Q&A/人工知能研究者・感性アナリスト 黒川伊保子さん:生成AIが子供の脳の発達に与える影響は大 リアルな体験を大切に【AI時代の教育-教師の新たな役割とは②】
大人たちが気軽に生成AIを使う時代になり、小学校でも生成AIを使った授業が徐々に増えてきました。ただ、「小学生が生成AIを使っても大丈夫なの?」と気になる方がいるのではないでしょうか。そこで、専門家の話を聞いてみることにしました。連載の第2回は、人工知能の研究者であり、子育て経験もある黒川伊保子さんに、八つの質問にお答えいただきました。

黒川伊保子(くろかわ・いほこ)
株式会社感性リサーチ代表取締役、人工知能研究者、感性アナリスト、随筆家。 1959年、長野県生まれ、栃木県育ち。1983年奈良女子大学理学部物理学科卒。人工知能研究の立場から、脳を機能分析してきたシステムエンジニア。脳のとっさの動きを把握することで、人の気分を読み解くスペシャリスト(感性アナリスト)である。コンピュータメーカーにてAI開発に携わり、男女の感性の違いや、ことばの発音が脳にもたらす効果に気づき、コミュニケーション・サイエンスの新領域を拓く。2003年、㈱感性リサーチを設立、脳科学の知見をマーケティングに活かすコンサルタントとなり、現在に至る。人間関係のイライラやモヤモヤに〝目からウロコ〟の解決策をもたらす著作も多く、『妻のトリセツ』をはじめとするトリセツシリーズは累計で100万部を超える人気。現在は、NHKラジオ第一の生放送番組「ふんわり」(8:30~11:50)の金曜メインパーソナリティーも務める。『子どもの脳の育て方 AI時代を生き抜く力』『対話のトリセツ』(講談社+α新書)など著書多数。
目次
Q1 小学生が生成AIを使うことに対してどう思いますか?
著書の『トリセツ』シリーズで有名な黒川伊保子先生は、人工知能の研究者でもあります。まず聞いてみたかったのは、小学生が生成AIを使うことに対して研究者はどう思うのか、ということです。
〈伊保子先生の回答〉
基本的には反対ですが、使い方によっては熱烈推奨したい場面もあります。
「基本的に反対」の理由ですが、この質問、私には「小学生が算数の宿題に電卓を使うことをどう思いますか?」と同じ質問に聞こえます。
12歳までの脳にとって必要なのは、知識を記憶することではなく、直感的につかむ能力の獲得です。計算能力のない人が電卓を使うと、記号上の正解をいきなり獲得するので、数や量を直感的につかむ能力(小脳)の発達を妨げます。
小脳は身体制御の中枢司令塔で、身体を動かし、五感から入ってくる情報と脳内に構築されるイメージをすり合わせながら、勘を獲得する場所。このため、実際に鉛筆を使って計算したり、物に触って数や量を確認したり、数や量に関することで、美しいと思ったり、うれしいと思ったり、楽しんだりすることで、その能力を上げるところです。
小学校の教育課程は、基本的に「子供たちが、身体や五感にリアルに起こることと、脳のイメージをすり合わせながら、体験したり、感動したりすること」のためにありますよね?
脳の発達段階からいって、これはとても理に適っています。
四則演算のできない子に電卓を与えたら、この教育理念そのものを台無しにします。
普通に四則演算を習えば、私たちの脳には、2という数字、3という数字に、それぞれ違う量感や質感を感じるようになります。
これがあるから、美容師さんが「ヘアカラーを3:2で混ぜて」と言われたら、目分量でそれができるし、出来上がりの色もある程度想像できるわけ。
小学校の算数の課題を全部電卓で解いていたら、数字は記号に過ぎず、料理の目分量とか、アナウンサーが残り時間を直感的につかんで、ぴったり放送を終わらせるとか、株価を予測するときのちょっとした勘とかが働かなくなります。
計算ができるということは、生きる力の大きな基礎力なのです。
もちろん、計算能力のある人が、日々の作業で電卓を使うのは大いにありですが、学習過程の脳にとっては、学びの機会を奪われることになる。
この電卓の例は、多くの方が納得されると思いますが、AIもおおむね同じです。
本来ならば、自分で発想して、自分で展開して、試行錯誤の末にたどり着く解に、いきなりたどり着く。これは、小脳を成熟させるべき12歳までの子供には、大きな学習機会の損失になります。
ちなみに、現在、生成AIは、会議の録音を入力して、それなりのプロンプトを入れると、議事録をあっという間に書いてくれますが、新人に、既存のプロンプトを使うことを禁止する会社も多いのです。会議の内容をデータ的にも、直感的にも把握することは、「プロの勘」の第一歩だからです。
とはいえ、自ら議事録生成のプロンプトを生成することは、もちろん禁止されていません。それができたら、「プロの勘」の可視化になるからです。
自ら、リアルに議事録を書けるようになりながら、生成AIに相談しつつ、プロンプトを構築していく。これをすることによって、自らの勘を客観的に見つめ直せるので、先輩の手を煩わせることなく議事録作成能力が向上し、やがて、仲間からほしがられるようなプロンプトが書けたら超一流、指導者にもなれるってことですよね。
これを小学生にも応用できると思います。
小学生の場合、以下の二つの条件においては、AIは脳の学びを豊かにするツールになると思います。
①発想や考察が必要な課題に限定して生成AIを使うこと
②「課題として与えられたテーマを、そのままAIに丸投げすることは禁止。自分で考えて、何らかのインスピレーションを得たら、そのインスピレーションについてAIと対話してみる」という使い方を順守すること
夏休みの自由課題に、これをしてみるのはどうでしょうか?
夏休みの課題はこれ一本に絞って、じっくり生成AIと対話させるのも手です。
Q2 小学校の先生が知っておくべき生成AIの特徴は?
生成AIを使うことで失われるものもあるということを知ったうえで、授業の中で適切に使っていきたいですね。他にも、生成AIについて小学校の先生が知っておくべきことを教えてもらいました。
〈伊保子先生の回答〉
生成AIは、あらゆる可能性を広げて、回答を生成します。
この「あらゆる可能性」の一つが、現実世界にないこともあります。
つまり、結果、噓をつくことがあるわけです。
AIの回答を鵜呑みにしないで、検証してみるという習慣も一緒に教えてあげてください。
大学生にわざわざ生成AIを使ってレポートを書かせる実験をしてみると、普段成績のいい学生は成績が下がり、逆に成績の悪い学生は成績が上がる傾向にあるそうです。
現在の汎用AIは、標準化・平均化した回答をしてくるので、AIに頼っている以上、「普通の人」にしかなれません。
「AIは、手下として使うもので、師匠として頼るものではない」
このことを忘れないでください。
そして、この精神を子供たちにも教えてあげてほしい。
課題を丸投げにして、その回答を自分の回答にするのではなく、課題から得たインスピレーションや実行手段について意見を聞いてみるのです。「お前、このこと、どう思う? どうしたら、これが実現できるかな? なにか、欠点はないだろうか?」のように。