【特別インタビュー】どの子も自ら考え協働的に学びを深める「答えのない教室」のつくり方
「子供が自ら考え、答えを導き出す」という姿は、今小学校で目指している子供像と言えます。それを実現している授業がカナダ・バンクーバー市公立高校で実践されています。実際にその授業を行っている同学校の梅木卓也先生に子供たちが話し合って考える授業の実際をうかがいました。

目次
子供たちの考える時間をもっと多くしたい
――梅木先生が現在取り組んでいらっしゃる教育実践について教えてください。
梅木 私はカナダ・バンクーバー市公立高校で数学の教諭をしています。現在、「答えのない教室(Building Thinking Classrooms)」という教授法で授業を行っています。その授業は、3人1組のグループが基本になります。各グループにはホワイトボード1枚とマーカー1本とが配付されていて、ホワイトボードに書きながら、教師が出した課題についてグループの3人で話し合いながら解いていきます。下の写真にあるようにホワイトボードは通常壁面に貼られ、子供たちは立って話し合い、協力して解く過程をホワイトボードに書いていきます。グループの3人が納得した解答が出たところで、教師に伝えます。教師は3人が全員、本当に理解したことを確かめてから、次の課題をホワイトボードの上に書くという具合です。

――「答えのない教室」を始められたきっかけを教えてください。
梅木 「答えのない教室」を構築されたサイモンフレイザー大学のリリヤドール教授の調査では、北米の小中高の学校では、算数や数学の時間に約2割の児童生徒が約2割の時間しか考えていないという報告がありました。30人の学級だと、5、6人の子供が45分の授業で約10分弱しか考えないということになります。私の授業を受ける子供たちを見ても、「これで合っていますか?」「どう解くのですか?」など、答えが合っていればよいということが常識化しているように思えました。答えまでの過程が論理的につながっているということには関心がありません。同じ系統の問題を別の聞き方に変えると、子供はフリーズしてしまって「もういい、分からない」となる状況がしばしば見られ、何かよい手だてはないものかと思っていました。
そのときに出合ったのが、カナダのサイモンフレーザー大学のピーター・リリヤドール教授が提唱している「答えのない教室」です。この教授法は14のステップで構成され、それを積み上げていくなかで子供たち自身でつながりをつくっていきます。そして自分たちが考えるような環境をつくり出すのです。
ピーター・リリヤドール教授の研究に基づいた数学教育を活性化させる14のステップは次のとおりです。
- 課題の選定:
生徒が考えることを促す「思考課題」を使用します。最初は興味を引く非カリキュラム課題から始め、徐々にカリキュラム内の課題へ移行します。 - グループ編成:
頻繁に「誰もが納得のランダムなグループ」をつくることで、思考する文化を形成し、学びの壁を取り除きます。 - 作業場所:
生徒が立って「垂直の消せる作業面(ホワイトボードなど)」で作業することで、リスクを取る姿勢や積極的な学びを生徒に促します。 - 教室の家具配置:
前面を意識した教室配置ではなく、自由な方向を向ける配置が生徒の思考を活性化します。 - 質問への対応:
生徒が考え続けるための質問にのみ答え、単なる確認や思考停止を目的とした質問は回答を避けます。 - 課題の提供方法:
口頭で課題を伝え、授業開始5分以内に課題を出すことで、思考を最大化します。 - 宿題の再構築:
宿題を「個々の理解度チェック」として位置付け、強制ではなく選択可能にすることで、目的意識を高めます。 - 自主性の育成:
生徒が仲間の知識を活用し、自分で問題解決に向かう力を育みます。 - 個別対応:
グループごとに適切な考えを促すヒントや拡張課題を与え、学びの「フロー状態(集中状態)」を維持します。 - 授業のまとめ:
生徒のホワイトボードでの作業内容を基に、学びを統合し概念的理解を深めます。 - ノートの取り方:
生徒自身が将来の忘れやすい自分のために必要な記録を取る「主体的なノート作成」を推奨します。 - 評価項目:
生徒の思考力や協働性などの能力を評価し、それらを重視する文化を育てます。 - 形成的評価:
学習者が「現状」と「次の目標」を理解し、自己学習を活性化させる評価を行います。 - 成績評価:
学習成果だけでなく、生徒の成長や思考力を反映する方法を採用します。
3人のグループワークで答えを導き出す
――「答えのない教室」というのは、具体的にどのような授業なのでしょうか。また、どのような子供像を目指されているのでしょうか。
梅木 最初の1週間は、子供たちがやってみたいと思うような面白い問題を出します。教科書を見ても解けないような内容です。3人で話し合って答えを導き出すという学習環境を整えていく準備運動の期間になります。学力や能力の差がある子供たちがグループワークができるようにするためにはどうすればよいかと試行錯誤があり、準備運動の期間を設定したわけです。グループの3人は毎回、異なるメンバーになります。準備運動中に自分たちでつながりをつくっていくのです。
