提言|赤坂真二 マスク世代の子どもたちのために、今、学校がすべき2つのこと 【「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営 #1】

特集
「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営

上越教育大学教職大学院教授

赤坂真二

コロナ禍は小中学生の子どもたちにどんな影響をもたらしたのかを知り、2023年度に、学校は何をする必要があるのかを考える7回シリーズの第1回目です。コロナ禍での学校生活は、子どもたちの発達にどんな悪影響を及ぼしたのでしょうか。元教員で、学級経営の重要性に注目して研究活動を続けてきた上越教育大学教職大学院の赤坂真二教授に聞きました。

赤坂真二(あかさか・しんじ)
新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現所属。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。2018年3月より日本学級経営学会、共同代表理事。『学級経営大全』(明治図書出版)など著書多数。

本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
 提言|赤坂真二 マスク世代の子どもたちのために、今、学校がすべき2つのこと(本記事)

いじめ、不登校が過去最多を更新

2023年5月8日、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行し、新たな日常が始まりました。

学校は今、新年度が始まったばかりですが、「子どもは自然にコロナ前の状態に戻るのではないか」と楽観的に考えている先生方が多いように見えます。本当にそうでしょうか。私はそれほど単純な話だとは思えないのです。コロナ禍が子どもにどんな悪影響を及ぼしたのかを明らかにし、学校として対策を講じるべきだと考えています。まずはいじめ、不登校、自殺の件数の推移を見てみます。

文部科学省が2022年10月に公表した「2021年度(令和3年度)児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、小中学生のいじめの認知件数は、休校措置や三密(密集・密閉・密接)を避ける指導もあって、2020年度は前年度よりも減ったのですが、2021年度は、小学生が50万0562件、中学生が9万7937件となり、いずれも前年度より増え、過去最多となりました。

不登校については、2021年度は小学生が8万1498人、中学生は16万3442人でした。注目したいのはその増加率です。前年度の数値に比べ、小学生は28.6%、中学生は23.1%も増加しています。小中学校を合わせると約5万人増え、過去最多を更新しました。これは急増と言えるのではないでしょうか。2020年度の1学期には休校期間後に分散登校が行われ、不登校の子どもたちの一部が学校に戻ってきた事例も見られたのですが、結局、2021年度は24万人を超えてしまったのです。

自殺の件数の推移については、厚生労働省の自殺対策推進室が公表している警視庁の自殺統計に基づく2022年度の暫定値をご紹介しますと、小学生は17人、中学生は143人でした。2019年は小中合わせて130人でしたが、2020年は160人へと急増し、2021年159人、2022年は160人と、コロナ禍では高い状態が続いています。

このように、小中学生のいじめ、不登校の件数は過去最多を更新し、特に、不登校の児童生徒が急増しているという現実があります。自殺の件数も高い状態が続いています。コロナ禍は確実に、子どもたちに悪影響を及ぼしているといえるのではないでしょうか。

では、その悪影響とは何かというと、人間関係への影響、学習面への影響、心理面への影響、身体面への影響などが考えられます。これらは独立して存在するわけではなく、関連して子どもに悪影響を及ぼしています。この4つの中で、最も深刻なのは、人間関係への影響だと私は考えています。

マスクが子どもの発達に与えた悪影響

子どもの人間関係に悪影響を及ぼした最大の要因として、マスクの常時着用を挙げたいと思います。大人社会では顔の表情が見えなくても、コミュニケーションにさほど問題はないかもしれませんが、そもそも学校は、コミュニケーションにおいて顔の表情が重視される場所なのです。

朝、教室で担任の先生がマスクで鼻と口を隠したまま、「おはようございます。みんな元気かな?」と言うのと、顔を全部見せて、ニコニコしながら同じことを言うのでは、先生と子どもとの感情の交流は全く違ったものになります。実際に、子どもたちがよく笑う教室では、先生もよく笑っています。子どもは先生の表情を見ながら、先生の言葉に伴う感情も一緒に学んでいるのです。

さらに、子どもは、友だちの表情や口の動きを見て、相手の感情を理解する「共感性」を発達させていきます。共感性とは、社会と関わっていく時に不可欠な能力です。共感性がなければ、人と関われないからです。しかし、コロナ禍では共感性を高める機会がマスクによって、徹底的に削られました。つまり、マスク生活は、人とつながるための手立てである共感性を子どもから奪い、しかも、これから共感性を学ぼうとしている子どもたちに、3年間もそれを強いたわけです。

