮崎氏)
地道に活動を続けた結果、2023年4月時点でプログラム参加者257名、赴任自治体は26都府県・87市町村、修了生149名、TFJのフェローが学校現場で向き合ってきた子どもは39,197名にまで上る。
既存の教育課程を経ずに学校現場で教鞭をとれる唯一のプログラム
TFJでは、選考した人材を教師として学校現場に送り出す前に赴任前研修を実施している。金澤氏はそんなフェローシップ・プログラムの3つの特徴について詳しく説明してくれた。
1つめが「革新的な教育養成の仕組みであること」。プログラムは既存の教育課程を経ずに学校現場に赴任できる、日本で唯一の教員養成プログラムだ。具体的には自身の在り方を言語化する在り方セッションや授業デザイン・模擬授業など、これからの時代を見据えた教師となるための資質・能力を育む研修を行う。
2つめが「切磋琢磨できるコミュニティを構築できること」。プログラムでは多様なバックグラウンドを持つプログラム参加者同士が交流を深めながら、資質・能力を高め合うことができる。同期の結び付きは強く、自主的に泊りがけで勉強合宿を開催する様子も見受けられるそう。赴任後も多くの同期は悩み相談をし合う良い関係を築けているようだ。
3つめが「グローバルなネットワークがあること」。TFJは世界60か国が加盟するネットワーク「Teach For All」の一員。世界各国のプログラム参加者同士がオンラインでつながり、オンライン授業を含む様々な企画を通して交流を深めている。
「プログラム参加者は教員免許を保有している方が56%、免許を保有していない方が44%です(フェロー10期生の場合)。年代は20代~60代と幅広く、バックグラウンドも教育免許なしで不動産・人材業界を経て参加した方や、IT系ベンチャー企業の営業をしていた方など、多様な方々がプログラムに参加し、フェローとして学校に赴任しています」(宮崎氏)
また、10期生(2022年4月赴任)より、フェローシップ・プログラムには現役の教師も参加できるようになった。「教師以外の他業種の方と学び合える場が欲しかった」「教育について学び直しをしたい」などの理由でプログラムに参加した現職の教師もいるという。
なお、赴任前研修は最長9か月(期により異なる)。赴任前研修を経て参加者は2年間、学校現場でフェローとして教鞭をとることになる(赴任後もTFJによるフェロー支援は続く)。
学校からは「助かりました」という感謝の声も
実際にフェローシップ・プログラムに参加し、学校現場で働くフェローからは様々な反応があるそうだ。
特に心に残った反応について宮崎氏は「『赴任前はいかに自身の経験や知識を子どもたちに伝えるかを意識していました。ただ、赴任後に子どもと接する中で“何を教えられるか”よりも、“どれだけ子どもと向き合えるのか”の方が大切だということに気付きました』という声が印象的でした」と語る。
フェローはプログラム参加後も学校で実戦経験を積みながら、日々目指す教育の実現に向け成長を続けていく。フェローを受け入れる学校現場からも嬉しいフィードバックをもらうことが多々あるという。
「教員不足で悩んでいる学校からは『人手不足に困っていたところ、良い人材を送っていただき助かりました』という声をよくいただきます。また『フェローには社会人経験を学校現場に還元していただき、現場が活性化しました』という反応も少なくありません。例えば、社会人時代に精通していたICT技術を学校現場に取り入れ、働き方改革を進めたケースもあるようです」(金澤氏)
2年間の赴任を終えた修了生(以下、アラムナイ※)の多くは、引き続き教育分野で活躍している。その背景について宮崎氏は「2年間の赴任中に教育の現実と向き合う中で、なんとかして教育課題を解決したいと考えるアラムナイが多いのでしょう」と分析する。
例えば、教育行政機関へ転職した者や海外の大学院へ進学した者、学校で活用できるクラウドシステムの開発・提供を行う企業へ転職した者、学習塾を起業した者など、それぞれの立場からより良い教育を目指すアラムナイが多数活動している。数字としては、継続して学校で働く者が50%、教育業界の民間企業に就職した者が13%に上る(フェロー1~10期生実績)。
※アラムナイ…卒業生、同窓生
教員不足に起因する課題を解決したい
TFJでは「すべての子どもが、素晴らしい教育を受けることができる世界の実現」というビジョンの実現のため、フェローシップ・プログラムを軸に様々な取組を推進している。TFJに賛同する企業との「法人連携」もその一つ。具体的には、学習支援やその企業の強みを生かした講座などを提供している。
「例えば、国際エクスプレスおよびロジスティクスのグローバルリーダーであるDHL様との連携では、DHL様の社員がボランティアとして学童クラブにて出張型の子ども向け講座を複数回実施しています。2023年8月に実施した『飛行機のおなかのひみつ』講座については、DHL様にはTFJの事前ワークショップに参加いただき、学習科学の観点を講座に組み込んでいただきました」(宮崎氏)
TFJは、学校課題を学校現場に関わる人達だけで解決するのは非常に難しく、課題解決にあたっては教育に携わる学校外のプレイヤーをいかに増やすかが重要だと考える。引き続き、法人連携の取組には注力していく方針だ。
そのほか、2015年にTFJでは10月5日を「教師の日」と制定し、全国の教師に感謝を伝える日として認知拡大を進めている(国際的にも毎年10月5日はユネスコが定めた「World Teachers’ Day(世界教師デー)」として、世界中で教師に感謝を伝える企画が開催されている)。
例えば、2023年10月1日には株式会社ベネッセコーポレーションと「教師の日ギャザリング2023」を共催。同イベントでは、教育委員会教育長や教育経済学の専門家などによる講演と、参加者同士の交流セッションが行われた。
「参加者からは『これから教育に関わる者として多くの観点や論点をいただいた』『教師である私自身がワクワクしようと思わされるイベントだった』などの嬉しい声をいただきました」(金澤氏)
TFJでは、2024年1月から8月27日までフェローシップ・プログラム第13期生を募集している(定員に達し次第、募集終了の予定)。
「多くのフェローを送り出すことで現場に余裕が生まれ、教員不足に起因する教員の長時間労働や教材研究の時間の確保といった、多様な教育課題の解決に寄与したいと考えています。併せて、現役教師のプログラム参加も促進していきます。学校外のコミュニティの構築や学び直しなど、現役教師がプログラムに参加する価値・意義は十分にあるとTFJは考えています」(宮崎氏)
同プログラムから輩出される人材が「持続可能な学校」の実現に寄与する未来に期待したい。
取材・文/加茂 歩
この記事は、連続企画「「持続可能な学校」「持続可能な教育」をどう実現するか? 」の2回目です。記事一覧はこちら