思考力と心を育てる【意見をつなぐ学び合い】の実践~中二国語 走れメロス~

子どもたち個々人の考えを大切にし、個々人の成長をサポートしながら、学級経営もしていける。【意見をつなぐ学び合い】は、そんな授業法です。今回は、中学二年生の国語教材としてあまりにも有名な『走れメロス』を題材に、授業の実践方法をご紹介します。教育アドバイザーとして全国各地で講演しながら、現在も授業実践を重ねている田畑栄一先生によるメソッドです。

執筆/教育コンサルタント 田畑栄一
目次
はじめに
今回は中学国語科の授業づくりで、太宰治の名作「走れメロス」を取り上げます。登場人物の気持ちや行動について、多様な考え方が生まれやすいという魅力ある教材です。そのため、一人ひとりの考えを大切にしながら、他者の意見にも耳を傾け、話し合っていくことに適していると言えるでしょう。
こうした話合いを通して、生徒たちは新しい見方や気づきを得ることができます。それにより、物語の理解を深めるだけでなく、自分の考えを広げたり、深めたりする力が育っていきます。周りと協働する力は、これからの社会を生きていくうえでとても大切な力です。
まずは、「走れメロス」という物語の魅力について、みんなで考えていきましょう。
「走れメロス」の教材的価値と「協働的な学び・意見をつなぐ学び合い」
⑴ 多様な読み方ができる
『走れメロス』は、登場人物たちの心情や行動の背景について、多様な視点から読み解くことができる教材です。「友情」や「信頼」といったテーマはもちろん、「正義とは何か」といった問いにもつながっていきます。たとえば、「メロスの判断は正しかったか」という問いに対しては、「勇敢な行動」と捉えることもできれば、「無謀な行動」と捉えることもできます。このように、一つの出来事やメロスの判断に対して多様な意見が生まれてくることがこの教材の魅力の一つです。
対話や会話を通して異なる意見や価値観に触れることで、人間の心の複雑さや葛藤への理解の深まりが期待できます。そして、生徒たちは他者の視点から刺激を受け入れながら、自らの考えを再構築していく力を育んでいくことができます。
⑵ 論理的に考える力が育つ
意見をつなぐ学び合いでは、生徒は自分の意見を文章の根拠に基づいて伝える必要があります。その過程で、「なんとなく」という感覚的な読みだったものが、論理的に整理され、より明確な主張ができるようになります。また、他者の意見と比較することで、自らの考えの妥当性を再確認する機会にもなります。複眼的な思考や俯瞰的な思考が育ちます。
⑶ 協働して考える力が育つ
例えば、「メロスの判断は本当に正しかったか」という問いを設定し、ペア・グループ・全体で意見を交換します。これにより、生徒たちは互いの考えを尊重しながら協力し、結論を導き出そうと話し合い、主体的に思考を深めていきます。このような学びの姿は、他者と協力しながら最適な答えを模索する力を育てることにつながります。学校における学びの価値の一つは、他者の発言を通して自分の視野を広げ、考えを深めていける点にあります。そして最後には、生徒一人一人が「納得解」として、自分なりの結論をまとめていきます。
⑷ 聴く力・伝える力が伸びる
意見をつなぐ学び合いでは、「自分の意見を述べること」と同じくらい、「他者の意見を聴くこと」が重要です。その際に活躍するのが、「メモ」です。メモを取る力は、話合いの流れを整理し、考えるための材料となります。
また、多様な意見を聴くことによって、異なる価値が存在することに気づいていきます。話合いの場で「なるほど、そういう考えもあるのか」「自分とは違う。しかし、新しい視点を得ることができた」といった他者の意見を受け入れることで思考の広がりを体感することができます。
⑸ 主体的に学ぶ姿勢が育つ
教師の説明を聞くだけではなく、生徒同士が能動的に考え、話合いすることで、「授業に参加している」という実感を持ちやすくなります。特に、『走れメロス』のような感情が揺さぶられる内容は、生徒の内発的動機を高め、学びの意欲を喚起するきっかけになります。
単元計画づくりのヒント
「協働的な学び・意見をつなぐ学び合い」を意識した『走れメロス』の単元計画づくりにおいて、私は次のような流れで実践を試みました。
<単元目標>
◎文学的文章の特徴や「読み方」を知り、登場人物の行動や心情を読み取る力を身につけること。
〇表現の工夫や言葉の持つ力を理解し、自分の表現に生かす力を身につけること。
〇登場人物や語り手、他者の見方・考え方に触れ、自分の考えを広げ深める力を身につけること。
<単元計画概略>
1 範読を聴き、初発の感想などを記入する。
2・3 三大要素(人物・場所・時)を理解する。
