#10 先生が責任とれるの?【連続小説 ロベルト先生!】

連載
ある六年生学級の1年を描く連続小説「ロベルト先生 すべてはつながっています!」

前文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官/十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科 教授

浅見哲也

今回は、教室で起こった子ども同士のトラブルのお話です。子どもが学校でけがをした時に教師はどう対応すればよいのでしょうか。

子どもの立場からだけでなく、社会人として、保護者として、様々な目線で自分の立場を見るように努力することが大切です。

第10話 喧嘩

喧嘩する男の子2人

休み時間は、毎日が相変わらず賑やかだ。

この日はあいにくの雨で、子どもたちは校庭で羽を伸ばすことができずにいた。

特に男の子は、エネルギーがあり余っているかのように、教室の隅でじゃれ合ったり、廊下を走ったりしていた。普段仲のよい友達同士でも、遊びがエスカレートすると喧嘩に発展することもある。それが起きてしまった。

いつも一緒にいる金子雅也と高橋健太だったが、すでにとっくみあいの喧嘩が始まっていた。

そして、私が止めようと駆け寄ったその瞬間、雅也のパンチが健太の顔面を直撃した。健太が雅也につかみかかって反撃しようとしたところで、私は二人の中に割って入り、ようやく喧嘩を止めることができた。

二人とも肩で荒く息をしていたが、喧嘩が治まった瞬間からは、お互いに睨み合っているというよりも、目が空ろで、今何が起きているのか理解できないような表情だった。

少し落ち着いた頃を見計らって二人から事情を聞こうと思ったが、健太の左目下辺りが、ぷくっと腫れてきているのがわかったので、すぐに二人とともに保健室に向かった。

保健室の先生の手当の後、私は二人から事情を聞いた。

「なんでこんなことになってしまったんだ?」

すると雅也が、

「健太が俺のズボンを下ろそうとしたんだ。だから、おれは何回も『やめろよ』って言ったのにやめなかったから『いい加減にしろよ!』って言ったんだ。そうしたら、今度はつかみかかってきて押されて倒されたから、つい、ぶってしまったんだ」

頬に湿布を貼った健太の目は、みるみるうちに涙でいっぱいになった。

「健太、そうなのか?」

健太は泣きながらコクリと頷いた。喧嘩の原因は、本当にたわいもないことから始まっていた。

原因がわかったところで、お互いに仲直りをさせるために、それぞれに自分のいけなかったところを言わせた。

「僕は、健太くんをぶってしまったことです。ごめんなさい」

「僕はふざけて、雅也くんのズボンを下ろそうとしてしまいました。ごめんなさい」

「雅也も健太も、自分のいけなかったことがちゃんとわかって、えらかったぞ。お互いに仲直りできるか?」

すると、雅也の方から健太に歩み寄り、「ごめん」と謝った。すると、健太も涙をふきながら、「ごめんなさい」と言うことができた。こうして、一件落着したかと思われた。

放課後、健太の母親から電話がかかってきた。

「先生、うちの健太に何があったんですか? ほっぺたが青く腫れ上がっているんですけど…」

このひと言を聞いただけで、怒りを押し殺して冷静さを装っていることが理解できた。

「はい、実は今日、休み時間に、雅也くんと…」

言い訳にしか聞こえない。すでに手遅れであった。

「雅也くんのお母さんは、このことは知っているんですか?」

「いや、まだ…、すぐに連絡します」

とりあえずことの経緯を話し、一端電話を切ると、すぐに雅也の家に電話をした。しかし、留守らしく誰も出ない。

ようやく電話がつながったのが、夜の7時過ぎであった。

「実は、雅也くんが健太くんの顔をぶってしまって、健太くんの頬が腫れてしまったんです」

「わかりました。ご迷惑をおかけしてすみません。すぐに謝りに行きます」

こうして、この日は何とか治まった。

次の日は土曜日で学校が休みだった。

自宅にいた私のところに1本の電話がかかってきた。それは、健太の父親からだった。

「先生、お休みのところ自宅にまで電話をかけてしまってすみません。昨日の喧嘩のことなんだけど、健太のお婆ちゃんが、どうしても許せないって聞かないものだから。先生、ちょっとこちらへ来てもらっていいですか?」

