映画『小学校~それは小さな社会~』公開記念特別対談〈杉田洋先生×山崎エマ監督〉「TOKKATSU(特活)は教育を変える」
日本の教育「TOKKATSU(特別活動の略)」が海外で感動を呼んでいます。公立小学校の日常の出来事を綴ったドキュメンタリー映画が海外で大きな評価を受けているのです。その映画の公開を記念して、元文部科学省視学官・國學院大學教授の杉田洋先生と映画を制作した山崎エマ監督に対談していただき、エジプトでの「TOKKATSU」の現状や日本の教育についてお話しいただきました。日本の教育の素晴らしさに気付き、未来の教育について考えるヒントにしてください。
目次
日本式の教育が世界から注目
――杉田先生と山崎監督の出会いを教えてください。
山崎 映画の撮影許可をいただいた東京・世田谷区立塚戸小学校の前校長の石田孝士先生が杉田先生を師匠として慕っていらっしゃり、石田先生との打ち合わせのなかで、杉田先生のことや特別活動のことをいろいろと教えていただいたのです。ですから、杉田先生の本を読ませていただくなどして、杉田先生のことはお会いする前から存じていました。映画の中で、小学校で行われた杉田先生の講演の場面があるのですが、実は、その撮影のときに初めて杉田先生にお会いしたのです。
杉田 以前から塚戸小学校での講演は決まっており、当日、何も知らずに伺ったのですが、急遽、録音用のピンマイクをつけての講演となり、その一部が映画に入れていただいたシーンになりました。エマさんとは初対面で、日本の教育のよいところを映画にしたいとのことで、ちょうど私もエジプトで日本式の教育の普及に関わっていたこともあり、すぐに意気投合しました。山崎監督といろいろと話をするなかで、特別活動が中心に描かれていることを知り、この機会に、日本の人たちに自国の教育のよさを再認識していただき、特別活動の存在意義についても理解を深めていただきたいと思いました。一方で、時代や社会の変化と共に生じてきた課題についても、再考してもらうきっかけにしてほしいとも感じました。
山崎 それはどのようなところなのですか。
杉田 世の中の流れもそうですが、「強制すること」は望ましくないという雰囲気が蔓延しています。本来、「期待すること」は「要求すること」のはずですが、要求もせず、失敗もさせず、失敗から学ぶこともできないようなひ弱な集団活動になっています。うまくいかなくても何度でも立ち上がって挑戦できるようなレジリエンスの力を育てるような特別活動指導ができにくくなっているのです。
具体的には、『小学校~それは小さな社会~』の映画のシーンにあった新入生歓迎の音楽会のオーディションのようなことがどんどんなくなってきています。それで、たくましい人づくりができるのかどうか、議論をする必要があります。
山崎 今回撮影していて、私もそれは感じています。「もっとできる」「もっと頑張る」という困難なことを乗り越えた先の達成という場が減りつつあるという印象があります。
杉田 また、集団目標を強く強いることで過度な同調圧力が生じ、適応できない子供たちを生み出してしまってはいないか、子供が子供をチェックし合うような取組によって監視し合う関係にしてしまってはいないかについても、今後再考したい課題の1つです。
「TOKKATSU」がエジプトで広まりを見せる
――杉田先生はエジプトなど海外において日本式教育「TOKKATSU」を指導され、広められていますが、現在、エジプトの教育はどのような状況なのでしょうか。
杉田 エジプトでは8年前からJICAの先導により「TOKKATSU」を取り入れ、私も特別活動の専門家として指導に協力しています。現在、その拠点校として、校庭やホール、職員室、手洗い場などを完備した日本式の52校の公立小学校が新築され、エジプト日本学校(EJS:Egyptian-Japanese School)として開校しています。そこで実践されている学級会や学級指導はかなり高いレベルです。授業料が少し高額ですが、エジプトの人たちに人気が高いのです。
子供の自主的、実践的な活動である「TOKKATSU」を導入することで、日本式全人的教育が行われ、子供一人一人が大切にされ、子供中心の学校になり、これまでのような子供たちにとって苦しい学校から楽しく幸せな学校になっているところが人気の理由です。
さらに、エジプト基礎教育省は、17,000校すべての学校に「TOKKATSU」を週1時間位置付け、学級活動の実施を求めています。とはいっても、しっかりとした取組になっていないところも多く、今後4年間で、200人の指導主事(TOKKATSU OFFICER)によって、1,700校の一般校において充実が図られることが決まっています。これにより、小学校の10校のうち1校は、「TOKKATSU」を実践する日本式の学校になるのです。
日本以外の国で「TOKKATSU」を全国規模で導入するのは、エジプトが世界初の事例です。日本人がワールドカップでスタンドを掃除するのも、阪神淡路大震災や東日本大震災での大変な状況を人と人とが助け合って乗り切ったことも、彼らは素晴らしいと言っています。エジプトは人づくりに目を向けたということです。