4 描写(会話・情景・行動・心理)を理解する。
5・6 学習課題「メロスは本当に勇者か」の立場を決め、文章の根拠・理由を考える。
7・8 「メロスは本当に勇者か」を話し合い、読みを広げる。
9・10 「話合い」を生かし自分の言葉でまとめを書く。
授業づくりの意図と身につく力
学習課題
「メロスは本当に勇者か」
単元計画概略
1時間目 範読を聴き、初発の感想などを記入する
まずは、作品全体の雰囲気や文章のリズム、登場人物の動きや気持ちの変化を味わうために、範読を丁寧に聴きます。教師が心を込めて読むことで、物語の世界に入り込みやすくなります。その後、「初発の感想用紙」を配布し、以下の三つの視点で感想を書き出します。
感想:読んでどう感じたか。印象に残ったことや、心が動いた場面、共感したことなどを自由に書きます。
上手いと感じた描写:言葉の使い方、情景の描き方、人物の表情や行動など、「いいな」と感じた文章を抜き出し、その理由も添えて記録します。
こんな課題で学び合いたい:物語を読んで「もっと考えてみたい」「みんなと話し合いたい」と思ったことを問いとして立てます。
ここでは短時間でもいっぱい書ききることが大切です。頭の中に浮かんだことをとにかく文字にしていく経験を通して、「自分の思いや疑問が、授業づくりの今後につながる価値ある行為」と実感できるようにします。また、文章を書くことで、自分の気持ちや考えを整理しながら物語の内容理解も一層深まっていきます。
2・3時間目 三大要素<人物><場所><時>を理解する
文学的な文章(物語)は、説明的文章とは異なり、三大要素(人物・時・場)が明確に構造化されています。これが文学的文章の一つの特徴です。この構造を理解することは、物語を読み取るための鍵となります。特に、文章を丁寧に読み込むことで、誰もがこの三大要素の骨組みを捉えやすくなります。結果、登場人物の言動や心の変化、場面の移り変わり、そして出来事の展開の流れを把握することで、物語全体の意味やテーマへの理解が広がり、深まります。
三大要素を押さえることの価値を整理してみます。
物語の骨組みを捉える力:単に漠然と読むだけでなく、人物・時・場所を意識して捉えることで、出来事の前後関係や場面の転換や背景など物語の「骨組み」を理解する力が育ちます。
登場人物の心情を読み取る力:登場人物がどのような場面で、どんな出来事に出合い、どう気持ちが動いたのかを読み解くことで、人物の関係性がつかめ、物語の理解が深まります。
根拠を基に伝える力:自分の読みの根拠を三大要素に基づいて説明できるようになるため、話合いの中でも他者に伝わる言葉で論理的に伝えられるようになります。
思考を広げる力:物語の構造を理解することで、例えば、この場面が存在する価値に気づき、思考が広がり発展的な学びにつながっていきます。
物語の三大要素を意識して読み解くことは、単なる読み取りにとどまらず、思考力・表現力・共感力を育てる豊かな学びへとつながっていきます。
4時間目 描写(会話・情景・行動・心理)を理解する
文学的文章のもう一つの特徴である「描写」には、会話・情景・行動・心理があります。描写を理解することは物語の深い理解につながります。そして、表現力の向上にも欠かすことができません。
物語を深く読む:描写を丁寧に読み取ることで、人物の気持ちや物語の意味の変化、作者の意図を読み解けるようになります。表面だけのあらすじの理解から一歩進んだ読解力が育ちます。
表現力が向上する:描写の工夫に気づき、自分でも真似して使えるようになることで、文章表現が豊かになっていきます。
感性が育つ:人物の言動や場面の描写に込められた意味に気づけるようになり、心の機微を読み取る感性が育ちます。
自己内対話が深まる:描写を手がかりに、「この言葉が表す象徴は何か」「この場面設定にはどんな役割があるのか」といった気づきが生まれることで、自己内対話が起こり、読みが深まっていきます。
こうした描写の理解は、単なる読解のテクニックではなく、文学を読み解く力、表現する力、そして想像する力へとつながる、大切な読みの視点です。したがって、文学教材を扱う際には、描写に注目した指導が欠かせません。文学教材を学ぶ価値の一つは、まさにこの「描写」がもたらす深い読みの可能性にあるのです。
5・6時間目 学習課題「メロスは本当に勇者か」の立場を決め、文章の根拠・理由を考える
「走れメロス」を読み進める中で、生徒たちはまず、範読を通して物語の世界に引き込まれ、「友情ってすごい」「信じ合っている二人に感動」「メロスの行動力に惹かれる」など、率直で前向きな感想を数多く記してきました。これらの初発の感想には、メロスの行動に対する素直な憧れや感動が込められており、物語全体を肯定的にとらえる感想が多くありました。
