「学びのユニバーサルデザイン」と「個別最適な学び」【連続企画「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画 #01】
特別支援学級の担任教諭を経て、現在は東京学芸大学教職大学院准教授を務める増田謙太郎氏に、特別支援教育の立場から「学びのユニバーサルデザイン」と「個別最適な学び」の実践における教師の心構えについて伺った。
増田謙太郎(ますだ・けんたろう)
東京学芸大学教職大学院准教授。東京都出身。東京都公立小学校教諭(特別支援学級担任)、東京都北区教育委員会指導主事を経て、2018年4月より現職。専門はインクルーシブ教育、特別支援教育。著書に「『特別の教科 道徳』のユニバーサルデザイン 授業づくりをチェンジする15のポイント」(明治図書出版、2018年)、「学びのユニバーサルデザインUDLと個別最適な学び」(明治図書出版、2022年)などがある。
この記事は、連続企画「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の充実をめざす学校経営と授業改善計画」の1回目です。記事一覧はこちら
目次
「学びのユニバーサルデザイン」と「個別最適な学び」の共通点
「学びのユニバーサルデザイン」(以下「UDL」)の大きな特徴となるのが、「オプション」という考え方です。「みんなでこれをやりましょう」というような画一的な指導ではなく、代替手段をあらかじめ授業の中で設定しておくことで、助かる子どもがいるという考えです。特別支援教育の立場から言うと、画一的な授業と特別支援教育は非常に相性が悪い。学び方の選択肢がいくつかあり、クラスの中で一人一人の子どもの選択が認められるようになっていけば、特別支援教育の充実や、合理的配慮の提供にもつながっていきます。UDLはイコール特別支援教育のことではなく、すべての子どもたちを対象としていますが、特別支援教育に有効な方策であることは確かです。画一的・一律的な授業をどう解体していくか。そのカギとなるのがUDLなのです。
UDLと「個別最適な学び」の関係を厳密に言うと、UDLは個別最適な学びにおける「指導の個別化」と「学習の個性化」のうち、「指導の個別化」にあたるといえるでしょう。ただ、両者の考え方は非常に酷似しており、ほとんど同じといってよいと思います。シンプルに言うと、どちらも「教師が認める」という考え方です。例えば、ある子どもが「紙と鉛筆は使うのが難しいからタブレットを使いたい」と言ったときに、教師がこれを認められるかどうか。UDLと個別最適な学びは子どもが主体となる考え方のため、「教師がタブレットを『与える』」という発想ではなく、「子どもがタブレットを使いたいと言ったときにそれを『認める』」という発想なわけです。
特別支援教育が現場に浸透して15年ほどが経ちますが、ただでさえ教師の多忙化が問題視されている中、様々な個性をもつ児童生徒たち一人一人に応じた授業をしなければならない状況となり、現場からの悲鳴が聞こえてきます。教師がすべてお膳立てをする「与える」授業だと、教師が忙しくなる一方で、子どもは口を開けて待っている、いわゆるお客様状態になってしまいます。そこで、発想の転換として個別最適な学びやUDLの「認める」という発想が役に立ちます。
「認める」には教師の専門性が要求される
ただ、この「認める」行為には、教師の高度な専門性が要求されます。例として、算数・数学の授業で考えてみましょう。算数のテストで、計算が苦手な児童が「電卓を使いたい」と言ったときに、それを認められるでしょうか。これを判断するのはとても難しいのですが、例えば、図形の面積を求めるテストであれば使ってもよいと考える教師は多いです。なぜかというと、そのテストは計算力より図形の面積を求めることがねらいだからです。一方で、計算力を試すテストでは電卓の使用は認めにくいですよね。このように、その授業や活動のねらいは何なのかを判断する力をもって、認める・認めないラインを見極めていく専門性を、現役教師の方には高めていってほしいと思います。
