定番の声かけを問い直す<思考のタガを外すありえない授業vol.3>

連載
先生のためのアート思考(『13歳からのアート思考』末永幸歩先生)
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美術教師・アーティスト

末永幸歩

中学・高校の美術教師として行ってきた自身の授業内容を一般向けに書き下ろして19万部突破のベストセラーとなった『13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)の著者・末永幸歩先生。
浦和大学こども学部で教員志望の大学生に「ありえない図工の授業!」と題して展開してきた授業を紹介しています。

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授業づくりはアートです!

今回は、いよいよ学生が子供たちの前でオンライン授業を行った様子をレポート。まずは、大学3年生の斉藤夏輝さんと、大学一年生の2人の学生のグループが行った授業にフォーカスしてみます。

オンライン授業斉藤さん
大学3年生の斉藤夏輝さん。

「デイビッドベッカム」という名の図工の授業

この授業に際して斉藤さんが持った疑問は、学習指導要領の中で教科の関連性が大切と言われているのに、既存の授業では図工と体育の関連性は乏しいのではないか、ということでした。
そこで、図工と体育の要素をかけ合わせた授業ができないかと考えたのが今回の授業です。

活動内容は、段ボールで作ったトレーの中に紙をセットし、いろいろな色の絵の具が入った紙コップを用意。そこにビー玉を入れて割り箸でかき混ぜ、そのビー玉を、トレーの中で転がしたり、キャッチボールしたりすることで絵を描く、というもの。

オンライン授業写真
一般社団法人アルバ・エデュの協力でオンライン授業が行われました。

Zoomを繋ぎ、遠隔地にいる子供たちにこれからやることについて説明をした斉藤さん。しかし、その話を聞いた子供たちの反応は、芳しくはありませんでした。
教育実習経験もある斉藤さんは、めげずに説明を続けます。

「一回聞いて! これで終わりにしないよ! 今から体育できるって言ったら、嬉しいでしょ!? デイビッドベッカムって知ってる? これ、デイビッドベッカムっていう名前の授業なんだよ」

それでも、子供たちからの反応はイマイチ。
しかし、斉藤さんは気にすることもなく、グループの仲間とビー玉をトレーからトレーに投げる・受け取るという体育の要素を加えたデモンストレーションを見せていきます。

オンライン授業デモ
オンラインでデモンストレーションを見せる斉藤さんたち。

口では「やりたくない」「汚れるから嫌だ〜」などと言っていた子供たちも、いざやってみると、熱中しはじめ、楽しそうにキャッチボールをはじめ、その結果、たくさんの作品が生まれていました。

オンライン授業作品
子供たちのキャッチボールから生まれた作品。

授業を終えた斉藤さん、落ちこんでいるかと思いきや、「めちゃくちゃ楽しかったです! 好き放題やらせてもらって、こんな授業なかなかできないですから」と興奮気味に語っていました。

「子供が意欲的に取り組むまでに時間がかかるのは悪い」という常識を疑う

小学生へのオンライン授業を終えた学生たちは、大学でそれぞれの授業に対しての感想を交わしました。

「学生たちの話合いでは、今回の斉藤さんたちが行った授業の『子供が意欲的に取り組めるまでに時間がかかっていた』ということがテーマになりました。授業中には反応がいまひとつに見える子供もいましたが、職員さんから後で送られたメールには『授業後も活動をやめようとしなかった』とご報告があったんです。そのことに対して、学生たちからは、こんな声があがりました。『私たちは、子供が意欲的に取り組み始めるまでに時間がかかる=授業が停滞してしまっていて良くないことだと疑いもせずに考えていたけれど、本当にそうだろうか? それは子供たちが考えるために時間がかかっているということなのだから、むしろ歓迎すべきことなんじゃないか? 何も考えずに手だけを動かしている状況よりも遥かに教育的なんじゃないか、と考え直した』と言うんですね。この話合いは、その授業をよりよくするためのものではなくて、授業は、自分の疑問に目を向けるための一つのきっかけという扱いなんです。今回、斉藤さんの授業を通して、学生たちは『子供が意欲的に取り組めるまでに時間がかかることは悪いこと』と言う教育の一つの常識を壊せたのではないかと思います」(末永先生)