山崎 2023年、NHKの番組「クローズアップ現代」でエジプトの日本式教育をテーマにしたとき、私は現地で取材に当たり、杉田先生と番組に出演しました。
杉田 エジプトに「TOKKATSU」が入る前は、教師が中心にいて、子供に一方的に教え込みをしていました。そこで私は、学校は子供が中心になり、互いに思いやりながら誰一人取り残されないように幸せにする場だから「一人一人の子供を大事にしなさい」という「TOKKATSU」の理念も手法と合わせて伝えました。「TOKKATSU」が入ってからは、子供が主体的になっていきました。
当初は、子供たちは自分で考えることに慣れていなかったため、何をしてよいか、教師の指示がないと分からなかったのですが、子供に任せ、信頼すると、子供たちは徐々に自信をもって発言できるようになりました。このことは、他の教科の教え込みの授業改善にもつながっています。結果、子供たちにとって学校が苦しいところから楽しい場になったのです。
山崎 「TOKKATSU」を導入することで、学校は子供たちにとって楽しい場になったのですね。
杉田 子供たちは、日直当番を楽しみにしています。かつて学級のリーダーは、成績のよい子供が教師によって指名されてきました。しかし、日直当番は、順番に全員にその役割が回ってくるのです。このことは、リーダーシップとフォロワーシップを学ぶことになり、自己有用感や肯定感のアップにもつながりました。
山崎 勉強ができる子だけが独占しなくてよいというのが、子供たちにはうれしいようですね。
杉田 日本人は、コロナ禍においてマスクをし、規律を守り、ロックアウトもされなかったことから、世界から責任感があり、思いやりのある国民性として高く評価されています。一方で、日本にはそうしないといけないという雰囲気があり、同調圧力による結果だと見る向きもあります。その点では、個性を重視する欧米諸国では、「集団」という言葉がネガティブワードになっていることも否めません。
山崎 映画『小学校~それは小さな社会~』を上映したフィンランドでは、この映画から日本の学校のように「コミュニティづくりを大切にしたい」という声を聞きました。「集団」と「コミュニティ」は同じ意味合いだと思いますので、「コミュニティ」という言葉を使うことによって、海外からも日本の社会からもよりよく理解されるのではないかと思います。
杉田 欧米諸国に向けては、「コミュニティづくり」と言うのがよさそうですね。日本式教育「TOKKATSU」に注目している海外の国は、エジプトのほか、インドネシアやマレーシア、ヨルダン、イラクなどがあり、シンガポールでは、すべての学校で掃除を取り入れています。また、海外の企業では、トヨタ方式を「カイゼン」と称して導入しているところが多くあります。インドでは、そんな企業が開設した私立学校においてカイゼンの考え方との親和性の高い「TOKKATSU」が導入されています。
乗り越える力と柔軟性を併せもつ
――山崎監督が、映画『小学校~それは小さな社会~』を制作されて、どのような子供になってほしいと思われますか。
山崎 何か困難なことに直面したときに、それを乗り越える力、あきらめないで頑張れる力をもつ子に育ってほしいですね。それから、柔軟性が必要だと思います。
それは東京オリンピックの撮影の仕事で、ある出来事を目の当たりにして思ったのです。1人の選手がトイレに行きたくなって、会場スタッフにそのことを伝えたのに、「パスを首にかけている人しかここは通れない」と言われとても困っていました。もちろん、ルールを徹底して守るという姿勢は大切で、自分には責任をとれないという気持ちも分かります。これは一例に過ぎないのですが、状況に応じて個人が判断するという部分が少し弱い気がしました。ルールや規律は重要ですが、プラス柔軟性を養うことも大切だと思いました。
杉田 「ルールを破ると集団規律が壊れてしまうのではないか」という不安から一切許さないという姿勢になるのだと思いますが、学校教育の中でも度々見られることです。共生社会とは、皆が同じことをできるようにすることと捉えてしまうのです。しかし、それでは、個々の子供の特性に応じた対応はしにくくなります。集団を優先すれば個が立たず、個を優先すれば集団がまとまらないなど、個性教育と共生教育を二項対立に捉えるのではなく、個々の子供を大事にしつつ、集団も大事にする指導を追求したいものです。そうすることで、真のウェルビーイングを目指すことができるのだと思います。
山崎 自分にとってもみんなにとってもよい方向に行くことが一番ですね。
杉田 特性の強い子供たちにとって、運動会シーズンは辛い時期になります。みんなで一斉に同じことをやらされ、できない自分が分かってしまうからです。教師も子供同士もそんな気持ちを理解できていれば、「ぼくは放送テントの中でなら参加ができるかもしれない」という子についても、許容範囲を広げて柔軟な対応ができるはずです。しかし、ともすると「特別なことを許すとみんなへの示しが付かない」となりがちです。
