「親ガチャ」とは?【知っておきたい教育用語】
2021年の流行語大賞にノミネートされ(「現代用語の基礎知識」選 新語・流行語大賞)、「大辞泉が選ぶ新語大賞」では大賞となり、注目を集めた「親ガチャ」という言葉。「○○ガチャ」という表現は、ネットゲームなどでキャラクターを抽選する「ガチャ」に例えた言葉です(実用日本語辞典)。「親ガチャ」という言葉が何を例えているのか、教育問題とどのような関係があるのか見ていきましょう。
執筆/創価大学大学院教職研究科教授・渡辺秀貴
目次
ゲームとしての「ガチャガチャ」
「ガチャ」の由来をネット上のゲームにあると紹介しましたが、さらにさかのぼれば、ゲームセンターや最近では駅のわずかなスペースなどにも置かれている「カプセル自動販売機」の商標「ガチャガチャ」からきたもので、こちらの方が認知度は高いかもしれません*1。コインを投入した後、ダイヤルを回すと、丸い透明な容器に入ったおもちゃなどが出てくる仕組みになっていて、そのときの音、感触が「ガチャガチャ」という感じなので、そう呼ばれています。
購入者は、ダイヤルを回して出てきた丸い容器を開けるまで、どんな商品を手にするかわかりません。つまり、購入者でありながら自身が望む商品を選ぶことができないということです。「当たり」の商品か「ハズレ」か、その中間か、そのワクワク感を味わうところに「ガチャガチャ」の醍醐味があるといえます。
*1「ガチャガチャ」は、株式会社バンダイの登録商標です。
「親ガチャ」は何を例えているか
さて、「親ガチャ」の主語は子どもです。子どもはどんな親のもとに生まれ、どのような家庭環境で育つかを選ぶことはできません。恵まれた環境に生まれ育つか、そうでない環境か、運任せのようなものとして揶揄するあるいは自嘲するときに「親ガチャ」という言葉が用いられるようです。たしかに、親の学歴や経済力が家庭環境や学習環境に影響し、子どもの将来の在り方を左右することはあるでしょう。
しかし、「親ガチャだから…」と言ってしまったら家庭や学校での教育は意味のないものになってしまいます。そこには「ガチャガチャ」のようなワクワク感など微塵もありません。自らの人生を諦め、せせら笑うかのような、刹那的で無力感の雰囲気を漂わせるこの言葉が若者の間で流行すること自体が問題視されています。
「親ガチャ」の背景にある問題への指摘
ゲームの場合、何度も挑戦したりリセットしたりすることが可能ですが、「親ガチャ」は1度きりです。子どもは親を選ぶことができず、この世に生まれた時点で将来の大体は決まっていると自らの人生を捉える「宿命的な人生観」がそこにあります。SNSの普及によって他人の私生活が可視化され、格差感覚を刺激したことがこの言葉の普及に影響していて、ネット社会における大きな不安感の増大があると言われています(池田,2022)。
また、子どもに「親ガチャ」と言わせるような社会の状況を「ペアレントクラシー」(親の影響力がきわめて強い社会)と形容し、社会階層の固定化と公教育の関係を注視して、子どもや保護者、学校や教育行政が抱える問題の克服が必要だという指摘もあります(志水, 2022)。志水宏吉氏の書籍では、「ペアレントクラシー」は、イギリスの教育社会学者、フィリップ・ブラウンが1990年に発表した論文で用いた言葉として、「家庭の富(wealth)と親の願望(wishes)が子供の将来や人生に大きな影響を及ぼす社会のこと」と紹介されています。
一方で、行動遺伝学の立場から、知的能力や学力などは、子ども自身の意志ではどうしようもない、遺伝と家庭環境の両方の足し合わせで決まり、その割合は8割から9割あるという主張もあります。自分の意志や教育、政策でコントロールできるのは、1割から2割ということになると言います(安藤,2022)。
「子供の7人に1人は貧困家庭」という問題
家庭の経済格差が子どもの将来を大きく左右することを踏まえ、内閣府が調査した結果を分析したものとして、「日本の子どもの7人に1人は(相対的な)貧困」であるという報告があります。小学校の1クラスに35人の子どもがいた場合、5人が貧困家庭ということになります。「この日本で?」と驚く数字です。
厚生労働省を中心に、「貧困の連鎖」の防止策として「子どもの学習・生活支援事業」が展開されています。(「子どもの貧困への対応について」厚生労働省,2022)。その対策の内容を見ると、生活への経済的支援や補習などの学習支援、高等教育以上への進学支援などが盛り込まれています。つまり、子どもの相対的な貧困率が高くなっているため、生活や教育支援が必要であり、貧困の連鎖を防ぐことに国をあげて取り組んでいるということです。
「親ガチャ」という言葉が流行した背景には、単に自分の不運を自嘲的な会話の中で使う現代の若者の風潮があることにとどまらないようです。家庭の経済力と子どもの社会的地位・学歴とに強い相関関係が顕著になっていること、経済的に厳しい家庭に育つ子どもの割合が高くなっていること、そして、その立場に悩み苦しんでいる子どもや若者がいる現実があります。
令和元年6月には、「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が改正され、子どもの「現在」の生活等に向けても貧困対策を総合的に進めることが決まりましたが、その解決は容易ではないというのが日本の現状のようです。当面は、この法律に基づき、教育の機会均等が図られ、貧困の状況にある子どもが健やかに育つ環境整備が着実に進められることを願うばかりです。
▼参考資料
ユーキャン(ウェブサイト)「『現代用語の基礎知識』選 新語・流行語大賞」
Web実用日本語表現辞典(ウェブサイト)「親ガチャ」
東洋経済オンライン(ウェブサイト)「金持ちにはわからない『親ガチャ』の悲しさ残酷さ」
志水宏吉『ペアレントクラシー 『親格差時代』の衝撃』朝日新聞出版、2022年
池田清彦、土井隆義、その他『親ガチャという病』宝島社、2022年
安藤寿康『生まれが9割の世界をどう生きるか』SBクリエイティブ、2022年
内閣府(ウェブサイト)「令和3年 子供の生活状況調査の分析 報告書」2021年
厚生労働省(PDF)「子どもの貧困への対応について」2022年