準備運動で学習環境を整えて、普段のカリキュラム内容に移っていきます。内容は教科書と同じですが、組み立てやつくり方が違います。教科書と同じ問題をそのまま出すと、例題から次の例題のつながりを自分たちだけで見付けることは難しく、解けないことやあきらめてしまうことがあるからです。
そのため、1日に扱う問題が10問程度あるとすると、1問目は誰でも入りやすい導入の問題で、だんだん難しくなって積み上げていくという仕組みにしています。1問目の前には説明をします。その説明は、「昨年こんなことやったよね」というような、1問目につながる以前の単元のことを伝えます。
グループによってペースが異なりますので、決して急がせることはしません。1つのグループが終わったところで、そのグループのホワイトボードの上に2問目を書き込みます。1問目が解けた他のグループは最初にできたグループのホワイトボードの2問目を見て、自分たちのホワイトボードに戻り、またグループで話し合いながら答えを導き出していきます。そして、問題が解決したところで、教師に伝えます。教師は3人が全員納得していることを確かめ、納得していない子が見られたら、もう一度話し合うことを指示します。この繰り返しで全員で納得したら次に進むことが定着したら、各グループ問題が終わり次第、次の問題へと先生の確認なしで進んでいきます。
例えば、中学3年生の子供たちへは次のような問題を出します。これは、最初の1週間で行うような準備運動としての問題です。
【問題】グリルで早くパンを焼く方法
2つのグリルで3枚のパンを焼きます。しかし、1つのグリルは一度に1枚の片面しか焼けません。片面を焼くには30秒かかります。そして、パンを入れたり出したりするのに5秒ずつかかり、別の面にひっくり返すには3秒かかります。3枚のパンの両面を焼くのに必要とされる最も短い時間は何分ですか?
この問題の答えを見る前に自分でぜひ解いてみてください。自分で試して、問題の面白味を感じてください。
この問題に対して、子供たちは次のように解いていきます。
トングを2つ使ってグリル上でパンを焼く。
ステップ1:両手を使って2つのトングで2つのパンを2つのグリル(グリル1とグリル2と呼ぶ)にのせる。→5秒
ステップ2:パンの片面が焼けるのを待ちながら、もう1つのパンをグリル1のパンの上にのせる(つまり、グリル1はパンが2枚重ねになる)。→30秒
ステップ3:グリル2のパンをひっくり返して、同時にグリル1のパンをひっくり返す。つまりグリル1は3枚目のパンを焼いていることになる。→3秒
ステップ4:グリル2のパンが焼ける。グリル1の3枚目のパンの片側も焼ける。→30秒
ステップ5:グリル2のパンはできたのでグリルから外し、グリル1のパンをひっくり返しながらグリル2にのせる。そしてグリル1の3枚目のパンもひっくり返す。→5+3=8秒(実際は6秒でできるが、子供は8秒と考えた)
ステップ6:パンが焼ける。→30秒
ステップ7:パンを取り出す。→5秒
合計:5+30+3+30+5+3+30+5=111秒
理解の幅や学力の幅があるいろいろな子供がいるなかで、話し合ってお互いを理解し合っていきます。そして、解決に向かって何かしらの糸口を見付けていきます。今もっている知識や情報をもとにして何とか解決していくというところが醍醐味です。その醍醐味や楽しさを子供たちに伝えることによって、子供たちには数学の問題ではなくてもどんな問題を目の前にしても「どのようにして解決していこうか」という前向きな姿勢を身に付けてほしいと思います。私は数学の教師ですので、数学でこの授業を実践していますが、国語や社会、理科などの教科でも実践されている先生がいらっしゃいます。
――「答えのない教室」を進められて、子供たちの反応や保護者の反応、また、子供の成長について教えてください。
梅木 自分で考えて答えを導き出すのが面白いという子供もいます。しかし、これまでは、基本的に生徒に教えるという授業を行ってきましたので、当初は「先生は教える仕事でしょう。ちゃんと教えてください」という子供がいました。そんな子供たちのマインドセットを変えていくのが難しかったですね。しかし、先ほどお伝えした準備運動を行うことによって、子供3人で話し合い、マーカーをシェアするのが当たり前の授業になっていきました。「これで合っていますか?」と言ってくる子供に対しては、例えば、「どうやったら、合っている確認ができるかな?」と返します。そのようにしながら、子供たちといっしょに安全な空間、納得できる空間をつくっていきました。
子供たち同士がよいコラボレーションができているかどうかのルーブリックシート(評価シート)を子供たちがつくって、これはよい協働関係、これはあまりよくない協働関係ということを次のように言語化しています。