マスクのほかにも、ソーシャルディスタンス、黙食も、子どもからつながりを奪い、結果として感情交流が削られてしまいました。

つながりを奪われた子どもたちを放置してはいけない3つの理由

コロナ禍の学校生活で人とつながる機会を奪われた子どもたちを、このまま放置してはいけないと私は考えます。その理由は3つあります。

①レジリエンスを身に付けられない

子どもにとって、なぜ人とのつながりが大事なのかというと、ストレス下において大切な、レジリエンスを強化するのに欠かせない要素だからです。レジリエンスとは、ストレスによって受けたダメージから精神的に回復していく力であり、個人がこの力を身に付けるのは生きていくうえで大切なことです。

このレジリエンスは、信頼できる他者とのつながりの中で、他者に優しくしたり、思いやったりすることや、反対に、他者から心配されたり、優しくされたりすることによって、強まることがわかっています。

子どもの発達にとって、思いやりの体験はとても重要なのです。もしも他者とのつながりがなければ、人に優しくする経験も、人から優しくされる経験もなくなりますので、「僕は誰かの役に立っている」、「私はここにいていいんだ」といった自己有用感が失われます。その結果、生きていく意味が見出だせなくなり、幸福感が低下するのです。そう考えると、コロナ禍でいじめ、不登校、自殺の件数が増えたことが、納得できるのではないでしょうか。

②家庭的リソースを持たない子どもを追い詰める

今や子どもの7人に1人が貧困状態にあると言われていますが、コロナ禍によりもっと増えた可能性があります。そのような家庭的リソースを持たない子どもたちにとって、学校生活には家庭生活の格差を縮小する機能がありました。しかし、コロナ禍の3年間は学校での行動が制限され、人のつながりという大事なリソースを奪ったのです。その結果、孤立し、未来に希望を感じられなくなる子どもが出てくることは容易に想像できます。

③協働学習ができない

マスク生活の中で、共感性を育むことができなかった子どもたちは、協働学習ができなくなります。相手の感情を読み取りながら、意見を言えないからです。つまり、マスク生活は「主体的・対話的で深い学び」の阻害要因にもなっているのです。

一方で、対人関係に自信がなく、集団の中にいることに対して恐怖心がある子どもは、クラスの全員がマスクをつける状況になったことで、教室に居やすくなった可能性はあるでしょう。そういう意味では、マスクが全面的に悪いわけではないのです。これからもマスクを必要とする子どもはいるでしょう。今年度、学級担任には、クラスの多くの子どもが自然とマスクを外せるような、安心できる学級づくりを目指して欲しいと思いますが、「つけていたい子はそれでいいよ」と、マスクが必要な子どももつながれる温かい学級をつくることが重要なのです。

学校の存在意義を再定義する

コロナ禍による子どもたちへの様々な悪影響を克服するために、2023年度に、学校がするべきことは2つあります。

一つ目は、学びの再構築をし、学校の存在意義の再定義を行うことです。そもそも、学ぶことの本質は何だと思われますか。多くの先生たちは「教科書の内容を伝えること」だと思い込んでいると思いますが、それは違います。「学ぶ」とは、世の中とうまく関わっていくために、必要なことを会得していくことを意味します。ただ知識を詰め込めばいいのではなく、身に付けたことが世の中で機能して初めて、学んだことになるわけです。だからこそ、教育基本法の第1条(教育の目的)には「人格の完成」と書かれているのです。その目的を達成するために教科指導や道徳指導を行うのです。

そういった視点で今の学校教育を見てみますと、「知徳体」が宙に浮いているように見えます。本来は「知徳体」はつながり合って、世の中とうまく関わっていくための道具であるはずなのですが、現状ではそれぞれの分野が目的化しています。特に2007年に全国学力・学習状況調査が始まってから、「知」の部分が肥大化し、知の伝達が学校教育の主たる目的となり、徳、体が従属的な位置付けになってしまっています。

そして、コロナショックはその傾向に、一層拍車をかけてしまったのです。「今は緊急事態だから勉強だけはしていなさい」と、そういう方針で学校が動いたからです。さらに、学校はソーシャルディスタンスを確保するために、様々な対策を行いました。例えば、「主体的・対話的で深い学び」をやめて一斉授業に回帰したり、 黙食をさせて給食の時間から会話を取り去ったりした結果、学校から人の関わりを奪い、教科書の内容をコンテンツとして浴びる場にしてしまったのです。つまり、「学びを止めない」と言いながら、結局、学校の中を、学びとは似て非なるもので溢れさせてしまったのです。

2023年度、学校が学びの場として再生するためには、学び方を充実させていく必要があります。コロナ禍での授業では知識と学習が乖離していましたので、知識を学習の中に入れ込んでいくことが大事でしょう。そのためには他者と共に学ぶこと、つまり、協働学習を行う必要があります。そして、人と関わりながら、課題を仲間と一緒に解決していく、その学習過程をしっかりと作っていくのです。

