よい授業づくりと学級づくりの両方をかなえる「意見をつなぐ学び合い」とは?~学校の正解主義からの脱却を目指して~
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授業の個別最適化や協働的な学びが推奨されている昨今、皆さんはどんな授業づくりをしていこうとお考えですか? 子どもたち個々人の考えを大切にし、個々人の成長をサポートしながら、学級経営もしていける…。そんな方法があるとしたら、試してみたいと思いませんか? 教育アドバイザーとして全国各地で講演しながら、現在も授業実践を重ねている田畑栄一先生の、素敵なメソッドをご紹介します。
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執筆/教育コンサルタント 田畑栄一
目次
新しい学びへ向かって
現在、先生方の授業の中心には「個別最適な学び」と「協働的な学び」が据えられていることと思います。児童生徒一人ひとりの学びの特性に寄り添いながら進める視点と、他者との対話を通じて理解を深める視点が求められているからです。さらに、タブレット端末の導入により、これら二つの視点を効果的に組み合わせた「複合的な学び」の実践も期待されています。
児童生徒の実態に応じた授業改善に、先生方も日々、創意工夫をされているのではないかと思います。
そんな先生方のヒントになればと、私が実践を進めてきた、クラスの児童生徒一人一人の思考や発言を活かしながら学びを深める「協働的な学び」についてご紹介していきたいと思います。
特に「クラス全体でのコミュニケーションを通じて学習課題に迫る授業の進め方」をテーマに、具体的な実践をお示ししていく計画です。
国語の授業において、文学教材や説明的文章を通じた学びは、単なる知識の獲得にとどまらず、思考力・判断力・表現力を育む大切な機会となります。そのため、私自身も、児童生徒が主体的に学び、互いに意見を交わしながら深い理解へとつなげる授業づくりを目指し、日々模索を続けています。
本連載では、中学校向けの教材を使っていく予定ですが、私の小・中学校両方の指導経験から、いずれの学校種においても有効であるとの実感を得ています。
この取り組みが、先生方のお役に立てたならば幸いです。ぜひ、ヒントが見つかったら、先生方の授業に取り入れていただき、児童生徒の学びがより豊かになる一助としてご活用ください。
次期学習指導要領改訂に向けての課題
令和6年12月25日、文部科学省が中央教育審議会に諮問した資料から、現代の教育が抱える重要な課題として次の三点が示されています。これらは、今後の授業づくりの基盤となる重要な視点であり、教育現場においても深く理解し、適切な対応を講じることが求められます。整理してみます。
1 学ぶ意義を見いだせず、主体的な学びが難しい児童生徒の増加
近年、我が国の児童生徒たちの幸福度は国際的に見ても低い水準にあり、不登校者の増加が深刻な社会問題となっています。その背景には、学ぶ意義を見いだせず、主体的な学びに向かうことが難しい児童生徒が増えていることが挙げられます。また、特別支援教育の対象となる児童生徒や、日本語を母語としない外国人児童生徒、特定の分野に対して強い興味を持つ児童生徒たちに対する教育支援の充実が強く求められています。
特に、日本の教育では「正解主義」や「同調圧力」が根強く残っており、これが児童生徒たちの自由な発想や学ぶ意欲を阻害する要因となっています。そのため、一人一人の個性や能力を尊重し、それぞれの児童生徒が持つ興味や関心を活かしながら、主体的に学ぶ力を育てる教育が不可欠です。教師は、児童生徒たちの可能性を開花させるために、学びの楽しさや意義を実感できるような授業の工夫を積極的に行う必要があります。
2 知識の深い理解と自律的な学びの不足
現代の教育では、知識の獲得は重視されているものの、その知識を現実の事象と結びつけて活用する力や、概念的な理解を深める力が十分に育まれていません。
例えばAIの発達により、単純な知識の記憶や検索は機械に代替させられる時代になりました。
そのため、知識の単なる習得にとどまらず、獲得した知識をもとに物事を論理的に考えたり、批判的に捉えたりする力、さまざまな知識を組み合わせて新たな概念を発想する力を養うことが必要です。
