#15 保護者の立場に立って考える【連続小説 ロベルト先生!】
今回は、年に数回の貴重な機会、授業参観・懇談会のお話です。普段以上に念入りに準備し、保護者を安心させ、納得してもらうことが教師の務めです。
授業参観は「夏休みの過ごし方」がテーマの学級活動。さて、ロベルト先生はどのように授業を展開していくでしょうか。
第15話 授業参観日
1学期も残り1か月となった初夏。今日は授業参観日だ。
授業参観は、学校での子どもたちの様子を保護者に観てもらう日である。教師も子どもたちも普段通りにやればいいという考えもあるが、保護者の立場からしてみれば、年に数回しかない貴重な機会であると同時に、教師にとっても保護者の信頼を勝ち取ることができる絶好の機会でもある。
私は、授業参観日に公開する授業は、いつも以上に念入りに準備をする。保護者を安心させ、納得させるためである。それは、教師の務めと言っても過言ではない。
教室の入り口には、給食で使っている配膳台にテーブルクロスを敷いて、参加者名簿を置く。ここまでならどこの学級でも用意している。その名簿の隣に、お花や折り紙、小物のおもちゃなどを置き、メッセージを添える。
「授業参観ありがとうございます。我が子のがんばりをどうぞご覧ください」など。
あってもなくても済むことだが、こうした心遣いができるかできないかの差は大きいと思うし、保護者にはその思いが間違いなく伝わっていると確信している。
さて、もうすぐ夏休みを迎えようとしている子どもたち。いかなる夏休みとなろうか。
たくさん運動するのもよし。たくさん勉強するのもよし。遊ぶのもよし。中学校へ行くと部活動などでなかなか思うように過ごせなくなるので、小学生としての最後の夏休みを家族とともに有意義に過ごしてもらいたい。
そこで、今回の授業参観では、「夏休みの過ごし方」と題して学級活動の授業を公開することにした。
まずは定番、「夏休みに楽しみにしていることは何ですか?」という質問をすることで、誰もが手を挙げて発表できるようにする。
親にしてみれば我が子が手を挙げて発表するところを見てみたいものだ。できればここでは、教科の授業ではなかなか手を挙げない子を指名したい。
「はい、健太くん」
「海に行くことです」
「もう、予定はあるんですか?」
「毎年、新潟のおじいちゃんの家に行って海に行きます」
「海にはおいしい食べ物もたくさんあるよね」
「はい、翔平くん」
「キャンプに行きたいです」
「どこの山に行くのかな」
「秩父に行きます」
「バーベキューもおいしそうだね」
「先生は、食べ物にしか興味がないんですか?」
「あっ、ごめん、ごめん」
「はい、美樹ちゃん」
「原宿に行きたいです」
「原宿で何をするの?」
「ブラブラしたいです」
「ブラブラしながら、クレープ食べるんでしょ」
「私は、先生みたいに食い意地がはっていません」
「あっそ。あっ、美樹ちゃんのお母さん、美樹ちゃんが原宿でクレープを食べたいと言っても、買ってあげないでくださいね」
突然ふられたお母さんは驚いたようだったが、「わかりました」という明るい声が返ってきた。
「そんなのずるーい」
これであの家庭訪問の梅干し事件の敵が取れた。
参観日で保護者が観に来ているにも関わらず、クラスは一気に和やかな雰囲気に包まれた。
「では、今度は、お家の方々に質問をしたいと思います。夏休みにお子様のことで心配していることは何ですか?」
自分から手を挙げて発表しようとする保護者は予想通りいない。そこで…
「みんな、誰も手を挙げてくれないんだけど、誰を指せばいい?」
と、子どもに聞く。すると…
「先生、うちの母ちゃん指していいよ」
と返ってきた。すかさず…
「お子さんがそう言ってますので…お願いします」
指名された保護者は照れくさそうに答える。
「いつも夜遅くまで、テレビを見たり、ゲームをしたりして遊んでしまうことです」
「なるほど。他の保護者の皆様も同じような答えだったら、『ある、ある』と言ってください。さん、はい!『ある、ある』」
ほとんどの保護者が頷いた。
「さあ、調子が出てきました。その他にはいかがでしょうか」
「はい、亮太くんのお母さん」
「だらだらとした生活を送る」
「ある、ある」
保護者の方々との一体感が増してきた。
「みんなはどこかへ出かけたり、好きなことを自由にやったりすることを楽しみにしているようだけど、お家の方々は、生活のリズムが崩れたり、やるべきことをやらなかったりすることを心配しているようですね。五年生までの夏休みの生活で失敗したことはありますか?」
「宿題を後回しにしていたら、宿題が終わらずに、最後の1週間が大変なことになってしまいました」
「いつも、夜遅くまで起きていたから、朝早く起きることができなくなりました」
「学校なら授業があるので勉強をするし、チャイムが鳴るから時間も守れるけれど、家ではそれがなくなるから、自分できまりを守ったり、やりたいことを我慢したりする力が試されるわけですね。どうでしょう? 皆さんは規則正しく、やるべきことをやれる自信はありますか?」
