「個別最適で協働的な学びの場のつくり方」岩瀬直樹先生インタビュー
幼稚園児から中学生までが在籍する幼小中混在校(一貫校)の軽井沢風越学園では、日常的に異年齢のグループが一緒にあそんだり、学び合ったりしている。校長・園長を務める岩瀬直樹先生に、個別最適で協働的な学びを実現するために、教師がすべきことについて伺いました。
岩瀬直樹(いわせ・なおき)●1970年、北海道生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。埼玉県公立小学校教諭として22年間勤め、学習者中心の授業・学級・学校づくりに取り組む。2015年、東京学芸大学大学院教育学研究科准教授に就任。 学級経営、カリキュラムデザイン等の授業を通じて、教員養成、現職教員の再教育に取り組んだ。 2016年、一般財団法人軽井沢風越学園設立準備財団設立に参画し副理事長就任。2020年、軽井沢風越学園校長及び軽井沢風越幼稚園園長を兼任。
異年齢集団の価値が公教育を変える!?
――軽井沢風越学園は、異年齢によるホーム制を採用していて、それぞれの活動ごとに小グループを形成するそうですね。つまり、同学年による学級が存在しないとか?
岩瀬 はい。風越学園の大きな特徴は、異年齢の価値を信じていることです。僕は公立小学校の勤務が長かったので、学年ごとの区切りがあって、学級をつくるということに力を注いできたけれど、異年齢の集団をつくることによって、学校が大きく変わるのではないかと考えるようになりました。
異年齢の集団では、年少者は年長者に対して憧れをもったり、年長者は年少者に対して自然に優しくしたり、困っていたら手助けしたり、学びやあそびの中で今までとは違う関係性や新しい価値が生まれやすいのです。これまでも特別活動などで異年齢による関わりはありましたが、日常的なものではありませんでした。
きょうだいの人数は少なくなり、異年齢による地域のあそび集団もほぼ消失していて、習い事も同年齢でやることが増えています。人はそもそも異年齢の中で暮らしていくものなのに、それを子ども時代にほとんど経験できないのは、人の育ちにとって大きな不利益になるのではないかと思います。
学校規模が小さくなっていく中で、一つの学年の中だけで関係性が閉じられてしまうと、子どもたちは日常的に異年齢と関わることがなくなってしまいます。ですから、風越学園では、異年齢での暮らしや学びの価値を、実践を通して考えているところです。
異年齢のもう一つのよさは、比較が生まれにくいということ。比較の中で子どもが傷付くことって多いんですよ。学校はテストをはじめ、同じものさしで比較しがちです。でも、年齢が低いうちは、生まれ月によって発達段階に違いがあるので、「できるできない」の比較が生まれやすい。ところが、異年齢の集団なら、違って当たり前という前提に立てます。みんなが同じことを同じペースで同じようにできることが成長や教育ではなく、人にはそれぞれのペースがあって、自分のペースで学んだり成長したりすることが当たり前という前提に立つことが、これからの公教育においては大事になるのではないでしょうか。
低学年でも、自分たちで学び場をつくることはできる
――低学年は、どんな体験を積むことが大事だとお考えですか?
岩瀬 低学年は、あそびや生活を通した実体験の中で自己選択や自己決定、自己表現することを軸として、自分をつくっていくプロセスだと思います。そのうえで大事なのは、他者にやらされるのではなく、「自分のしたい」という関心や意欲、情熱から出発すること。
例えば、フィールドに刺激になるようなものを一つ置いておくだけでも、子どもたちの関心が大きく変わることはありますよね。自分のしたいことをどんどん試して、自分ってこんなことが好きなんだ、こんなことができるようになっていくんだ、協働するのってこんなふうに面白いんだといったことを認識すること。低学年のうちにこういう体験をたくさんしておくと、年齢が上がるにつれて、自分たちで学びの場をつくることや、仕組みやルールを改善することができるようになります。
風越学園には最初、校舎の中に時計がほとんどありませんでした。チャイムも鳴らないので、時間が分からないわけです。やっぱり、それが気になるという子が出てきて、当時七年生(中一)と五年生と三年生の3人組が、時計を設置するプロジェクトを始めたんです。校舎の隅々までフィールドワークしたり、みんなにインタビューしたりして、どこにいても時間が分かるには、校舎のどこに時計を設置するのがよいのかを考えました。そして、スタッフと交渉して時計を注文し設置しました。