その一方で、「メロスは勇者か?」といった感想もありました。この視点は多面的に読み取ることができるのではないかと考え、これをきっかけにクラスで話し合い、「メロスは本当に勇者か」という学習課題に練り上げました。この学習課題に対し、生徒たちも「おもしろそう」「話し合ってみたい」と前向きな反応で折り合いをつけました。これをきっかけにさらに授業にワクワクしながら臨むようになりました。
7・8時間目 「メロスは本当に勇者か」で、話し合い、読みを広げる
学習課題に対して、「メロスは勇者である」「勇者ではない」「どちらともいえない」という三つの立場に分かれて、意見をつないでいく協働的な学びを行います。物語を場面①から⑥まで順を追って読み進めながら、それぞれの場面に応じて立場ごとの視点から考察を深め、段階的に話合いを積み重ねていきます。最終的には、全体での総合的な話合いを行い、自分の考えを再構築する機会とします。
話合いにあたっては、ルールを設け、子どもたちが建設的に意見を深め合えるように工夫します。それは今後詳しく解説します。こうしたルールのもと、多くの子どもたちが意欲的に発言し、自分の考えを言葉にすることに挑戦します。
発言を聞きながら熱心にメモを取り、自分とは異なる意見にも真剣に耳を傾けている姿が印象的でした。「その意見はP〇L〇から読み取れる」「私は違う考えだけど、その理由を聞いて納得した」といったコメントが振り返りに書かれていて、内面的な刺激を感じ、活気のある学びの空間が教室に広がっていました。「自分の考えに自信がもてた」「相手の話を聞くことで、新しい見方に気づいた」といった振り返りもありました。話合いは2時間では足りないほどで、子どもたちにとって新しい刺激を受け、思考を広げ、深める時間になりました。
9・10時間目 「話合い」を生かし自分の言葉でまとめを書く
学習のまとめとして、子どもたちは「教材」「自分で考えた根拠と理由」「話し合った材料」を活用しながら、学習作文に取り組みます。そこでは、読みを深めていく中でどのような変化があったのか、また、友達の発言からどのような刺激や気づきを得たのかといったことを、自分の言葉で丁寧に綴っていきます。
実際に多くの生徒たちが、示された条件を意識しながら、B4サイズ1枚以上を意欲的に書き上げる姿が見られました。自分の思考の軌跡を文字として可視化する経験を通して、達成感と深い学びを味わっていました。
これらの学習作文には、他者の意見との違いから自分の考えが揺さぶられたことや、自分では気づけなかった点に触れたことで読みの変容がおきたことなど、授業を通して思考が育まれていった様子を見ることができます。単なる「感想文」ではなく、「読み」と「自分自身の成長」を言葉で表現する姿に、国語の学びの本質が表れます。
授業で「私、〇〇ができる。やれる!」というマインドが育つことが最も大切であると捉えています。
おわりに
今回は、「走れメロス」の単元づくりを通して、「協働的な学び・意見をつなぐ学び合い」について考えてきました。この学びには、これからの予測不能な多様化時代に必要な教育の価値が詰まっています。生徒たちは、自分の考えを出し合い、他者の意見に耳を傾けることで、新しい視点と出合います。「そんな見方もあるのだ」と驚いたり、「なるほど」と納得したりする姿が見られます。どんな意見にも互いを否定せずに認め合うことで、安心して話せる教室になっていきます。そうした関係が、深い学びへとつながっていくのです。学びは、教師と子どもたちが一緒に問いを深め、価値を見つけていくものです。 話合いが、子どもたちの心を動かし、学ぶ喜びを引き出します。そんな笑顔あふれる教室をつくっていくヒントになったら幸いです。
<プロフィール>
田畑栄一(たばた えいいち)
前埼玉県公立小学校校長
埼玉県公立中学校国語科教諭、指導主事、教頭職、校長職を歴任。校長職は10年間。
著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる ~笑う学校には福来る~』(協同出版)、『クラスが笑いに包まれる! 小学校 教育漫才テクニック30』(東洋館出版社)、『学級づくりと授業に生かすカウンセリング』(共著・ぎょうせい)、『教育漫才のススメ』(監修・フレーベル館)。NHK EテレなどTV出演も多数。現在は、全国各地での講演や研修を実施NHK EテレなどTV出演も多数。
現在は、全国各地での講演や研修を実施/私立学園中学校・高等学校国語科講師/NPO法人東京メンタルヘルス・スクエア理事・教育コンサルタント/こしがやFM86.8 教育パーソナリティーなど。