「ネットいじめ」を考える〜成城学園初等学校・秋山貴俊先生のデジタル・シティズンシップ教育実践
GIGAスクール構想で1人1台端末の普及が進んだ教育現場では、デジタルツールやインターネットの利用で起きるトラブルへの対応が課題になっています。デジタルの危険性を教えることは必要でも、そればかり強調して子供たちを管理することには疑問を感じる先生たちの間で、今注目されているのがデジタル・シティズンシップ教育です。
成城学園初等学校の秋山貴俊先生は、デジタル社会でよりよい市民となることを目指すこの教育に共感し、導入。2022年度からは、幼稚園・初等学校・中学校高等学校一貫での取り組みを推進しています。秋山先生のデジタル・シティズンシップ教育の実践について、詳しくお話を聞きました。
秋山貴俊 (あきやま・たかとし) 成城学園初等学校教諭。文教大学教育学部卒業。株式会社帝国データバンク、西武学園文理小学校を経て、現在、成城学園初等学校教諭。日本スクールコーチ協会認定スクールコーチ、日本デジタル・シティズンシップ教育研究会専門委員。編著に『ゼロから学べるオンライン学習』(明治図書出版)、『誰でもできる!オンライン学級のつくり方』(東洋館出版社)がある。
目次
デジタル・シティズンシップ教育でデジタルを活用する力を身につける
現在、私の5年生のクラスでは、ICT活用の実証実験を行っていることもあり、子供たちは、iPadとChromebookの1人2台体制で学習しています。学習に使うことが前提ですが、授業中も休み時間も、自宅での学習でも、子供たちは自分の判断で自由にタブレットとPCを使っています。
ただ、自由に使わせていると、長時間の利用、調べ学習でのコピペ、そしてチャットでのトラブルといった問題も発生します。そんなときどう対処したらいいのか、これからずっとデジタル社会で生きていく子供たちをルールで縛ったり、SNSから引き離したりすることはしたくない。悩んでいたとき出会ったのが、デジタル・シティズンシップ教育でした。
私はデジタル・シティズンシップ教育を、デジタル社会でよりよく生きるための教育だと理解しています。情報モラル教育と違うのは、子供たちが自ら考えながら、デジタルを活用するための能力や行動規範を身につけることを目標としていることです。子供たちが安心して失敗できる環境で学び、ルールを押し付けられるのではなく、大人と相談しながら自分の行動を考えるという点に、私はとても共感しています。
2022年度に成城学園で幼・初・中高一貫のデジタル・シティズンシップ教育を導入するにあたり参考にしたのは、アメリカのCommon Sense Educationという団体のカリキュラムです。幼稚園から高校3年生までの教材が揃っていて、教員研修用の動画や保護者向けの資料も用意されています。これを翻訳して当校の子供たち向けにアレンジしながら使っています。
Common Sense Educationのカリキュラムは、どの学年も、以下の6つのトピックについて、年間6回の授業で学ぶように作られています。
- メディアバランスとウェルビーング
- プライバシーとセキュリティ
- デジタル足跡とアイデンティティ
- 対人関係とコミュニケーション
- ネットいじめ、オンラインのもめ事、ヘイトスピーチ
- ニュースとメディアリテラシー
2022年度は、このカリキュラムの実験的な実施や、教員向けの研修、保護者向けの説明などを重点的に行ってきました。
「ネットいじめ」とは何か、みんなで話し合って理解を深める
私のクラスで行ったのは、「ネットいじめ」について子供たちと考える授業です。Common Sense Educationのカリキュラムをもとに作られた『デジタル・シティズンシップ プラス』(大月書店)の指導案を、さらに私のクラス用にアレンジして45 分のレッスンプランを作りました。その授業の様子を少し詳しくご紹介します。
デジタル・シティズンシップ教育の授業は、子供たちの話し合いを中心に進めます。そのため、誰もが発言しやすい環境を作り、子供たちの意見はどんなものでも大切に受け止めることを心がけています。「ネットいじめ」の授業は、教室ではなく、オープンなスペースで輪になって行いました。マイクを使って話し手と聞き手を分け、聞くことの重要性を繰り返し伝えるなど、いろいろ工夫しました。
授業は、
- 言葉の定義 「ネットいじめとは?」
- 事例から考える
- 行動指針を作る
という流れで行います。
最初に普通のいじめとネットいじめの違いは何か、思いついたことを言ってもらいます。子供たちからは、「保護者や先生が気付きにくい」「名前も顔もわからない人からいじめられることもある」「一度世に出たら世界中の人に知られてしまう」「ネットいじめはデータがずっと消えずに残る」などの意見が出ました。子供たちは、ネットいじめについて思いの外よく知っていて、危機感も持っていることがわかりました。
ここで、改めてネットいじめの定義、すなわち「デジタル機器やサイト、アプリを使って相手をおどしたり動揺させたりすること」をみんなで確認し、あらかじめ用意していたプリントを配付して、ネットいじめとは何か、話し合ったことを書きました。この時、「ネットいじめは絶対ゆるされない」という一文も、追加してもらいました。
いろいろな立場の人の気持ちを、自分のことのように想像する
