AI型教材「Qubena(キュビナ)」を活用した「個別最適な学び」への挑戦【連続企画「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画#08】
埼玉県新座市では現在、「にいざGIGAスクールNEXT5.0」と銘打ち、AI型教材「Qubena(キュビナ)」など、様々なICTツールを活用して、学習の個性化、指導の個別化、多様な他者との協働を実現するための取組を続けている。これまでの手応えや今後の展望などについて、指導主事の相場健氏と吉田泰生氏に話を聞いた。
埼玉県新座市教育委員会
新座市教育委員会学校教育部教育支援課指導主事の相場健氏(写真左)と吉田泰生氏(写真右)。
この記事は、連続企画「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の充実をめざす学校経営と授業改善計画」の8回目です。記事一覧はこちら
目次
市内の小中学校23校で、AI型教材Qubenaを導入
2022年度から新座市の全小中学校に導入されているAI型教材「Qubena」は、ウェブブラウザ上で動くウェブアプリケーションで、小学1年生から中学3年生までの5教科(算数・数学、英語、国語、理科、社会)に対応した学習教材だ。学習者の解答時間や解説ヒントの閲覧時間、学習履歴などをもとに間違いやつまずきの原因を解析し、搭載されている数万問の中から、一人一人に最適化された問題を出題する。
新座市では、GIGAスクール構想のコンセプトの一つ「個別最適な学び」を実現するための手段として、2020年に経済産業省の「未来の教室」実証事業を活用し、市内5校で「Qubena」を先行導入。それが好評だったため、2022年には市内すべての23の小中学校で正式採用に踏み切った。
一斉授業からの脱却を意識した授業が少しずつ増加
Qubenaは、学力の三要素のうち、「何を理解しているか・何ができるか」が問われる「知識・技能」の獲得において、最も効果があると考えられている。これはシンプルで正誤がつけやすい領域=AIの強みが生きる領域だからだ。新座市でも、最初の導入から2年が経過し、授業での活用が進んでいるのは、算数や数学、社会などの教科だという。
「先日、訪問した学校では、算数の授業のまとめのパートでQubenaが使われていました。専用の管理システムによって様々な情報がリアルタイムで収集されているので、子どもたちが問題を解いている間、教員も自分の端末でその状況を確認でき、理解ができていないのに解説画面を読み飛ばしている子どもがいたらすぐに一声かけるなど、指導の個別化の好事例といえるような机間指導が行われていました」(吉田氏)
「まだ全体的に浸透しているという状況ではありませんが、このような形で、一斉授業からの脱却を意識した授業が少しずつ増えており、市教委としてもレベルアップを実感しているところです」(相場氏)
ちなみに、複雑で多様な評価軸が求められる「学びに向かう力」「思考力・判断力・表現力」などは、AIが苦手とされる領域であるが、前述の授業では、計算に自信のある子どもが、より深く「考え方」を学びたいからと電卓を使って問題を解いていたり、すでに理解できた子どもが悩んでいる子どもに教えたりといった光景も見られたという。紙のドリルと違って問題数が決まっているわけではない(指定することはできる)ため、子どもたち自身も得手不得手を認識した後は、ただ与えられたノルマをこなすのではなく、自分自身で学習計画を立て始めるというわけだ。また同様の理由から、自然と協働的な学びに向かう空気も醸成されやすいのだろう。
「今は、こうした効果にいち早く気づいた学校や教員たちが、進んで工夫を重ねているので、市教委としては、アイデア共有の機会創出に努めているところです」と相場氏は話す。ただ、ここでQubenaのアクセシビリティを細かに説明することは、あまり意味がない。というのも、ハイペースなバージョンアップもQubenaの大きな特徴だからだ。
「開発元であるコンパス社は、導入から時間が経った今も、何か足りない機能はないかと、市内の学校にヒアリングしながらアップデートを重ねています。当然、このアプリを導入しているのは当市だけではなく、ほかにも多くの実践や意見を参考にしているはずで、解析の確度も日々向上しているように感じています」(相場氏)
情報モラル教育ではなく、デジタルシティズンシップ教育を推進
一方、「協働的な学び」の充実をめざす取組としては、GoogleWorkspaceや、授業支援システムのロイロノート・スクールの導入があげられる。こちらに関しては、新座市内のすべての児童生徒にChromebookが行き渡り、学校のLAN工事も完了した2021年4月から、少しずつ活用が広がっているという。
2020年度まで、自身も現場で担任を務めていたという相場氏は、つい先日、ある小学校で低学年の児童がChromebookで写真を撮影し、ロイロノートを使って課題のスライドを作成している様子を見て、信じられない光景だと感じたそうだ。
「2018年頃と記憶していますが、当時まだ学校で担任をしていた私は、夏季教職員全体研修会の会場でデモ展示されていたChromebookやQubenaに触れているんです。今でもよく覚えているのは、そのとき経済産業省教育産業室長の浅野大介さんが講演で『いつかタブレットは子どもたちの文房具になる』という話をされたこと。私はそれを『さすがにそんなことにはならないでしょう』と心の中で思いながら聞いていましたが、わずか4年でここまで変化したのかと、正直、驚きました」