冒頭にUDLの特徴として挙げた「オプション」は、教師が「認める」ことによって生まれますが、これには2つの方法があると考えています。一つは「最初から選べる型」。最初から学び方の選択肢aとbを提示し、子どもが選ぶ方法です。例えば、作文をするときに最初から紙と鉛筆で書くか、タブレットで打ち込むかを選べるというようなことです。もう一つは、私は「スタンダードとオプション型」と呼んでいるのですが、基本は皆が紙と鉛筆を使うけれど、それが難しい子どもにはタブレットの使用を認めるということです。両者は少しニュアンスが異なりますよね。どちらの方法を教師が選択するかは授業によっても変わりますが、今の日本の学校の授業には後者の「スタンダードとオプション型」が合っているのではないかと思います。最初から選べる式だと、選ぶことに慣れていない子どもは戸惑いますし、教師にとっても、2つの選択肢を最初から提示しておくための下準備の負担が増えるためです。
学びのユニバーサルデザインにおける「オプション」
①最初から選べる型
最初から選択肢aとbを提示し、子どもが選ぶ
(例 a…紙と鉛筆を使って書く b…タブレットで入力する)
②スタンダードとオプション型
基本は皆a、それが難しい子どもにはbを認める
「学習の個性化」において情報社会は便利な一方、「精選」も必要
個別最適な学びの「学習の個性化」を発揮できる主な場としては、総合的な学習の時間が挙げられます。基本的には児童生徒全員が同じテーマを学習する中でも、一人一人のやりたいことを選べるような活動が重要になります。大きなテーマが「ボランティア」だとすると、その中から高齢者福祉や障害者福祉などの主題を、児童生徒個々の興味に応じて選べるようなイメージです。その点、今の情報社会はとても便利で、タブレットで「ボランティア」と検索するとたくさんの情報が出てきますので、その中から子どもが興味のあるものを選ぶことができます。
ただその反面、情報がありすぎるがゆえに選べない難しさもあると思います。そのため、「情報を絞る」という考え方も大切になってきます。子ども自身で選ぶことが難しければ、教師が2択まで絞ってあげる。この点でいうと、図工科も密接に関わってきます。12色の絵具から選択するのにつまずく子もたくさんいるので、そういう子には教師が2色に絞ってあげる。学習指導要領にも記載がある、情報の「精選」が一つのポイントになってくるのではないかと思います。
現場でのUDL実践を通して見えてきた変化と新たな課題
私が一緒に授業研究に取り組んでいるある公立小学校では、3年かけてUDLが定着してきました。当初と大きく変わったのは、一人で取り組んでもいいしグループで取り組んでもいい、立ち歩いてもいいし座ってじっくりやってもいいよというように、許可の幅が広がってきたということ。教材の選択よりももっと初歩のレベルからスタートするのもUDLの特徴です。ADHDの子の中にはずっと座っているのが苦手な子もいますから、授業で立ち歩いてもよいと認めてもらえると楽になります。ただ、書写の授業などでそれらすべてを許可すると大変なことになりますから、場面の見極めは必要です。
この授業改善によって、学力の低い層の子どもたちは救えるようになってきました。次の課題は、学力の高い層の子どもの支援です。周りよりもできる子、いわゆる「できこぼれ」の子は、今までは支援を後回しにされてきました。その点、UDLや個別最適な学びは、できる子もすべてターゲットにする考え方です。すでに現場で実践されている先生もいると思いますが、早くできた子には他のことをやってもいいよ、と認めるなどの対応が必要になってきます。
個別最適な学びと協働的な学びの一体化は、跳び箱の授業のイメージ
特別支援教育は、「個に応じた指導」が昔から進められるなど、もともと個別性が高い分野でした。極端に考えると、一人一人に合ったプログラムを用意して実践するというようなことです。しかし、それだと家庭教師と何ら変わりありません。友達や仲間と協働的に学べる学校の場を利用しない手はないですし、今の社会では他者との協働が大切とされていますから、特別支援教育でも協働の発想が必要です。
