リレー連載「一枚画像道徳」のススメ #30 東日本大震災|駒井康弘 先生(青森県公立小学校)
子供たちに1枚の画像を提示することから始まる15分程度の道徳授業をつくり、そのユニットをカリキュラム・マネジメントのハブとして機能させ、教科横断的な学びを促す……。そうした「一枚画像道徳」実践について、具体的な展開例を示しつつ提案する毎週公開のリレー連載。今週は駒井康弘先生のご執筆でお届けします。
執筆/青森県弘前市立堀越小学校教諭・駒井康弘
編集委員/北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和
目次
1 はじめに
1枚の写真のみで道徳を? ちょっと頭の中に疑問符が浮かんだというのが正直な私の感想でした。問題点が二つ頭の中をよぎります。
一つは、著作権の問題です。自分で写すのが一番ですが、経験のある方ならお分かりになると思いますが、そうそう簡単なことではありません。そもそもそうした場面を狙って生活しているわけではありませんので……。
もう一つは、あまりに陳腐な教材づくりに堕する可能性があること。道徳の教科書に掲載されている教材でも納得がいかないものがあります。
じつは手元にJR山手線で撮影した「なにこれ?」と感じるマナーの悪い場面をスマホで写した写真があったのですが、さすがにこれは陳腐だなあ、と思ってしまい、今回授業化するのはやめました(もったいぶっています)。
それを諦めた後で、悩みました。ずいぶんと悩みました。この写真を公開するかどうか。しかし、決断しました。入手したエピソードを子供に教えたかったから──それが決断した理由です。
2 「一枚画像道徳」の実践例
対象:小学6年生
主題名:自然への畏怖
内容項目:主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること
以下の写真を提示します。
今から写真を1枚だけ見せます。絶対に笑ったりふざけたりしないことを約束してください。(プロジェクターでホワイトボードに投影しました)
東日本大震災?
男子がつぶやきました。
その通りです。
発問1 この写真を見て、気付いたことや考えたことなどを発言してください。
車が!?
津波の後ですか?
はい。
物がめちゃくちゃに壊れています。
壊れた物が散乱しています。
怖いです。
人がいません。
津波ってこんなにひどいものなんですね
津波の映像を見たことがありますか?
(多数が挙手)
しかし、全員が挙手したわけではなく、とくに興味関心がない子もいることがよく分かりました。
説明1
じつは、みんなにこの写真を見せるかどうか、すごく迷いました。
でも、今、やはり見せてよかったと思いました。
なぜ迷ったか話します。
東日本大震災の被災地であるこの陸前高田市では、1000人以上の方が犠牲になっています。震災全体では2万人に届くほどの人がなくなっています。先生は、震災直後に担任していた子のお父さんから、この写真を含めて100枚ほどの画像データを貰いました。
「先生、どうか子供たちに現場を見せてやってください」と言われたのです。
その言葉に託された意味を考えて、見せなければいけないと思いました。
でも見せられなくなった事件がありました。仙台の近くの被災地に住む、小・中学校の同期に「この写真を使って授業をしなければ…」と話したら、「お前ふざけるな! なんのつもりだ!」と言われたのです。
当然です。その同期の人は、まともにその津波をその目で見、大地震の恐怖を直に味わい、知り合いを多くなくしていたのです。
そんなわけで、先生がこの写真をもらってから既に11年以上経過しました。
先生はその同期の言葉で震災を授業にできなくなってしまったのです。
発問2 なぜ、教え子のお父さんはこの写真を先生に託したのでしょうか。
震災のことを伝えてほしいと思ったからですか?
震災のひどさを知ってほしかったからですか?
