「総合的な学習の時間」の授業を実践事例で紹介!
総合的な学習の時間は、教育課程の編成にあたって中心的な地位を占めるようになりました。今後、ますます総合的な学習の時間の授業は重視されるようになっていくでしょう。 しかし、総合的な学習の時間の授業は難しいといわれています。教師の総合力が求められるだけでなく、学校の総合力が試されるからです。
本記事では、田村学・國學院大學教授が推薦する、総合的な学習の時間の授業改善に向けてヒントとなるような優れた実践を紹介していきます。
今回は、姫路城を校区に有する姫路市立白鷺小中学校(山口偉一校長)の長谷川剛教諭の実践を紹介していきます。白鷺小中学校は義務教育学校で、各教科や領域における探究を追究することに取り組んでいます。
監修/國學院大學教授・田村学
取材協力/兵庫県姫路市立白鷺小中学校教諭・長谷川剛
※2019年度に長谷川先生が6年1組を受け持ったときに行われた実践を記事にしています。
目次
単元で育てたい資質・能力
単元名は「姫路城の魅力!PR大作戦」(全50時間)。単元で育てたい資質・能力は次のようなものを設定しました。
●知識及び技能
姫路城の魅力を多くの人たちに知ってもらえるよう、行政、民間などさまざまな人たちが協働しながら進めていることを知る。
●思考力、判断力、表現力等
姫路の魅力とは何かという課題を明確に持ち、必要な情報を収集し、伝えたい魅力に照らして情報を整理して内容をまとめ、最もよい表現で伝えることができる。
●学びに向かう力、人間性等
姫路の魅力を考え、発信することを通して、発信することの喜びや大切さを感じるとともに、自分たちの住む地域に誇りと愛着を持つ。
学級経営以上の課題を持ち総合の授業に取り組む
課題の設定
この学級の子供たちは、校区外から通学している子供の割合が4割強に上り、通塾率が高く、比較的学力の高い子が多くいます。
6年の総合的な学習の時間(以下、総合と略す)で「お城ガイド」をすることが近年の恒例になっていました。「どうせ、総合はお城ガイドやろ」「去年の6年生もやってたし」という発言が子供たちから聞こえてきます。「お城ガイド」をするのが当たり前だと子供たちが思うのも無理はないと思いましたが、4月、5月と学級の様子を見るうちに、「どうせ」という言葉が耳につくようになりました。
「どうせ、先生は◯◯したいんでしょ」「どうせ、先生は◯◯させたいんやろ」何かにつけて教師の思惑を先読みし、見透かしてくる子供たち。「この言葉は自分にとってすごく強烈だった」と長谷川教諭は述懐します。
子供たちの口癖には「どうせ」のほかに、「でもな」がありました。相手の発言に対して、必ず最後に「でもな」という言葉を使い、自分が相手よりも上位になって終わることを好む傾向も強かったのです。その口癖は教師に対しても変わりませんでした。これでは自分の仲良しグループでしか活動ができません。このように対人関係を結ぶことが難しい子が多いということもわかりました。学級経営上の大きな課題に直面しました。
総合の授業は6月から始める予定でした。前年の5年の総合では、商店街を扱った学習を行い、商店街の人に自分たちがつくったものを披露する予定でしたが、諸事情により披露できずに終わっていました。
長谷川教諭は「学級経営のために総合の授業を活用してみよう」と心に決めました。総合的な学習の時間の研究実践に取り組んで10年以上になるのですが、そんなことを思い立ったのは初めてです。それは、総合の授業というものが、仲間や地域の人とつながることの意味や大切さを学びながら、そこで多様な考え方に出合い、議論する中で納得解を見出す力を育むものであり、そのような活動を通じて校区や地域に参画し、地元への愛着や結びつきを高めるという特徴を持つという自身の理解に基づきました。子供同士をつなぎ、子供と地域をつなぐものとして総合の授業が生きるに違いないと考えたのです。
6月に入り、総合の単元開きを迎えました。課題の設定に配分した時間は3時間。6年生の全学級が集まって話し合ったこともあり、課題はすんなりと決定。