「協働的な学び」というと4、5名のグループ活動をイメージされる方もいるかもしれませんが、私は2人から成立すると考えています。ペアでよいとなると、協働的な学びの実践のハードルを低く感じませんか。例えば、6年生が1年生とペアになって学校のことを教えてあげる活動も、まさに協働的な学びです。6年生は、どうやったら1年生が安心して教室まで行けるかを考えて手をつないであげたり、階段をゆっくり登ったりすることが学びになるわけです。1年生も、何か困ったことがあれば誰かが助けてくれることを体験によって知ることが学びになります。
個別最適な学びと協働的な学びを共に進めていく方法については、体育の跳び箱の授業をイメージするとわかりやすいでしょう。自分の練習しやすい高さの跳び箱を選ぶ、これが個別最適な学びです。また、跳び箱を倉庫から出すときに、運ぶ子や指示を出す子、交通整理のようなことをする子など、それぞれの役割分担をして跳び箱をセットすることで、安全な運び方を学びます。これが協働的な学びにあたります。さらに、友達が跳ぶところを見てアドバイスしたり、動画を撮ってあげたりするのも協働的な学びです。この跳び箱の授業を他の授業にも応用していくのが、個別最適な学びと協働的な学びを共に進めていく授業づくりの考え方になると思います。
跳び箱の授業における個別最適な学びと協働的な学び
①自分の練習しやすい高さの跳び箱を選ぶ → 個別最適な学び
②役割分担をして跳び箱の準備をする → 協働的な学び
③他の児童が跳ぶ様子を見てアドバイスする → 協働的な学び
言葉や枠にとらわれない。「子どものため」を忘れない
UDLも個別最適な学びも、小学校6年間を通じて徐々に実現していくという長い道筋で考えてほしいと思います。小学校に入学したばかりの子どもが自ら学び方を選ぶのは難しいので、まず低学年のうちはいろいろな学び方を体験させてあげる。紙に鉛筆で書いてみたり、パソコンで入力してみたりするなどの体験から、自分のやりやすい方法や、場面に応じた学び方が徐々に分かってきます。その後、中学年、高学年に進級するにつれ、自ら学び方を選択するようになるという道筋をつけていきます。そのために、6年間を通した計画のための研究を行うとよいでしょう。
先生方の中には、「このやり方だとUDLになる」や、「このやり方は個別最適な学びではない」など、正解を探そうとしている方もいるのではないでしょうか。もちろんその考え方にも正しい面はありますが、私は、その言葉にこだわるよりも、最終的に自分の授業でたくさんの子が学びやすくなっていればよいのだと思います。ここまでUDLや個別最適な学びについてお話してきましたが、それらは子どもたちのために使った方がよいアイディアくらいに捉えていただきたい。「子どものため」。これを見失わないようにしてほしいと思います。
そもそも、UDLはアメリカのロナルド・メイス氏が1980年代に提唱した「ユニバーサルデザイン」を基にしていることに立ち返るとよいかもしれません。ユニバーサルデザインの7原則のうち、UDLは原則2に当てはまります。
【原則2】利用における柔軟性
幅広い人たちの好みや能力に有効であるようデザインする。
柔軟な授業づくりというのが、UDLがユニバーサルデザインたるゆえんだと思います。今の学校ではいろいろな子どもがいるという前提で授業を作ったり学級経営したりすることは避けて通れませんから、柔軟性をもって取り組むことが合理的ともいえます。枠にとらわれすぎず、柔軟な教師になっていただきたいと思います。
「主体的・対話的で深い学び」「資質・能力」「個別最適な学び」などの言葉と定義が次々と文部科学省から提示されていますが、現場の先生方が知りたいのは具体的な方法です。そのため私が訪問した学校では、具体的でミクロな、すぐにできそうなことからお伝えするようにしています。「こんなことでいいんだ」と先生方が感じるような、低いステップから授業改善ができることがいちばんだと考えています。これは、私が専門とする特別支援教育の「スモールステップ」の考えが染みついているからでしょう。
今後も、自分は学校の先生だというポリシーを胸に、児童生徒の学びをうまく押し上げるようなサポートを続けていきたいです。
取材・文/橋本亜也加(カラビナ)
この記事は、連続企画「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の充実をめざす学校経営と授業改善計画」の1回目です。記事一覧はこちら