手を挙げたのは、クラスの3分の1程度、そして、その半分は、おそるおそる手を挙げている。
「それではここで、夏休みの生活目標を立てたいと思います。目標は三つとします。それは、生活面で一つ、勉強面で一つ、運動面で一つ、合計三つです。さらに、それぞれの目標には、必ず数字を入れることにします。例えば、生活面において『早寝早起きをする』という目標を立てたとします。一見すばらしい目標ですが、これではだめです。なぜかというと、今朝は6時半に起きた。目標達成。次の日は7時に起きた。まあ、学校もない日だし、7時に起きれば早起きだろう。今日も目標達成。そして、次の日は、7時45分。まあ、だいじょうぶかな……という具合に、どんどん自分に甘くなっていきます。これでは目標達成とは言えません。ですから目標は具体的に数字を入れて、『朝は6時半に起きて、夜は10時に寝る』の方が、今日はできたかどうかがはっきりとしてよいでしょう」
「先生、挨拶をすることを目標にするには、どうすればいいですか?」
「そうだなあ、何かよい考えはありますか?」
「はい、『1日に10回挨拶をする』がいいと思います」
「なるほど、それはいいね。できれば、最上級生なんだから、知っている人を見かけたら、3秒以内に、斜め45度に体を傾けて、10回以上挨拶をするの方がいいかもしれないね」
「なんだかロボットみたいな挨拶になっちゃうよ」
「それもそうだな。まあ、そんな感じて数字を入れて、目標を三つ立ててみてください。では、考えましょう」
こうして、子どもたちは数字を入れながら目標を立て始めた。
- 月曜日から金曜日は、お昼の12時までに2時間以上は勉強をする。
- 1日1時間読書する。読書を20冊する。
- 1学期の漢字を全部確実に覚える。
- 47の都道府県の名前と場所を全部覚える。
- 料理やお菓子のレパートリーを七つ増やす。
- 1日3回以上お手伝いをする。
- 朝6時30分に起きて家の周りのゴミを10個以上拾う。
- 毎日500回縄跳びをする。
- リフティングを1日100回やる。
- 夏休み中の学校のプールに15回すべて参加する。
- クロールと平泳ぎで50メートル泳げるようにする。
- 早起きしてカブトムシやクワガタ、セミを合計30匹捕まえる。
- 友達と30回遊ぶ???
どの目標もとても具体的で自己評価がしやすい。
この「できた」「できなかった」の判定がしやすい目標を立てることが、規則正しく充実した生活を送るための秘訣だ。
「それでは、今度は皆さんに、夏休みの日記を書いてもらいます!」
「先生、そんなの無理だよ。だってまだ夏休みが始まっていないもん」
「そう言うと思った。ふっふっふ…、名付けて、タラリララン(ドラえもんがポケットから道具を出すときの効果音を付けて)『夏休み未来日記~!』」
「なんだそれ!」
「よくぞ、聞いてくれました。説明しよう! 今皆さんが立てた目標のことや、夏休みに楽しみにしていることなどを入れて、夏休み最終日の日記を書いてもらいます」
「えーっ!」
「未来のことだから自由に書けるのが、この未来日記のよいところです。それでは、用紙を配るので、配られたら書き始めましょう。どうぞ、保護者の皆様方、我が子はもちろん、誰の日記でも、ご自由に覗いてみてください」
こうして子どもたちは、保護者に覗かれ、片手で隠したりしながらも、楽しそうに未来日記を書き始めた。
「それでは、発表してくれる人はいますか?」
誰も手を挙げなかったので、今度は先ほどとは反対に、保護者に聞いた。
「保護者の皆さん、どの子の日記が聞いてみたいですか?」
「亮太くんのが聞きたいです」
すぐに名前が挙がった。どうやら亮太は保護者のいじられキャラらしい。
「えーっ、やだよ!」
「人気者の亮太くん、発表をお願いします!」
亮太はしぶしぶ未来日記を読んだ。
「今日で長かった夏休みも終わりです。明日から学校が始まるのがちょっといやだなあ。夏休み中はサッカーの大会がありました。1試合目は、3対0で勝つことができました。ぼくもシュートを決めて1点取ることができました。2試合目は、ぼくは巧透くんにパスを出し、巧透くんがシュートを決めて、1対0で勝つことができました。準決勝では、1対1で試合が終わり、PK戦になりました。ここでぼくがシュートを外してしまいましたが、ゴールキーパーの蓮沼くんが相手のシュートを2本止めてくれたので勝つことができました。そして、決勝戦まで進むことができました。決勝戦では、前半に先制点を取られてしまいましたが、後半にやっと同点に追いつき、残り1分を切ったところで、ぼくにボールが回ってきたので、思いきって蹴ったら、何とシュートが決まり、ぼくたちのチームが優勝しました」
亮太が読み終えると、会場からは大きな拍手が巻き起こった。また、クラスの子どもたちからは、ヒューヒューと冷やかしとも励ましとも思えるような歓声が上がった。
