年35時間のサイエンスタイムで実験教室などの体験型授業を実施 【連続企画 探究的な学びがカギ! これからの「理数教育」のあり方 #04】
東京駅八重洲口の向かい側、高さ240m、45階建ての複合ビル「東京ミッドタウン八重洲」の中にある東京都中央区立城東小学校(児童数204名/2023年9月現在)。同校は、中央区の特認校制度により学区外からもスクールバスや路線バスで通う児童も多い人気校なのだが、その人気の理由は特徴的な立地もさることながら、中央区の理数教育パイロット校として、理科・生活科・算数科の授業の充実が評価されていることによる。城東小学校の理数教育の実態と今後について、平山尚彦校長および実験教室の取組で連携する早稲田大学理工学術院先進理工学部研究主任の朝日透教授にお話を伺った。
東京都中央区立城東小学校
1962年4月に中央区立日本橋城東小学校と同京橋昭和小学校を統合して開校した学校で、長い歴史をもつ。現在の校舎が落成したのは2022年9月。2023年度現在は1年生2クラス、2年生以上は各学年1クラスという都心ゆえの小規模校である。
この記事は、連続企画「探究的な学びがカギ! これからの『理数教育』のあり方」の4回目です。記事一覧はこちら
目次
2014年から中央区の理数教育パイロット校に
城東小学校は、2014年から中央区の理数教育パイロット校になり、理数教育に力を入れ始めた。平山校長は、この春本校に着任したばかりとはいえ、もともと理科が専門で、現在も区の理科部長を担当するなど、理科への思いは強い。
「子どもたちには、科学的、数理的な視点で物事を捉えて、問題解決をしていける素養を育てていきたいと思っています。具体的には、様々な物事に興味を持ち、自分で深めて追究していける子を育てていきたい。そのためには、小学生のときからたくさんのものに触れ、学び、普段の生活の中に活かしていけるような力を育むことが必要だと考えています」
その実践において重要になってくるのが教員の指導力だが、残念ながら理科指導が苦手な教員が増えているのではないかと平山校長は危惧する。
「今、子どもよりも教員の理科離れが進んでいるところがあり、理科の指導を苦手とする小学校教諭は非常に多いと感じています。学校によっては、教科担任制の導入で理科を指導する必要がなくなり、5、6年生では、音楽よりも理科の指導実績のほうが少ないというケースも増えているようです。そういう状況ですから、まずは教員自身に理科に興味をもたせ、教員の理科の指導力を高めることも大きな課題だと考えています」
年35時間の「Jタイム」で、理数の魅力に触れる
パイロット校として実践している取組のうち最も特徴的なものが、全学年に設定されたサイエンスタイム、通称「Jタイム(城東の頭文字Jに由来)」だ。教育課程で決められた時間とは別に年35時間を捻出し、プラスαとして理数を学ぶ時間にしている。研究主任を中心に全職員で年間計画を決め、大学、研究施設、企業などに協力を求めながらカリキュラムを構築している。
具体的な内容は、後に紹介する早稲田大学と連携した実験主体の授業や、大企業の役員・OBらを中心に組織された理科実験グループ「ディレクトフォース」による実験教室、おもちゃ作り、JAXA(宇宙航空研究開発機構)等の施設見学、プログラミングなど多岐にわたる。ユニークなところでは、南極滞在経験のある教員による南極をテーマにした授業や、同じ東京ミッドタウン八重洲内に支社があるダイキン工業からの提案で、空気の性質からエアコンをテーマにした授業も行われるという。
6年生は集大成も兼ねて2学期に課題研究に取り組む。これは、理科や数学分野をテーマにした自由研究的なもので、9月にテーマを決め、各自で実験や調査を進めて12月に成果を発表する。これには担任のほか外部支援員なども入れて、子どもたちを全力でサポートする。
「現時点では、Jタイムの活動が単発的なものになっている傾向がありますが、将来的には1年生から発達段階に応じて体系的に学びを重ね、本当の意味での集大成という形にしたいですね。1年生なら1年生なりに『不思議だな』と思ったことを自分で見つけ、彼らなりの解決の仕方を育てたい。しっかりと種を蒔くという下地からの積み上げが非常に大事だと思います」
白熱! アスパラギンから結晶を作る実験
実際に5年生の実験教室による授業を見学させてもらった。
今回のテーマは「アスパラギン(アミノ酸の一種)の粉末から結晶をつくる」。早稲田大学の朝日教授を講師として迎えての、2コマ連続90分完結の授業だ。29名(当日欠席者あり)の児童が4グループに分かれ、実験を開始。子どもたちはビーカーに水とアスパラギンを入れ、スターラー(攪拌機器)で100度に加熱しながら攪拌する。それを待つ間、子どもたちは、朝日教授からアミノ酸の特徴について学んだ。