自分の考えを明確に持ち、それを根拠に基づいて説明できる力も十分に育成されているとは言えません。
さらに、自ら学び続ける力や、自分の学びに対する自信を持つことが難しい児童生徒も多い現状があります。
これを克服するためには、学びのプロセスを重視し、単なる知識の暗記ではなく、探究型の学習や対話的な授業を取り入れることが求められます。
3 デジタル学習基盤の活用と課題
GIGAスクール構想のもと、1人1台端末の導入が進められ、デジタル技術を活用した学習環境の整備が進んでいます。しかし、その活用はまだ初期段階にあり、教育現場での実践が十分に確立されているとは言えません。デジタル学習の利点を最大限に活かしつつ、従来のリアルな学びとのバランスを取ることが重要です。
例えば、デジタルツールを単なる学習の補助としてではなく、児童生徒たちが主体的に活用できるような仕組みを整えることが必要です。また、オンライン教材の活用や、個別最適化された学習プログラムを取り入れることで、一人ひとりの学びの進度や理解度に応じた支援が可能になります。一方で、画面越しの学びだけでは得られない、対面での対話や協働学習の重要性も再認識し、デジタルとリアルの学びを統合的に取り入れることが求められます。
特に重視したい4つの視点
こうした課題を踏まえ、今後の授業づくりにおいて特に意識すべき視点として、以下の4点を重視します。
1 学ぶ意義を感じられる授業づくり
●児童生徒が「なぜ学ぶのか」を理解し、学びの楽しさを実感できる授業設計を行う。
●コミュニケーションを核に据えた学習を通じて、現実社会と結びついた学びを提供する。
2 「正解主義」や「同調圧力」からの脱却
●多様な考えを尊重し、児童生徒が自由に意見を表現できる環境を整える。
●一人ひとりの興味関心に基づいた学びを推奨し、個別の才能を伸ばす。
3 自分の考えを持ち、根拠に基づいて説明する力の育成
●批判的思考力を養い、自らの考えを持ち、それを論理的に説明できる力を伸ばす。
●ディスカッションやプレゼンテーションを通じて、意見を発信する力を高める。
4 自律的に学ぶ自信の醸成
●自分の学びに対して自信を持ち、主体的に学び続ける姿勢を育てる。
●学びのプロセスを重視し、試行錯誤をしながら成長することの大切さを伝える。
これらの視点を踏まえながら、児童生徒一人一人が自らの可能性を広げ、未来に向けて主体的に学ぶ力を身につけられるような教育の実践を目指したいと考えています。
「正解主義」からの脱却を目指して
ここからは、私が実践している授業づくりについて概略をご紹介します。特に、「正解主義からの脱却」を目指す授業のあり方に焦点を当て、その背景、具体的な実践内容、そして児童生徒の変化について説明します。
生徒の意見を尊重する授業への転換
学校の授業では、しばしば「正しい答えがある」とされることが多く、生徒たちは教師の期待する答えを探そうとするばかりで、自分自身の考えを表現する機会を失ってしまうことがあります。
これは、生徒の思考力や表現力の発展を阻害する要因となるだけでなく、「間違うこと」への恐怖を植え付け、自由な発想を封じ込めることにもつながります。
そう考え、私は従来の教育が持つ「唯一の正解を求める」傾向を見直そうという実践を進めています。
「生徒の意見を丸ごと承認し、決して否定しない授業づくり」
です。
私は現在、東京都内の中学校・高等学校で国語を教えています。ある日、一人の生徒から受け取った手紙が、私の授業の意義を改めて実感させてくれました。
「(本校)に来る前、国語は大嫌いでした。自分の考えを書くと怒られる。ただ1つの正解を求められるのが苦痛だった。でも、田畑先生の授業では、自分の意見をそのまま受け入れてもらえ、尊重してもらえた。授業のたびに、みんなを思ってくれる気持ちが伝わり、とても幸せでした」
この手紙を読んだとき、私は涙がこぼれました。私が意図して積み重ねてきた授業の姿勢が、生徒の心にしっかりと届いていたことを実感した瞬間でした。
私の授業の具体的なアプローチ
私の授業では、以下のような方針を徹底しています。
1 児童生徒の意見をすべて認める
どのような意見であっても、間違いとは決めつけず、そのまま受け止めることで、児童生徒が安心して発言できる環境を作ります。
2 褒めることも否定することもしない
