夏休み前に、これだけはやろう~命の教育と命の登校日~
夏休みを目前に控えたこの時期。小学校の教員や管理職にとって最も大切なことは、夏休み明けに子どもたちが笑顔で登校できる準備を進めておくことです。なぜなら夏休み明けに自殺や不登校、教室渋りが起きることが多いからです。
夏休み明けに子どもたちが、笑顔で登校するために、あなたはどんな対策をしますか?
【連載】タバティのLet’sスマイル(レッツスマイル) 学校づくり #03
目次
はじめに
こんにちは。タバティこと田畑栄一です。お元気ですか? それにしても暑い。エルニーニョ現象の影響でしょうか? 今を乗り切れば待望の夏休み。少しホッとするインターバルが取れます。
学校はいかがですか? 暑い毎日に子どもたちが何となく気の緩みが出ているころではないでしょうか。それはごく当たり前のこと。この暑さがそうさせるのですから。心配なのは学校への慣れと暑さに左右されちょっとしたことでイライラして、日頃なら円滑に回せる友達関係がうまく回せなくなり、トラブルが起きやすくなることです。喧嘩やいじめ対応などで苦慮していませんか。夏休みまでカウントダウンをしているという方も多いのではないでしょうか。心理的に負担のかかるころで気づかぬうちに疲労が蓄積されていきます。ご自愛ください。
こんなときどうする?
さて、この時期には夏休み明けに子どもたちが笑顔で登校できる準備を進めておくことが大切です。なぜなら夏休み明けに自殺や不登校、教室渋りが起きることが多いからです。
夏休み明けに子どもたちが、笑顔で登校するために、あなたはどんな対策をしますか?
夏休み前に「命の教育」を
夏休み前に、「命の教育 自殺予防教育」を実施しませんか? 経験上、最もお勧めしたいことです。
大変重い言葉で、避けたい気持ちを持たれる方も多いでしょう。
しかし実は、この予防教育をしておくと、あなた自身も先生たちも子どもたちも保護者も…つまり多くの人の気持ちが「楽」になり、結果多くの笑顔を引き出すことにつながるのです。
私は校長時代、毎年7月上旬の夏休み前に、全クラスで自殺予防教育を実施してきました。
以前、夏休み中の教職員向け校内研修で、名古屋大学大学院教授の窪田由紀さんを講師にお招きして自殺予防研修を行い、意義深さを感じたのがきっかけです。
子どもたちへの効果は目に見えて表れ、一人一人の安心感の象徴である「笑顔」が絶えないようになりました。
子どもたちが学校を理不尽な理由で離れることは、私たち教員にとって、最も残念なことでしょう。
そして、そんな悲しい事態へつながるような、危険な萌芽を摘み取る最善のタイミングが、夏休み前の今なのです。
今、日本では、子どもたちや若者たちの自殺が後を絶ちません。令和5年3月、厚労省がまとめた令和3年度の調査によると、自殺した児童生徒数は、小学校17人、中学校143人、高校354人。合わせて514人と、過去最悪となりました。これは、教育に携わる人間として、慙愧の念に耐えられない事態です。
校長の学校経営理念は、「自殺なし・不登校なし・いじめなし、『笑顔あふれる学校』を創造する」ことに尽きると考えています。
この、「3つのなし学校」の視点を基軸におくと、日々の様々な教育活動がこの一点に収束し、将来的にも展開されていきます。
一人一人が、笑顔で安心して生活できる学校を創造することで、子どもたちは、学びに向かう姿勢が育ち、自己表現ができるようになります。意見を言い合える関係性が構築されていきます。
自殺予防教育の目的は、次の4つです。
自殺予防教育の要点
① 自分自身の心に向き合いSOSに気づくこと。
② 悩みや相談することの大切さを知ること。
③ 不安には対処方法があることを知ること。
④ 友人の危機への対処法・話の聴き方を学ぶこと。
自殺・不登校・いじめ被害が発生してしまうのは「その子が、誰にも相談することができずに悩み苦しむ」からです。一人で思い悩むことで思考が負のスパイラルに陥ってしまいます。
したがって課題解決のポイントは、悩みが生じたときに「誰かに相談する」こと。それこそが解決につながる、最も確実で簡単な方法なのだということを、みんなで「共有し合う」ことなのです。
