#13 大きな成果【連続小説 ロベルト先生!】

連載
ある六年生学級の1年を描く連続小説「ロベルト先生 すべてはつながっています!」

前文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官/十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科 教授

浅見哲也

今回は、前回に引き続き不登校気味の転校生のお話です。初めて学校の近くまで来られた大山くん。ロベルト先生との距離も少しずつ縮まっていきます。

そして1学期のテーマ「真面目」について。何事にも真面目に、素直な心をもって取り組むことが、いちばんの成長につながります。

第13話 転校生3

自転車をひく先生と子ども

木曜日の朝を迎えた。今日も7時15分に大山くんの家に迎えに行った。

「おはようございます。朝見です。大山さんはいらっしゃいます?」

反応は相変わらずない。そして呼び続けて10分くらい経った頃、また、中で動く気配を感じた。昨日と違うところは、お母さんが大山くんを起こしている様子を感じ取ることができた。

それから3分くらい経過した後、ドアが開いた。出てきたのは大山くんだった。その後、お母さんが出て来て、大山くんに何かを促している。

「ちゃんと自分で言いな!」

「大山くん、どうしたの?」

「…今日は…頭が痛いので…、後から行きます」

「そうか、わかった。自分で言えてえらいね。じゃあこうしよう。今日の3時間目の家庭科の授業は腰塚先生が出てくれることになっているから、11時頃迎えに来るよ。またその時に、学校に行けるかどうか考えよう」

大山くんは頷いた。私は大山くんを起こしてくれたお母さんにお礼を言い、また学校に向かった。

「なんとか大山くんに学校に来てもらえるといいのだが…」

学校に到着すると、三組の子どもたちはサッカーをしていた。私は途中から子どもたちのサッカーに加わった。いつものように取りっこジャンケンをして、私を迎えてくれる。

なかなか思い通りにいかなくても、明るく愉快な子どもたちが私を迎えてくれる。それだけで毎日を前向きに過ごすことができた。

中学生のお姉ちゃんはどうしているのか? 私は、中学校の担任の先生に連絡を入れてみた。やはりお姉ちゃんも学校へ行っていないことがわかった。

2時間目の授業が終わり、子どもたちと長縄跳びの練習をするために校庭に出た。4月から始めた長縄跳びの練習もヒートアップしてきた。

「西小の六年一組や東小の六年二組はすでに700回を超えているらしいぞ!」

子どもたちは、塾や習い事で情報を集め、私に報告してくれた。そして、負けてはいられないと、日々練習に励んでいた。

これまでの緑ヶ丘小では、優勝を目指すような雰囲気がなかっただけに、隣の一組や二組と競い合いながら練習に励むことができていない。市内の六年生の情報を仕入れながら、見えない相手との戦いである。

三組の記録はついに600回を超え、只今の最高記録は7分間で660回。最初の記録に比べれば大きな進歩である。

しかし、先日は子どもたちから、また学級会を開きたいという声が上がり、記録をさらに上げていくために、女の子は髪の毛を束ねたり、体育帽子にしまったりするなど、細かな点まで話し合われた。

さらに、メトロノームを使って1分間100回、つまり、7分間で700回のペースで縄を回すなど、ピリピリとしたムードで練習を積み重ねていた。

休み時間が終わると子どもたちは家庭科の授業に向かった。そして私はまた、大山くんの家へと向かった。

「こんにちは。朝見です。大山さんはいらっしゃいますか?」

すると2分経つか経たないかのうちに玄関のドアが開けられた。こんなに早く出て来てもらえるようになっただけでも大きな成果である。

中を覗き込むと大山くんがいる。しかし、ランドセルなどは見当たらない。

「頭痛はおさまったかな?」

「…」

「どうする? 学校へ行ってみる? 今日はいい天気だよ」

大山くんはお母さんにも登校を促されていたが、もじもじしていた。

「じゃあ、こうしよう。せっかくいい天気なんだから、学校の門のところまで散歩に行こう。そして、また帰って来よう。それならいいでしょ」

大山くんの返事を待たずに、私は玄関の外に出た。すると、大山くんも外に出てきた。

「よし、行くか」

私は乗ってきた自転車を転がしながら歩き出した。大山くんは黙ってついて来た。

「いい天気だね。やっぱり1日に1回は太陽の光を浴びないと、元気が出ないぞ」

少し歩き始めると、

「行ってらっしゃい!」

という声が後ろから聞こえた。それは、この前私に話しかけてきたおばあちゃんだった。

「行ってきま~す!」

と私が言うと、大山くんは照れくさそうに下を向いていた。

学校まで、私は通学路で目印となるような物を教えながら歩いた。

「ここまでは真っ直ぐに進み、この通りに出たら左折して道路沿いを歩いてね。ここは車の通りが激しいから勝手に横断しちゃだめだぞ。あそこの横断歩道のところまで行ったら渡るよ。」

20メートルほど歩くと、その横断歩道に着いた。

「手押しボタンが付いているからこれを押して、歩行者用の信号が青になったら、右、左、右を見て渡るよ」

さすがに六年生に教えるような内容ではなかったので、大山くんもぽかんとしていた。車道の信号が黄色に変わり、まもなく歩行者用の信号が青に変わろうとしている。

「ごめん。大事なことを言い忘れた。この横断歩道の白線部分以外の所には、地雷が埋め込まれているんだ。だから白線の上を歩かなくては死んでしまうから気をつけろ! では、渡るぞ!」

