ICT活用で「教科書にはない名作」を読む ― 北鎌倉女子学園・福田孝先生の国語の授業
北鎌倉女子学園は、生徒全員がiPadを持ち、Google Classroomやロイロノートを利用して、ICTを活用しています。2020年から2022年までは、Apple Distinguished School(ADS)認定校として、さまざまな先進的な取り組みを進めました。
その間に、同校の福田孝先生は、中学1年の国語の授業で、ICTを活用して教科書には掲載されていない「名作」を読むという実践を行いました。この授業の目的や流れ、ICT活用で生まれた成果などについて詳しくお話を聞きました。
福田孝 (ふくだ・たかし) 北鎌倉女子学園中学校高等学校
北鎌倉女子学園で新卒から26年教職を務め、2021年までは進路指導部長。2022年からは教務部長になり、進路指導部での経験をふまえた「学びの再構築」に取り組んでいる。ICT教育を推進するメンバーとして、ハイブリッド教育を掲げる北鎌倉女子学園の授業実践の提案に取り組む傍ら、総合探究の授業設計・実践のメンバーも務めている。
目次
たくさんの名作の「主題」と「あらすじ」を知る
コロナ禍で学校でのICT利用が広がった2020年から2022年は、「先進的な学び」を掲げている本校で、「国語」についてどのような授業を展開することが「先進的」なのかということを模索した時期でした。国語を大学で専門的に学び、職業にもしている私自身が、国語の授業で何を伝えたいのか、何を教えたいのか何度も自問自答しました。
その結果、自分が読んで楽しいもの、意義を感じるものについて、その感動や熱量を生徒に伝えたい。そう思って、生徒たちを「大人扱い」して、自分の興味、感動を共有する授業をしようと考え、教科書には載っていない名作を読む授業を始めました。
私が小中高で受けてきた国語の授業は、教科書に載っている作品を1行1行詳しく読み込んでゆく「精読」が中心でしたが、当時の私には、やや冗長で退屈に感じられることもありました。そして大人になって振り返ると、覚えているのは「あらすじ」と「主題」だけです。精読を楽しむには、ある程度の精神的成熟や教養が必要なのかもしれません。であるならば、小学校、中学校の段階では、まず読書量(経験値)を増やすことを目的に、「主題」がとれればよいくらいの感覚でたくさんの名作に触れ、教養を高めることが効果的なのではないかと考えました。
授業で読む作品には、夏目漱石の『それから』や横光利一の『蠅』などを選びました。小学校、中学校の教科書の文章には「スイミー」や「ごんぎつね」など、大人の読書にたえられるようなものもあります。ただ、大人になっても読みたい、と思えるようなものばかりではないような気がします。いわゆる「子供向け」というものは子供にも伝わります。であれば、いっそ「大人向け」のものを生徒に与えてみようと考えました。
漱石や鴎外がなぜ「文豪」なのか。時代をこえて名作と評価される、こんなに素晴らしい作品があるということを、私自身が「楽しい」と感じながら授業をして、生徒に伝えようと思ったのです。そして、生徒たちが、少し背伸びして「漱石を読んだ」という達成感を味わうことは、その後の自発的な読書にもつながることも期待しました。
「行間を読む」ことで、他人の気持ちを理解する
もう一つこの授業で目指したのは、他人の心情を理解するトレーニングでした。今、子供たちの間で、相手の気持ちをその言動や表情から読み取る経験が不足していて、「感情の行き違いのトラブル」が増えているからです。
いわゆる「子供むけ」の作品には登場人物の心情を詳細に書き記しているものが多いと感じます。一方で、漱石や鴎外の作品では「行間を読む」ことが求められます。そこで、「他人の感情はわからない」(自分とは異なる)という前提で他人に接し、その人の気持ちを察する訓練としても、この国語の授業を役立てたいと考えました。
『それから』も『蠅』も直接的に人物の感情が書かれている場面は多くはありません。授業では、登場人物の発言がどのような心理のもとに発せられたのか、その行動はどのような心理のあらわれか、といったような問いを投げかけました。自分自身の人間関係の問題についてはなかなか判断ができない生徒たちも、小説の中の人物については的確な読み取りをします。その経験が自分の中に残っていれば、実際の自分たちの生活でのトラブルにも応用できるのではないかと思いました。
「青空文庫」を利用して、スライドを工夫して作る
週4時間の国語の授業の内、3時間は教科書中心の授業とし、1時間を名作を読む時間に使いました。『それから』のような長い作品は1か月半程度、その他はもっと短い期間で、生徒たちは基本的に授業時間内で作品を読みます。授業で読書の楽しさを知り、生徒たちみんなが「自分で進んで読む」ことも期待しましたが、これはなかなか現実的には難しかったようです。
この授業を行うにあたっては、さまざまな形でICTを活用しました。その結果当初考えていたこと以上の成果が上がったと思っています。
名作を読むために活用したのは「青空文庫」です。全員が書籍を買ったり図書館で借りたりするのは無理があり、また「集団読書テキスト」もありますが、有料でどれも短編です。そこで、著作権の切れている作品については複製・再配布・共有が許可されていて、スライドに利用することもかんたんな「青空文庫」を選びました。いつでもどこでも名作にふれられるので、生徒たちにとっても、「青空文庫」を知っていることが読書への動機づけになると思っています。
