#8 はじめから諦めたくはない【連続小説 ロベルト先生!】
今回は、親善運動会の長縄跳びの練習についての話合いです。最初の練習が思うようにいかず、それ以来練習に気が向かない子どもたち。話合いの結果みんなの心がようやくひとつになります。
第8話 再スタート
長縄跳び、7分間で285回という記録が出てから1週間が経った。
あれ以来、クラスの誰からも練習をしようという声は上がらない。休み時間は多くの男の子は相変わらずサッカーに夢中になり、女の子は遊具で遊ぶ子と教室でおしゃべりをする子に分かれている。
「ねえ、田口くん。長縄跳びの練習どうする?」
私は、学級委員の田口くんに聞いてみた。しかし田口くんは、私の質問に何て答えればいいのか困っている様子だ。しばらくしてから口を開いた。
「ぼくはやってもいいけど、みんなはどうかな?」
そう言いながら、私は岡田くんを巻き込んだ。
「岡田くんはどうなんだよ」
「おれ? おれはどっちでもいいよ」
「出た! どっちでもいいが! じゃあ、やってもいいんだな」
「そうは言ってないよ」
「じゃあ、どっちなんだよ!」
「わかんないよ」
「出た! わかんないが! もう、はっきりしないんだから!」
私は、そのどうでもいいようないい加減さが歯がゆかった。
「ねえ、真希ちゃん。真希ちゃんは長縄跳びの練習どうする?」
菅原真希とは、普段はとても大人しく、運動は好きなようだがあまり人前で発言するような子ではなかった。ちゃん付けで彼女を呼ぶのも実はこの時が初めてだった。菅原さんは急に話を振られて驚いていたが、小さな声で、
「私はやりたいです。せっかく出るんだから優勝したいです」
「おいおい、今の真希ちゃんの言葉を聞いた? どっちでもいい~とか、わかんな~いよりよっぽどかっこいいよ」
「さあ、グッチにトッシー、どうなんだ!」
いつの間にか田口航くんは「グッチ」となり、岡田敏幸くんは「トッシー」となった。もちろん初めてそう呼んだのは言うまでもない。
二人は顔を見合わせてコクリと頷いた。
「よ~し決まった。じゃあ今日の帰りの会で、学級委員としてグッチがみんなに呼びかけるんだぞ!」
「えーっ! そんなの無茶だよ」
「大丈夫だよ。もしそこで反対されてもすかさずトッシーが援護射撃をしてくれるから。なあトッシー」
「えーっ!」
そして最後のトドメが真希ちゃんだ。
「真希ちゃん頼むぞ!」
菅原さんはびっくりした表情で恥ずかしそうにほっぺを真っ赤にした。
帰りの会がやってきた。田口くんはいつになく緊張していた。それとは反対に岡田くんは案外冷静というか、開き直っているようにさえ見えた。
「係からの連絡はありますか?」
「はい、柏田さん」
「ボランティア係からの連絡です。明日はアルミ缶の回収日になっています。家にアルミ缶があったら持ってきてください」
「お母さん、昨日ビール飲んでたから、家にありま~す」
「そこまで家のことをオープンにしなくていい!」
一方、田口くんはどこで手を挙げようかと完全にタイミングを失っている。
「他にはありませんか? ないようなので…」
「はい!」
田口くんが勇気を振り絞った。
「はい、田口くん」
「えーっと…あのー…、親善運動会に向けて長縄跳びの練習をした方がいいと思うのですが、どうですか? 2時間目が終わった後の20分間の休み時間に練習をした方がいいと思います」
クラスは一瞬静まりかえった。そしてすぐに「えーっ!」という予想通りの反応が返ってきた。
「2時間目の休み時間にサッカーができなくなる! そんなの反対!」
「俺たちはサッカーがやりたいんだよ。なあ、みんな!」
「そうだよ、そうだよ」の大合唱である。田口くんの提案はあっけなく撃沈した。
次に手を挙げたのが岡田くん。
「ぼくは長縄跳びをがんばりたい。そして優勝したい。今は無理かもしれないという気持ちの方が強いけど、はじめから諦めたくはない。ぼくは今まで本気でがんばる経験をしたことがないのでとことんやってみたい」
先ほどの優柔不断なトッシーとは思えない。空気は一変した。トッシーもなかなかのものだ。
ここまでは予定通りの作戦だったが、ここで思いがけないことが起きた。長谷川さんが手を挙げた。
「私も練習して優勝目指してがんばりたいです。そのためには休み時間を潰すのも仕方がないと思います」
学級委員の援護射撃だ。すると「休み時間を潰す」という言葉を聞いたサッカー好きの男の子たちが反撃を開始した。まるで俺たちから休み時間をとったら死んだも同然という勢いである。
傍目に見ていた私は、その反対する子たちの真剣さに笑いをこらえずにはいられなかった。そのあまりの勢いに、これで失敗に終わるかと思ったその時だった。
「はいっ!」