そこで、私がその作文に対する評価を述べた。
「亮太くんの作文を聞いていて、感心したことが二つあります。一つは、自分が活躍して試合に勝とうとする熱い気持ちが伝わってきたこと。二つ目が、自分がミスをしても、チームメイトが助けてくれて勝ったことを書いていたことです。特にサッカーは自分一人の力では勝つことができないので、それをしっかりと考えてサッカーをしていることがよくわかりました。是非、優勝してくださいね。ただ…一つだけ心配なことがあります。それは、宿題が無事に終わっているかと言うことです。あまりにもサッカーに打ち込みすぎて、宿題をするのを忘れているんじゃないかな?最後の1日で慌てないように、計画的にやってくださいね」
本人は、照れくさそうに笑っていた。
「では、今度は先生が指名します。花崎さんお願いします」
「はい。私は、今年が小学校最後の夏休みなので、いろいろな思い出を作りたいと思っていました。夏休みの宿題の他に塾の宿題もあるので、毎日午前中はがんばって勉強し、8月5日までに夏休みの宿題を終わらせました。お盆には、千葉のおじいちゃんの家に行って、海水浴をしたり、花火大会に行ったりしました。帰りには、ディズニーランドに寄って遊んできました。夏休みが残り10日になったら、本を読んだり、DVDを観たり、部屋の模様替えをしたり、夏休み中にやりたいと思っていたことを思いっきりやりました。でも、一つだけ心配なことがありました。それは、しばらく長縄跳びの練習ができなかったので、記録が落ちてしまうことでした」
花崎さんが日記を読み終えた時、一瞬、時間が止まったかのような間があったが、すぐに「おーっ」という歓声に変わった。
クラスの子どもたちはどこに反応したのか? それは次の雅也の言葉ですぐにわかった。
「そうだ、長縄跳びの練習ができなくなる。先生、どうするんですか?」
「どうするって、夏休み中だから仕方がないよ」
「絶対に記録が落ちるよ」
「確かにそうだけど、また、2学期からがんばろうよ」
みんな心配そうな顔をしていた。
この様子は、教室の後ろにいる保護者も見ていた。長縄跳びに対する子どもたちの思いが強いことを感じてくれたはずである。
「ところで、今の花崎さんの日記ですが、さすがだなあと思ったところがあります。どこだと思いますか」
「8月5日までに夏休みの宿題を終わらせてしまうこと」
「そうですね。しかし、先生はもう一つ大事なことに感心したんです。それは、午前中に勉強をしたところです。皆さんは、普段学校に来れば、もちろん午前中から勉強をしていますよね。ところが休みになると、朝起きる時間が遅くなったり、だらだら過ごしてしまったりして、あっという間にお昼になってしまうことがあります。朝御飯と昼御飯を兼ねて、10時頃食べるなんてこともありますよね」
「ある、ある」
保護者は苦笑いをしている。
「でも、人間の脳が冴え渡り、1番よく働く時間が、実は午前中なんです。名付けてゴールデン・スタディタイム。花崎さんが、夏休み中でもこの時間にちゃんと勉強をするところが、さすがだなあと思いました。ちなみにゴールデン・スリープタイムって何時だか知っていますか?」
「何ですか、それ?」
「寝る時間じゃない?」
「そう、その通り。それは、体を成長させるホルモンが分泌される(敢えてここでは科学的に言うことで、とても大切な事であるように感じ取らせる)夜中の12時から1時頃です。残念ながらここで寝ていないと分泌されずに終わってしまいます。分泌されないとすぐに成長が止まるわけではありませんが、そういう日が続けば、じわりじわりと体に悪影響が出てくるでしょう。花崎さん、ありがとうございました」
こうして、授業参観も無事に終えることができた。その後の学級懇談会も、たくさんの保護者が残ってくれていた。
それは、前回の学級通信「BOYS&GIRLS」で、1学期の子どもたちの学校生活の様子をスライドで観せますと予告しておいたからだ。
保護者にしてみれば、授業は、我が子の姿が見られるので関心が高いものの、懇談会となると、つまらない決まり切った話になるだろうと関心も低く、帰ってしまう人が多くなっている。
また、授業には力を入れても、その後の懇談会で力を抜く先生も残念ながらいる。どうすれば懇談会に残ってもらえるのかを保護者の立場に立って真剣に考えることが大切だ。
そこで、今回は、日頃からデジカメで子どもたちの生活の様子を撮っておき、それにバックミュージックを付けて、スライドショーのように流すことにした。
ごく簡単なものではあるが、それを見ながら1学期の子どもたちの様子を言葉よりもわかりやすく伝えることができ、保護者も楽しんでいた。
執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈
浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。