作品はスライドを使って共有しました。長編の『それから』でも、本文のかなりの部分を引用して示しまたが、難しいところ、物語の本筋の理解に直接関わらないところなどはカットしたり、あらすじにまとめたりしました。飛ばし読みも交えて進めることで「時短」をはかります。時代背景の理解が難しかったり、頭の中にイメージが浮かびづらいようなものには解説を加えたり、写真やイラストを添付したりして工夫しました。これもICTだからこそできることです。
低学年の生徒はこちらが見てほしいところをみていなかったりします。そこで、例えば作品の冒頭文や「自然の児になろうか……」などの特徴的な場面はセリフなどは直接テキストを読んでもらい、必ず同じ場所(行)に注目させました。その文を「読んだことがある」という経験値として、大人になっても持っていてもらいたいと思っています。
匿名性の担保で、自由に発言できる環境が生まれる
生徒たちには、授業で作品を一緒に読みながら、いろいろな質問を投げかけました。生徒たちは答えを一斉にiPadで入力し、それは即時にプロジェクターで共有することができます。同じような答えが続いたら他の切り口での回答を促したりして、それに対応してまた生徒が回答を入力する、そんな形で意見交換しながら授業を進めました。2022年まではMentimeterを無料で使うことができたので、意見の投稿、共有に活用していました。
ここで大事なのはICTを使うと匿名性が担保できることです。投稿した意見が誰のものかわからないので、間違えるという恐怖心がなくなり、いつもなら発言をためらう生徒でも安心して意思表明ができるようになりました。また、他の人が意見を言い終わるまで待つ必要がなく、思いついた時に一斉に発言できるのも利点です。
さらに、教員も、投稿された意見に先入観なくフラットに向き合うことができました。本来あってはいけないことですが、名前がわかっていると、その生徒の普段どんな様子か、国語は得意か苦手か等を知っているために、どうしてもバイアスがかかってしまうことがあります。しかし名前を見ずに読んで、後から誰の発言かわかった時に、その生徒の新たな一面を発見するといった効果もありました。
ICTで生徒と教員が「共に創る」授業が実現
毎回の授業後、生徒たちはGoogle Formsを使って、その日の授業の主題について考えたことを、ミニレポートの形で提出しました。授業の目標をCommunication(他人と協力、他人にわかりやすく)、Collaboration(国語のちからをこえて)、Critical thinking(おかしいな、と考えてみる)、Creativity(自分だけの発見や表現を大切にする)としていたので、そのうちの1つでも達成しよう、と声かけをして、どれが達成できたかも書いてもらいました。
次の授業の導入では、生徒が書いたレポートのいくつかを共有し、活用しました。匿名で活字なので誰のものかはわかりませんが、クラス内に優れた感性の持ち主がいることを知って自分も頑張ろうと思ったり、自分の作品が褒められて自信につながったりしたようです。
私はいわゆる「模範解答」を教員が示してくれることを生徒が待つ姿勢をなくしたいと思っています。つまり、優れた解答は複数ある、という体験をしてもらいたいのです。同じ授業で同じ作品を読んで同じ解説を聞いていても、どんな感想を持ち、そこから何を学んだのかは一人一人異なる、ということは繰り返し説きました。学びはひとつではない、という意識を持ってほしいと思い、ここには力点を置きました。
時には、私がその授業で「教えよう」と思ったこと以外の学びを生徒が提示してくることもあります。ICTを活用することで、生徒たち全員の意見を聞き、新たな発見をし、共有しながら「共に作る授業」を行うことができました。
活字のレポートで内容のみの評価が可能に
生徒たちの評価はこのレポートで行なっています。まずは「かなり優れているもの」と「内容や努力が足りないと思われるもの」を選別して、「5」と「3」とします。残ったものが基本的に「4」となりますが、もう一度「4」の中から「5」や「3」になるものがないか確認して調整します。未提出やかなり不十分なものが「2」となります。授業でよいレポートを共有しているので、生徒たちの間に成績の不公平感は生まれません。
レポートが活字になることで、「字のうまさ、丁寧さ/そうでなさ」による印象の違いがなくなり、内容だけで評価できるようになりました。国語では「美しい書字、丁寧な筆記」が成績に含まれることも理解していますが、それは他の場面での採点として、レポートは内容のみで評価したいと個人的には考えています。
1年の授業を終えて、生徒たちはこんな感想を残してくれました。
知らない作品にたくさん出会えたし、みんなの意見を共有できたので、自分の見方だけでなく、他の人の見方にも注目して色々学べたのがよかったなと思います。
物語を読んだりして、この言葉はどういう意味で言ったんだろうという答えのない問題をたくさんしてきたと思います。この授業でこの人はこう思ったんだという新しい考え方なども学べました。また、匿名で自分の考えを送るのは答えに自信がなくても答えやすかったです。
一年間学んで思ったことは、物事は一つの目線から見るのは危ないということです。人によって考える方や見方、物事の捉え方が違います。なので、色々な目線から見て冷静に判断していきたいと思いました。
私の感動や熱量が少しでも伝わっていたのならよかったと思います。
「名作」を読む授業は、その「作品の力」によって、それなりによい学習体験が生徒には残ります。経験の少ない若い先生たちにも、挑戦していただける授業だと考えています。
取材・執筆/石田早苗
教育現場でICT活用を実践している先生や学生たちが、その実践事例やノウハウをプレゼンテーション形式で紹介するYouTubeチャンネル「iTeachers TV 〜教育ICTの実践者たち〜」はこちら → https://www.youtube.com/iteacherstv