「今年の総合の活動をどうしようか」という教師側の問いかけに対して、「これまでも6年生は姫路城に関する活動を行ってきたので、自分たちもそうしたい」という意見がやはり大勢を占めました。
そこで、姫路城についてどう思っているかを聞くと、「昔からずっとある古いお城」「世界遺産」という答えが返ってきます。「それは姫路城が持っている魅力ということだよね。それをみんなはどうしたい?」と聞くと、「もっと観光客に来てほしい」「よさをPRしたい」という意見でまとまりました。その結果、今年の活動は、姫路城にたくさんの観光客が来てほしいという願いを持って、その魅力を多くの人に伝える活動をすることにし、単元名は「姫路城の魅力! PR大作戦」に決定しました。
話合いで合意形成ができない
同じところをぐるぐる這い回る
情報収集
しかし、ここから教師の辛抱が始まりました。
子供たちは姫路城の魅力について調べ始めます。夏休みに入るので、さらに突っ込んで魅力を追究することにしました。
夏休みが明けた9月、各自が調べてきたことを持ち寄り、子供たちがその魅力を出し合うことに。
当初の予定では、①姫路城の魅力、②魅力をPRする方法、③子供ならではのやり方であること、という3つの視点がすべて満たされるものを考え、姫路城の魅力を共有する時間になるはずでしたが、活動はつまずきました。
「木造建築物というのが魅力」
「戦争中でも、焼けずに残ったこと」
「夏休み中に大阪城や二条城を訪れたら、城には秘密の抜け道があることがわかった。姫路城にもあるかもしれない」
意見は出るには出たが、積極的に出し合うという感じではありません。
「それよりも早く伝えようよ」
「魅力を話し合って意味あるの? 時間の無駄だと思う」
「各自が思っている魅力は、それぞれが発信したらええやん」
という声が上がり、子供たちの気持ちは盛り上がらず、姫路城の魅力を出しただけで、その時間は終わりました。
教師としては、姫路城の多様な魅力に出合うことで、子供たちはその魅力を伝えたいと思うだろうという目論見がありました。しかし、子供たちのエネルギーは「どうせ、先生は姫路城の魅力をみんなにわからせたいだけでしょ」と教師の意図を見透かすほうへ注がれたのです。
「これが、この実践のカオスの始まりでした」と長谷川教諭。教諭の研究仲間の間では、子供たちの思いがまとまらない状況のことを「カオス」とか、「這い回る」と呼んでいます。早々と学級がカオスに陥りましたが、実践上の原因ははっきりしていました。課題が子供たちの自分事になっていないのです。子供たちには、魅力を調べることと、それを発信することとの間に必然性がありませんでした。
これが学級会の話合いであれば、議論の柱を教師から提示するところですが、学級経営上の課題のこともあり、自分たちの力でゴールを模索し続けることにしました。つまり、子供に委ねることにしたのです。もちろん、それは放任ではありません。これまで蓄積してきた情報や地域の人材を活用するときが必ず来ると信じました。
そこで、教諭は、思い切って学級で魅力を共有することを諦め、みんなで魅力をPRする方法を出し合うことに切り替えました。どんなPRがよいかを話し合うという拡散的な思考を促す中で、学級で共有する思いや願いが子供たちに見えてくるのを待とうと考えたのです。
姫路城の魅力をPRする方法を考える活動に入りました。そこでは、
「イベントを開催する」
「PR動画を作成する」
「お城をガイドする」
「ライトアップをしてみたらどうか」
「パンフレットをつくる」
というアイデアが出る一方で、
「イベントなんかしたくない」
「お金がかかる」
「ライトアップなんか、無理」
「子供だけでできない」
と相手のアイデアを否定し、デメリットを指摘する意見が集中しました。
子供から「ユーチューブに上げておけば、みんなに見てもらえる」という発言が出たのを機に、「最初から無理と言わないで、実際に姫路城を映し出すプロジェクションマッピングをしている人がいるから、話を聞いてみたらどう?」と提案してみますが、子供たちの反応は薄いものでした。「電話してみたら」というと、首を横に振ります。子供たちには、学級の子同士や外部の人と協働することに対して大きなハードルがあるようでした。
