実践事例|東京都豊島区立池袋第三小学校 対話力を育む校内研究とは? 【「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営 #7】
コロナ禍は小中学生の子どもたちにどんな影響をもたらしたのかを知り、2023年度に学校は何をする必要があるのかを考える7回シリーズの第7回目です。コロナ禍によって子どもが奪われたものの一つは、対話する力です。コロナ禍においても対話を軸とした研究を行い、対話力のレベルアップを図ってきた池袋第三小学校(仁科光一校長、児童数524名)を訪ねました。
■ 本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
●提言|赤坂真二 マスク世代の子どもたちのために、今、学校がすべき2つのこと
●提言|田中博之 2023年度1学期に学校が重視すべき活動とは?
●提言|森 万喜子 コロナ禍を言い訳に、学校がスルーしたことは?
●提言|心理学者が指摘! マスク生活は子どもにどんな影響を与えたのか
●提言|専門家が分析! 運動経験の不足が子どもに及ぼす悪影響
●実践事例|上越市立直江津東中学校 「つながり」重視の温かい学校をつくるには?
●実践事例|東京都豊島区立池袋第三小学校 対話力を育む校内研究とは?(本記事)
目次
校内研究の3つのポイント
池袋第三小学校は、令和3・4年度(2021・2022年度)の豊島区教育委員会研究開発指定校として、「友だちとよりよく問題解決しようとする児童の育成」を研究主題に据え、学習指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」の具現化を目指して、研究を行ってきました。
この研究で注目したいのは以下の3点です。
【1】対話を軸とする
【2】PDCAサイクルで持続的な学びをめざす
【3】これまでの常識にとらわれない
それぞれを詳しく見ていきましょう。
【1】対話を軸とする
研究の軸として位置づけたのは「対話」です。なぜ今、対話を重視するのかを、仁科校長に聞きました。
「コロナ禍を振り返ってみますと、その影響は子どもたちにとって非常に大きかったと思います。マスクをつけての学校生活が続き、机にはアクリルのプレートが設置され、給食は個食になり、対面・グループでの学習を控えてきた期間が約2年間続きました。そんな中で、『対話的な学び』が重要だとわかっていても、様々な制限があり、子どもたちは積極的に自分の意見を表明する機会を奪われてきました。しかし、子どもたちが未来を切り開く資質・能力を獲得していくためには、対話力が必要不可欠ですし、研究主題の『友だちとよりよく問題解決すること』に迫るには、対話の質をより向上させる必要があります。だからこそ、マスクをつけたままでも、対話を大切にして研究を行うことにしたのです」
研究は、「対話とは何か」をとらえ直すところから始まりました。仁科校長によると、対話には3つの段階があるそうです。図をご覧ください。
コロナ禍では、多くの学校の授業で図1のような縦の線の対話が行われていたのではないでしょうか。同校では、図1から脱却し、図2、図3へと、横の線をつないでいくことにしました。
対話の質を向上させるうえで参考にしたのは、秋田県能代市の小中学校の授業です。同校は令和3・4年度の秋田県能代市教育連携校の指定を受けて、能代市立渟城西(ていじょうにし)小学校の教師とオンラインで様々な交流を行ってきました。
「能代市では小中学校の9年間をかけて対話力を育んでおり、小中学校の授業では、子どもが次々に言葉をつなぎ、『納得解』(皆が納得できる結論)を導き出しています。その際に教師は『なるほど』、『うんうん』、『つなげて』などと言いながら聞いていて、子どもたちの話合いが迷走すると的確にキーワードを提示して焦点化し、対話の方向性を修正していくのです」(仁科校長)
渟城西小の研究授業の動画を全教職員で視聴し、教師が子どもの言葉をつなげ、納得解を練り上げていく過程を学んだそうです。
このほかに、対話を促すためのしかけとして、全校で基本的な話し方、聞き方のルールを作り、さらに、思考ツールやICTを取り入れて子どもたちの意見を視覚化しました。
【2】PDCAサイクルで持続的に発展させる
授業では単元に重きを置いており、単元という1つのまとまりの中で、子どもたちに力をつけていきます。単元での問題解決の過程は、①問題の発見と解決への見通し(つかむ)、②協働による問題解決の活動(かかわる)、③問題解決の提案と検討(まとめる)、④結論付け、自分の生き方や新たな問題との出合い(生かす)と設定し、各過程でPDCAサイクルを回していきます。