これからの時代は、ChatGPTに質問すれば、答えが簡単に出ます(間違っていることもありますが……)。例えば、「ごんぎつね」で、「ごんはなぜ、最後に兵十に栗や松茸を持って行ったのか」と質問すれば、すぐに答えを教えてくれます。答えだけを求めるなら、子どもはもう、物語を読む必要がないわけです。だからこそ、答えを出すまでの過程をこれまで以上に重視する必要があるのです。

単なる「学びの共有」はオンライン授業でもできますが、その場に子どもが一緒にいるからこそ、できることがあります。それは「感情の共有」です。みんなで答えを出す方法を考えて、決めて、実践し、解決して答えを出す、こういった学習の過程の中で、「勉強って楽しいね」という感情を複数の友だちと共有することが重要です。さらに、「これができたのは、みんなで一緒に勉強したからだよね」「◇◇ちゃんの考えがわかりやすかったよ。教えてくれてありがとう」などのように、互いの存在を共有することも重要です。このように感情の共有と存在の共有、この両方を経験する場所として機能していくことが、学校の存在意義になっていくだろうと思います。人と分かち合うっていいね、人といるのっていいね、と感じさせるのが学校の役目です。

2023年度に学校がすべきことの二つ目は、学校行事の作り直しです。ファーストコロナショックのとき、行事が中止になり、部活動の大会もなくなり、学校生活に意義を見出せず、無気力になった中学生がいるという話をたくさん聞きました。学校行事は、子どもが学校生活の充実感を味わい、感情の共有を学ぶ大事な機会です。しかし、各行事に対する子どもたちの考え方は多種多様ですので、各行事の意味付けをするところから、丁寧に作り直していく必要があります。

コロナ禍では、子どもたちは仲良しの数人とグループを作り、それ以外の子どもとは関わらなかったから、トラブルが少なかったのです。行事が復活すると、人間関係がかき混ぜられますから、子どもたちは不適応を起こしたり、イラついたりする可能性があります。だからこそ、集団づくりが重要なのです。みんなで集まることの意義を先生たちがもう1回、再定義し、子どもたちが納得した上で、各行事を進めていく、そういう丁寧な関わりが必要だと思います。

学校経営の優先順位を考える

校長先生にお願いしたいのは、今年度の学校経営では人間関係づくりの優先順位を上げて欲しい、ということです。学力向上は大切ではありますが、学びとは、誰ともつながらずに一人で行っても意味がないのです。なぜなら、学力とは社会に関わるための力だからです。2023年度は、そのことを再確認する年として位置付け、学級経営を重視した、新たな学校づくりをしていただければと思います。

その際に先生方に求められる「教師の専門性」とは何でしょうか。私には、小中学校の先生方はそれを履き違えているように見えます。教材に詳しいことや、教え方で秀でることが、教師の専門性であると勘違いしている人が多いようです。そして、指導方法や授業の質にこだわりすぎるあまり、たくさんの勉強嫌いの子どもを生み出しているような実践もあるのではないでしょうか。教員にとって大事なことは子どもに「勉強っておもしろいな」と感じさせ、生きていくためのモチベーションを上げることであるはずなのに、実は、先生自身の自己実現のために教科指導の研究をしていないでしょうか。ただし、そうなってしまったのは、先生たちのせいばかりではありません。教科指導を過度に重視する日本の教員養成システムと教師教育が間違っていると考えています。この機会に先生たちにはぜひ、教師の専門性とは何かについて改めて考えてみて欲しいのです。

先述の通り、教育の目的は「人格の完成」です。少なくとも初等・中等教育前期の子どもにとって、先生方の専門性は、子どもの発達と成長に関する領域で発揮されるべきではないでしょうか。その部分にもっと目を向け、積極的に学んで専門性とすべきです。

また、つながりが大事なのは子どもだけではありません。先生たちも職員室の人間関係をつくる必要があります。職員室も学級経営と一緒です。先生方がつながってこそ、チーム学校として機能するのです。校長先生は「学校経営の肝は職員室の人間関係だ」という自覚を持ち、先生たちをつなげる方法を考えてもらえればと思います。

いじめ、不登校、自殺の件数をこれ以上増やさないために、今、学校に必要なものは、温かさではないでしょうか。ひんやりとして冷たい場所には誰も集まってきません。温かい場所に人は集まってきます。学校では、教員と教員、教員と子ども、子どもと子どもがつながり、そのネットワークの中で、教員も子どもも自分が誰かの役に立ったときに喜びや、やりがいを感じ、それが温かさに変わります。つまり、誰かに優しくすることで、相手も強くし、自分も強くなれるのです。校長先生にはそんな思いやり溢れる温かい学校をぜひ、つくっていただきたいと願っています。

取材・文/林 孝美

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