「タンパク質とペプチドは、何が違うの?」「ヒトはなぜ牛肉を食べても牛にならないの?」朝日教授は児童に問いかけをしながら、アミノ酸の特性や種類など重要な事項を解説し、テンポよく授業が進行していく。5年生の内容としては難しいようにも思えた箇所もあったが、9種類の必須アミノ酸をみんなで読み上げ、子どもたちを盛り上げながら進めていることもあり、みんなが積極的に授業に参加していた。
小休憩の後、朝日教授の研究室の学生や大学院生が講師役となって、結晶の取り出し作業に入る。氷を使って急速に冷やした場合と室温で自然に冷えるのを待った場合とでは結晶の形に変化はあるのだろうか。ビーカーからろ紙に溶解液を流し、結晶を取り出す。それを顕微鏡で観察する。急速に冷やした結晶は粗く小さめ、室温でゆっくり冷やした結晶は大きくきれいな結晶ができるのだが、教室でも再現ができた。ある児童に感想を聞いたところ「実際に自分たちで結晶を作って、顕微鏡で見られたのは楽しかった。結晶の美しさにびっくりしました」と興奮していたのが印象的だった。
出張授業は大学院生にとっても貴重な学びの機会
授業後、朝日教授にも話を聞いた。
「私たちの専門であるライフサイエンスに関係するもので、わかりやすく、そして理科の知識がつくようなものを題材にした実験をしたいと考え、その中で今回はアミノ酸をテーマに選びました。子どもたちに考えさせるという点を特に意識するとともに、積極的に参加させるためにクイズを出したり、指名したり、工夫して進めたつもりです」と朝日教授は授業を振り返る。
確かに子どもたち同士で意見交換したり、考えたりしている姿が何度も見られた。今回、参加した児童にとって、貴重な体験になったことは間違いないだろう。一方で、サポートで参加した大学生らにとっても学びの場になっているという。
「今回は学部生2名、院生1名にも来てもらいました。このような授業で求められるサイエンスコミュニケーション能力は、学生たちに求められるものでもあります。自分の研究をわかりやすく他人に説明できることはとても大事なこと。私の授業を見て、彼らにも同じような授業ができるようになってもらいたいんです」
ちなみに朝日教授は、今回の取材の2週間後にも、6年生向けにDNAをテーマにした実験授業を行ったそうだ。
多彩な仕掛けで子どもたちに興味をもたせる
Jタイム以外にも、子どもたちが理数教育に関心を持つような工夫は随所で行われている。その一つが新潟県津南町の方々の協力で行われている屋上菜園やサイエンスキャンプだ。現地から土、苗、肥料などを送ってもらい、屋上の田んぼで育てている。取材日(9月中旬)は、すでに稲穂が黄金色に代わり、収穫を待っている状態。8kgほどのコシヒカリが収穫できる予定で、子どもたちが嬉しそうに収穫する姿が目に浮かぶ。
サイエンスキャンプは、4~6年生の希望者を対象に、夏休みにバスで津南町を訪れ、川遊びや化石掘り、発電所見学などを行った。
「子どもたちには、全校朝会などでも『空を見てみよう』などと、少しでも自然と触れ合うよう話しています。また例年、中央区が主催して発明くふう展や科学コンテストを行っているのですが、今年はそれらへの出品を呼びかけたところ、どちらにも複数名の応募がありました」と話す平山校長。
ほかにも、太陽光を集めて光ファイバーで校舎内に送って水飲み場を照らす仕組みが設置されたり、過去のJタイムでの取組結果を廊下に掲示したりと、自然に触れるという点では不利な環境にあると思われる都会の児童たちに向けて、様々な形で理数への興味づけを行っている。
「受け身ではなく、主体的に学べる子になってほしいと思っています。そのためにもJタイムは、試行錯誤し、自分自身で取り組める時間として保障してあげたいですね。本校が理数のパイロット校であることを知って、学区外から通学を希望している方(※)が非常に多く、重責を感じています。みなさまの期待に応えられるような教育を続けていきたいと考えています」
城東小学校で今後どのような理数教育の取組が行われていくのか、非常に楽しみである。
※中央区立城東小学校は、現在、通学区域である八重洲、京橋、日本橋に住む児童が少ないため、区域外(ただし中央区内)に住む児童でも通学を認める特認校の一つになっている。通学区域内の児童数と学級の定員の余剰枠に希望者を受け入れる。希望者が枠を超えた場合は抽選となる。
取材・文/安部晃司
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