一般的なPDCAサイクルは、Plan(単元計画をつくる)、Do(授業実践での工夫)、Check(評価)、Action(改善)となりますが、同校の場合は少々異なります。
P:対話(単元を通して問題解決のために必要な対話の対象や形態を設定する)
D:思考(個人の考えを明確にしたうえで、集団での思考を方向付けて練り上げていく)
C:評価(学習活動を振り返り、個人や集団の考えを吟味する)
A:表現(学んだことを整理したりまとめたりして表現する、改善策を提案する)
どの教科でも、どの学年でも、対話、思考、評価、表現、この4つの視点で授業改善を進めていきます。
この中で特に注目すべきは「評価」です。この部分については、早稲田大学教職大学院の田中博之教授にご指導いただいたそうです。
「実践のやりっぱなし、P→D、P→Dの繰り返しで終わらないように、学びの中にきちんと評価を位置付けることにしました」(仁科校長)
評価を行うのは、教師と子どもです。
まず、教師はルーブリックを作成しました。ルーブリックとは、学習達成度を測るための評価方法の一つであり、絶対評価のための判断基準表です。2021年度は、ルーブリックとは何かを学ぶことから始めたそうです。
実際に今回の研究でルーブリックを使用した粟津駿主任教諭に感想を聞きました。
「ルーブリックがあると、これができていればA、ここまでできたらB、というように評価の付け方がはっきりするので、学年で統一した評価がしやすくなりますし、判断に迷ったりブレたりしなくなります。単元ごとのルーブリックを1からつくるのは大変な作業ではありますが、次の年も同じ単元を取り上げれば、今年度作ったものが使えるわけです。それにより、次の年の先生たちは改善の部分に力を注げます。今後は情報共有が積極的に行われていくようになるといいと思います」
「ルーブリックのメリットの一つは、授業での先生たちの指示、発問が明確になることです。ルーブリックをつくるためには、まずは授業のゴールを設定し、そのゴールにたどりつくためにどこを重点化し、どのように進めていくのかを考えて、授業に臨む必要があるからです」と仁科校長は話します。
ルーブリックを使うことで、子どもはどう変わったのでしょうか。
「授業のゴールがはっきりするので、子どもたちは『これをやればいいのだ』とわかります。評価がAだった子どもは、表現がよりレベルアップしていくイメージがあります」(粟津主任教諭)
続いて、子どもによる評価です。教師が見取るためにつくったルーブリックを、さらに子どもの自己評価、相互評価へと落とし込んでいきました。
「本校では先生が評価して終わりではなく、子どもが自己評価し、自らの学びを改善する力をつけていくことを大事にしています。いわゆる自己調整力を育成したいと考えているからです」(仁科校長)
粟津主任教諭が行った、2022年度の4年生の国語の授業(単元名:役わりをいしきしながら話し合おう「クラスみんなで決めるには」)では、子どもが自分の話合いの仕方について自己評価をし、さらに相互評価もしました。相互評価をするために「話合いチェック表」を作ったそうです。
「子どもたちは前の単元で、私と一緒に『話合いチェック表』をつくっていたのですが、この単元では、その経験を生かし、子どもたちが話し合ってチェック表の評価項目を増やしました。小学校の中学年の場合、ただ単に友だちの意見を聞いて、それに対して何か言うだけではなく、この話合いは、こういうことを決めるために話し合っているのだと、ゴールを意識して話し合えないといけないと思うのです。チェック項目があると、ゴールに向かいやすくなると思います」(粟津主任教諭)
【3】常識にとらわれない
同校の研究構想を拝見すると、常識にとらわれない発想が見られます。研究といえば、一つの教科を決めて指導法の改善を目指して研究授業に取り組んでいくのが一般的ですが、同校の場合は違います。
仁科校長が着任したのは2021年度ですが、「友だちとよりよく問題解決しようとする児童の育成」をテーマとした同校の研究は、それ以前から行われており、引き継いだ形になります。
「私が着任する前は、算数に特化して研究が行われていましたが、私が引き継ぐにあたり、算数には一区切りつけることにしました。そして、教科を特定せず、教科横断的にカリキュラム・マネジメントで研究を行うことにしました。そのことを先生たちに話すと、最初はみんな戸惑っていたようです。指導案を作って研究授業をして終わりではない、ということだと伝えました」