「そろそろヤバくない?」 子供の気持ちがまとまる
整理・分析
こうした停滞期が続く中、長谷川教諭は、ある子が夏休みに姫路城の魅力を探るために大阪城や二条城に行き、城の魅力をノートにまとめていたことを思い出しました。そこに二条城で「
9月下旬、その子に今度の総合の授業に持ってきてくれないかと頼むと、すぐに学校に持参して見せてくれました。子供たちは一斉に「御城印」に群がります。
「何、これ?」
「知ってる! 私も持ってる」
「すごい!」
と騒ぎ出しました。
誰かが「姫路城もあるんかな?」とつぶやいたので、すかさず長谷川教諭が「もし姫路城にないとすれば、君たちがつくったら、すごいんじゃない?」と言葉を差し込みます。
「ほんとや、つくったら売れるで」という声が教室に響きました。子供たちの気持ちが高まり、話合いが始まります。
「なぜ御城印がいるのか」というネガティブな質問が出たが、「御城印」を持ってきた子が、「姫路城の魅力を伝えるだけじゃなく、形として思い出に残れば、また来たいと思ってもらえると思う」と答えると、子供たちから「そうだ」という同意する感情が湧き上がりました。
ここで一挙に、「御城印」を作成することに決まります。
「これで、子供たちは動き出す」と長谷川教諭は感じました。そして、姫路城を訪れる観光客に「御城印」を渡して姫路城の魅力をPRする子供たちの姿を思い描きます。当時の姫路城には「御城印」がないということを事前につかんでいたことは言うまでもありません。
10月初め、奈良と京都への修学旅行に行きました。旅行中、子供たちはバスガイドさんの話を聞くことが難しいようでした。お礼を言わずに別れたということもあり、学級会で感謝の気持ちをビデオレターで送ることに。学級会では、「修学旅行で素敵な思い出をつくってほしいというバスガイドさんの気持ちを想像してみてごらん」と助言しました。姫路城の魅力をPRする子供たちにも、バスガイドさんと同じ姿勢でお城ガイドをしてくれることを期待します。
修学旅行の前後になって子供たちは、「姫路城を訪れる観光客の思い出や記念になってほしい」という気持ちでまとまりました。
ビデオレターの録画を撮り終えると、子供たちは焦り出します。「そろそろヤバくない?」という声が休み時間に聞かれ始めました。
「このままじゃ、間に合わない」
「これからどうしていくのかを話し合おう」
と子供たちが言い出し、話合いが始りました。
最初に教師が、「姫路城を訪れる観光客の思い出や記念になることを考えるんだよ」と活動のゴールを確認。
子供たちは自分たちの活動に対する問いを立て、一人一人が自分の意見を短冊に書き、黒板に貼り出しました。次には、なぜそのような問いを持ったのかを尋ねながら、各自の意見をカテゴリーに分けます。
分類が終わると、
「まず御城印の内容やデザインを考える」
「次に観光客への渡し方を考える」
「姫路城の魅力もだらだら伝えてたらあかんから、国語の時間にまとめよう」
と行動の優先順位を決めました。
活動のゴールに向かうために、どのようなことを今後考えていけばよいのかという見通しを、学級全体で共有することができました。カオスから抜け出した瞬間です。
休日に観光客に取材し、姫路城を訪れた目的を模造紙にまとめてくる子供たちが現れました。人と交わろうとしない子が、「姫路城の守りの複雑さを魅力として紹介したい」と言い出します。「御城印」づくりに批判的だった子が、自分のPR原稿を熱心に書くようになっていました。
子供たちが自走し始めました。ようやく探究のサイクルが回り始めたのです。
「この学級の子供たちには、5年の総合が不完全燃焼に終わったので、今年こそ形にしたいという気持ちがどこかにあるはずだと考えていました。子供の思いが熟すための手立てを考えつつ、形にしたいという気持ちが高まるのをじっと待ったことがよかったと思います。総合の実践の中に混沌としたカオスのような時期があるからこそ、それが次のステップに進むエネルギーになり、子供たちは出口を求めていくのだと考えます」(長谷川教諭)
取材・文・写真(一部)/高瀬康志
『教育技術 小五小六』2020年7/8月号より