「誰一人取り残されない」という考え方は、皆に同じことをさせることではありません。特性に応じた公平な対応は、不平等でないことを誰もがしっかりと理解できるようになる必要があります。集団活動を方法とする特別活動を推進する教師には、特に配慮してほしいことです。
役に立つ喜びを感じる
山崎 日本の教育のよいところは、人の役に立つ喜びを感じる指導をしているところです。小さい子供にとってそれが正解だと思います。役に立つことが自分の喜びになり、結果的に集団にもプラスされ、自分もそれで満たされるというようなシステムが、日本の小学校の大きな特長の1つだと思います。
6歳から12歳までの子供にとって、そこをベースに生きていくことが後々の人生につながっていくので、「自分もよくてみんなもよい」という姿勢が根底にあることは素晴らしいと思います。
欧米では逆なのです。まず自分の個性を重視し、それから人と協力することを覚えていきます。私は海外に行ってそこに気付けたことがよかったと思います。その視点を生かして制作した映画『小学校~それは小さな社会~』によって、日本のみなさんが教育を考えるきっかけにしていただきたいと思っています。
杉田 この映画には日本の教育のよさが詰まっています。例えば、教職員の同僚性の高さです。また授業だけでなく、生活も教育の対象にした特別活動があるからこそ、子供と教師の距離感が近く、ウェットな関係になることも特徴の1つです。さらには子供たちから学んで成長しようと苦悩する日本の教師像にもつながっています。映画では、そんなシーンもしっかりと描かれています。
特に、学級活動という授業の存在が大きいのです。例えば学級会は、子供たちが話し合って協働するための内容や方法を自分たちで決めて取り組む活動ですし、学級活動(2)(3)は、自分自身の課題について、自分なりの方法を見定めて努力し、改善しようとする取組です。つまり、日本の教師は、子供たちの内発的動機付けを大事にし、学校生活を通して成長を促しています。映画の中でオーディションに挑む女の子や運動会を通して成長しようとする男の子の姿は、そんな日本の教師によって支えられているのです。
映画『小学校~それは小さな社会~』を、ぜひ、1人でも多くの先生方、学生、保護者、教育関係者に観ていただきたいものです。きっと日本の教育のよさを感じるはずです。そして、日本人の学校教育関係者の元気につながるような、「働き方改革」とともに「働きがい改革」をぜひ進めてほしいです。
杉田洋(すぎたひろし)
國學院大學教授・元文部科学省初等中等教育局視学官。埼玉県公立小学校、教育委員会勤務を経て、文部科学省教科調査官、視学官を歴任。2015年4月より國學院大學教授。日本特別活動学会理事、全国特別活動研究会顧問等も務める。著書多数。
山崎エマ(やまざきえま)
ドキュメンタリー監督。 日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を生かし、人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリー制作を目指す。代表作は『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(2020)と『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』(2018)。最新作『小学校〜それは小さな社会〜』(2023) はフィンランド、フランス、アメリカ、日本との国際共同制作。
取材・文・構成・撮影/浅原孝子
映画『小学校~それは小さな社会~』公開記念特別インタビュー 山崎エマ監督「日本の教育って、こんなに素晴らしかったんだ!」→こちらから
映画『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』公開のお知らせ
12⽉13⽇(⾦)シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
世界が喝采! 日本の小学校に驚いた! 今、小学校を知ることは、未来の日本を考えること。
⽇本の公⽴⼩学校では、子供⾃らが学校を運営するための様々な役割を担い、その役割をまっとうすることで集団⽣活における協調性を⾝に付ける。教室の掃除や給⾷の配膳などを子供たち⾃⾝が⾏う国は少なく、⽇本式教育「TOKKATSU(特活)」は、海外で注⽬を集めている。⽇本⼈である私たちが当たり前にやっていることも海外から⾒ると、驚きでいっぱいなのだ。今、⼩学校を知ることは、未来の⽇本を考えることだと作品は投げかける。
監督・編集:⼭崎エマ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2023年/⽇本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99分/5.1ch
© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour
公式サイト shogakko-film.com
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