生徒と教員のバイタルデータを授業改善に生かす【連続企画「教育DX」時代の学校マネジメント#01】

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「教育DX」時代の学校マネジメント

2021~2022年度にかけて、教育データの利活用に関する2つの実証研究に取り組み、生徒の集中力の可視化や教員、生徒の心身の状態を一覧化などによる授業改善に取り組んできた久喜市立鷲宮中学校(生徒数311人/2023年5月現在)。その内容と成果について、青木真一校長と久喜市教育委員会指導課主幹 山本純 GIGAスクール推進室長に伺った。

埼玉県久喜市教育委員会/久喜市立鷲宮中学校

写真左から、鷲宮中学校の青木真一校長と、久喜市教育委員会でGIGAスクール推進室長を務める山本純指導課主幹。

この記事は、連続企画「『教育DX』時代の学校マネジメント」の1回目です。記事一覧はこちら

腕時計型センサーで脈拍を計測し生徒個々の集中度を可視化する

生徒のバイタルデータ(体温や脈拍、呼吸などの生体情報)を活用して集中力を可視化する研究(研究名:バイタルデータを活用した生徒の集中力に関する実証研究)と、生徒や教職員の心身の状態を一覧化する研究(研究名:BI〔ビジネス・インテリジェンス・ツール〕を活用した「次世代型学校教育」の実現に関する実証研究)――。GIGAスクール構想が推進されるなか、久喜市立鷲宮中学校では、2021年から2022年度にかけて、企業と連携し教育データを利活用する2つの実証研究を行った。

バイタルデータから集中力を可視化する研究は、前国立健康・栄養研究所研究員の高山光尚氏が医療・健康分野で研究していたものだ。2020年度末、経済産業省から久喜市教育委員会に「バイタルデータを教育分野に応用できないか」と協力の打診があり、市教委はそれに応諾。当時、市教委の指導課長を務めていた青木真一氏が鷲宮中学校の校長に異動するタイミングだったことから、2021年11月から2022年2月まで、同校で研究が実施されることになったという。

この研究は、生徒の脈拍と心拍数を計測して解析し、学習時の集中力を可視化。そのデータから心理状態を分析し、授業改善や生徒への助言に生かすことを目的として設定した。

具体的には、生徒は登校後に腕時計のようなリストバンド式バイタルセンサーを装着。下校時に外すまで、授業中も休み時間も脈拍が自動的に計測され、サーバーに送信される。同時に、生徒が反応したのはどのような状況だったのか、生徒の表情やしぐさはどうだったのかなどを確認するため、授業の様子もビデオで録画しておく。

それらのデータを同研究の主幹を務めた高山氏が解析し、生徒それぞれの集中度が数分単位でグラフ化。その解析データをもとに高山氏、青木校長、教職員のほか、市教委の担当者も交えてデータ検討会を開いた。

リストバンド式バイタルセンサーを装着して授業を受ける生徒たち。

集中力に関わる特徴を把握して生徒一人一人の支援に生かす

学級全員のグラフを見て全体的に集中度が下がっていれば、教員はもっと授業に夢中になれるよう授業内容を改善したり、工夫したりすることが求められる。

「データでわかれば、教員は根拠をもって授業を改善できるようになります」(青木校長)

なかには授業中の集中度は低いが、休み時間の集中度が高い生徒がいた。評定を見ると、この生徒は成績上位層で、この子にとって一斉授業での課題は、それほど集中力を高めなくてもついていける範囲ではないかと推測された。

「個別の課題や、自分のペースで進められるような学習形態を取っていれば、この子はもっと高い集中力を発揮したと思います」(青木校長)

また、ある2人の生徒のデータを比較したところ、授業の導入部ではどちらの生徒も集中度が高かったが、その後、教員が授業を進めるうちに、一方は集中度を高め、もう片方の生徒は集中度が下がったという例があった。このデータからは、いわゆる講義型の一斉授業では「個別最適な学び」を起こせていないことが読み取れたという。

その一方で、3人の生徒の集中度がシンクロして高まっているデータもあった。このときはグループワークを中心にした課題解決型の授業だったという。ちなみに生徒個々のデータから変化の要因を読み取る際には、生徒の評定だけでなく、社交性やコミュニケーション能力などの性格的な要素も加味している。

「このように生徒それぞれの変化に着目すると、その生徒が集中力を発揮する際の特徴がつかめ、個別の支援に生かせることがわかりました。それがこの研究の成果だと思います」(青木校長)

課題解決型の授業で生徒の集中度がシンクロして高まる。

個別指導や授業改善だけでなく若手教員の育成にも役立てたい

課題はリアルタイムでデータが見られないこと。サーバーに集まったデータが高山氏のところに届くまでに時間がかかるため、授業を行ってから解析データが届くまで約1週間かかっていた。

「解析データをもとにいろいろ検討はできましたが、その日の授業の改善点などを明日の授業に生かすことはできませんでした」(青木校長)

そこで、この研究を2023年度からあらためて再開。今回は、計測されたデータのグラフがほぼリアルタイムで更新されていくことになるという。

「授業中は見られないと思いますが、授業を一緒に見ている教員が確認したり、授業後に見直したりして、次の授業で改善することができるようになると思います」(青木校長)