私は、待ち合わせ場所のファミリーレストランに到着した。

すでにそこには、健太のお父さんが来ていた。二人で向かい合い、席に着くと、

「先生、何か注文しましょうよ。私はアイスコーヒーで」

「じゃあ、私も…」

お互いに初めて会ったので、簡単に挨拶を交わすと、さっそく父親が口火を切った。

「先生、まずいよ。どんなことがあったのかは健太から聞いたけど、けがをしたのはこっちだよ。どうしてこちらが連絡をする前に、先に連絡をくれないの。俺はまだいいけど、同居しているお婆ちゃんの気持ちが収まらなくって、昨日は大変だったんだから…」

私は、返す言葉が見つからなかった。

「このことは、校長先生も知ってるの?」

「…いいえ、報告していません」

「なんで? 先生が責任とれんの?」

「本当にすみません」

とにかく私は謝るしかなかった。

「先生は、何を考えているのか教えてくれない?」

私はしばらく黙っていた。しかし、たった一つだけ考えていたことがあったので、言い訳に聞こえるのを覚悟して、正直に父親に伝えた。

「私は、健太くんと雅也くんが本当は仲のよい友達なだけに、この喧嘩は、子ども同士の問題として終わらせたいと考えてしまいました。

結果的にけがをしてしまったのは健太くんですが、最初に手を出したのも健太くんでした。それは、本人も認めています。

でも、この件で、けがをさせた雅也くんが悪いと、親が出て雅也くんを謝らせたら、雅也くんはどう思うのか。親の前で謝られた健太くんの立場はどうなるのか。

このことで二人の間に亀裂ができたら、もう、仲のよい友達に戻れないんじゃないか、そう考えてしまったんです。」

「健太が悪いのはよくわかったよ。でも、それを二人の家にはすぐに連絡しないと、親を巻き込んでもっと大きな問題になってしまうことだってあると思うんだ。親だって馬鹿じゃないから、ちゃんと考えて対応するよ」

「…はい。今回のことで、健太くんのご家族はもちろん、雅也くんのご家族にも、ご迷惑をかけてしまいました。

ことの経緯はどうであれ、真っ先に連絡すべきでした。本当に申し訳ありませんでした」

しばらく、沈黙の時間が続いた。

「先生、わかったよ。もう、これで終わりにするよ。これからもよろしくお願いします」

結局、私は、注文したアイスコーヒーに口もつけることなく、その場を出た。

この経験から私が得たもの、それは、どんな理由があったとしても、けがは学校で起きたことであり、教師は保護者に事実を報告する義務があるということだ。

それは、保護者の立場から考えれば容易にわかることである。何もなく登校していった子どもが、けがをして帰ってくるわけだから、何があったのか疑問に思うのは当然だ。

きっと子どもが親に伝えてくれるだろうとも思うが、中には自分にとって都合のいいことしか伝えない子もたくさんいる。基本的に親は子どもを信じるから、事実と違った認識をすることも少なくない。

だからこそ、教師はしっかりと当事者から事実を確認し、それを保護者に伝えなければならない。

教師を長年続けていると、保護者の立場での感覚が失われていく。学校という特別な世界の中では、社会人として、保護者として、様々な目線で自分の立場を見るように努力しなくてはいけないと強く感じた。さらに、こうした事は校長に報告すべきことも忘れてはならない。

この数日後のことだった。

いつものように長縄跳びの練習をしていると、勢いよく跳んで縄を抜けようとした時、真希ちゃんの首に縄が引っかかり、縄が擦れて、首にみみず腫れのような真っ赤な線ができてしまった。

すぐに保健室で手当をしてもらい、医者へ行くほどの大きなけがではなかったので、そのまま1日を学校で過ごして帰した。

そして、真希ちゃんが家に着く頃を見計らって私は電話を入れた。

「もしもし、緑ヶ丘小学校六年三組担任の朝見と申します。真希さんのお母様ですか?

今日真希さんがお帰りになってお気づきになったと思いますが、親善運動会に向けて長縄跳びの練習をしている最中に、縄が首に引っかかってしまって、首に擦り傷ができてしまったんです。

ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

お母さんから、どんな言葉が返ってくるのか…。

「いえいえ、いいんですよ。真希が鈍臭くて、こちらこそご迷惑をおかけしてすみませんでした」

ほっと胸をなで下ろした。

「真希から長縄跳びのことは毎日聞いていますよ。今日は新記録が出たとか、この子がこんなに学校のことを自分から話すなんて、今までなかったんですよ。先生、がんばってくださいね」

思ってもいなかった温かい言葉をいただいた。教師をやっていてよかったなと思う瞬間であった。

そして思った。こういうのを「ピンチはチャンス」って言うんだなと…。

次回へ続く


執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈


浅見哲也先生

浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。

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