それは間違いではないと思います。
説明2
○○君のお父さんも被災地に救助に行った元自衛官ですよね(クラスの男子児童の父親に元弘前駐屯地自衛官だった方がいらっしゃいます)。
○○君のお父さんはよく知っているはずです。なくなった方の無念、被災地の悲惨さをよく知っているはずです。
ですが、不幸なのはなくなった方々だけではありません。なくなった方の家族、親戚、そして、先生の同期のように、同僚や仲間、友達など、残された方々も悲しみに包まれて、辛い思いをしました。そして、その思いはずっと今も続いています。
そういう残された方々がたくさんいらっしゃることを忘れてはならないと思うのです。やりきれなさ、辛さを抱えながら生きている人が、数え切れないくらいいるはずです。6年生のみんななら想像できるはずです。
先生、戦争と同じだね。
そうだね。世界中の今生きている人たちは、過去に生きた人たちのいろいろな想像もできないほどに辛い思いや、どうしようもできない出来事を経て今に至っているのが現実です。そのことも含めて、みんなにこの事実を知ってほしいと思ったのです。
この後で、ノートに簡単な感想を書いてもらいました。
一部紹介します。
●すっごい被害があったことを知ってびっくりした。学校の3階まで津波の被害があって悲しい気持ちになった。
●写真を見ていろんなことが想像できた。先生が言った理由を納得できた。このできごとは受けつがれていくべきだと思う。今こうして生きていることに感謝してこれからの人生を歩んでいこうと思った。
●震災のときの状況をざっくりだけど家族に聞いたことがあった。でもよく分からないままだった。でも、写真を見たり話を聞いたりして、何となくだけど状況が少し分かった。震災が起こったときや被害にあった人、復興のことについて調べてみたい。
3 他教科等とのつながり
6年生は社会科で日本史のおおよそについて学習します。
縄文時代に始まり、弥生、奈良、平安、室町、鎌倉、江戸、明治・大正・昭和、現代社会まで駆け足です。人気は今も昔も変わらず「3人の武将」に代表される戦国時代や明治維新などです。その間に教科書には掲載されていない、様々な出来事があったはずです。
今回扱った「東日本大震災」だけでなく、命が危険にさらされたり、命が奪われたりした災害は過去に数えきれないほどありました。
地震、地震による津波、台風、大雨による洪水や土砂災害、火山の噴火、などなど挙げればきりがないほどに人間は自然災害に苦しめられてきました。
それでも、幾多の困難を乗り越えて、悲しみに耐えながら生き延び、生き続けてきたのです。人知を超えた自然災害と対峙し続けて生き延びてきた先人の悲しみと強さを知らぬままでは成人になれない、私はそう思います。
知っておくべきことです。これらの知識は、教科を問いません。
最後の子供の感想に書かれているように、事実を知り、今後の人生に生かすために、もう少し社会科や総合的な学習で震災復興の現状を調査することにも価値があると思います。
4 おわりに
現在担任している6年生は、11歳か12歳です。
つまり、震災が起きた2011年3月11日にはまだ赤ん坊です。
3月末に生まれた子は「私まだ生まれてない」と言っていました。
目の前にいる児童たちは「東日本大震災を知らない」と言ってよいでしょう。
今回、短時間ではありましたが、1枚の写真を見せ、その写真にまつわるエピソード、そして、語った私の実感は、ほんの少しかもしれませんが、子供たちの心に届いたのではないかと思います。
私自身は直接被害には遭っていません。けれど、子供たちの反応を目の当たりにし、この事実を語り継いでいかなければならないのだという思いを強くしました。
今後の連載予定
第31回 守康 幸(宮城県・宮城教育大学附属中学校)
第32回 飯村友和(千葉県・八千代市立高津小学校)
第33回 紺野 悟(埼玉県・戸田市立戸田第一小学校)
第34回 鈴木優太(宮城県・公立小学校)
第35回 肥後漱一郎(埼玉県・戸田市立笹目東小学校)
第36回 吉川裕子(京都府・立命館小学校)
第37回 永井健太(大阪府・大阪市立明治小学校)
第38回 櫻井里佳(北海道・旭川市立知新小学校)
第39回 有我良介(北海道・函館市立桔梗小学校)
第40回 山崎克洋(神奈川県・小田原市立足柄小学校)
第41回以降も豪華執筆陣が続々と執筆中です。
<リレー連載>明日の授業に生きる! 「一枚画像道徳」のススメ ほかの回もチェック⇒
第1回 日本最古の観覧車
第2回 モノに宿る家族の「幸せ」
第3回 それっていいの?
第4回 このトイレ使ってみたい?
第5回 「命の重さ」は
第6回 「快」のコミュニケーションができる子供たちに
第7回 未来と今をつなぐ橋を架ける一枚画~『もの』『こと』『ひと』をみる目を深める~
第8回 「一枚画像道徳」を読み解く
第9回 地域の魅力、知ってる?
第10回 あえて「分かりにくい」写真で
第11回 なにが見える?
第12回 地域の課題の受けとめ方
第13回 函館港まつりに込められた想い
第14回 デザインの定義
第15回 「生きた文化財」~在来作物の声が聞こえる~
第16回 町名の由来
第17回 百年の桜
第18回 わんこそば
第19回 みんなの場所で
第20回 美しい建物の街~弘前
第21回 1枚で3通りの活用 ~西郷瀞のブランコ~
第22回 外国の靴屋さん
第23回 象には絶対に乗らない
第24回 誰かの便利は、誰かの不便
第25回 美しさの見つけ方
第26回 祇園の夜桜
第27回 私たちにできること
第28回 テニスボールに込められた思い
第29回 学びの「値段」