「それは素晴らしい!」と褒めることは一見良いことのように思えるが、それもまた「良い意見」と「そうでない意見」を区別する行為になり得ます。そのため、すべての意見をフラットに扱うことを意識します。
3 意見を分類しながらつなげていく
児童生徒の発言を単なる個々の意見として扱うのではなく、関連性を見出しながら整理し、全体の学びへとつなげていきます。
4 「なぜそう考えたのか?」と問いかけ続ける
表面的な意見ではなく、その背景にある思考を深めるために、常に理由や根拠を考えさせます。これを通じて、児童生徒たちは互いの意見を尊重し合い、深い思考を育むようになりました。
「意見をつなぐ学び合い」とは
私は、上記のアプローチに「意見をつなぐ学び合い」という名前をつけました。
生徒一人一人の考えを大切にしながら、クラス全体で意見を共有し、学びを深める方法です。この学び方によって、生徒は自分の考えを整理し、他者の意見と比較しながら、より多角的な視点を身につけることができます。
その実践の流れを、具体的に見ていきましょう。以下の3つのステップで進めていきます。
1 一人一人の思考を活用する(全員参加:全員思考の活用)
まず、学習課題について各自がどのように考えるかを整理し、それを共有する段階です。
●事前に課題に対する、生徒たちそれぞれの「自分の考え」を持つようにします。
●それを紙に書いたり、タブレットで送信したり、口頭で発表したりします。
●出された意見を分類し、黒板やデジタルツールを活用して可視化します。
●様々な考え方を一覧し、多様な視点があることをみんなで共有します。
2 クラスみんなで話し合う(全員発表:発表したくなる話し合い)
次に、クラス全体で意見を整理しながら話し合いを進めます。この過程では、他者の意見を尊重しながら「話し合い」を深めることが重要です。
●似た意見をグループ化し、それぞれの意見を補足・発展させます。
●異なる意見や対立する意見が出た場合は、根拠を考えながら話し合います。
●「聞く力」を育てるために、話し合いの内容をメモします。
●他者の意見を受け止め、そこからさらに考えを発展させる姿勢を養います。
3 一人一人が納得解を見つける(全員完了:全員の理解する深まり)
最後に、話し合いを踏まえて、自分自身の考えを整理し、最終的な結論を個人で導き出します。
●教師が結論を提示するのではなく、生徒自身が考えをまとめます。
●「なぜこの考えに至ったのか?」を内省し、学習作文や振り返りシートに記録します。
●自分の言葉で振り返ることで、論理的思考力や表現力を向上させます。
実践で見えてきた、生徒たちの変容
「意見をつなぐ学び合い」は、一人一人の考えを尊重しながら、クラス全員でより深い理解を得るための学習法です。このプロセスを通じて、生徒たちは主体的に学ぶ姿勢を身につけ、多様な考え方を吸収しながら成長していきます。
これは生徒たちにとって、
「自分が尊重されるということ、相手を尊重するということ」
という、社会生活において最も大切な人間関係の基本原則を学んでいくことに他なりません。
この実践がクラス作りに与える影響も非常に大きく、いじめや不登校のない、温かいクラスの雰囲気ができ上がっていくことを感じられます。
次回からは、授業づくりの具体例を紹介していきます。(太宰治の『走れメロス』)を題材に、「意見をつなぐ学び合い」の授業実践を具体的にご提案する予定です。皆さまの授業づくりの一助となれば幸いです。
イラスト/イラストAC
<プロフィール>
田畑栄一(たばた えいいち)
前埼玉県公立小学校校長
埼玉県公立中学校国語科教諭、指導主事、教頭職、校長職を歴任。校長職は10年間。
著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる ~笑う学校には福来る~』(協同出版)、『クラスが笑いに包まれる! 小学校 教育漫才テクニック30』(東洋館出版社)、『学級づくりと授業に生かすカウンセリング』(共著・ぎょうせい)、『教育漫才のススメ』(監修・フレーベル館)。NHK EテレなどTV出演も多数。現在は、全国各地での講演や研修を実施NHK EテレなどTV出演も多数。
現在は、全国各地での講演や研修を実施/私立学園中学校・高等学校国語科講師/NPO法人東京メンタルヘルス・スクエア理事・教育コンサルタント/こしがやFM86.8 教育パーソナリティーなど。