田村学氏インタビュー「福島県の探究を全国の先生に知ってほしい」【福島県大熊町「学び舎 ゆめの森」の挑戦#1】
去る2025年6月28、29日の両日、日本生活科・総合的学習教育学会の山形県大会が開催され、終了とともに来年度の開催地である福島県へバトンが渡された。文部科学省の田村学主任視学官は、この福島県の「探究」が、今後の日本の教育を考える上で大きな意味をもつと語り、とくにその福島県の探究を象徴する存在として、福島県双葉郡大熊町に創設された町立義務教育学校「学び舎 ゆめの森」(以下「ゆめの森」)や県立中高一貫校「ふたば未来学園」の実践について、ぜひ全国の先生方に注目してほしいと訴えている。その理由はどこにあるのか。
このシリーズ連載では、全国から注目される「ゆめの森」の教育実践や、同校の南郷市兵校長が見据えるビジョンを紹介しつつ、人口減少が進むこれからの日本の教育のあり方を探っていきたい。初回となる今回は、キーノートとして田村主任視学官のお話を紹介する。いま、なぜ、福島に注目すべきなのか。
取材・構成/矢ノ浦勝之

田村 学 氏
文部科学省初等中等教育局主任視学官。元國學院大學人間開発学部教授。新潟県上越市立大手町小学校教諭、柏崎市教育委員会指導主事などを経て現職。著書に、『考えるってこういうことか!「思考ツール」の授業』(2013 小学館)、『こうすれば考える力がつく! 中学校思考ツール』(2014 小学館)、『授業を磨く』(2015 東洋館出版社)、『深い学び』(2018 東洋館出版社)、『「深い学び」を実現するカリキュラム・マネジメント』(2019 文溪堂)、『「学習指導要領がめざす」子を育む!「ゴール→導入→展開」で考える「単元づくり・授業づくり」』(2022 小学館)など。
目次
福島県の探究の取組はこれからの日本のモデルケース

今回、「ゆめの森」や「ふたば未来学園」の取組に象徴される福島県の探究を、全国の先生方に知っていただきたいと願う目的ははっきりとしています。東日本大震災と福島第一原発の事故で、何年にもわたって故郷を離れて生活せざるを得なかった双葉郡には、特別な探究プログラムとして「ふるさと創造学」があり、各学校で実践されています。これは震災や原発事故で大きな被害を受けた双葉郡の子供たちに、ふるさとの未来を育めるような力を育てていくことが主目的の探究です。
双葉郡は、震災で住民の多くが故地を離れざるを得なくなったところに少子化も高齢化も一気に押し寄せ、自治体の存続が危ぶまれる状況に追い込まれてしまいました。そのために、「ふるさと創造学」を始め、福島という自治体の未来を考えていく子供たちを育てようとしてきています。
こうした『ふるさと創造』の取組みのひとつとして、大熊町が0歳~15歳の子供たちがともに学ぶ学校である「学び舎 ゆめの森」をつくり、施設設備も教育内容もより一層充実させ、子供一人一人のよさを生かすようにしようとしているということは、とても大きいことです。さらに現時点では子供も少ない(園児・児童・生徒数93名)中で、ICTを活用し、自己調整しながら進める学習等も取り入れ、地域の人と協働で演劇も行いながら一人一人に応じた学習を図っているわけです。
もちろん、それは一見すると「特殊な状況での特殊な学校における特殊な実践であって、自分たちと関係ないのでは?」と思う方もおられるかもしれません。しかし、少子化や高齢化の進行によって、何年先、何十年先に存続が危ぶまれる自治体は、全国に少なくありません(※)。つまり日本の地方自治体の持続可能性を考えてみるとき、大熊町の「ゆめの森」の取組みは、きっと重要なモデルケースになると思います。
※注:「人口戦略会議」は2024年春、「日本の地域別将来推計人口(2023年推計)」に基づき、全国の地方自治体の「持続可能性」について分析。それによると、全1729自治体中、744の自治体が消滅可能性自治体になるという。
地域社会の存続のため、学校の持つソーシャルキャピタルとしての機能に、学校が地域づくりの核となる存在になることが求められる時代が遠からずやってくるでしょう。それは人口減少傾向が強い地方の自治体に限らず、都会の学校でも同様のことが求められ、「学校では教科の勉強だけしっかりすればよい」という状況ではなくなってくるはずです。
地域の真ん中にあり、多様な人が関わる学校

そもそも人間は群れて暮らす生き物ですが、その群れを形成するときにはできるだけ多様な人がいた方が良いと思います。しかし、現代の学校は子供たちを同年齢で輪切りにし、集団を形成するシステムになっています。それは、一定の学習内容を安定的に獲得する上では効果的だったでしょう。しかし、人が学ぶべきことはそれだけではありませんから、タテやヨコやナナメの多様な関係がある方が、人が人として暮らしていく上で価値が高いのだと思います。そういう場が学校というところを中心に形成されることが、学校の持つ社会的機能を高めることになるはずです。
それについては、今から十数年前にイギリスに調査に行き、「学校がいかにこれからの道を探っていくのか」熟考して、新たな道を歩み出した実例を取材することで、強く実感したところです。やはり地域から学校がなくなると、地域に元気がなくなります。子供の声や子供の足音がすることが重要なのです。
その意味で、地域における学校というものの存在はとても大きなものです。その学校で、子供たちが探究活動を通して町の人との関わりも増え、地域に出て多様な人と出会う機会も増していけば、その多様な関わりが、子供たちにとってはもちろんのこと、地域にとっても重要な力になるのです。
地域の真ん中にあって、地域の人が多様な場所から入って来られるような「ゆめの森」の場としてのしつらえの独自性は、大きな役割を果たしていると思います。もちろん、過去に事件や事故があってセキュリティ上の要請から学校のバリアを高くせざるを得ない面もあります。しかし、それによってこれまでの学校は入るのにハードルが高い傾向がありました。でも「ゆめの森」は、ちょっとしたときに町の人がふらっと立ち寄ったり、子供たちに声をかけたりできるような場となっています。それがとりわけ今の大熊町にとって求められることでしょうし、これからの多くの地域の学校にとっても必要なことになるだろうと思います。