次に、「ネットいじめ」の事例から考えます。事例は、私が考えたストーリーを使いました。
「カコ」という女の子が、「みらい」というクラスメイトの悪口をネットゲームのチャットに書き込みます。「友美」は「カコ」に同調して自分もチャットに悪口を書きます。「千夏」は自分では悪口を書かずにチャットで起きていることを「みらい」に教えます。それを知った「みらい」は涙を流し、休み時間は図書館で、1人で過ごすようになります。
この授業を受けている子供たちも、このクラスのメンバーで、「千夏」の家に遊びに行って、チャットに書かれた悪口を見せられた、と想定しました。
この話を読んだ後に行うのは、「共感」、すなわち「誰かが経験していることを自分のことのように想像する」プロセスです。子供たちは、まずいじめを受けた「みらい」の気持ちについて、そして、いじめている「カコ」、同調した「友美」、傍観している「千夏」、それぞれがどんな気持ちだったのか、ペアで話し合って考えました。
また、もし自分がこのクラスのメンバーだったらどう行動するかも話してもらいました。「悪口を書いている2人にやめるように説得する」「千夏にはクラスメイトに話さずに先生に話すように言う」「みんなを集めて先生と一緒に話す」などの意見が出ました。自分も同じ意見だ、あるいは自分はそうは思わないなど、子供たちからはいろんな反応がありました。自分で考えたことは、プリントに書き込んでおきます。
アップスタンダーとして、自分はどう行動するのかを考える
最後のステップは行動指針をつくることです。まず「なぜネットいじめを止めることはむずかしいのか」、そして、「いじめと立ち向かうためにどんな行動をとるか」を話し合いますが、その際、考えるきっかけになるように、「バイスタンダー」「アップスタンダー」という言葉を紹介します。
「バイスタンダー」は、「いじめやネットいじめの様子をただ見ているだけで、それらを止めるような事を何もしない人」のことです。これに対して、「アップスタンダー」は、「誰かを支え、立ち上がる人」です。今回のストーリーなら、「みらい」を励ますために一緒に図書館で本を読むだけでもいいし、信頼できる大人に相談する、仲裁するといったことがアップスタンダーの行動であることを伝えました。
そして、勇気を出せずに困った時の3つの行動ステップ
- 一回立ち止まる
- 気持ちを落ち着かせて何をしたらいいか考える
- どうしたらいいかわからなかったら頼れる大人に相談する
も子供たちに紹介します。
授業の最後に、「君は、いじめに立ち向かうアップスタンダー。今日からどんな行動を取りますか?」という問いへの答えを一人一人に書いてもらいました。子供たちは、「悲しんでいる人がいたら、積極的に話しかける」「ネットいじめを見つけたら、先生に言う」「ユーザー名をメモする・スクショを撮る」といった具体的な行動を考えることができました。 そして、おうちのひとに感想を書いてきてもらうという宿題も出します。保護者も一緒に考えることが、この授業の大事なポイントです。「デジタル・シティズンシップ プラス」のレッスンプランには、保護者に授業内容を説明するためのテンプレートが用意されているので、それを編集して授業の様子を伝えることができます。
子供も大人も一緒に学び、よりよいデジタル市民を目指す
デジタル・シティズンシップ教育を導入したからといって、すぐにトラブルがなくなるわけではありません。それでも、禁止することではなく、対話の中で適切な利用について子供たちと考え続けることが大切です。
チャットで、ある児童が投稿した画像について、別の児童が「公共の場に、この画像をアップするのは、ふさわしくないのでは」と言い、相手の子が「ごめんなさい。削除します」と返している姿などがみられました。チャットでの発言が公共の場での発言であると意識するようになったのは、デジタル・シティズンシップ教育の成果だと思っています。
今後は、Common Sense Educationの6つのトピックからいくつか選んで、学校やクラスの状況に応じて、複数のカリキュラムの実施を検討しています。将来的には、6つのトピックで大切にしていることを網羅できるような、独自のカリキュラムをつくりたいと思っています。
デジタル・シティズンシップ教育に関心のある先生には、まず、Common Sense Educationの教材やSTEAMライブラリーのデジタル・シティズンシップ教育の教材を見ることをお勧めします。また、『デジタル・シティズンシップ:コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』(大月書店)や、『デジタル・シティズンシップ プラス』(大月書店)、そして、日本デジタル・シティズンシップ教育研究会もチェックしてみてください。
インターネットやデジタル機器をよりよく使うために、子供も大人も一緒に学び、話し合いながら、よいデジタル市民を目指すこと。今それがとても重要であると感じています。
取材・執筆/石田早苗
教育現場でICT活用を実践している先生や学生たちが、その実践事例やノウハウをプレゼンテーション形式で紹介するYouTubeチャンネル「iTeachers TV 〜教育ICTの実践者たち〜」はこちら → https://www.youtube.com/iteacherstv