悩みを打ち明けた段階で気持ちが「楽」になり、解決につながるのです。光が見えてくるのです。
大人が上記4要点を熟知しているかどうかで、マイナス思考に陥っている子どもを前にしたときの助言や関わり方に、雲泥の差が出ます。実際、過去の悪例をひもとくと、子どもたちがサインを出していたのに、大人の方で見逃していることがほとんどでした。
自殺予防教育の授業内容では、次のようなポイントを伝えます。
自殺予防教育・授業内容の要点
① 誰でもみんな困ることがあるし、心が苦しいときがある、と知る。
② 心が苦しいとき、どのように対処しているか、お互いに知り合う。
③ 心が苦しいときには、身近な人に話を聞いてもらう。
④ 友だちから相談をうけたら、しっかり話を聞いてあげ、解決方法を考えたり、伝え合う。
⑤ 友だちから悩みを打ち明けられたら、内緒にせず、信頼のおける大人に相談する。
この授業を実施した後、先生たちと話してみると、気づきがたくさんあったようです。
A先生「『もやもやしたらどうする?』と解決方法を聞いたところ、1年生でも『遊ぶ』『大声で歌う』『相談する』など、たくさんの方法が出ました。中には『ごくんと飲み込む』『心の中で戦う』というような『我慢』の方法の子もいてびっくりしました。解決方法を教えてあげることはとても大切だと思いました」。
B先生「命の大切さを指導することは、交通安全やいじめに関する指導につながると考えます。急な変化はないと思いますが、通年で指導することが大切だと思います」。
C先生「相談相手になることも必要である、ということを、子どもたちが認識できたと思います」。
D先生「悩みやわだかまりを誰かに話すと、『すっきりする』という認識はよくあるようだったが、相手が話しやすい聴き方や信頼関係の築き方については、あまり知らないようだったので、活かせていけたらと思いました」。
E先生「子どもたちの心にもっと寄り添う努力が大切だと感じました」。
次に授業を受けた4年生の学級における感想を紹介します。
Aさん「だれでも苦しいことはあるけど、大人や友達に相談したら、絶対に解決すると分かりました。これからも苦しいことがあったら、誰かに相談して解決したいです」。
Bさん「心の健康を解決するには、楽しいことや嬉しいことなどで、すっきりさせるのがいい。相談することも、すっきりさせる方法だということが分かった。相談されたら、その人の相談の内容で、方法を考えることも大切だと分かった」。
Cさん「私は人に言われて嫌なことがあったので、それを家族に言うと、『その気持ち分かるよ』と言ってくれて、相談に乗ってもらえた。次は今日学んだことを活かして、友達や家族などのもやもやを聞いてあげて、ゲートキーパーになっていきたいです」。
Dさん「私はみんなの意見と先生の話を聞いて、イライラやもやもやした時、どうすればいいか分かりました。もし友達に相談をされた時は、相談に乗って解決してあげたいと思いました。いつか必ず、辛いことは終わるので、イライラやもやもやした時はこういうことを考えてみたいです」。
先生たちも子どもも新しい気づきがあり、「苦しい時」に相談することで気持ちが「楽」になることを感じたようです。
こうして、夏休みに入っていくと、先生たちも子どもたちも、気持ちがとてもスッキリ整理できて夏休みを謳歌できるのです。
次の参考文献は、自殺予防教育で活用した資料です。
<参考文献>
①「学校における自殺予防教育のすすめ方──だれにでもこころが苦しいときがあるから」窪田由紀(編著)、シャルマ直美、長﨑明子、田口寛子/遠見書房
②「イラスト版子どものレジリエンス」上島博/合同出版
③「子供に伝えたい自殺予防(学校における自殺予防教育導入の手引)」 文部科学省
④「自殺予防教育/SOSの出し方に関する教育」埼玉県教育委員会
「命の登校日」をつくろう
自殺や不登校等が一番多いのは、夏休み明けの8月下旬から9月上旬です。したがって、夏休みが明ける少し前に一度、子どもたちと顔合わせをして様子を見ておくことが、非常に効果的な予防策になります。対面でなくても、今なら遠隔ツールもありますよね。
夏休み明けに、気持ちが学校に向かわない要因は大きく3つあります。