それから、研究発表会のやり方も画期的です。2年間の研究の成果を発表すべく、2023年1月に研究発表会が行われましたが、コロナ禍ということもあり、発表会当日に、研究授業を公開しなかったのです。そのかわり、事前に研究授業を行ってその様子を録画し、そこからポイントとなる場面をピックアップして動画をつくり、低学年、中学年、高学年の各分科会で来場者に見てもらい、ディスカッションをしたそうです。
子どもたちの対話力はどう変わったのか
同校の2年間の研究により、子どもたちの対話力はどう変化したのでしょうか。
「話合い活動がレベルアップしたと感じます。どの学校でもそうだと思いますが、担任の先生次第で、対話力が高いクラスと低いクラスの差が大きいと思うのです。今は、このやり方をすればどのクラスも一定のレベルまで対話力を引き上げることができるという、一つの話合いの型を作れた気がします。そして、子どもたちが身に付けた対話力は、学級会や他の場面での話合いに生かされています。これまでは学級会ですぐに話合いが停滞して、『この先、何を話せばいいんだろう』といった雰囲気になってしまい、『今、こういうことが分かってないんじゃない?』、『次はこういうことについて話合えばいいんじゃない?』などと、私が横から口出しをしていたことがありました。それが子どもたちだけで話合いが進むことが増えたと感じます」(粟津主任教諭)
「本校の子どもたちには、まさに教科横断的に対話力が身についたと言えると思います。社会でも理科でも、高学年になれば委員会やクラブ活動でも、学校生活の中で話合いの場面は至るところにあります。対話力をしっかりと身につけておけば、様々な場面で活用できます」(仁科校長)
仁科校長は、校内の授業を見て回るときに、子どもの変化を感じているそうです。
「研究発表会は終わりましたが、今もいろいろな教科の授業の中で対話が行われています。その際に子どもたちの話を聞いていると、使う言葉が変わってきたと感じます。各教室の壁には、思考ツールのサンプルが貼ってあるのですが、子どもたちがそれらの意味や価値を理解していて、話合い活動の中で『ピラミッドチャートを使ってみよう』などとごく自然に言っています」
大事なのは学びを、次への意欲と主体性につなげること
子どもに対話力を育もうとしたら、多くの学校では対話の練習を繰り返すのではないでしょうか。そこだけにとどまらないのが、同校の研究の優れた点です。
「1つの単元に対して、対話を軸にして授業改善を進めていくには、子どもの思考を視覚化する思考ツールが必要ですし、学ぶ意欲を高めるための評価も必要です。表現するための工夫も必要でした。研究の1年目はPDを中心に、2年目はPDCを中心に進め、3年目の2023年度はCAに力を入れて研究を行っています。研究構想の最終段階にあたり、子どもたちが学んだことをどう評価して、そこからどう表現するのかという部分に重点を置いています。単元を通して学んだことを、自分たちの生活にどう生かしていくか、自分たちのこれからの学びにどのようにつなげていくかが重要になってきます。
うれしいことに、授業の終わりに、子どもたちから『次はこんなことを調べてみたいです』『今度はもっと上手に発表できるようになりたいです』などの言葉が出てくることがあり、学びが次への意欲と主体性につながっています。子どもたちにはこれからも、単に『面白かった』で終わらせるのではなく、学びの楽しさを味わい、それが次に続いていくことを体験してもらいたいと思っています」(仁科校長)
同校では、今では授業の中に必ず対話の場面を入れ、教師は子どもたちの言葉を引き出すことにエネルギーを注ぐようになってきたそうです。
「3年前に研究の構想を示したときの教員の反応は『分からない』、『やったことがない』、『前例がない』というものでした。そこで私は『誰もやっていない未知の世界に踏み出す研究です。新しい道を私たちがつくっていくのです。比較するものがないから誰からも批判されることはありません』と、大見得を切りました。そして、2年目の研究発表を前にしたとき、ある教員が『こんなに大変な研究だと思わなかった』とこぼしていました。しかし、その教員が行った研究授業で、本校がめざしていた対話の在り方や指導と評価の一体化が浮き彫りになったのも事実です。本研究の本質を理解してくれた証として受け止めています。校長としてカリキュラム・マネジメントによる授業改善に道を付けることができたと自負しています」(仁科校長)
取材・文/林 孝美