ちなみに、デバイスや各アプリケーションの活用を促すにあたっては、当初、細かいルールやマニュアルを策定しなければトラブルが起こるのではないかという意見も少なくなかったそうだが、そうすると、たとえ授業改善がうまく進んでも、決まりがなければ何もできない子どもを育てることになるという判断から、策定は思いとどまったという。
「私自身もそうですが、現場で実際にデバイスやアプリケーションを使ったことがない人間が作るルールやマニュアルが、教員や子どもたちにとって最良のものになるわけがないので、良い判断だったと思います」(相場氏)
新座市では、この頃より「デジタルシティズンシップ」という言葉がよく使われるようになったという。これは、「テクノロジーに関する倫理的・文化的・社会的問題を理解し、責任をもって、かつポジティブにそれを利用するための規範」を指すもので、日本で独自に発達したといわれる「情報モラル」とは対極に位置する考え方だ。この、他律ではなく自律を促すという判断も、同市で、授業のICT活用が順調に広がっている要因の一つといえるだろう。
「個別最適な学びとの一体的な充実というとまだまだ手探りなところもありますが、ある学校では、5年生のクラスが大分県の漁師さんの協力のもと遠隔授業を実施し、授業前に漁師さんから子どもたちに送られた魚を活用しての授業は大変充実したものとなったそうです。また別の学校では中学3年生のクラスが、アメリカのご家庭とオンラインでつないで、インタビュー形式の英会話を体験するなど、多様な他者との協働的な学習も少しずつ実現に向かっていると感じています。このような遠隔地との交流を取り入れた授業も、情報モラルにのっとり、管理主義的な端末の運用をしていたら生まれていなかったでしょう」(相場氏)
「にいざGIGAスクールNEXT5.0」で、目的地を明示
従来は「自分で学ぶ」「自由に学ぶ」といっても実際の選択肢は教師が与えるか、設定するか、友達に聞くか、自分で教科書を調べるか…程度だったのが、今はインターネットで無尽蔵に検索することができ、ロイロノートで意見交換することもできるようになった。学びへのアプローチはこの2年間で格段に広がっており、それに気づいた教員たちが積極的に授業改善に取り組んでいるというのが、今の新座市の状況だ。
そうした中で改めて、「1から10まで教えてしまう教員」と「ヒントを与えるにとどめ、子どもの自主性を促す教員」、それぞれが子どもたちに与える影響に大きな差が生じ始めているのではないかと2人は感じているという。
「動画コンテンツをYouTubeで見たり、Netflixで見たりと、見たいときに見たいものが見られるようになった現代では、一方的に知識を与えられるだけの授業に子どもたちも違和感を抱くようになってきたのではないか。そうだとすると、1から10まですべて教える一斉授業というのは、やはり現代の社会に合っていないと考えるのが自然ではないかと思うようになりました」(相場氏)
「こうした『変革』にまだ躊躇している教員たちに、今、我々ができることは何かというと、学びにおいて教員に求められていることを再確認する、つまりこれからの教員の役割は、授業における視点のズレに気づいたときに修正したり、子どもが行き詰まっているときに修正のきっかけを与えたりすることだと、改めて伝えていくことが大事なのだと思います」(吉田氏)
そして制作されたのが、今まで漠然と掲げてきた挑戦の目的地(Moon Shot)を明らかにした「にいざGIGAスクールNEXT5.0」だ。
「今、市が一丸となって、ICTを活用した授業改善を実現しようとしているのは、子どもたちがこれからの時代を生きていく上で必要な力を養うためであり、いよいよ意識改革をするときが来たということを、より一層しっかりと発信していきたいと考えています」(相場氏)
今後は一つ一つの意味やねらいを考えるフェーズに
最後に改めてお2人に、今もっとも難しさを感じていることについて伺った。
「今までも、おそらく教員の工夫の中で、個に応じた指導や協働的な学びというのは行われてきており、それが1人1台の端末やアプリケーションなどが導入されたことで加速したというのが現状だと思います。しかしよく見ていくと、指導は個別化しているけれど子どもたちにとっての個別最適な学びにはなっていない、あるいは協働的な学びは意識されているけれど、個に応じた配慮が十分にはなされていない、といった具合に、一体的な充実をどう実現していくかについては、まだ我々も答えをもっておらず頭を悩ませています。一つ一つの実践をもう少し細かいところまで精査し、うまくいっている事例の核には何があって、逆に足りていないものは何なのかが分かってくれば解決策も見えてくると思うので、今後はそのあたりにも注力していきたいと考えています」(相場氏)
「難しさとは違いますが、これまでにない新しい学びが展開されている中、『自分で学ぶ』『自由に学ぶ』の中でも、『君はこういうことができるようになった』ときちんと評価することが必要だと思っています。そのためには、以前から言われている指導と評価の一体化や授業のデザインも、改めて問われるようになると考えています。また、目的地(Moon Shot)が明示されても、自分たちが本当にそこへ向かっているのか、不安を感じている学校や教員はまだまだ多いと思います。良い実践をこれからも続けていくために我々にできることは、学校訪問をした際などに、指導というよりもむしろよき伴走者となって、積極的に取組を評価したり、相談に乗ったりするということだと考えています」(吉田氏)
取材・文/石川 遍
この記事は、連続企画「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の充実をめざす学校経営と授業改善計画」の8回目です。記事一覧はこちら