「時間の見通しをつけなくてはならない」という常識を疑う

学校現場にいれば、大きな制約となるのは「時間」。「よーいスタート」「あと3分」「終わった子?」と、限られた時間を有効に使えるようにその見通しを示すのは当然とされているのではないでしょうか。

今回授業を行った学生は、そのような段取りに慣れていなかったため、明確な指示が出せずにいた学生もいたといいます。しかし、時間の指示がなくても夢中になって活動に取り組んでいる子供たちの様子も見られました。それを見た学生たちは、学校現場の常識とされる「時間の見通し」の必要性に対しても、違和感を覚えたといいます。

「学生からは『残りの時間を提示することによって、時間のかかる作業を削ってしまう可能性があるのではないか』という意見が出ました。『あと3分』と言われたら、子供は本当は30分かかることをしたかったのに、やめちゃうのではないかと。授業者が時間を気にして段取りを立てておくことは授業するにあたって重要だけれど、それをこどもに共有すべき時としなくていい時を区別する必要があると感じたと、レポートを書いている学生もいました」(末永先生)

「子供たちだけが活動する」という常識を疑う

「ある学生は、どうして授業者は活動せずに子供たちだけが活動しているんだろう? というところに疑問を持ち、自分が授業者のときも子供たちの様子はあまり見ないで、黙々と自分も子供たちと同じ活動をしていました。そのことに対しても、見ていた学生たちから『この方が教師も楽しんで授業ができるし、子供たちが見られていると感じなくてリラックスできるのではないか』『子供は教師に見られていなかったことでそれぞれ思うままに自分の作品と向き合うことができていたのではないか』という意見が出ました。私たち教師にとって、机間巡視はあたり前だと思っています。しかし学生たちは、そこに対しても疑問を持てたようです」(末永先生)

「きっかけ」と「畑」を用意して、あとは「見守る」

末永先生が行っているような、常識を疑う、答えのない授業は、試行錯誤する自分の姿をさらけ出し、突飛に思われそうな意見も臆せずに言うことで成り立っているので、学生たちが、人からどう見られるか、という恐怖を感じていたなら、とてもできなかったことでしょう。
末永先生自身が、授業者として心がけていることについて聞きました。

「私自身が授業者として心がけていることは、『きっかけ』と『畑』を用意して、あとは『見守る』ということです。きっかけは、今回の授業で言えば、あたりまえだと思っていることを書き出してそれを否定してみることで思考のタガを外したこと。畑は、疑問から自分たちで考えて話し合う時間と対話の場を提供したこと。そして、見守るというのは、見る=手も口も出さないけど、守る=学生たちがアウトプットしたものをほったらかしておかない、ということです。私は、このような授業を行う場合、『守る』というのが教師として一番大事だと感じます。どんなに私が、疑問を持ち続けることが大切だと語っても、結局人に見られるのはアウトプットの部分ですから、そこで教師にほったらかされてしまったら、がっかりするのは学生ですよね。いざ授業をやってみたら、やっぱり周りからは結果がすごい人がみんなにすごいと言われてしまう。だから私は、最後まで、疑問を考え続ければそれでいいということを、何度も言い続けました。それはもっとも意識したことです。最後の授業は、提出してもらったレポートを冊子にして、学生たちみんなで読み合ってもらうことにしました。これも、教師に提出してクリア、となるものではなくて、みんなで読み合うことで、講義の最終日に、新しい疑問のタネがまた生まれてくれればいいなと思っていて。学生たちの探究は、まだまだ続く事になると思います」(末永先生)

末永先生プロフィール写真

末永幸歩(すえながゆきほ)
武蔵野美術大学造形学部卒、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。浦和大学講師、東京学芸大学個人研究員。中学・高校で展開してきた「モノの見方がガラッと変わる」と話題の授業を体験できる「『自分だけの答え』が見つかる 13歳からのアート思考」は19万部を超えるベストセラーとなっている。


いかがでしたか?
学校現場で無意識のうちに自分にカセをはめていないか問い直し、教師自身が必要だと思うときには常識を壊してみる、そんな姿を見せることが、これからの時代を生きる子供へのエールになるのかもしれません。

取材・構成・文/福原智絵

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