1つ目は家庭環境に起因するケースです。家庭内の問題により、学校へ行くような心理的状況ではない(あるいは物理的要因がある)場合。虐待を受けていると分かる場合もあれば、放任主義により、休暇によって乱れた生活リズムが正されず、気持ちを立て直せないでいるような場合もあります。
2つ目は学校の教育内容に起因するケースです。これは、夏休みの宿題が未完了であるため、先生に叱られたり小言を言われたりするかも…と子どもが負担を感じている場合です。
そして3つ目は人間関係に起因するケースです。1学期の登校班、教室内、部活動内などの人間関係がうまくいってなかったり、担任から受けたマルトリートメント(不適切な指導)によって、心理的な不安定さを抱え、億劫さが増しているケースです。
今、夏休み中に登校日を設定しない学校も増えてきているようです。
しかし、これからでも遅くはありません。夏休み期間での自殺予防対策・不登校等予防を目的に、登校日を8月下旬頃に設定してみてはいかがでしょうか。ぜひ、職員会議で登校日の意義を再確認してみてください。
登校日を設定することで、当日欠席した子どもがいれば、その子に問題があるかどうか、少しでも早く気がつき、対応できます。
家庭に何らかの問題があると考えられるような場合は、早めに保護者にアプローチし、問題の深刻化を食い止めることができます。
宿題の取組状況を把握して、配慮ある言葉がけをすることも可能です。例えば「宿題は、登校日までにやったところでよし」と共有し合い、寛容に対応します。つまり、宿題の本質を問い直せます。
人間関係に不安を抱えている様子なら、必要に応じて家庭訪問をするなど、夏休みの余裕ある期間ならではの、慎重かつ静かで丁寧な対応が可能でしょう。
私は、登校日の校長挨拶では、
「宿題ができていなくて学校に行きたくないなあと悩んでいる人もいると思いますが、宿題は今日で終わり。夏の最後を楽しんでください。そして、先生たちからの最後の宿題は、笑顔で始業式に来ることです。笑顔で待っています」
と語っていました。参観に訪れた保護者の方も、優しい笑顔で聞いています。
(この、夏の宿題の件に関しては、回を改めて詳しくご紹介しようと思います)
なお、私の校長時代、勤務校では、この時期に不登校や登校渋りになる子は一度も出ませんでした。夏休みの命の登校日が、希望の一日となっているからだと思います。
おわりに
嫌なことや困りごとが起こったとき。それを一人で抱え、悩んでしまうと、思考は暗く悪い方へと向かってしまいます。
そういったとき、まずは誰かに「相談すること」、これが自殺予防教育の核です。
そして、もし相談された相手が友だちだった場合、その相談を「寄り添いながら聴いて」あげ、さらにそれを秘密にしたりせずに、「大人につなぐ」ことが大切であり、それこそが本当の友情であることに気づかせます。
子どもたち一人一人が笑顔で、安心して通える学校が構築されることを願います。
学校は全ての人が希望や幸せを感じる場でなければならないと思います。
気持ちが「楽」になって解放された夏休みに突入してください。
前回記事はこちら
教育は、今じゃない 【タバティのLet’sスマイル 学校づくり #02】
うまく回らないときこそ笑顔と対話で 【タバティのLet’sスマイル 学校づくり #01】
イラスト/坂齊諒一
<プロフィール>
前埼玉県公立小学校校長。
埼玉県公立中学校国語科教諭、指導主事、教頭職、校長職を歴任。校長職は10年間。
著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる ~笑う学校には福来る~』(協同出版)、『クラスが笑いに包まれる! 小学校 教育漫才テクニック30』(東洋館出版社)、『学級づくりと授業に生かすカウンセリング』(共著・ぎょうせい)。 NHK EテレなどTV出演も多数。
現在は、全国各地での講演や研修を実施/私立学園中学校・高等学校国語科講師/一般社団法人「Lauqhter(ラクター)」教育コンサルタント/一般社団法人「アルバ・エデュ」参事/こしがやFM86.8 教育パーソナリティーなど。
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