私のクラスではこれを評価の一環として使います。グループで評価を出してもらい、なぜそのような評価をしたのかをグループワーク内の例を使って説明してもらいます。生徒の説明を聞いた後、私自身の評価とも比べながらそのワークの評価を渡します。ここで評価しているのはコラボレーション(協働)です。
最初の数か月間は、特に教師のサポートが必要になります。今日はどのグループのサポートが必要かということが、子供たちの活動を見ていると分かります。「とりあえずやってみる」ということに抵抗感のある子もいますので、どれだけ抵抗感をなくし、安全な空間をつくるかということが重要になってきます。保護者にも最初に説明して、理解していただいています。
――今後どのようなことを目指されていますか。
梅木 私は、子供たちが夢中になって問題を解いている姿にやりがいを感じています。こういうことができるという実践例を増やしていくなかで、より多くの実践者のサポートができる関係性やコミュニティをつくっていけるとよいと思います。

プロフィール
梅木卓也(うめきたくや)
バンクーバー学区公立高校教師 兵庫県加西市出身。2007年度よりワーキングホリデーをきっかけに、カナダで学童保育や障害児サポートなどに携わり、2019年度よりバンクー バー市の高校数学教員となる。 現在サイモンフレイザー大学にてリリヤドール教授のもとへ、数学教育の修士課程在学中。より多くの生徒が自然と考えたくなる授業法「答えのない教室」(原題:Building Thinking Classrooms)の研究者、実践者であり日本での実践本を書いた著者。14のステップで生徒同士の協働を通してより思考を深める授業を実践。カナダそして日本で意欲的に講演会や模擬授業を行う。
『答えのない教室』の本が好評

『答えのない教室 3人で「考える」算数・数学の授業』
著/梅木卓也・有澤和歌子 新評論刊
『Building Thinking Classroom in Mathematics(数学における考える教室のつくり方)』(未邦訳)を著したリリヤドール教授の20年以上にわたる研究をもとにして、明日から使える「教え方」を紹介。教師のまねでも、丸暗記でも、独習でもない、まったく新しい授業です。子供がより考えやすくなる仕組みが随所にちりばめられています。
取材・文・構成/浅原孝子