冷静な声で手を挙げた子がいる。誰だ? それは花崎さんだった。花崎さんはどちら側の発言をするのか? 私の心臓は急にバクバクし始めた。
「私は、六年生の思い出としてみんなで力を合わせて長縄跳びをがんばりたいです。この学校では長縄跳びでよい成績を残した六年生がこれまでいなかったので、私たち三組が緑ヶ丘小の歴史を変えたいと思います」
私の目頭が自然に熱くなるのを感じた。あの花崎さんがこんなふうに思ってくれていたなんて思いもしなかった。改めて花崎さんの子どもながらに凛とした強さを感じた。
「これなんだ。花崎さんのいいところって…」
花崎さんはなんでもできる。だからついそれが当たり前のようになってしまってそのことを認めてあげたり、褒めてあげたりするのを忘れてしまっていた。反対にその強さが故に友達との接し方が不器用なところが目につき、欠点を指摘する結果となってしまった。私は花崎さんに改めて教えられた。
こうして三組は、半分いやいやながらもみんなで長縄跳びの練習をすることになった。最後のトドメとしてスタンバイしていた真希ちゃんが出る幕はなかった。しかし真希ちゃんはいつになく生き生きとした瞳を輝かせ、トッシーやグッチ、そして、長谷川さんや花崎さんを見て拍手を送っていた。
それからは2時間目休みになると、みんなが校庭に集まって長縄跳びの練習を始めた。クラスみんなの心がようやく長縄跳びに向いたからと言って急に上手になるものではない。
しかし最初の体育の時間で跳んだ時よりは、みんなの意識も高まってきている。遊びではなく競争であり、優勝を目指すからには並大抵ではない努力をしなければならないということをもっともっと感じ取らせなければならない。そのため、私も自然に厳しい態度で子どもたちに接していた。
「へらへら笑ってるんじゃない。真剣にやれ!」
「並んで待っている時に友達としゃべっているんじゃない。もっと集中しろ!」
「声を出して!」
「そんなにもたもたしてちゃ、回数が上がらないぞ!」
かける言葉も熱くなる。子どもたちも普段とは違う私の様子に真剣だ。
「よーしがんばった。今のところ1分間で70回ペースだから、このまま7分間跳び続ければ500回も夢じゃないぞ! よし、明日もがんばろう!」
長縄跳びの練習の時には、私はすっかり中学校や高校の部活動の鬼コーチのような存在になっていた。
◇
子どもたちにとっての教師とはどうあるべきか。
ある時は優しく友達のような存在であり、ある時は厳しく部活動の鬼コーチのような存在でもあり、またある時は真面目でそれこそ学校の先生らしい時もある。もちろん教師も人間だからそれぞれに性格があり、どの面が多く表れるのかにも個人差がある。
一般的に優しい先生は好かれると言うが、決して子どもたちはいつも冗談を言ったりして楽しいだけの先生を求めてはいない。ある時は威厳があって、近づきたくても近づけないような雰囲気ももっていなくてはならない。そしていけないことをすれば叱ってくれる、そんな先生を求めている。
ふざけすぎてもダメ、厳しすぎてもダメ、真面目すぎてもダメ。だからと言って毎日ころころと態度を変えるのもダメ。教師としてのバランスとその中にある自分のスタンスがやはり大切なのだ。
そこで私は、長縄跳びのコーチとしての存在と普段の先生としての存在を子どもたちに感じてもらうために自分の存在を二つ作ることにした。
「存在を二つ作る?」 一人は「朝見先生」、つまり緑ヶ丘小学校の先生である。そしてもう一人は、三組の担任であり、長縄跳びの鬼コーチであり、休み時間にはサッカーなどをして一緒に遊ぶ兄貴的存在である。
名付けて「ロベルト先生」だ。この名前の由来はアニメ「キャプテン翼」の主人公である「大空翼」にサッカーを教えた「ロベルト本郷」からきている。その「ロベルト」を勝手に拝借したのだ。
「これまで秘密にしていたのだが、先生の本名を皆さんに教えよう!」
急に外国人が片言の日本語を覚えたような口調で、
「私の~、名前は~、朝見ロベルト鉄也~、です」
何だか不思議な間が空いたしゃべり方になってしまった。子どもたちは突然そんなことを言われて思考が停止している。
「私は~、日本とブラジルのハーフで、サンバの音を聞くと~血が騒ぐよ」
キャプテン翼のロベルト本郷も日系のブラジル人であった。子どもたちがどれだけ信じたかは定かではない。信じろという方がおかしい。しかし、私の年齢と同様に、それくらいミステリアスな部分があってもよいということで…。
執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈
浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。