また、体育館にバスケットゴールがなかったのですが、バスケットをやりたい子たちがスタッフの手を借りながら、バスケットゴールを自作しました。ゴールができたら、異年齢のバスケットボールチームが生まれました。他にも、外に設置された木製のベンチがささくれ立っていて危ないからと、一年生の子がラボに運んで修繕した例もあります。
困ったら自分たちでルールを変えてよい、安心で安全な学び場は自分たちでつくることができるという実例にあふれています。
軽井沢風越学園の学びの仕組み
――低学年の時間割はどうなっていますか。
岩瀬 午前中は、あそびと生活科を中心とした「教科融合のプロジェクト」の時間。活動ごとにグループをつくるので、幼稚園児と小学生がまじって活動することもあれば、小学生だけで活動することもあります。
例えば、一・二年生で探検に行ったら、畑仕事をしているおじさんに出会った。その畑の土はすごく柔らかくて、そのおじさんから、「畑の土は20cm下まで柔らかいことが大事」と教わったそうです。でも、20cmってよく分からないから、学校に帰ってくると定規で、「これぐらいだ」と確認していた。そこから「長さの探偵団」になろうと言って、「自分の指は何㎝だ」とか、「他に20cmのものはあるかな」と、いろいろなものの長さを測っているうちに、今度は長さの図鑑を作る子がいたり、手作りしたものさしでもっといろいろなものを測る子がいたり。そうすると、影響を受ける幼稚園児が出てくるわけです。「ぴったり20cmのものを買い取ります」というお店が開かれて、そこに幼稚園児がいろんなものを持ってきて、少し短いとか長いとかやっているうちに、異年齢の中で20cmという長さの知識が共有される。それも、決められたテーマがあって学ぶのではなく、子どもたちの関心が出発点となって、たっぷりあそんでいたら、結果として学んでいたというように、あそびと学びの境目がなく混在しているんです。
土台の学びの時間とは?
午後は、「土台の学び」の時間です。大きく言うと国語の時間と算数の時間になっています。
国語は「読書家の時間」と「作家の時間」と「ことば」があります。
「読書家の時間」は、自分に合う本と出合ってたっぷりと読むというもの。自分の読んでいる本の気に入ったところをみんなに紹介する共有の時間も設けています。
「作家の時間」は、一人ひとりが作家になって、自分の書きたいことを書く時間です。自分が書いたものには、読み手がいるということを大事にしています。ですから、書いた作品は出版し、子どもたちや保護者が読者として読んで、ファンレターが来るということまでやっています。
「ことば」は、まだ文字を覚えたての時期なので、ひらがなや漢字と出合うような時間ですね。
算数は、一年生も二年生も自分たちのペースで学ぶことにチャレンジしているところです。計算問題にじっくり取り組んでいる子もいれば、もっと先の難しい問題にチャレンジしている子もいます。分からないことがあれば、友達に聞く子もいます。「ちょっと教えて、ヘルプヘルプ」と言う子がいれば、友達が教えに行くような場面も見られます。
教室も工夫をしていて、場所によっていろいろな教材が置いてあり、練習問題に取り組むコーナー、難しい問題にチャレンジするコーナー、班で取り組むコーナー、どうしても分からなくて先生に教えてもらうコーナーなどの設定をしています。子どもは自分の実態に応じて、場所を選んで学びます。先日、「今日はどこで学んだらいいと思う?」と私に聞きに来た子がいたので、「今、計算がいい感じでできているから、難しい問題にチャレンジしてみたら?」と返したばかりです。
低学年でも、自分たちで教材や進度を選んで学ぶことができるんです。個別最適な学びは、困ったときに助けてと言える関係性ができていると、ぐっと学びやすくなるし、学びが豊かになります。風越学園でうまくいき始めているのは、午前中にたっぷりあそんでいることが要因の一つだと考えています。
――子ども同士があそんだり、学び合ったりする中でトラブルは起きませんか?
岩瀬 トラブルがあっても、そこで大人が介入するのではなく、子ども同士でとことんぶつかって解決することで、本物の経験になるのだと思います。子どもたちがスタッフに仲裁を求めても、「自分たちの問題だから、自分たちで話したら?」とよく返していて、子どもたち自らで解決策を見いだすまで、平気で1時間くらい見ていることもあります。こちらが多少の環境設定はしますが、その中で子どもたちがとことんまでやってみることが大切。それを、僕らは「過不足なく関わる」と表現しています。過剰に関わってもだめだし、放置してもだめ。その塩梅が難しいのですが、基本的には子どもたちだけでできるということを信じているんです。
取材・文/長 昌之 撮影/西村智晴(岩瀬直樹ポートレート)
『教育技術 小一小二』2021年12/1月号より