そう言うと私は大股で横断歩道の白線の上を歩いて渡った。ふと振り返ると大山くんも…。

「よかった。生きて渡れて…」

正確に言うと、自転車の車輪は地雷を踏んでいるのだが、それはどうでもよかった。大山くんが少しだけ微笑んだように見えた。初めて見た表情だった。

そこからは、また道なりに進んで行くと学校の西門にたどり着いた。その間、大山くんにいくつか質問をした。

「お姉ちゃんはまだお家にいた?」

コクリと頷いたが、あまりいい話題ではなかったようなので、これ以上聞くのは止めにした。

「大山くん、うちの学校の給食はおいしいんだよ。お腹すいてない? 今度食べに来なよ」

そうこうしているうちに西門にたどり着いた。

「さあ、ここが大山くんが通う小学校だよ。そう言えば、この前お母さんと来たよね。そして、3階の一番奥に見えるあの教室が大山くんのクラス、六年三組だよ」

大山くんは、太陽の光を受け、眩しそうに目を細めながら教室を見上げた。

「…じゃあ、今日はこれで帰ろうか」

大山くんは不思議そうに私を見ていた。 

「それとも、学校に入ってみる?」

そう言うと、目線を落とし体が硬直するのを感じた。

「無理しなくていいよ。しばらく学校に行っていなかったんだから仕方がないよ。ここまで来てくれたんだから、今日のところは合格です」

そう言うと、私と大山くんは、また家に引き返した。

無言で横断歩道の白線の上を選ぶようにして渡る二人の姿は、端から見ると滑稽に映っていたかもしれない。

大山くんの家のそばまで来ると、あのおばあちゃんが庭の草むしりをしていた。

「暑いですね」

今度は私から声をかけた。

「あら、先生。もうお帰りですか?」

「はい、ただいま。気持ちのいい汗をかくことができました」

「ぼく、おかえり」

大山くんは、恥ずかしそうにぺこりとお辞儀をした。なんだか頷き方もだんだん大きくなっているような気がした。

「さあ、着いた。たまには外に出ないと、もやしみたいにひょろひょろになっちゃうぞ。今日はありがとう。また、明日の朝も来るからがんばって起きてね。じゃあね」

私は自転車にまたがり、猛ダッシュで学校へと向かった。

このような状況の中でも、学級委員の田口くんと長谷川さんは、明るく穏やかにクラスをまとめていた。

二人は、頭がずば抜けてよかったり、運動神経が特別によかったりするわけでもない。しかし、二人にはそれぞれ誰よりも秀でているものをもっている。

それは、田口くんの真面目さと、長谷川さんの優しさである。 

田口くんは、宿題を忘れたことはもちろんなく、学校では、係活動や当番活動なども黙々とやっている。きまりを守るという点においては、彼の右に出る者はいないだろう。

実は、家庭訪問の時に、田口くんのお母さんからこんな相談を受けた。

「先生、うちの子は、学校ではどうですか? 家では、学校から帰ってくると、私が言わなくても、まず宿題をやるし、お風呂洗いや食器洗いなどの家の手伝いもよくやってくれるんですよ。

遊ぶと言えば、ときどきは友達と遊んでいるようですけど、本を読むのが好きで、家で読んでいることも多いんです。先生も知っていると思いますけど、この前なんて、漢字テストで100点だったのに、よく見たら間違っていたので、先生に言いにいったでしょ。確かにそれが正しいし、私もよく嘘をついちゃいけないって言っています。

変な悩みなんですけれど、クソ真面目というか、バカ正直というか、子どもらしくないというか、もっとはめを外すくらいのことがあってもいいと思うんですけど、どうなんでしょうか?」

確かにお母さんの言うとおり、田口くんは、学校でも家でも陰日向なく、真面目な印象が強い。お母さんの悩みがわからない訳でもない。

「漢字テストの採点ミスは失礼しました。お母さんの気持ちもよくわかります。人間ですから、少しくらいのずるさや弱さも見せてほしいと思うのでしょうね。

でも、田口くんの真面目さは、とても貴重です。クラスのみんなの模範になっています。当たり前のことを当たり前にやるって、簡単そうでいて、実はなかなかできないことですよね。

田口くんはそれができる。当たり前のことを誰にも負けないくらい当たり前にできるのが、田口くんのすばらしさです。

クラスのみんなは、そんな田口くんの姿を見ているから、それがいつの間にかみんなの信頼を集めて、今、こうして学級委員をやっているわけですから。

最近は、面白いというだけで、学級委員に選ばれることもあるんですけど、田口くんは本物です。そして、クラスのみんなも見る目があったということで、私はとてもうれしく思っています」

1学期のテーマは「真面目」である。勉強をするにも、掃除をするにも、何をするにも真面目に取り組むこと、素直な心をもって取り組むことがいちばんの成長につながると考えている。

田口くんは、決して人前に好んで出るような子ではないかもしれないが、まさに、真面目さの象徴として、立派に学級委員としてその役割を果たしてくれているのだ。

今、振り返ると、よく立候補してくれたと、その勇気に感謝をしたい。

一方、長谷川さんは本当に優しい。

女の子がグループに別れがちになる中で、いつも同じように友達に接することができる。あの花崎さんに強く当たられた時も、決してすねたりはしなかった。まあ、心の中ではどう思っていたのかはわからないが…。

クラスの中で一人で浮いているような子がいると、まず先に声をかけるのが長谷川さんだった。

そしてこの前は、たまたま私がかぜをひいている時に、急な連絡で、長谷川さんの家に電話をした時にも、最後に私を気遣って、「先生、かぜは大丈夫?」なんて声をかけてくれた。

私は子どもに励まされ、本当に涙が出る思いだった。今、長谷川さんは、学級委員だけでなく、長縄跳びの縄の回し役の一人としてもがんばっている。

この二人の学級委員に児童会長の花崎さんが融合したら、本当にすばらしいクラスができると確信していた。

次回へ続く


執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈


浅見哲也先生

浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。

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