今回は、前回よりも長期間、継続的にデータを収集。また360度カメラ等で授業中の生徒の様子を撮影し、授業改善に活かせるよう検討している。久喜市教育委員会での担当者である山本純GIGAスクール推進室長は「録画された生徒の表情や学習活動の様子とデータを照合すれば、より詳細な分析ができるでしょう。教員の経験や勘、熱意等にデータが加わることで、生徒により的確な助言や指導ができるようになると思います」と語る。

「今まで経験と勘でやってきたことをデータで実証したいという気持ちは強くある」と青木校長も強調する。それは若手教員を育てることにも役立ち、講義型の一斉授業に固執するなど、時代の流れに合わせられない教員の意識も変えることができるのではないかと期待している。

心身の状態をひと目で察知、全体の退勤時間も早くなった

もう一つの、BI〔ビジネス・インテリジェンス・ツール〕を活用して生徒や教職員の心身の状態を一覧化する研究は、2022年5月から2023年3月にかけて実施された。BI〔ビジネス・インテリジェンス・ツール〕とは、様々なデータを集約して、分析・可視化して経営などに役立てるソフトウェアのこと。今回、企業から提供されたのはメンタルヘルスの状況をデータ化して健康管理に役立てるもので、数多くの大手企業に採用されているという。

このソフトウェアの教育分野での可能性を探るため、教職員の健康管理とともに、生徒の健康状態や授業の理解度などのデータを収集・集約し、教員が生徒の健康管理や授業改善に生かす試みを行った。

「『データ駆動型の教育への転換』が言われますが、生徒も教員も1人1台の端末を持っているので、オンラインでの新たな教育の可能性に挑戦したいという気持ちが強かったですね」(青木校長)

教職員の場合は、出勤後それぞれの端末に、その日の体調や仕事への意欲、退勤予定時刻などを簡単なアンケート形式で入力して送信する。すると、それらのデータが自動的に集約され、校長と教頭の管理職、および市教委にレポートとしてメールで通知される。

「教職員の健康状態が可視化されるので、体調の悪い人には声かけをしたり、やる気の上がらない先生には面談で対応するなど、個別に話をするきっかけになりましたね」(青木校長)

また退勤予定時刻の入力を始めてから、学校全体として退勤時間が早くなったという。「帰る時間を自分で設定したことによって、『その時間までに、これだけは終わらせよう』という意識がついたのかなと思います」と青木校長は推察する。

健康状態を一覧化することで子どもたちや教員の健康状態を管理できる。

教職員にとっての課題は入力とレポート・チェックの時間

一方、生徒は朝登校すると、自らの端末に体調や体温、睡眠時間、朝食の摂取などを入力して送信。朝、昼、夕方の決められた時間に、体調面で問題がありそうな生徒が抽出されて、教職員にレポートが送られてくる。それを見て生徒を保護、健康管理のアドバイスをするなど、生徒をそのまま放っておかないことに活用したという。

また授業後、生徒は理解度や満足度などを入力。「よくわからなかった」と答えた生徒などが抽出されて一覧表示されるので、そのような子に声をかけるほか、次の授業で復習を行うなど、学習面でも生徒を放っておかないことに役立てられた。

ただ、1日に3回レポートが送られてくるため、「忙しい日中は見るのが難しい。見る時間を1日の終わりに限定すれば習慣化できるかもしれない」との声が教員から出たという。また、教職員が自らの体調などを入力するのも習慣化するのが難しく、「打ち合わせの前や教室に行く前に打てる人と、時間ギリギリまで何か違うことをやっていて、入力がされないまま勤務が始まる人がいて、そこはちょっと大変だった」と青木校長は課題を口にする。

整備されたデジタル環境の世界を見据えて生かすことが大切

再び始まるバイタルデータを活用する研究に向け、「自分のなかに、教員はパフォーマンスよりもサイエンスという考えがある」と青木校長は話す。

「教えるのが上手い教員が、もてはやされる時代はあったかもしれないですが、そういうノウハウを持たない若い教員も生徒に授業をしなくてはいけない。ですから、証明されたエビデンスとして、個別最適な学びにつながるような活動形態や教材、生徒の集中度を高めるやり方といったものを若い教員に示してあげたいと思っています」(青木校長)

GIGAスクール構想が始まり、学校に1人1台の端末と高速通信ネットワークが整備されて、今までできなかったデジタルデータの活用が可能になった。「それを生かさない手はない」と青木校長は訴える。例えば、これまでの一斉授業では、先生が板書する間、生徒はただ待っていて、板書が終わると、それを書き写す。そのようなムダな時間をなくすために端末がある。

「先生は最小限の説明をするだけで、生徒それぞれの能力やレベルに合った適切な教材があって、それが適切に配布されていれば、生徒は自ら進んで勉強する。それがこれからの個別最適な学びだと思うので、ぜひそこに行きたいと思っています」(青木校長)

「今回はバイタルデータやBIツールを活用した研究でしたが、個別最適な学びにアプローチするには様々な方法があります。今年度の研究では360度カメラとバイタルデータを使いますが、それを使ううちにデジタルの新たな可能性が見えてくるかもしれない。そのようなことも含めて、今後も様々な取組を進めていきたいと思います」(山本氏)

なお、青木校長は日ごろから生徒たちに「現在はスマホや端末が1人に1台の時代。あなたの発言が、あなたの成果が、あなたのパフォーマンスが、すぐ世界に影響を与えることができる。だから『一人一人が世界のインフルエンサーになる可能性がある』ということを忘れずに勉強していこう」と語りかけているという。

取材・文/永須徹也

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