校長を巻き込んでオールスクールに!【前特別支援教育調査官・田中裕一さんインタビュー②】
前文部科学省特別支援教育調査官である田中裕一さんに発達障害の支援についてをお伺いしたインタビューの2回目です。今回は、発達障害の学びを保障するために何が必要なのかをわかりやすくお届けします。単行本【通常学級の発達障害児の「学び」を、どう保障するか~学校・家庭・福祉のトライアングル・プロジェクト〜】の上梓を記念して3回に分けて紹介します。
※1回目記事【通常学級の発達障害児の「学び」を、どう保障するか】はこちらから
発達障害児のために、法律が、行政が進化。望まれる学校の対応とは
――通常学級における発達障害の学びを保障するためには何が必要だと思われますか。
田中 一番重要なのは本人の声を聞くことです。しかし、本人の声を聞くときには、難しさがあります。正直に答えてくれる子もいるし、正直に答えない子もいます。また、正直に答えていても、私たち大人が理解できない場合があります。自分の感じたことをうまく言葉で伝えられない場合も考えられます。丁寧に聞き、大人の想像力を働かせ、確認する、試せるなら試してみることが必要です。
試すということは、子どものその場を支援することだけでは終わりません。いろいろなことを試すことによって、さまざまな方法を知ることができ、その子が大人になったときに、仕事がやりやすくなる方法を選べることにもつながるのです。
例えば、上司から言われたことを「メモするとうまく聞き取れなくなるので、録音してもよいですか」と言うことができる大人になるのです。子どものときの経験が大人になったときに、社会参加や自立を支えることにつながります。
合理的配慮も同じです。合理的配慮を話し合う建設的対話するのは、自分を理解するプロセスだと思います。社会に出たときに、自分でできる工夫は自分でしたらよいし、周りに頼まないといけないことは頼むようにします。それを自分でわかることが大切です。学校に通う間での失敗はリカバーして成長につながりますが、社会人になってから失敗すると致命的になる場合もあります。試行錯誤を繰り返すことで自立、社会参加につながると思います。
――この数年で発達障害のある子どもへの法律やルールは、どのように変わったのでしょうか。
田中 一番関係するのは発達障害者支援法の改正です。当初できた発達障害支援法は専門家を増やし、専門家が支援していこうという考え方なのです。
改正されて何が変わったか、私は大きく2点を挙げることができます。1つ目は簡単に言うと「関わる人みんなが発達障害のことを知りましょう」ということです。それこそ全国民だと思います。そこが一番大きな変化です。教育も、福祉も、医療も、関わる人がみんな知っておくということが大切です。2つ目は、異業種が手をつなぎやすいようになったと思います。
例えば、文科科学省の予算で、初めて福祉側の行政が手を挙げてもよいようなモデル事業もスタートしました。福祉側が教育を巻き込んで実践することができるのです。これまではなかった試みです。本に書かせていただいていますが、教育と福祉の重なり合うための法律改正もありました。
――学校の先生は、どのようなことをすればよいのでしょうか。
田中 法律やルールなどに変化があり、最新情報を知っておく必要があります。授業技術や学級経営と共にいろいろな情報もリバイスしていく必要があります。今日、私が話をしていることも古いことかもしれません。先生は、子どもたちに関わるルールや法律の動きに敏感であることが重要だと思います。
まずは最新情報を知る。そして、授業等にフィッティングすることが大切です。そして、先生は教育の専門家です。やるべきことの範疇を知って、それを行い、範疇以外のことを別の専門家につなげることが大事だと思います。
――田中先生が全国をまわられていて、印象深い支援を教えてください。
田中 学校現場は本当によく頑張っており、よい実践など印象深いことは多いのですが、その事例に共通することは、校長のリーダーシップが大きいということです。逆に言うと、校長先生のリーダーシップがないとうまくいかないことが多いように見受けられます。
リーダーシップと言っても校長先生がワンマンでは、校長先生が代わるとそれは終わってしまいます。学校がチームになり、学校の周りの地域や専門家がチームになって動く組織を作ると、校長先生が代わったときでもうまくいっています。成功しているところでは、チーム作りがしっかりしている点が共通しています。
校長先生のリーダーシップにもいろいろなタイプがあり、「私の後ろについてこい!」というタイプもあるし、「なにがしたい?」と学校の中でキーとなる人に聞いて、「それをしよう!」と並走型のタイプもあります。多分、校長先生の頭の中にはすでに構想があるのだと思います。それぞれの学校にあった雰囲気を校長が判断して、やりかたは様々だと思います。
学校の先生方が対象の講演では、「校長先生のリーダーシップが大事だから、校長先生も巻き込んでくださいね」と伝えています。
――GIGAスクール構想によって発達障害児の支援が進むのではないでしょうか。また、どのような留意が必要でしょうか。
田中 1人1台端末の時代になって発達障害児の支援は確実に進むと思います。なぜなら、以前は、「パソコン使わせてください」「音声録音させてください」と別途パソコンを持ち込まないといけない状態でした。しかし今はパソコンがあるのが前提で、ボタンを押すだけで使える状態になったからです。
本の中でも書いていますが、「機能を使うのはこれだけ」「音声入力はだめ」というようにICT機器の利用のルールが硬いと難しいと思います。使える機能は最大限使えるように柔軟なルールにするとよいと思います。それができれば、たぶんうまくいきますが、どこまでうまくいくかはやってみないとわかりませんので、さらにリバイスしていくことが必要です。
それから、バーチャルの情報は子どもにとって本当にリアルの情報に直結するのかという課題があります。子どもにとってリアルと直結していないと意味がありません。そこは研究が必要だと思います。バーチャルでリアルまでたどり着くならよいのですが、リアルでの補強が必要なら補強をすべきでしょう。
例えば、四季の草花についてパソコン上で勉強しました。それだけでわかればよいのですが、わからなければ、春に桜、秋に紅葉など、実際にその場に行くことが必要となります。それがどこまで必要なのか、壮大な研究になっていくのではないでしょうか。
プロフィール
田中 裕一 前文部科学省特別支援教育調査官
1970年生まれ。兵庫教育大学大学院特別支援教育コーディネーターコース修了。企業の社会人野球チームに所属した後、兵庫県内の知的障害者施設、県立特別支援学校(知的障害)に勤務。2014年から文部科学省に勤務。文部科学省初等中等教育局特別支援教育課特別支援教育調査官を歴任後、2020年、兵庫県教育委員会に戻り、特別支援教育課副課長。
※本記事は、全3回連載の第2回目です。
取材・文・撮影・構成/浅原孝子
田中先生の最新単行本はこちら
通常学級の
発達障害児の「学び」を、どう保障するか
〜学校・家庭・福祉のトライアングル・プロジェクト〜
障害を支える考え方や子どもの学びを支える事例、子どもと一緒に学びを作る事例など学校、家庭、福祉の連携で子どもをどのように支え、どうすれば「学び」の保障ができるかが紹介されています。発達障害児を持つ保護者、教育関係者、教師が知っておきたい内容が満載です。
四六判 208ページ
ISBN978-4-09-840213-7